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断罪は私がプロデュースします  作者: 月雅


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第1話「四度目の茶番」

——また、この場面か。


鏡の中の少女が、薄く笑っていた。


蜂蜜色の髪は肩甲骨の下まで真っ直ぐに流れ、紫水晶の瞳には朝の光が白く映り込んでいる。頬の線は二年前より削れた。食事を減らしたわけではない。ただ、眠れない夜が積み重なると、人の顔はこうも変わる。


「二年」


声に出すと、喉の奥にざらついた感触が残った。


十五歳の春に目を覚ましてから、七百と少しの朝を数えた。一度目の断罪の記憶、二度目の断罪の記憶、三度目の——。指先が冷えた。鏡台の縁を掴む。爪が白くなるほど力を込めて、それからゆっくりと離した。


今度こそ、完璧に退場する。


完璧に幕を引けば、この繰り返しも終わるはずだ。終わらなければならない。そう信じなければ、この二年間の準備に意味がなくなる。


泣くのは一周目で終わった。怒るのは二周目で終わった。三度目で——悟った。断罪は避けられない。王太子アルベルト・レグランディアは必ずわたしを断罪する。聖女リゼット・フォンティーヌは必ず涙を流す。それは太陽が東から昇るのと同じくらい確実な、この世界の法則だ。


ならば。


避けられないものを、最高の形で仕上げるのが、プランナーの仕事ではないか。


鏡台の引き出しから手帳を取り出した。革の表紙は二年分の手垢で色が変わっている。最初のページに書いた文字を指でなぞった。


「断罪プロデュース計画」


前世のわたしなら企画書にまとめただろう。A4用紙に要件定義、タイムライン、関係者リスト、会場レイアウト。この世界にA4用紙はないが、やることは同じだ。


扉を叩く音。三回、間隔が均等。マルガレーテだ。


「お嬢様、お支度のお時間です」


「入って」


侍女長が静かに入室する。三十歳の女性にしては所作が鋭い。銀の盆に朝食の茶と軽食を載せ、寝台脇の小卓に置く手つきに迷いがない。紅茶の湯気がベルガモットの香りを運んだ。


マルガレーテの目がわたしの手帳に一瞬だけ止まり、すぐに逸れた。十年の付き合いだ。聞かないでいてくれる優しさを、この人はいつも正確な分量で差し出す。


「本日は学園の始業集会です。馬車の手配は済んでおります」


「ありがとう。——ねえ、マルガレーテ」


「はい」


「宮廷行事の予算書を取り寄せてちょうだい。卒業舞踏会に関する直近三年分」


マルガレーテの手が一瞬だけ止まった。茶器を置く音が、朝の部屋にやけに響いた。


「今年は例年と違うのですね、お嬢様」


「ええ。今年は——わたくしが演出いたしますの」


何を、とは聞かなかった。代わりに一礼して、「承知いたしました」とだけ答えた。その声の温度がわずかに低かったことに、わたしは気づかないふりをした。


学園の大講堂は、相変わらず設計に問題がある。


石造りの壁が音を吸い、天井が高すぎて声が散る。窓の位置が左側に偏っているから、午前の光は壇上の右半分にしか届かない。壇上に立つ人間の顔が半分影に沈む。


——この照明で感動的な断罪は無理ですね。


もっとも、断罪の舞台は学園ではない。卒業舞踏会の会場、王宮の大広間だ。あちらは照明の数が倍以上ある。問題は配置だが、それは後で確認する。


壇上に学園長が立ち、新年度の挨拶を述べている。その後ろに、見慣れた二つの影。


金髪碧眼の青年が、壇上の端で腕を組んでいる。王太子アルベルト。十九歳。剣の稽古で鍛えた体躯に、仕立てのいい軍服を纏い、顎を少し上げて講堂を見下ろしている。威厳を意識した姿勢。だが足の開き方が広すぎる。前世の結婚式で見た新郎の緊張と同じだ。自信があるように見せたいとき、人は無意識に面積を取る。


その半歩後ろに、亜麻色の髪の少女。リゼット・フォンティーヌ。十七歳。聖女。小柄な体を王太子の影に寄せるようにして立ち、伏し目がちに講堂を見ている。控えめで、儚げで、守ってあげたくなる立ち位置。


——導線が最悪。


わたしは手元の手帳に視線を落とし、ペンを走らせた。壇上の立ち位置、窓からの光の角度、二人の距離感。すべて書き留める。三周分の記憶が教えてくれた。この二人は常にこの距離で立つ。卒業舞踏会でも同じだ。


集会が終わり、生徒たちが席を立ち始めた。その流れの中で、アルベルトがリゼットの肩にそっと手を置き、何事かを囁いた。リゼットが顔を上げ、小さく微笑む。


わたしの視線に気づいたのか、アルベルトがこちらを見た。碧い目が冷たく細められる。婚約者を見る目ではない。三周前も、二周前も、一周前も、同じ目だった。


「ヴィクトリア」


名前だけを呼ぶ。敬称はない。婚約者に対して、公の場で。


「殿下」


わたしは完璧な微笑みを貼りつけた。令嬢教育で叩き込まれた角度、唇の開き具合、目元の力の抜き方。


「殿下、その立ち位置ですと逆光でお顔が見えませんわ」


アルベルトの眉が動いた。


「断罪をなさるなら、もう少し照明を意識されてはいかがでしょう」


沈黙が落ちた。


リゼットがアルベルトの袖を掴んだ。アルベルトの喉が一度上下し、何か言いかけて、閉じた。意味を掴みかねている顔だった。わたしが何を知っているのか、どこまで見えているのか、測りあぐねている。


わたしは軽く一礼して、背を向けた。


足音を一定に保つ。背筋を伸ばす。振り返らない。講堂の石床を踏む靴音が規則正しく響く。ここは前世で言うなら、会場を下見した帰り道だ。感傷は要らない。必要なのは段取りだけ。


廊下に出ると、秋の風が首筋を撫でた。石壁に背中を預け、息を吐く。


——あの目。三回見た。四回目でも、やはり胸の奥が軋む。


手帳を開いた。ペンを持つ指がかすかに震えている。力を込めて、一行書いた。


「照明。音響。座席配置。要確認」


仕事に戻れ。仕事だけが、わたしを守ってくれる。


その夜、マルガレーテが予算書の写しを持ってきた。


寝室の書き物机に広げる。燭台の灯りの下で、数字と項目を追った。卒業舞踏会の予算配分、会場設営費、装飾費、食事費、楽団の委託費。例年通りの配分に、無駄が多い。装飾に予算を割きすぎて照明が足りない。音響に至っては項目すらない。


そして、最後のページ。承認印の欄。


「宮廷行事管理局 承認——宰相補佐官 クラウス・ヴェルナー」


ペンが止まった。


宰相補佐官。宰相府の右腕。宮廷行事の最終承認権を持つ人物。過去三周では、社交の場で遠目に見たことがある程度だった。背の高い、表情の薄い男。子爵家の三男。実力で今の地位に就いたと聞く。


この人を動かせれば、会場の設計を根本から変えられる。


わたしは予算書の上に手帳を重ね、新しいページを開いた。


「マルガレーテ」


「はい、お嬢様」


背後に控えていた侍女長が、一歩近づいた。


「この人を味方につけます」


指先が予算書の署名を示した。マルガレーテが身を屈め、燭台の灯りに目を細めてその名を読んだ。

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