表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

第六話:ステージに欠かせないもの

 夏休みが明け、三週間と少し。楽しいお休み期間が終わったにしては、天川女子高には浮かれた雰囲気が漂っていた。高校生活を彩る一大イベント、文化祭が間近に迫っているからだ。

 放課後になったというのに、どの教室でも生徒達は帰らず、今週の金・土曜に開催される文化祭の話題で盛り上がっている。

『ガッツリ系のフードチケット集めてて~~』『〇時にカレシ来るからシフトを~~』『お化け屋敷とフードのセットプランが~~』『招待券余ってたら~~』

 聞こえてくる会話は、食べ物系模擬店の商品引き換えチケットのことであったり、運営仕事のシフト調整であったり、セールスであったり、入場招待券の融通であったり。娯楽であっても、真剣な取引だった。


 天川女子高の文化祭では、食べ物系模擬店は事前購入チケットとの引き換え制。体験系模擬店で人気のものも同じく事前予約制。入場のための招待券は生徒一人につき各日三枚ずつ配布される。招待券制度は両親や兄弟姉妹など家族を呼ぶ想定だが、土曜の招待券については家族よりも、意中や交際中の他校男子に渡る場合が多い。

 男子を連れて校内を歩き、食事し、出し物を楽しむ。これが一種のステータス。特定の相手がいない場合には、複数人で招待券を持ち寄り、他校に顔の利く女子が男子グループに配布。合同コンパじみた一席を設けることすらある。

 もちろん文化祭らしく、文科系部活動による展示やステージ、調理科や服飾デザイン科による学科専門発表も盛ん。色めきと真面目が詰め合わせになった様は、まさに青春と言えよう。


 そんな賑わいもどこ吹く風。冴姫・崇子・茉佑の三人はいつものごとく、練習のためそそくさと教室を出ようとする。

 それをクラスメイトの明るめ癖髪のギャルっぽい女子が、軽い調子で呼び止めた。

「ねぇアイドル部の三人組! 招待券の土曜日分はもう配った???」

 最初に答えたのは茉佑。和やかな雰囲気で。

「うんっ……! お父さんとお母さんに配ったよ」

 続いて崇子が微笑みを浮かべる。

「私も、パパとママに」

 最後に、崇子から肘で押されて冴姫が渋々。

「……おばあちゃんとヘルパーさんに渡した」

 三人の返答を聞き、クラスメイトの女子はお願いする格好で手を合わせた。

「つまり配ったのは二人分だけってことだよね? お願い! 余った招待券を譲ってくれない? カレシが後輩連れて来たいって言ってて……。譲ってくれたら、お返しにフードチケットあげるから!」

 冴姫が反射で『嫌』と言いかけるのを、崇子は肘で制止。笑顔で応じた。

「いいよー。茉佑ちゃんも冴姫ちゃんも、いいよね?」

 鞄から招待券を取り出す崇子。

 茉佑もにこやかに財布から券を出した。

「いいよっ! どうぞっ!」

 こうなると冴姫も合わせるほかなく、捨てる予定でポケットに入れていたクシャクシャの招待券を出すのであった。

「……崇子が言うなら。フードはいらない。食事制限くらいしてるに決まっ──」

 面白くない顔で言う冴姫に、崇子が被せる。

「──ステージ前でダイエットしてるから、何もいらないよ。私達に渡すつもりで用意してるんだったら、カレシ君の後輩にでもあげちゃって」

 そう言って三人分の招待券をまとめて差し出す崇子を、クラスメイトの女子は女神様を相手にする勢いで拝んだ。

「ありがとう! 本っ当に、ありがとう!」

 すかさず崇子は営業スマイル。

「どういたしまして。あ、そうだ。文化祭でやる私達の初陣ライブ、よろしく宣伝しといてねー。カレシ君はダメでも後輩はセーフでしょ(笑)?」

「もちろん! カレシも全然、耳だけならヨシ(笑)。バリバリに宣伝しとく! じゃ、三人のライブ楽しみにしてるねー!」

 クラスメイトの女子はご機嫌に、スキップじみた足取りで去って行った。

 冴姫はじっとりした目つきを崇子に向ける。

「観客増やそうっての?」

「そ。なんたって私達、無名もいいとこだから」

「……そうね」

「そこは認めるんだ。てっきり『ワタシがいるのよ?!』とでも言うのかと」

「無名なのは事実だから。ただ、見ず知らずの相手の点数稼ぎになるのがちょっと嫌だっただけ」

 そっぽを向く冴姫に、茉佑が困り気味に反応した。

「見ず知らずって、クラスメイトだよぉ……」

「だって関わりないもの」

「時々話しかけてくれてるよ?」

「覚えてないわ。観客で来てくれたら覚えられるかもね」

「それはそれで……すごい……?」

 気を取り直して三人は、軽口や雑談をしながら教室を出て廊下を進む。いつもなら着替えのために一度部室へと向かうが、今日はその前に立ち寄る場所があった。


~~


 歩くこと数分。三人は普通科の教室からやや離れた位置の、服飾デザイン科の実習室にたどり着いた。人の出入りが多いせいか入口扉は開放されており、中で忙しなくミシンを動かす生徒が見える。

 崇子が先陣を切って入室した。

「失礼しまーす。アイドル部の森山崇子です。衣装の最終確認に来ました。まつりちゃん、いるー?」

 ミシンの動作音と生徒達の騒めきを声が通り抜け、何秒か経過。反応なし。仕方なく崇子は部屋を見回し、後方のトルソー(と衣装)が所狭しと並ぶあたりの作業机に、お目当ての相手を見つけた。

「お、いたいた」

 見つけた人物まで人混みを進む三人。普段はここまで混雑しないが、文化祭という繁忙期にはそうはいかない。様々な部活やクラス出し物の衣装依頼を受けた生徒達が、鬼の形相で詰めの作業中。依頼者とすり合わせを行っている。

 崇子達の要件もほぼ同じで、お披露目ステージで使う衣装の仕上がりを見に来ていた。

「ちょっと遅れちゃった。ごめんね、まつりちゃん」

「……」

 真横から話しかけられても、おかっぱ頭でワインレッド縁の眼鏡女子は、作業机に広げた二着の衣装から目を離さない。肩の意匠が若干ずつ異なる白色基調のワンショルダートップスの隅から隅までに、最大限の意識を凝らしていた。

 付近のトルソーに着せられた、同色オフショルダーのワンピース仕様を見て、冴姫は初めて見た時以上に感心する。

「出来上がってるじゃない」

 同じく眺める茉佑は興奮の鼻息。

「だねっ……! 並んで立ったらすごいんだろうなぁ……!!」


 机上のワンショルダーは、二着が対を成すデザイン。肩布が左肩のものが茉佑用、右肩のものが冴姫用。胸部以下のデザインは同一ながら肩布に違いがあり、茉佑のものは肩に小型のフリル、冴姫のものは短いマントのような大型フリルがついている。

 合わせるボトムスは、黒色で片足が大胆に見える形状の、深いスリットの入ったロングスカートにショートパンツを合わせたもの。茉佑と冴姫で、それぞれ肩布側にスリットが位置。

 崇子の衣装は二人と違い、全体白色で清楚な印象のオフショルダーワンピースとなっている。


 評価する頷きで冴姫が言う。

「ここまでできる子がいるとは思わなかったわ」

 丁寧な仕事ぶりが伝わる仕上がりと、意味の込められたデザイン。冴姫が転校先を選ぶ際、天川女子高に感じたメリットは、狙い以上の結果をもたらした。


 学生アイドルにとって大きな課題となる衣装。冴姫はその点を、服飾デザイン科の存在によって解決できると予想していた。ふたを開けてみれば、衣装問題は解決どころか売りにできる水準。思わぬ儲けものである。

 衣装がそれほどの完成度に至った要因には、製作者の衣笠(きぬがさ)松里(まつり)個人の実力と、彼女に経験を積ませた演劇部の存在がある。

 松里は『家から近い(分たくさん作業できる)』という理由で天川女子を進学先に選んだ、針仕事の虫。自由時間のほとんどを衣装作りに注いでいるだけあり、実力は歴代服飾デザイン科生徒の中でも指折り。そして演劇部は歴史ある強豪の強みで普段から多くの寄付を集めていて、潤沢な運営資金で材料を購入。多数の衣装を服飾デザイン科に作らせていた。

 材料の際限なく、舞台ごと多種多様なデザイン・素材の衣装を制作。才のある松里の腕が磨かれていったのは必然だった。


 演劇部の整えた環境(が生んだ存在)にタダ乗りし、良質な衣装を難なく入手。

順風な状況に、冴姫から笑みがこぼれる。

 そのうちに松里は作業を終え、抑揚少ない口調で崇子に話した。

「……。……? あ、崇子さん、来てたんだ。良かった。ちょうど点検が終わったとこ。早くアナタ達が舞台上で着てる姿が見たい。今すぐ明日にならないかな」

 衣装と三人とを見て、松里は目を瞑る。

 思い起こすのは、夏休みの出来事。


──


 夏休みのある日。自主練習の直前に茉佑と冴姫は、崇子の提案・案内で服飾デザイン科の実習室を訪れた。演劇部の全国大会が終わった翌日のこと。衣装制作から調整まで帯同した服飾デザイン科の生徒達は休日。だったのだが、崇子曰く『彼女は来てる』とのことで。

「失礼しまーす。まつりちゃーん、いるー?」

 扉を開けて呼ぶ崇子。返事はなく、一台のミシンの軽快な動作音が返ってくる。広い実習室の窓側作業机で、一心不乱にドレス型衣装を作る生徒が一人。それが衣笠松里だった。

「入るねー」

 本人の反応がないため、三人は崇子を先頭にそばまで移動。邪魔にならない距離の椅子に腰かけ、作業を眺めた。崇子は松里の機嫌を損ねないように。茉佑は崇子に合わせるのと見学が楽しくて。冴姫は実力がどんなものか測るつもりで待った。

 リズミカルなミシンの音は、十分ほどで止まった。

「……ふぅ。……? 来てたんだ、崇子さん。……三人。三人ってことはアレか」

 松里は未完成のドレスをトルソーに着せながら、人差し指の先端をこめかみにコツコツ当て、思い出す仕草。

 崇子はきちんと座って話した。

「うん。彼女が三人目。龍ケ江冴姫ちゃん。両翼の片側だよ」

「わかった。測らせて」

 短く言い、松里がメジャーを取り出す。

 冴姫はなんとなく目的を察し、素直に応じた。


 身体の各所を採寸し、原型を紙に製図。そのまま仮縫い生地に製図の写しを取り仮縫い。仮縫いを着せて補正し製図に反映。最終的に製図を厚紙へ写し、原型が完成する。衣装の設計図である型紙作成の前段階、始まりの作業である。


 作業を終え、松里はメジャーをポケットにしまって言った。

「ダンスを見せてほしい。できれば、直近でやる予定のを」

 冴姫が尋ねる。

「衣装作りに必要ってことね?」

「そう。動きの激しさや服の動き、アナタがどんな人かを掴みたい」

「わかった。加減ナシでやるから見てなさい」

 黒板前の、普通の教室より広い空きスペースに冴姫は立った。崇子が携帯電話で天川女子の定番曲を再生。冴姫は歌唱付きで、普段以上にキレのあるダンスを披露する。

 松里はその間、パフォーマンスに目を向けつつ、スケッチブックに高速でメモを走らせた。

「~~。いかがかしら?」

 曲が終わり、ちょっとおどけて言う冴姫。

 メモを続け、松里は早口で答えた。

「予想より動きが激しいから、可動の再調整と補強が必要になった。デザインも……。時間的猶予がないから変更は最小限にする。するけど、あぁ、もっと早くに見ていればよかった。演劇部とイメージが混ざるとか我ながら甘すぎる。失敗した」

 ボソボソ言い、トルソーからほぼ完成状態に見える茉佑・崇子用衣装を取り、作業机の上へ。スケッチブックの新しいページに、修正と装飾のアイデアを書き込んでいく。

 暇な冴姫は作業机に広げられた衣装を観察。

「なかなかの出来栄えね。布もそこそこ良い物でしょ?」

 松里はスケッチブックから目線を外さない。

「一年の時から、崇子さんと準備してた。とりあえず後でいじれるような、汎用の手堅いデザインで。三人になりそうってことや、ユニットになったってことを聞いた時は、都度アイデア出しと情報収集もした。布は演劇部の余り。余らせた」

「へぇ。それは振り回して悪かっ……演劇部の?」

 意味がわからず、冴姫が首を傾げる。

 説明は崇子がした。

「演劇部が舞台衣装用に用意した布の端材をかき集めてくれてたんだよ。効率の良い型紙を作ったり、仕損がでないよう他の服飾科の子を手伝ったりして」

 冴姫は経緯を理解。感心したが、未だ疑問が残る様子。

「それは結構なことだけど……、どうしてそんなに協力的なの?」

「まつりちゃんが茉佑ちゃんをお気に入りでね。茉佑ちゃんを専属モデルにするのと交換条件で協力してもらってるの」

 視線を茉佑へと動かす崇子。いつの間にか茉佑は松里からトルソー横に立たされ、作りかけの衣装をあてがわれるなど着せ替え人形の扱いをされている。

 肩をすくめて冴姫が言う。

「モデル向きには感じないけど?」

「そこが良いんだって。ね? まつりちゃん?」

 問いは横流しに松里へ。

 松里は衣装を茉佑に持たせ、スケッチブックにメモ書きしながら答える。

「茉佑さんは良いよ。アナタ達二人のような女性の魅惑を特別に宿した体とは別の、人体の魅力がある。突出した体躯でなく適度に鍛えられていて、削り過ぎも怠惰もない、素直に成長した女の子。そんな子に助力したい欲求が私にはある」

 冴姫は茉佑の爪先から頭のてっぺんまで見て、頷いた。大柄ほどではない体格、にしてはちょい広めの肩幅とやや厚みのある胸板、しっかりした太腿とふくらはぎ。見れば見るほど、運動・栄養・睡眠でできた天然物の健康体に感じた。

「確かに健康的ね。ものすごく」

「あと、控えめな性格なのに意外にも人前に出て行ける、内気と勇気の二面性も良い。恥ずかしがっていても、恥を見せられる強さがある」

 褒め言葉として松里は言っているが、当の茉佑は困り気味。

「恥を見せようとしてるわけじゃないんだけど……」

「安心して、ちゃんと伝わってる。本気で取り組み、本気で失敗してるんだって。気に病むことはないよ。失敗ばかりなのは私もそうだから」

「失敗には見えてるんだ……。って、松里ちゃんの衣装はいつも褒められてるよね? ついこの前も表彰されたって聞いたよ?」

 松里は首を横に振った。

「評価は井の中のことで、表彰と言っても入賞止まり。上には上がいて、自分の未熟さをわからされてばかりなんだ。ベストを尽くして完成させ、その瞬間は綻びがないと感じていても、少し経てば失敗が目についてくる。自分以上を横に並べられたら特にね」

 そこまで言って松里は、感情の起伏薄めな表情に、目を凝らしてやっとわかるくらいの微笑みを浮かべた。

「だから私は茉佑さんが良いの。……それじゃあ、衣装の方向性について少し話そうか。崇子さんから聞いていたユニットイメージとアイデアに、私なりの解釈と現実的な都合を反映して~~」

 その後、四人で打ち合わせをし解散。以降定期的に進捗を確認したり、練習で試着したりと、初ステージに向け準備を進めてきた。


──


 回想から意識を戻し、松里が崇子・冴姫・茉佑に言う。

「大丈夫だと思うけど、最終調整のため一度袖を通して。茉佑さんは特に、着替えの練習だと思って。もちろん、本番の着替えは手伝うけども」

「う、うん……!」

 茉佑は胸の前で掌をぎゅっと握り、頷いた。全員で別室に移動し、試着&着替え。衣装側に問題は無し。茉佑の着付け理解度はほどほどだったものの、崇子・冴姫が完璧に覚えたことでフォロー体制は整った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ