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君へ贈る歌  作者: こいも
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ひよっこの歌い手

 まるでそれは、物語を聞いているようだった。

森の静けさ、どこか不気味な空気、男の苦悩、女の確固とした愛。五分にも満たない曲の中に、全速力で駆け抜けるようなドラマがあった。

 私はそれを初めて聴いたとき、本当に目の前がキラキラ輝いた気がしたのだ。ピアノ、バレエ、演劇。たくさんのことをやってきたけれど、自分がスポットライトに当たる舞台はここだ!と確信した。自分もきっといつかこのような大舞台で、たくさんの人に自分の世界を見せる日が来るに違いない。それはどんなに幸せなことだろうと。



思っていたのだが。



「え・・・?」

私こと佐倉日菜子さくらひなこは、先生から告げられた言葉を理解できずに呆然と呟いた。

ずっと憧れていて、寮に入ってまで入学した京都の音楽高校の先生は、辛そうに先ほどの言葉をもう一度言った。

「だからな、ひなちゃんには才能もないし、ええ声を持っているわけでもないから、歌の道に進むかどうかもう一度考えなおした方がええんと違う?」


 高校三年の夏。夢に見た大舞台が、ガラガラと崩れ去っていくのを感じた瞬間だった。







 あれから数日は何とか耐えながら学校に通っていたが、夏休みになった途端我慢できなくなり、友達と約束していた予定も全てキャンセルして地元行きの新幹線に飛び乗った。

そしてめちゃくちゃに詰め込んだキャリーバックを引きずりながら、春休み以来の我が家――ではなく、隣の幼馴染の家にお邪魔した。家には誰もいなかったが、昔からの付き合いで鍵の隠し場所は知っている。我が物顔で入り込み、二階の部屋のベッドで膝を抱えて座っていると、まもなく学校から部屋の主が帰ってきた。

 玄関に脱ぎ捨てられた靴で、来ていることは気がついていたのだろう。彼は特に驚いた様子もなくいつものようにため息をつくと、自分の勉強机の椅子に腰掛けた。むろん、ベッドは日菜子が占領しているからだ。

「・・・玄関にキャリーバッグが捨てられていたが、京都から直接ここに来たのか?」

 彼の言葉に、こくりとそのままの姿勢で頷く。

「おばさんは?」

「いなかった。」

「・・・合鍵は?」

「京都に忘れてきた。」

 深々とため息を落とされる。そんなにため息ばかりついていたらそのうちハゲるんじゃないかと密かに心配していたが、今は言う気にはなれなかった。

「とりあえず、俺は着替えるから出て行け。」

「お風呂一緒に入った仲なのに何を今更・・・。」

「一体いつの話をしているんだ。冷蔵庫にミルクティーが入ってるから飲んでこい。」

「もらう。」

 即答して立ち上がった。

 昔から日菜子はこれが大好きで、この家でも日菜子用に常備してくれていた。本来は牛乳は喉に膜がはるから歌う前はあまり飲まない方がいいのだが、普段は我慢する必要はない。

 しかしそこで“歌”というキーワードが引っかかり、日菜子は閉じた部屋の扉を再び勢いよく開けた。

「ってちっがーーーーう!!」

「うわっ」

 着替え中の彼は制服のズボンにかかっていた手を中途半端に下げたまま固まっていた。

 日菜子はまじまじと見てから、静かに首を振った。

「・・・いくらなんでも、ドラ○もんのパンツはないと思うの賢ちゃん。」

「お前がくれたんだろうが!!」

 あれ?そうだっけ?と首を傾げる日菜子に、賢ちゃん――宮下賢仁みやしたけんとはもう一度深々とため息をついた。


①「冒頭の歌曲」・・・タイトルは出ていませんが、冒頭の歌曲はブラームスの「永遠の愛」をイメージしています。結婚前でナイーブになっている男性を、女性が「私たちの愛は永遠に変わらないわ!」と諭している歌です。

②「牛乳」・・・本当に喉に膜がはるのかはわかりませんが、飲まないようにしている方は実際にいます。ちなみに豆乳は大丈夫らしいです。

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