ルース・シェード
これは昔、昔のその昔、実際に起きた出来事。
主人公は、12歳の黒猫の男の子、ネロ・アルバ。
彼はコーラル公国の海軍士官養成所に通っている、海兵見習い。
見習いだけど、見習いの中でトップの成績を誇る、頭脳優秀、運動神経抜群の男の子。
まあ、なんでもできるせいで、周りからはその才能を妬まれてぼっちなんだけどね。
ネロは訓練や座学の時間が終わると、海岸に行って、いつも海を眺めながら物思いに耽っていた。
海はこんなに広いのに、たくさんの生き物がいるのに、どうして僕はいつも1人なんだろう。
けど、ある時、彼の世界が変わる事件が起きた。
座学の終わり、いつものようにネロが養成所を出て、海岸に行こうとすると、白いシェパードの見習い海兵の男の子が、先輩たちに絡まれていた。
「お前さあ、影の家の子なのに、海兵になるとか本気なわけ?
影の家の子は、影の家の子らしく、後始末係として俺たちの残飯処理でもしてろよ」
「はっ。
何を言うかと思えば、そんなこと。
先輩たちの頭、チョコレートでも食べすぎて、脳みそではなく蟻が詰まってるんですか?」
「んだと、このヤロ!!」
先輩の拳がシェパードの男の子の顔面に迫った。
パシ。
拳が顔面に届くかというところで止まる。
ネロが先輩の腕を掴んで止めたのだ。
「何すんだよ、テメェ……」
「先輩方、落ち着いて下さい。
喧嘩は両成敗です。
罰として、三日間の夕飯抜きですよ」
「うるせえよ、いい子ちゃん、ネロが!
お前から、のしてやろうか!?」
脅されても、ネロは不敵の笑みを浮かべたままだ。
「へえー、僕をのすんですか?
その前に、僕が職員室にたどり着いて、このことを報告する方が早いと思いますよ?
忘れたんですか、僕の足の速さ」
「……お、おい、やめとこうぜ。
ネロの足の速さには誰も敵わない。
夕飯抜きは、俺はごめんだぜ」
「お、俺も!
俺は今、赤点とってるからこれ以上点を下げたくない!!」
観衆と化していた先輩たちが、口々に止めにかかる。
「ちっ。
……おい、この場は見逃す。
だが、今度会った時は覚えてろよ」
ネロの腕を振り切った先輩は、仲間を連れてその場を後にする。
「助かりました!
ありがとうございます、ネロ先輩!
僕はルース。
ルース・シェードと申します。
今年の夏にこの養成所に入りました」
「……あ、うん。
気にしないで。
……それじゃ」
「ええ!
ちょっと、待って下さいよ!
どこに行くんですか?
僕もついて行っていいですか?」
「……えっと、ごめんね
1人になりたいから……」
しゅんと、目に見えて落ち込むルースを見て。
ネロはその先の言葉を切る。
「……あー、でも。
なんだか、お腹が……空いた、かも?」
途端にルースの顔がパッと輝く。
「でしたら!
一緒に、ジュード爺さんのレストランに行きましょ、ネロ先輩!!
ジュード爺さんが揚げる、フライドポテトは絶品ですよ!!」
かくして、ネロとルースは、セント・バーナードのお爺さんシェフ、ジュード爺さんが経営するレストラン、
『スロースローライフ・レストラン・ジュード』
を訪れたのだった。
まあ、この時のネロは、衝動的に行動して、予定が大きく狂った不安半分、初めて養成所の誰かと食事をする楽しみ半分だったのだが。
「ジュードおじさん、特製フライドポテトセット2つ!
飲み物は、僕はフルーツ・オレで!
ネロ先輩は?」
「えっと……僕はカフェオレで」
「はい、はい。
今、用意するけんの。
ちと、待っちょれよ」
料理が届くまで、ネロはルースにどうして彼が先輩たちに絡まれていたのか聞いてみた。
すると、ルースが絡まれていた理由は、ルースが以前、あの先輩たちにいじめられていた同期を助けたところ、今度はルースがいじめのターゲットになったからだった。
ネロは感心して言った。
「ルースは勇気があるね」
「それなら、ネロ先輩だって。
今日、僕を助けてくれたじゃないですか」
「あの時は……夢中だったから。
……いつもの僕らしくなかった。
それよりもさ、ルース。
ネロ先輩って呼ぶの辞めない?
後、敬語も辞めない?
そんなに歳が違うわけでもないし。
なんか堅苦しいよ」
「えー、でも、ネロ先輩は成績優秀で模範生で、僕たち見習いの中の憧れなんですよ!?
だから……、いいですよ!
ネロ先……ネロと友達になるのはすごく夢でし……夢だったから!」
「うん、決まり!
よろしく、ルース」
「よろしく、ネロ!」
「ほっほっ、青春じゃな。
ほれ、フライドポテト2つと、フルーツ・オレとカフェオレじゃ」
「ありがとう、ジュード爺さん!」
2人息ぴったりで礼を言う。
これが、ネロの世界がルースという友達を得たことで、人生が変わった時間。
それから、次の話までに約一年の時が流れる。
一年後の秋。
その秋はどうもおかしかった。
実りの秋のはずなのに、どんぐりや栗がちっとも実らない。
魚も貝も何も獲れない。
そして、秋なのに、日がとっても長いし、とにかく暑い日があるかと思えば、雪が降り、吹雪の日もある、てんで天候がおかしい秋だった。
コーラル公国の人々は迫り来る飢饉に怯えた。
この頃、ジュード爺さんも悪い風邪を患ってしまった。
ネロとルースがジュード爺さんのお見舞いに病院に行くと、ジュード爺さんは2人の手を握ってある話をした。
「2人とも聞いてくれ。
わしはな、レストランを経営する前は、これでも7つの海を渡り歩く冒険家だった。
そんなわしの冒険家人生最大の発見は、とある南の島でマジック・ブックが隠された迷宮を発見したことじゃ。
じゃが、わし1人では迷宮を踏破できなかった。
火を吹く獅子像に囲まれた部屋、刃物の風が飛び交う部屋、真っ暗闇の水没した部屋……。
追い討ちに、マジック・ブックの存在を信じない、頭の固い投資家たちにも見放された。
それならと冒険家を引退し、趣味の料理を活かしたレストランを経営するようになったのじゃが」
「マジック・ブックって何?」
ルースがネロに聞く。
「マジック・ブックっていうのは、要するに鍵なんだよ。
この世界は他に107つの世界と並行してある世界で、普段はお互いの世界を行き来できないし、交わることもない。
けれど、これらの108つの世界を自由に行き来することができる方法が一つだけある。
それがマジック・ブックと呼ばれる、本を開いて、行きたい世界に適合する呪文を唱えるとその世界に行ける。
けれど、マジック・ブックは南の国の方の神話に登場するだけで、昔の人が考えた御伽噺の存在って一般的には言われてる」
「さすが、ネロ!
物知りだね!」
ルースが感心したように言った。
「いやいや、御伽噺なんかでは決してないぞ。
2人ともよく聞け。
今、この国に起こっている天変地異は並行世界のどれかで起こった危機と、なんらかの因果がある。
並行世界で起こる危機は、必ず反対側の並行世界とも連動するのじゃ。
だから……ゴホ、ガホッ」
「ダメだよ、ジュード爺さん、安静にしてなきゃ!」
ルースは慌てて、ジュード爺さんの背中を空いている片方の手でさする。
「よいか、この国を救いたいのなら海を渡り、南のそのまた南の島にある、灰の最果て島に行くのじゃ。
灰の最果て島の迷宮を踏破し、マジック・ブックを手に入れて、反対側の並行世界の危機を解決すれば、この国も救われる」
「ジュード爺さん、確かに神話にも、並行世界の危機が反対側の並行世界と連動するという記述はあります。
でも、それは短絡的では?
もっと、いろいろな原因があるかもしれません。
えっと……ほら、魔法道具の使いすぎとか?
森の木を伐採しすぎたとか??」
にわかには信じ難くて、ネロは躊躇いがちに反論した。
「……ゲホッ、ハァハァ。
ネロ、こんな現象はこの公国有史上、どこにも起こっとらん。
魔道具の使いすぎや木の伐採のしすぎなら、昔にも同じ問題が起こっておるはずじゃろ?
信じられなくて当然じゃが、紛れもない真実じゃ。
行け。
灰の最果て島に。
行け」
「……あー、でも、なんで僕たちなのジュード爺さん?
それなら見習いの僕らよりもっと頼りになる海兵の方が……」
「ルース。これは、お前とネロにしか頼めん。
なぜなら……」
「ジュードさん、よろしいですか?
お薬を飲むお時間ですよ」
控えめに病室のドアをノックする音が響く。
「……ともかく、これはお前たちにしか頼めん。
行け」
そう言い切ると、ジュード爺さんはようやく握っていた2人の手を解放した。
ルースとネロは無言で、ジュード爺さんの病室を後にした。
2人は、以前、ネロが1人で物思いに耽っていた、海岸へ向かった。
「……なあ、ネロ。
ネロはジュード爺さんが言うことどう思う?」
「……どう思うも何も、養成所の規則で、正当な理由なしに長期の外泊は認められていない。
それに、僕たちはまだ未熟だ。
そんな大冒険はできない。
そもそも、マジック・ブックは御伽噺の存在だ。
あり得ないよ」
「……そっかぁ」
「ルース?」
「……僕はさ、ジュード爺さんの言ったこと、信じるよ。
ジュード爺さんは決して嘘をつかない人だよ。
それは長い付き合いの僕が一番よく知っている。
……ネロ、僕が灰の最果て島に行くって言ったらどうする?
止める?……それとも先生に言う?」
「馬鹿言うなよ、ルース。
君は僕が止めたって、絶対に押し切って行くだろ?
先生に言うだって?
僕は、親友を決して売らないよ!
君にはストッパーが必要だよ、ルース。
いや、頭脳担当とも言うべき?
僕だって君とは長い付き合いだから、君のことがすごくよくわかるよ!
僕も行くよ……本当は反対だけど」
「やった!
さすが、ネロ!
わかってる!」
ネロとルースはハイタッチした。
「けれど、それなら念入りに準備する必要があるよ。
専門のエキスパートの意見だって聞かなきゃ」
「ネロ、それなら任せろ!
優秀なエキスパートと何人か知り合いなんだ!」
海岸の夕陽が、大冒険の相談をする2人を優しく照らしていた。




