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君へ贈る歌  作者: こいも
2/15

ひよっこの幼馴染

 今まで私は歌が大好きで、歌一筋で。私は歌のために身を投げ打ってきたのに、歌は私を選んではくれなかったというのか。日菜子は自分の膝に顔をうずめる。

「だからって、どうして俺のところに来るんだ。」

 久しぶりに会った賢仁は、日菜子の話を聞いた開口一番、そう言って深々とため息をついた。


 賢仁は昔から日菜子と一緒だった。本当に赤ちゃんの時からお隣さんとして一緒に遊んで育ち、部屋の行き来は自由。周りには本当の姉弟みたいねと言われるほど一緒にいた。一つ年下にも関わらず大人びて落ち着いた賢仁は、自由奔放に遊び回る日菜子の後をため息をつきながらついてきた。

「実はね、かくかくしかじかで・・・。」

 と言って伝わる訳もなく、一から説明して冒頭の台詞に戻る。


「だって賢ちゃんぐらいしか聞いてくれないし。」

 よく遊び回る分、よく笑いよく泣く日菜子にとって、一緒にいた賢仁は話を聞いてもらう格好の餌食で、何かあるたびに捕まえては延々と愚痴を言っていた。興奮して脈絡がなくなる日菜子の話を解読できるのは今では彼だけだ。

 情けない顔でうずくまる日菜子を見て、賢仁は眼鏡を片手で押さえて椅子に座り直した。

「―――で?」

「え?」

「それで、お前は歌をやめるのか?」

 賢仁の質問に日菜子はきょとんとする。だって、今は先生に言われた言葉にいかに傷ついたかの話であって、別に歌をするかしないかの話ではない。

「やめないけど?」

「だったらそれでいいだろう。他に何を悩むんだ。」

「それは・・・。」

 改めて聞かれるとわからなくなる。確かに先生は考え直せと言っただけで、やめろとは言っていない。


 ここにきてやっと、日菜子は歌を諦めるという選択肢が自分の中で全くなかったことに気がついた。

 そうだ。いくら才能がなくたっていい声を持っていなくたって、好きなんだから仕方ないじゃないか。それならいっそのこと、バリバリ上手くなって夏休み明けに先生をびっくりさせてやるぐらいの勢いでやろう。

 日菜子は自分の中でそう結論づけると、先程までの弱気はどこへやら、むくむくとやる気が湧き出てきてベッドの上に立ち上がった。

「やってやるぜ!」

 途端、賢仁が小さく吹き出し、肩を震わせた。その唐突な笑いになんだか出鼻をくじかれたような気分になって困惑する。

「え、なに?なんなの?」

「いや・・・。」

 賢仁は困ったように笑った。

「お前らしいなと思って。」

 いつも眉間にシワを寄せて難しい顔をしている賢仁は、笑うとどこか幼くなる。とってもレアな表情で、日菜子が好きなものの一つだ。それが高じて昔、賢仁を笑わせようと一時間くすぐりの刑をして引きつけを起こさせたことがあった。その後両親にこっぴどく叱られてそれ以降はしていないが。

 しかしこういう顔を見てしまうと、日菜子の中の普段は隠れている“お姉さん心”が顔を出す。ひな姉ちゃんと呼ばれた過去の栄光を思いだし、ここはひとつ姉らしきところをみせてやろうではないか・・・と思ってしまうのだ。賢仁にとってはいい迷惑だが。

 日菜子は大人しくベッドに座り直してしとやかに微笑んだ。

「賢ちゃん、学校はどう?何か辛いこととかないかしら?」

 その少しすましたような振る舞いに賢仁はまたか、とうんざりした顔をした。こういう時の日菜子は結構面倒くさいことを知っているのだろう。笑いを引っ込めて頬杖をついた。

「別に、特に何もない・・・あ、でも」

「え!何かあるの?」

 思い出したように声を上げた賢仁に、身を乗り出す。彼は少し迷うような色を見せてからゆっくりと言った。

「夏目に・・・好きな人ができたらしい。」

「え。」

 スキナヒト。すきなひと。好きな人。

 頭の中で漢字変換されて浸透するまでに、たっぷり5秒はかかった。

「えぇえええぇぇぇぇえええええ!?」

「バっいきなり大きな声を出すな!」

「だってだってだって!夏目くんって、あの夏目くんでしょ!?」

 驚きのあまり、先程までの(かりそめの)しとやかさをかなぐり捨てて賢仁ににじりよる。

「あの夏目って・・・あんな人間が二人もいたら俺は死ぬ。」

 賢仁が心底うんざりしたような顔をしてため息をはいた。

 夏目とは、賢仁が小学校から仲良くしている友達だ。日菜子も何回か会ったことがある彼は、なんというか、一筋縄ではいかない男の子だった。

 見た目はとても綺麗な顔をしているが、やることなすことめちゃくちゃだった。一度なんか、怪我人が出て撤去されることになった学校の遊具を、全校生徒にきちんとした使い方を約束させて教師陣と保護者たちを説き伏せたことがあったのだ。その時日菜子は六年生、夏目たちは五年生だったが、彼には逆らえない何かがあった。

 その夏目が好きな人・・・恋!

「うわぁぁぁ!信じられない想像できない!どんな人!?いつから!?夏目くんがそう言ってたの!?」

 矢継ぎ早の質問に賢仁はうるさそうに片耳を抑えていたが、一つずつ答えてくれた。

「夏目がそう言ったわけじゃない。ただ見ていればなんとなくわかる。いつから・・・は、目に見えてわかったのは今年の春からだが、あれは・・・。」

「あれは?」

「・・・なんでもない。相手は大人しそうな外見だけど、意外と行動力ありそうな人だな。」

「へぇー。」

 全く抽象的すぎて想像つかないが、いるというのは事実らしい。しかし惚れられた相手は大変そうだ。周りからじわじわと攻められて、気がついたときには食べられてるなんてことになっていなければいいが。

 日菜子はまだ見ぬ相手に心の中で合掌した。


①「夏目」・・・「あしたへ贈る歌」シリーズのメインキャストです。ちなみに賢仁も出ています。宣伝ですみません。

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