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第五話:決めよう、ユニット名!

 ダンス室の隅っこ、まるで演劇部の稽古場に『お邪魔させてもらっている』落ち着きのなさで、えんじ色ジャージのアイドル部部員達が三角座りで集まっている。

 顧問教師の高齢女性はそんな部員の前に立ち、横に控えるジャージ姿の冴姫へ抑え目の声で促した。

「~~では龍ケ江さん、自己紹介をお願いね」

「はい」

 冴姫は返事をして部員の前へ。稽古する演劇部に一切気を遣わず、なんならちょっと邪魔してやる気持ちで、良く通る声を使い挨拶した。

「普通科二年の龍ケ江冴姫です。今日から正式に入部します。全国大会出場目指してがんばりましょう」

 遠くの演劇部の視線は集まり、近くのアイドル部の視線は外れ。ハッキリと『一緒に』のニュアンスを含む言葉にアイドル部部員が返したのは、肯定や同意を避ける気持ちが滲む曖昧な拍手だった。

「……! ワタシが引っ張るから──」

 片足を踏み出す冴姫。

 角が立つ前にと、最前列のうち二人の部員が立ち上がり制した。

「「──こちらこそよろしく(……!)、冴姫ちゃん(龍ケ江さん……!)」」

「っ、アンタら……」

 崇子が振り返り、さっぱり口調に上品な微笑みを添えて部員に言う。

「私、この二人とユニット組んで全国目指すことにしたから、協力よろしく。一緒にがんばりたい人がいたら、後でも良いから声かけてねー」

 部員達は途端に、冴姫の挨拶の時より騒がしくなった。

『崇子さんが?!』『茉佑ちゃんとって入部の時に~~』『だから今日はジャージで~~』『じゃあ来年はフェスだけ~~』

 一年生部員は驚きの、二年生部員は納得の混じる反応。崇子は入部時に『三年の夏コンに茉佑と出る』と発言。以降は皆が当時の発言を忘れるほどマネージャーに徹していた。

 顧問教師が一度大きめに手を叩き、部員達の意識を集める。

「ほらほら、そんなに騒いでは演劇部の迷惑になるでしょう。龍ケ江さんは全国大会を目指してがんばるのは良いですが、皆とも仲良くね」

「……はい」

 冴姫の返事が小さかったのは、『皆とも仲良く』に不同意であるため。挨拶もそこそこにぬるりと始まった練習は、たったの一時間で終了。週一依頼の外部コーチもおらず、練習そのものが久しぶりということで、柔軟体操と基本的なステップ確認程度の軽いメニューだった。

 冴姫はその時に初めて知ったが、三年生引退後のアイドル部の新体制では、茉佑も崇子もキャプテンやそれに準ずる立場になく、茉佑は『夏コンリーダー』、崇子は『その副リーダー』という、先行きが想像できる『別枠』扱いとなっていた。


~~


 練習が終わり、部室で着替え──を冴姫・茉佑・崇子の三人だけはせず、空き教室練習場へ移動。さっそく自主練習を始める。他の部員を誘ってはみたものの、予想通り誰一人現れず。……と思っていたら。

「あの……、龍ケ江さん、いる?」

 教室の扉が開き、新キャプテンのボブカット女子が入ってきた。さすがにキャプテン、やる気がある。とはいかないことは一目瞭然。ジャージではなくきっちり制服に着替え、制汗剤のフルーティな香りを漂わせていた。

「忙しいんだけど。何の用?」

 期待外れと、ぶっきらぼうに返す冴姫。

 キャプテンはおもねる声色で言った。

「お願いがあって……、来月の文化祭のことで……」

「お願い? アンタがキャプテンなんだから勝手に決めればいいじゃない」

「あ、いや、龍ケ江さんの意見も大事だし……」

「あっそ。何? ワタシ達の邪魔にならないならなんでもいいわ」

 明るく気さくな性格のキャプテンも、見限りの態度を隠さず見せつけられたら怖気づくもの。冴姫の顔色を伺いに伺って、キャプテンは伝える。

「その、文化祭のステージ、龍ケ江さん達は別枠で出てもらっていい、かな?」

「別枠ぅ? 意味わかんないんだけど」

「ごめんっ、説明不足で! 今年のアイドル部のステージは、二班に分けようと思ってるの。来年の夏フェス班と、夏コン班の二つに……」

「あー……、そういうこと」

 要するに『同じステージに立ちたくない』。察した冴姫はむしろ好都合だと、あっさり了承の返事をする。

「いいよ。ワタシ達の演技枠をちゃんともらえるなら、それで」

「! それはもちろん! ありがとう!」

 肩の荷が下りたのか、安堵の顔に変わるキャプテン。

 これで話は終わりと思いきや、珍しく茉佑が口を挟んだ。焦った様子で。

実央みおちゃんっ、わたし、みんなと出られないのっ……?!」

「あっ、それは……、出たいなら大丈夫だけど……」

「良かったぁ……。夏フェスもだよね?」

「フェスもまぁ、茉佑が出たいなら……」

 キャプテンは勢いに押されながら少し考え、許可。

 茉佑もまた安堵の表情に変わった。

「出たい! 出たいに決まってるよ……! ずっと一緒にがんばってきたんだから!」

「そう、だね。ウチらも茉佑と一緒はうれしいな」

 受け答えするキャプテンの視線は冴姫に向いている。チラチラと、何度も。

 冴姫はと言うと、早々に崇子から口を塞がれ、離れた壁際で耳打ちされていた。

「冴姫ちゃん、邪魔しちゃダメだからね」

 拘束を脱し、冴姫は抗議。

「なんで! ただでさえ茉佑は下手なんだから遊びに取らせる暇は──」

「──遊びじゃないよ。茉佑ちゃんをあっちに出さなかったらどうなるか、考えてみて」

「は? ……。……こっちはこっちで好きにやれて、クオリティアップになる」

「微々たるね。好きにやれるってことが持つ意味、わからない?」

「……?」

 理解できないで喋れない冴姫に、崇子は教えた。

「好き勝手やるってことは、天川女子高アイドル部から『離れ』ちゃうってこと。学校代表で夏コンを戦うってのに『学校属性』を失っちゃうのはマズいよ」

「ワタシ達だってこの学校の生徒でしょ」

「冴姫ちゃんはスポーツで言うとこの助っ人みたいなもの。私は三年目でいきなりステージに立つ得体の知れない秘密兵器。私達三人の中で学校属性を持ってるのは茉佑ちゃんだけなんだよ」

 冴姫は顎に手を当て思考の後、納得。それでいてまだ反論する。

「だったら崇子もアイツらと出ればいいじゃない」

「私は本気じゃない人とやりたくないから。前にも言ったよね」

「自分を棚に上げてアンタねぇ……」

「私情だけじゃないって。私が出たがるの歓迎しないもん、あの子達。フォーメーションめんどくさくなるし、目立っちゃうから」

「アンタが目立って何が悪いの」

「そりゃあ……って、アレ? 冴姫ちゃん気づいてて断ったんじゃないんだ」

 意外そうにする崇子。

 首を傾げる冴姫。

「気づく? 差を見せつけられるのをビビってるか、嫌われてるんじゃないの?」

「それもあるけど、私は違うじゃない」

「えっ? アンタ嫌われて──」

「──まーせーん! 仕方ないからヒントあげる。一つ、文化祭でステージに出る女子高生です。二つ、我が校の文化祭は生徒一人につき三人までお客の入場招待ができます」

 崇子が指を一本二本と立てて話すのを、冴姫はピンと来ていない表情で聞いた。

「……うん? それが??」

「浮世離れしてるなぁ……。簡単だよ。皆、『カレシ』呼んでるの。それか気になるオトコノコをね。カレシに良いトコ見せようってステージで、誰かさんの『引き立て役』にはなりたくないでしょう?」

「……。……。……はぁ?」

 遅れに遅れて反応した冴姫は、頭痛でもするかのように額を手で押さえる。

「オトコのためにやってるっての……? アイドルしてたら副産物(オマケ)で集まるのを、目的って……???」

「オマケかの解釈はノーコメで。ま、女子高の本気(ガチ)でもないアイドル部に入る理由なんかそんなもんだって。学校活動扱いで可愛い衣装着て、ミニ動画でちょっと地元の有名人になれて、他校の男子とも関われる、みたいな」

 唖然とする冴姫に崇子は続けた。

「キャプテンは確か、東高野球部の次期エース君がお相手。あっち男子校で、チア部とチア派遣に行った時知り合ったんだったかな。副キャプテンは商業高サッカー部のエース君と。他にもあちこちでスクールカースト上位男子とデキてるよ。自由恋愛を楽しめるのはお気楽アイドル部ならでは、だねー」

「ま、まさか茉佑も……」

「茉佑ちゃんはアイドル一筋です。良く言えば」

 冴姫がホッと胸を撫で下ろす。

「気が散っていないようで安心したわ」

私的わたしてきには、学生のうちの適度な恋愛は良い経験だし止めてないんだけど……。この辺の男子はわかってないんだよね、茉佑ちゃんの魅力」

 腕組みする崇子に、冴姫はキャプテンと茉佑を見比べ、微妙な調子で返した。

「まぁ、そうね……。あの子らの『引き立て役』になっちゃってるし……」

 華奢で小顔でクビレボディながら、欲しい場所には厚みがあるキャプテン。横に並ぶと、茉佑の健康的で安心できる体格が際立つ。立派な太ももはともかく、しっかりめの肩幅とまぁまぁの背丈は、『アイドル部の彼女』を求める男子の好みからは外れていそうだった。

 崇子がジットリした目つきを冴姫へ向ける。

「茉佑ちゃんにも熱心なファンはいるからね? カレシ君達も『異性としては……』でも、『応援したくなる』とは言ってたらしいし」

「引き立て役へのお情け?」

性別(オンナ)によらない魅力かもよ?」

「そうだったら強いけどね」

 性別も年齢も問わず人を惹きつける魅力は、アイドルとしてとても強力。冴姫もよく理解しているが、茉佑にそれがあるかについては疑問符。それよりもアイドル部部員への不満が勝った。

「茉佑やアンタはいいけど、他は全然ダメダメね。カレシやらオトコのためってんなら、こっちから願い下げ」

「まー、落ち着くところに落ち着くってのが人間だよ。冴姫ちゃんや茉佑ちゃんみたいに天高く飛びたいだなんて思う方が稀。希少。変わり者」

 冴姫もまたジットリした視線を返した。

「変わり者はアンタもでしょ」

「私は……」

 と、崇子が言いかけた辺りで、茉佑と話していたキャプテンが教室の扉を開けた。

「じゃ、じゃあ、ウチはこれで。三人ともがんばって! 応援してるから!!」

 茉佑は手を振ってお見送り。

「ありがとっ……! 文化祭もフェスもがんばろうね……!!」

「そだねー。ウチらのステージの時、三人のことも紹介するから! まずはユニット名が決まったら教えてー。ばいばーい」

 ガラリと扉が閉まり、数秒。

 茉佑が勢い良く、冴姫と崇子を向いた。

「龍ケ江さん、崇子ちゃん! ユニット名だって……! たしかにだよね……?! 決めなくちゃ……!」

 鼻息荒く言う茉佑に、冴姫は平静に言った。

「いよいよ『三人でがんばって』ってことね。はぁ、結局こうなっちゃったか……」

 冴姫にしてみればメンバー集め失敗。けれども冴姫は、ユニット結成を呑気に喜ぶ茉佑を見て『これでも良いか』という気分がしてくる。

 苦楽を共にする仲間だと思えば、早いうちが良いとも思った。

「アンタ、……じゃなくて、茉佑!」

「はいっ!」

「その『龍ケ江さん』っての止めなさい。長ったらしくて時間の無駄。『冴姫』でいいわ」

「へぇ?! え、えぇ……?!」

 困惑する茉佑の両肩に、崇子が手をのせる。

「良かったね茉佑ちゃん。アイドル様を呼び捨てにして良いってよー」

「よ、呼び捨てになんかできないよっ! えっと、ええっと……」

 頭の高さはほぼ同じなのに、茉佑は冴姫に遠慮がちの上目遣いで。

「さ、冴姫、ちゃん……」

 と、小さな声で言った。

 冴姫は即座に。

「声が小さくて聞こえないんだけど?」

 やり直しを要求。

 茉佑は緊張と混乱で目を回しながら、ジャージの布をぎゅっと握り。

「冴姫ちゃん! 改めてよろしくね……!」

 今度はやや大き過ぎる声で言い、片手を差し出して頭を下げた。

 冴姫は握手に応え、小さく笑う。

「はいはい、よろしく。なんだかまるで愛の告白でもしてるみたい」

「えぇっ???!!! そ、そんなつもりじゃなくて──」

「──冗談だって。崇子もよろしく。できる範囲には容赦しないから」

 慌てる茉佑を適当にあしらい、冴姫は後ろの崇子に手を差し出した。

 崇子は微笑みを保ったまま握手。

「こちらこそ、厳しくやるね」

「それは楽しみだこと」

 二人が静かな火花を散らす間、茉佑は黒板に向かった。チョークでカリカリと『ユニット名候補』と書き込む様は、文化祭の催しもの決めのそれ。

 気づいた崇子が声をかける。

「今週中に候補だして、週末に決めよっか」

「うん……! 龍ケ江さ……、冴姫ちゃんもそれでいい?」

「いいんじゃない?」

 冴姫が答えるのを見て、崇子がニヤリ。茉佑に言う。

「リーダーの了解も得たことだし、練習ながらに候補出しやっていきますかー」

「そうだね……!」

 当人含め誰の異論もなく、ユニットリーダーは冴姫に決定。

 そして週末、三人での練習前にユニット名を決めることとなった。


~~


 夕方の教室。練習ながらに話し合うこと十五分。チョーク片手の冴姫は渋い顔で、一つの候補を丸で囲った。

「~~というワケで、厳正なる多数決の結果、ワタシ達のユニット名は【偏翼(かたよく)天使(てんし)】に決定。以上」

 茉佑は拍手で、椅子に座る崇子を称えた。

「良い名前を考えてくれてありがとう……!」

 崇子はちょっと陽気なおちゃらけで応える。

「いやいや、たまたま思いついただけで、茉佑ちゃん達のも良かったよ」

 会話を聞いている冴姫は不服そうにした。

「なーにが『たまたま』よ! がっつりロゴデザインまで準備してたくせに! 姑息な!」

 パソコンから教室モニタに出力されている、左右で大きさの異なる純白の翼を背景にした、豪華有料フォント製の『偏翼の天使』の字。黒板のチョーク文字とは『準備』が違う。

 余裕の表情で崇子は返した。

「勝つためにはあらゆる手を尽くすもの。姑息と思うなら拒否してくれても良かったけど?」

「それは……。変な名前で頭から離れなかったの!」

 冴姫が顔を背ける。本音のところでは負けを認めていた。

 ユニット名最終選考のこの日、黒板には三つの案が残っていた。


 一つ目は茉佑考案の『しゅがーろーど』。天川女子高が、某県を始点とした日本版砂糖貿易街道『シュガーロード』上に位置することから。和菓子屋の娘らしい、可愛い案である。次点のボツ案は『団子三姉妹』。

 二つ目は冴姫考案の『トリシューラ』。ヒンドゥー教のシヴァ神の持つ特徴的な得物の『三』叉槍のことで、『三』にちなんだ『カッコイイ単語』からピックアップ。次点のボツ案は『Drei Stern(ドライ・シュテルン)』。

 三つ目が崇子考案の『偏翼の天使』。ボツ案無しの全力賭けだった。


 冴姫は自身の案を黒板消しで消しながら、不満を引きずる。

「こんなにカッコイイ名前なのに……」

 崇子は腕組みで反論した。

だれかを『不動明王』扱いってのはねぇ」

「知らなかったの! それを言ったら崇子のは、ワタシと茉佑を翼扱いしてる!」

「大きさも強さも違う翼だけど、三人で天使になって空を飛ぼうね、って。ほら、綺麗でしょ?」

「自分で自分を天使部分(まんなか)にするヤツの意見が綺麗、ねぇ……?」

「いえいえ、私なんて大したものでは。翼があっての天使ですので」

「全然謙虚になってないから、それ」

 軽口を叩き合う二人。なお、冴姫は自分の案が通らなかったことに不満こそあれど、崇子の案そのものは評価していた。自分達の見え方を『自覚している』と。

 崇子を中心として冴姫(じぶん)と茉佑が並べば、ビジュアル含めた実力差はまさに、大きな翼と小さな翼。観客にはさぞ偏った翼に見えることだろう。それはこのユニットのわかりやすい弱点だが、だったらいっそ自ら晒して、指摘をヤボなものにしてしまうのは悪くない。崇子も、そのように理由を説明していた。


 冴姫は納得の、茉佑は嬉しそうな顔でユニット名を眺める。一方で崇子は茉佑を見つめた。その背の小さな翼の羽ばたきに思いを馳せながら。

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