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君へ贈る歌  作者: こいも
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ひよっこの願い

 潤平の活躍により二葉亭高校の勝利という形で練習試合が終わり、雪春は仕事があると校舎に戻っていった。「また今度」という夏目の言葉に相変わらずの無表情だったが、どことなく諦めた雰囲気を感じた。きっと何を言っても無駄だということがわかっているのだろう。

 丁度お昼時だったので、潤平も連れた残りのメンバーで近くのファーストフード店へ入った。一花はこういった店は初めてだったようでレジで少し戸惑ってしまい、潤平に助けられていた。どうやら本当のお嬢様らしい。 

 タイミングよく六人がけの席が空いていたので腰掛ける。日菜子の向かいに座った一花は、潤平のトレーの上の量に少し呆れたような視線を送っていた。

「先輩、それ全部食べれるんですか?」

「腹減ってるんだよ。」

 ハンバーガーのLセットにプラスして何個か。部活後の男子高校生なら標準的だが、彼女には珍しかったらしい。対する一花はサラダセットに紅茶だった。美少女は選ぶものも綺麗な気がする。

 日菜子は妙な敗北感を感じてポテトをつまんだ。

「ひなちゃんはいつまでここにいるの?」

 朔太郎がオレンジジュース片手に小首を傾げる。相変わらずそういう仕草が似合う子だ。

「19日まで。お盆の間はどっちみち寮に入れないから、夏休みぎりぎりまでいようかなと思って。」

 そこでサロンコンサートのことを思いだし、鞄から喫茶店のリーフレットを取り出した。

「ここでやるコンサートに出るから、よかったら聴きに来て。」

 ついでにその場の全員に渡す。声楽を勉強している人間は珍しいのだろう。皆少し興味深そうに読んでいる。そこで日菜子は賢仁もリーフレットを読んでいるのを見て、そういえばコンサートのことを言っていなかったことを思い出した。何でもすぐに話す日菜子には珍しい。話そうと思っていた日はそれどころではなかったから仕方ないとは思うが。

 頭に蘇りそうになった記憶を慌てて振り払う。

「頑張ってください、佐倉先輩。三島先生と応援に行きます。」

 夏目は雪春の許可を取ってもいないのにそうにこやかに言った。

「ど、どうも・・・。」

 なんて答えればいいかわからずに言葉を濁す。

 それにしても夏目が特定の教師にここまで懐くのも珍しい。どちらかというと教師陣を冷めた目で見るところがあったからだ。

「先生も苦労するわね・・・。」

 一花がぼそりと言う。

「何か言ったか?」

「いえ、なにも。」

 一瞬火花が散った気がするのは気のせいだろうか。美男美女の微笑みは心温まるものなはずなのに、日菜子はなんだが寒気がして思わず腕をさすってしまった。 

「宮下は伴奏しねーのか?」

 その空気に全く気づかない潤平がハンバーガーにかぶりつきながら尋ねる。賢仁がピアノを習っていたことを知っているからだろう。

 賢仁は特に感慨もなさそうに応えた。

「俺はもう、ピアノはやめたからな。」

 やはりやめたのは本当だったのかと日菜子は落胆した。改めて賢仁の口から聞くと、その事実の重みを感じる。賢仁のピアノがもう聴けないということも悲しいが、やはり賢仁が変わってしまうということの方が悲しかった。夏休みに入ってから知った小さな変化が、このままではいられないということを少しずつ日菜子に教え込み、逃げ場をなくしていくようで苦しい。

 途端に座り心地が悪くなったような気がして、日菜子は身じろぎをした。

「そういえば、宮下先輩と佐倉先輩は幼馴染なんですよね。」

 すると冷戦から抜け出した一花が大きな目を瞬かせながら身を乗り出してきた。こうして近くで見るとまつげは長いし肌は綺麗だ。美少女はやはり細部まで美少女なのか。

 自分と比べるのもおこがましいといい加減落ち込むのも止めて、日菜子は頷く。

「うん。生まれた時からお隣さんだったから。」

「いいですね、そういうの。うらやましいなぁ。」

 素直に言う一花に日菜子も心の中で同意した。


 そう。日菜子は幼馴染がいいのだ。ずっと切れることのないこの関係が。






 容赦なく照りつける太陽と、絶え間なく続くセミの声が、日菜子の足取りを重くする。

 夏目たちと別れて賢仁と二人で歩いていたが、先程から何かを考え込む賢仁の様子に、日菜子は恐怖を感じていた。

 どうしたらこの空気を変えることができるだろう。たしかに夏休みが終わるまでに話をしたいとは思っていたが、こんなことならあのまま帰ってしまえば良かっただろうか。

 そんなことを悶々と考えていると、賢仁が突然立ち止まった。

「ひな。」

 その声にいつもとは違う色を感じてひやりとする。

 日菜子も仕方なく立ち止まったが、賢仁の方を振り向けなかった。しかし、どんな目をしているのか手に取るようにわかる。きっとまた幼馴染にはふさわしくないものに違いない。

 まるで背中が焼かれたように熱くなる。

「俺「え、えっと、夏目くんたちも相変わらずだね。元気そうでよかったー!」

 決定的な変化を恐れて、賢仁の言葉を思い切り遮った。後ろから一瞬、言葉を飲み込むような気配を感じたが、それを汲んでやる気はない。

「おい、

「それに三島先生もいい人そう!終始無表情だったけど。」

 このまま賢仁に話させてはいけない。そうしたら、本当に終わってしまう。

 日菜子は恐怖に突き動かされて、口だけをひたすら動かした。

「まさか夏目くんの好きな人って三島先生じゃないよね?」

 だって、嫌だ。その言葉を聞いてしまったら、否応なしに変わらなければならない。

 いつか終わりがくるとわかっている関係に。

「ってまさかねー。先生だもんね!そんな訳・・・」

「ひな。」

 手を掴まれて思わず言葉が止まる。

 まずい。何かを言わなければ、何かを・・・

 でも、言葉が出てこない。無意味に開け閉めする口からは、空気だけが漏れた。

 賢仁は日菜子の手首を握る手に力を込めた。


「好きだ。」


 ああ。と日菜子は泣きたくなった。

 もう、後戻りはできないのだ。

 それでも、日菜子は一縷の望みをかけて言った。

「今までのままじゃ・・・ダメなの?」

「俺は嫌だ。」

 すげなく返される。

 嫌だって、随分勝手じゃないか。日菜子は変わりたくなんかなかったのに。自分の気持ちを押し付けて、日菜子の気持ちは汲んでくれないのか。

 彼の気持ちを考えないようにしていた自分を棚にあげてそう嘆く。

 賢仁は言葉を覆す意思はないと表すように、掴んだ日菜子の手首を更に強く握った。

「今すぐ返事は必要ない。夏休みが終わるまでに、考えてくれ。」

 考えるって、何を?そう言いたかったが、結局頷く以外できなかった。


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