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君へ贈る歌  作者: こいも
13/15

ひよっこの想い

 あんな風に言うつもりはなかったのに。

 日菜子は公園のブランコをキィと音を立てて鳴らした。

 結局、夢も幼馴染の関係も、何一つ守れずに自分の手で壊してしまった。


 どうして歌に出会ってしまったんだろう。

 

 日菜子は落ち込むと、いつもこんなことを考えてしまう。

 歌にさえ出会わなければ、こんなに苦しむこともなかった。賢仁の告白にだって、もっと素直に答えられていたかもしれない。

 歌にさえ出会わなければ、食事に気を使うこともないし、喉の調子を毎日気にすることもなかった。

 それでも。


“歌が好きだと言う気持ちを持ち続けて進んだその先には、きっと佐倉さんが納得できる答えがあると思いますよ。”


 それでも、歌をやめるという選択肢が出てこないのだ。

 こんなに辛くて苦しのに、どうしてその一言を出すことができないのだろう。

「私は馬鹿だ・・・。」

「――佐倉先輩?」

 ふいに呼ばれて顔を上げると、夏の暑さを感じさせない涼やかさを携えた夏目がそこに立っていた。

「夏目くん・・・。」

「賢仁が探していましたよ。あんまり血相変えて尋ねてくるものだから、僕まで駆り出されました。」

 出てきた名前にドキリとする。予想はしていたが、やはり賢仁は探してくれていたのか。

 それにしても夏目にまで探させるなんてさすが幼馴染だ。夏目は懐に入れた人物には少し甘い(注:当社比)ところがある。だからこそ、賢仁も朔太郎も潤平も、夏目の言動に振り回されつつも離れていかないのかもしれない。

 そうこう考えている内に、夏目はブランコの柵内に入ってきた。カバンもなにも持っていないところを見ると、学校から探しに来てくれたのだろうか。

「ごめんなさい・・・。」

 その言葉に夏目は少し探るような目をしてから、そのまま柵に腰掛ける。賢仁の代わりに小言でも言われるのかもしれない。賢仁の幼馴染ということで少なからず交流のあった日菜子と夏目だが、日菜子のボケた言動をたしなめるのは大抵賢仁の役割で、夏目はたまに言葉を挟むぐらいだった。だからこそ余計に何を言われるのかわからなくて身構えた。しかし少し待っても特に何かを言い出す気配はない。日菜子を探しに来ていたのではないのだろうか。

 無言の空気が気まずくて、無意味にブランコを鳴らしながらこっそりと夏目を見た。

 やはり夏目はいつでも泰然自若としていて、困惑したり動揺したりする姿が想像できない。本当に恋なんてしているのだろうか。ましてや片思いなんて。

「・・・好きな人がいるって、」

「はい?」

 夏目が顔を上げるのを見て、無意識に言葉を出してしまったことに気づいて焦った。いい加減、この頭と口の直結させている回路を遮断する術を覚えたいものだ。このせいで、一体今まで何回痛い目をみたことか。しかし今更取り消すことなどできない。日菜子は半ばやけになって夏目に尋ねた。

「す、好きな人がいるって聞きましたけど・・・本当?」

 数秒の沈黙。やはり聞いてはまずかっただろうか。目が見れなくて自分の膝に目を落としていたが、耐え切れなくなっておそるおそる顔を上げた。

 しかし、夏目の表情は予想をはるかに超えていた。

「本当ですよ。」

 こんなに柔らかく、しかし確かな熱を宿した目をする夏目は見たことがない。

 今まで半信半疑だったが、ようやく納得した。

―あぁ、本当に好きなんだろうな。

 そして、その思いはまだ叶っていない。焦がれるような色があった。

 絶対無敵な彼の人間らしい部分が垣間見れた気がして、日菜子は少し楽しくなった。

「どうして好きになったの?きっかけは?」

 夏目が気を悪くした風を見せないのをいいことに、日菜子は先ほどの躊躇も敬語も忘れ、勢いよく尋ねる。夏目はこちらの躊躇が無駄であったと思わせるぐらい、あっさりと答えてくれた。

「きっかけは、あるにはありますが。」

「うんうん。」

「今はあまり関係ないですね。」

「え?」

「今好きでいることに特に理由があるわけではありません。」

「・・・そうなの?」

 可愛いからとか、料理が上手とか、趣味があうとか、そんなわかりやすい理由があるわけではないのか。

 日菜子にも好きなタイプというのぐらいはある。

 たとえば、オペラの授業で相手役をやった先生のように、声がよくて、背が高くて、リードしてくれるような。

 皆、そういう理想が重なるから好きになるのだと思っていたのだが、違うのだろうか。

 その疑問に答えるかのように、夏目は静かに続けた。


「ただ、―――そばにいたいと思ってしまったんです。」

 

 夏の爽やかな風が日菜子の頬を通り過ぎる。葉の囁き合う音も、存在を主張し続ける蝉の鳴き声も、目が覚めるような花壇の花の色も、全てが真新しく思えた。

 その単純な言葉は、驚く程日菜子の心にすとんと落ちてきた。


“ずーっと自分のそばにいて、自分の夢を応援して欲しい!って思ってるんじゃないでしょうね?”


 同時に美也子の言葉が脳裏に蘇り、日菜子は唐突に理解する。

(こんな簡単なことでよかったんだ。)

 恋人ができたらメールをしなきゃいけない、電話も、デートもしなくてはいけない。自分の時間を割いてまで、そんなことをする価値が果たしてあるのか。

 でも、そうではなかったのだ。

 一緒にいたい。そばにいたい。つながっていたい。

 それは、今更言葉に出す必要もないぐらい、ずっと賢仁に抱いていたものだった。

 あまりにも近すぎて気づかなかっただけで、確かな想いはそこにあったのに。

(あーあ・・・)

 途端に日菜子は膨らんでいた気持ちがしぼんでいくのを感じた。

 少しだけ、気づくのが遅かった。

 あんなことを言って突き放してしまったのだ。いい加減賢仁だってうんざりしているだろう。

 踏みつけたことに気づかなかった羊飼いの娘の鈍感さは、あるいは、身を守る術なのかもしれない。

 気づかないままでいたほうが、後悔しないで済む。

 それはただの逃げでしかないけれど。

 日菜子は零れそうな気持ちを振り払うために、ひときわブランコの音を立てた。

 自覚した途端に失恋なんて、バカみたいだ。

 しかしそれは自業自得だ。踏みつけられた賢仁からすれば、嫌いになられても文句は言えない。

 心の中でしぼんだ風船がくしゃくしゃになって、力なく底に落ちる。今更慌てて自分の息を吹き込んでふくらませても、もう浮き上がることはないのだ。

「あんまり、賢仁を見くびらない方がいいですよ。」

 すると夏目は日菜子の心を読んだかのように言った。

「僕が言うまでもないとは思いますが。」

「え?」

 どう言う意味か問う前に、夏目は柵からおもむろに立ち上がった。

「迎えが来たみたいなので、僕はこれで失礼します。」

「迎え?」

 首を傾げる日菜子に薄い笑みで夏目が答えると、遠くでカラス鳴き声が聞こえた。彼はそのまま公園をあとにする。

 やっぱりつかめない人だと日菜子は胸中で独りごちた。少しだけ理解できたような気がしたが、まだまだ謎な部分が多い。

 それでも、この暑い中探しに来てくれたり、気づかなかったことを気づかせてくれたのだ。感謝の気持ちを込めて、片思いの相手と上手くいくことを祈りつつ、夏目の後ろ姿を見送った。

「ひな!」

 同時に、今一番会いたくて、一番会いたくない幼馴染の声が日菜子の耳に届いた。


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