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君へ贈る歌  作者: こいも
14/15

ひよっこの賢ちゃん

 振り向くと、荒れた息を必死で整える賢仁がいた。

「賢ちゃん・・・。」

「普段はとろいくせに、どうしてこういう時だけすばしっこいんだ。おかげで町内を走り回った。」

 賢仁は額の汗を荒々しく拭うと、ため息を一つこぼした。

 その姿に日菜子は胸が詰まって何も言えなくなる。

 いつだってそうだった。

 どんなに喧嘩をしても、最後にはこうやって迎えに来てくれる。それはずっと幼馴染だからだと思っていたけど。

(私は馬鹿だ・・・)

 もう何度目になるかわからない言葉を心で呟く。

 きっと幼馴染の枠にははまりきらない優しさを、賢仁はたくさん示してくれていたのだろう。それに気づかずに恩恵だけ受けておいて、どのツラ下げて「私もずっと好きだったみたい」などと言えるだろうか。都合が良すぎる。

 言ったら今度こそ本当に呆れられそうだと、日菜子はブランコの柄を握り締めた。

「で?また上手く歌えなかったのか?」

 降ってきた賢仁の発言に目を丸くする。何も言っていないのになぜわかったのだろう。

「もしかしてエスパー!?」

「バカ。いつも歌の調子が悪いとそういう感じになるだろう。」

 言われてみればそうだったかもしれない。そしてその被害を一番被るのは賢仁だった。 

「何があったか言え。話はそれからだ。」

 賢仁の鋭い視線に押され、日菜子はおずおずと話し始めた。





「それで俺は勝手に八つ当たりされて往来で振られた訳だな。」

 隣のブランコに腰掛けて心底呆れたように言われた。事実ではあるが、そう簡潔にまとめられるといたたまれない。

 日菜子は何も言えずに項垂れていると、賢仁がポツリと言った。

「“なんでも持ってる”・・ね。」

 その声にどこか傷ついた色が見えて、日菜子は数時間前の自分を殴り倒したくなった。

 持っていると思われるものは、全て賢仁が努力して手に入れたものだ。もちろんスポンジの吸収率は違うかもしれないが、それでも水を与えていったのは賢仁の力だというのに。

(たしかに、勝手な八つ当たりだな・・・。)

 再度落ち込んで、日菜子はますます項垂れた。


「ずっと、そばにいられると思っていたんだ。」

「え?」


 続けられた言葉の意味を測りかねて賢仁を見ると、彼はブランコを揺らして、どこか諦めたように空を見上げていた。

「どんなにお前が歌手を夢見ていても、俺はずっとそばにいられると思ってた。だから俺は、皆と違って夢に突き進むお前が誇らしかったし、心から応援するつもりだった。」

 ”夢を持ちなさい”

 学校の先生はよくそう言う。不景気、就職難、そんな話題を出したのと同じ口からその言葉が出るのだから、どうしようもない。実際子供の時から決まっている人間なんてほんの一握りだろう。それでも、日奈子は歌があった。皆が進路で悩んでいる時も、一人で音楽室を借りて練習していた。

 そんな日菜子を賢仁は応援していた。たまには筆記の勉強もしろとため息をつきながら。

「でも、エスカレーターで行ける高校を蹴ってまで京都に行くって聞いたとき、俺は焦った。」

 置いていかれるって。そう呟く賢仁は迷子になって泣き出す小さな子供のようだった。

「賢ちゃん・・・。」

 進路を決めた夏の日。日菜子は生まれて初めて賢仁に相談しなかった。いや、正確には相談はしたが日菜子の中では決定事項だった。

 それほど歌は、日菜子にとって大きなものになっていたのだ。

 しかし、あの時「そうか。」と言った賢仁の顔は、一体どうだっただろうか。

 どうしても思い出せない自分がいた。

「それから俺は、少しでもお前の目に映るように必死だった。ピアノ伴奏できるように練習も欠かさなかったし、お前に勉強を教えられるぐらい、どんどん先を勉強した。それでも、」

 そこで賢仁は一度言葉を切って、自嘲するような笑みを浮かべた。

「俺が世間一般ではなんでも持っているように見えたって、お前は俺に見向きもしなかったんだ。」

 日菜子は「はじめに歌ありき」だった。カラオケは喉に良くないから行かなかったし、大声で何かを応援するなんて以ての外。歌の調子で気分が一喜一憂して、歌がうまく歌えなくて眠れない夜が続き、寝ても覚めても歌のことを考えている時さえあった。

 そう、まるで恋をしているかように。

 賢仁に「そんなことない。」そう言いたかった。でも言えなかった。

 これ以上、日菜子に付き合わせていいのだろうか。自分が歌を好きでいることには変わらない。

 賢仁もやりたいことを見つけたというのに。

 幼馴染で、家も隣で、今だってほんの数十センチ隣にいる賢仁が、急に遠く感じた。

 沈黙が降りてくる。

 それはどうしようもないぐらい寂しいものだった。


 しかし、その空気を打ち消したのは賢仁だった。彼は「まあいい、とにかく行くぞ。」と言うと、勢い良く立ち上がった。

「行くってどこへ?」

 しかし賢仁はそれに答えず、日菜子の腕を掴むとブランコから立ち上がらせた。

「賢ちゃん?」

「いいから来い。」

 そしてそのまま引っ張られながら公園を出た。


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