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第四話:観客としての夏、アイドルとしての夏

 田舎の早朝であっても夏は夏。山中や水田のあぜ道ならまだしも、アスファルトで固められた道路と歩道は前日の日射熱をたっぷり蓄えたまま。昇ってきた太陽と結託し、オーブンの両面焼き気分を体験させてくれる。

 そんな見た目がのどかなだけでしっかり暑い景色を、二人の少女がそれぞれに走っている。玉の汗を流しながらもしっかりと、それでいて軽快な調子で。

 道路沿いの交番を通り過ぎた辺りで進路が交差。足踏み走りで挨拶を交わした。

「龍ケ江さんっ、おはよっ……!」

「おはよう。アンタ、今日は本番でしょ?」

「日課だからしないと変で……」

「ルーティーンってことね。じゃ、がんばって。うちのおばあちゃんがパソコンで見るそうだから、だらしない演技したら説教ね」

「うんっ……! がんばるねっ……!」

 軽く話して、互いにランニング再開。冴姫と茉佑の背中が離れていく。冴姫は顔には出さなかったが、日々の感心をまた一つ積もらせた。災害でもなければ雨だろうと猛暑だろうと、茉佑は毎日ランニングしている。冴姫をして練習になる負荷の距離を鏡写しのコースでだ。復路の交差もほぼ同じ位置になるため、走るペースだって引けを取らない。

 背中の遠くで茉佑の声が聞こえた。いつものごとく、町の人と挨拶を交わしている。

『お、おはようございますっ!』

『おはよう茉佑ちゃん、暑いのにがんばるねぇ!』

『今日明日は大会なので~~』

 聞こえたのはそこまで。冴姫が思うに、茉佑は根っからの社交家ではない。どちらかと言えば内気で、大人しい性格だろう。それなのに挨拶は自分からするし、ぎこちなくも必ず笑顔。恐らく大会のための草の根アピール活動と、表情管理や度胸付けの練習。努力家であることは間違いなかった。

「(才能だけがないのよねぇ)」

 評価すると同時に哀れみを感じ、冴姫は黙々と走った。


~~


 今夏のポップソング&ダンス競技はフェス・コンクール共に、完成して日の浅い大型アリーナを貸し切って行われた。非都市部としては有数の収容人数を誇る施設で、普段はプロバスケットボールを始め各種スポーツや、コンサート等に使用されている。これほどの舞台に立てるのは一日二日であっても、高校生にとって貴重な体験。

 それを冴姫は、家で祖母とインターネット配信で見た。祖母は茉佑の姿を見つけただけで喜んだが、冴姫はそこそこ面白くない気分だった。茉佑に対してではなく、フェスでは楽しそうに演技していた部員達が、コンクールでは終始ぎこちなかったのが気に食わなかった。

「(ほぼフルメンバーって……。多過ぎ、持て余してる。意味のある人数じゃなくて、責任逃れしたいだけの編成。無駄にフォーメーションがややこしいし、ごちゃごちゃしてる)」

 コンクールでの天川女子高校の出場メンバーは十人超。崇子を除くほぼ全員がステージに立った。冴姫の考える通り人数に意味はなく、『どうしても出たくない』人以外は強制参加した格好。同様の状態は天川女子以外にも数校見られた。

「(振付は無難。というか、難を逃れられるモノを合わせたのが見え見え)」

 ダンスはミスせずに済みそうな簡単な振付と、済ませたい気持ちが画面越しにも伝わる『置きに』いった動き。それでいて『やってる感』を出したかったのか、フォーメーションは妙に変更が多かった。歌もとにかく角が立つのを恐れた調子で、冴姫は演技のどこにも『表現』や『意欲』を感じられなかった。

「(茉佑のが一番マシだわ)」

 茉佑の演技はと言うと、ところどころで振付を間違い、雰囲気も全体からちょっと浮いていた。ミスはミスであるし、チームと足並みが揃っていないのも一種のミス。

 しかし冴姫はどちらも(素人公演として)許容している。

「(人数を絞ってれば、アンタもまだ気が散らなかったでしょうに)」

 振付ミスをしたのは、フォーメーション変更付近。位置移動、他の部員の動き、振付等が一度に重なり、器用でない茉佑の脳内処理能力を超えて起こった。このミスは人数を絞れば改善可能として、冴姫はそれほど重く見ていない。

 では、何が一番マシだったのか。

「(目的を誤らなかったのは褒めてあげるべきかもね)」

 茉佑は部員の中で一番、観客を見ていた。立ち位置後ろでは大きく動き、前では足元にもしっかり手を振る。チームで浮いていたのは、それらの動作や表情管理(笑顔)などを、たった一人ででも積極的に行っていたから。

 天川女子で茉佑は唯一、表現と意欲をもってアイドルであろうとしていた。

「(崇子がああ言うワケね。ま、ワタシが活を入れてやればいいだけよ)」

 部員達がどう転ぶかは、明日にもわかる。入賞も遠かった天川女子の結果をチラと見て、冴姫は来年のための練習と下準備に戻った。


~~


「誰もこないってどういうこと?! 信じられない!!」

 冴姫の声が、部室に虚しく響く。夏休み真っ只中の午前八時三十分。大会翌日の部室にいるのは、冴姫・茉佑・崇子の三人だけ。

 こだました嘆きは崇子が拾った。

「そりゃあいないよ、大会終わったんだし。ねぇ茉佑ちゃん?」

 椅子に腰かけやれやれ顔で、崇子は話題をパス。

 茉佑は手まぜしながら話した。

「誘ったんだけど……、他校の子とフェスの打ち上げあるからって……」

「なにそれ?! 敵同士で馴れ馴れしくして! 勝つ気あんの??!!」

「ご、ごめんなさい……」

「アンタに言ってないって。……ってか、じゃあアンタ達はなんでいんの。打ち上げは?」

 しょぼくれる茉佑の姿に、二人にはとばっちりだったと怒りの矛を収める。

 質問には崇子が答えた。

「冴姫ちゃんが来ると思って」

「打ち上げだって聞いてれば来なかったわ」

「そしたら他の子より先に私達が会っておけないから」

「アンタ達……」

 そこまでしてワタシと組むのが楽しみで……と、冴姫が感動しかけたのも束の間。

 崇子はさっさと真意を言った。

「じゃなきゃ今みたいに、最初に会った子が怒鳴られちゃうでしょ?」

「そ、そんなことしないし!」

「あれ? さっき『勝つ気あんの!』って──」

「──無駄話はこの辺にしましょう。時間が惜しいもの」

 冴姫は分が悪くなったとみるや、早々に話を切り上げ。

 そこにずいっと、茉佑が寄った。

「あ、あのっ! 夏コンでわたし、どう見えたっ……?」

 当然、良い反応が返ってこないのを覚悟の上。

 少し迷って冴姫が選んだのは厳しい言葉だった。

「……全然ダメ。ファンサやら、ちょっとややこしいフォーメーションに気を取られて、あの程度の振付を忘れてちゃあね」

 茉佑は両掌を胸の前に。ぎゅっと握った。

「そっか……! そしたら次は忘れないよう、もっとがんばる……!!」

 揺れる瞳から伝わる、少なくないショック。それでも心を踏ん張ったのがわかる真っすぐな視線。

 冴姫は抑えても口角が僅かに上がるのを感じた。

「意気は良いじゃない。せいぜい励みなさい。今日から毎日みっちり鍛えてあげる」

「やったぁ、うれしい……!」

「威勢がいつまで続くかしらね。隔日とはワケが違うわよ?」

「望むところだよ……!」

 そうして意気揚々とジャージに着替え、ダンス室へと出発する茉佑と冴姫。崇子は『用事を済ませてから行く』として、二人とは別で部屋を退出した。


~~


 アイドル部の練習日だから貸切、と思って開けたダンス室扉の前で、冴姫と茉佑は立ち尽くしていた。

「アイツら誰?! どういうこと???」

「演劇部の子達だよ。どういう……ことなんだろうね?」

「アンタ文句言ってきなさい」

 冴姫に顎で使われ、茉佑はおずおずとダンス室を進んだ。ジャージ姿の演劇部はよく訓練された兵士のごとく、部屋中央で副部長を前に整列している。

 歩いてくる茉佑に気づいて、演劇部副部長が片手を軽く上げた。ハキハキとした口調に整った顔立ち、高身長ショートカットヘア。まるで舞台上だった。

「天野さん、おはよう! 今日はアイドル部の練習は休みじゃなかったかな?」

「お、おはようっ、木崎きさきさん。そうだけど、自主練しようと思って……」

「自主練とはいいね! しかしそっか、困ったなぁ」

「どうしたの?」

「いやぁ、実はね~~」

 眉をハの字の困り顔で、普通科二年、演劇部副部長の木崎きさきらんは事情を説明。

 それを聞いた茉佑は──。

「~~そうだったんだ……。それならえっと……、いいよっ。顧問の先生やキャプテン同士で話がついてるんだもん」

 ──二つ返事で答えた。

「ありがとう! でもいいのかな、あの子絶対に怒ると思うよ?」

 蘭の視線が冴姫へ向く。

 茉佑は肩をビクつかせ、言いづらそうに返した。

「う……、だ、大丈夫……。たぶん……」

「それならいいけど……。通し稽古中じゃなかったら、空いてる場所を使ってくれていいからね」

「ありがとう木崎さん! 全国大会がんばってね……!」

 五分かからず話を終え、茉佑は小走りでダンス室入口へ。

 すぐさま事情と経緯を冴姫に話し、即座に怒鳴られた。

「~~ということで、全国大会に出発するまでの間、演劇部に場所を貸すって話になってたみたいで……」

「はぁ?! そんな約束しちゃってたの?! てれてれやって負けた上に邪魔な置き土産まで……! 昨日付けで引退した部員との決め事なんか無効よ無効!」

「だけど顧問の先生だって……」

「名ばかりでしょ?! 練習見ないし見れない人だって知ってんだから!」

 冴姫が怒っているのは、アイドル部が借りているダンス室を演劇部に又貸しすることになっていたと聞かされたため。昨日付けで引退したアイドル部キャプテンと演劇部部長、両部活の顧問同士で約束していたらしい。


 そのような約束になったのは、天川女子高の演劇部がこの地域ではかなり強豪で、今年も全国大会への出場が決まっているから(と、弱小のアイドル部が県大会で敗退するとわかりきっていたから)。強豪故に大所帯の演劇部は練習場所に困り、アイドル部に相談。アイドル部キャプテンは深く考えずに了承し顧問へ報告。顧問教師は運動部経験者だったことから、強い部活への協力に疑問を持たなかった。


 権利を奪われ(?)憤慨する冴姫に、茉佑が恐る恐る言う。

「で、でもわたしっ、協力してあげたくて……。全国大会でがんばってほしいから……」

「なに甘いこと言ってんの! 全国目指してるのはワタシ達も同じ! ヘタクソなのに、練習場所もナシでどうやって上手くなるつもり??!!」

「場所なら、ここの端っことか屋上とか……」

「どうせ端でも邪険にされるのがオチよ! 真夏の屋上も論外、死ぬ! ……いいわ、アイツらはワタシが追い払って──」

 握りこぶしでダンス室へと突入しかける冴姫の肩に、掌が載せられた。崇子だった。

「──そんなことしたら、追い払われるのは私達の方だよー」

「なんでそうなんの。使用の正当性があるのはワタシ達のはず!」

「今はね。だけどそんなの簡単に覆るよ」

「はぁ?」

 平静に話す崇子と、納得がいかない冴姫。

 崇子は粛々と説明した。

演劇部(あっち)は強豪で、アイドル部(こっち)は弱小。それにダンス室を使いたいのはアイドル部全体じゃなくて、次の夏コンに本気の私達三人だけ。正当性を主張するのはいいけどそれで正式な手順を踏まれちゃったら、教師陣・生徒会どっちの会議でも演劇部が権利を勝ち取ると思うよ」

「ぐ……。で、でも、演劇部には演劇部の場所があるでしょ?!」

「体育館ステージがそうだけど手狭だろうからねー。ダンス室(ここ)にいるのでも部員の半分だし」

「あるならいいじゃない! こっちは練習場所がなくなるのよ?!」

「そこは手を打ってるから大丈夫」

「……は?」

「ついてきて。ほら、茉佑ちゃんも」

「う、うん……!」

 ゆっくりと歩き出す崇子と茉佑。冴姫も不服顔で続いた。ダンス室を最後尾で出たのは冴姫だったが、演劇部への対抗心とイジワル心で扉は開けたままにした。


~~


 ゆっくりな分しばらく歩き、校舎一階端の空き教室に到着。崇子が制服ポケットから鍵を取り出し開錠。冴姫と茉佑に言う。

「ここが今日からの練習場所。どさくさ紛れで夏休み以降も使えるようにしたよ。少子高齢化を活かしていかなきゃね」

 教室はほとんど物が置いておらず、パッと見で目立つのは黒板付近の机と椅子一組と、映像教材用のモニタ一台。他には後方端に予備の机や椅子が数脚と、使用頻度の低い教材が固められているくらいだった。物置扱いにしてはホコリっぽくなく、比較的最近に整理された形跡がある。

 茉佑ははしゃいで教室に入り、どんどん窓を開けて換気。熱もった風が吹き込んだ。

「ありがとうっ、崇子ちゃん! いつの間に準備してたの?」

 椅子に腰かけ、崇子は答える。

「新学期始まったくらいからボチボチね。演劇部優先になるのは予想ついてたし」

「さすが! 先見の明、だね!!」

 練習場所問題を解決した様子でいる茉佑と崇子に、冴姫は厳しい目つき。機嫌の悪さが伝わる腕組みと足踏みで言った。

「なにが先見の明よ! 大幅なグレードダウンじゃない!」

 崇子がわざとらしく首を傾げる。

「だったら屋上でする?」

「するわけないでしょ?!」

「じゃあ文句言わないでほしいな。借りるのも片付けるのもラクじゃなかったんだから」

「っ……!」

 文句だときっぱり突っぱねられ、黙らせられる冴姫。

 さっそく悪くなった雰囲気をどうにかしようと、茉佑は崇子に話した。

「た、崇子ちゃん、片付けってどうやったの?」

「物の移動はりょうちゃん達に頼んで、簡単な掃除は自分でやった感じ」

「へぇー、葛城かつらぎさん達がやってくれたんだ。文化祭でオリ曲やるって忙しそうだったのに」

「その作曲を手伝ってるからね。歌唱・演奏指導もサービスで」

「そっかぁ。崇子ちゃん、本当にありがとうっ!」

「どういたしまして」

 茉佑と崇子が二人の世界に入る前に、冴姫は疑問を尋ねた。

「亮って誰?」

 崇子が答える。

「同級生の葛城かつらぎりょうちゃん。軽音楽部でギタボやってる友達。ライブハウス通ったり、部のバンドで地域イベント出たり結構一生懸命やってて、練習や作曲の手伝いを時々頼まれるの。来月末の文化祭でも演奏するそうだから、ぜひ見てあげてね」

「ふーん」

 尋ねておきながら冴姫は気の抜けた反応。アイドル活動に役立ちそうにないなら覚える必要もない、そんな感覚だった。さっさと興味を移し、髪ゴムでロングヘアをハーフツインに。軽やかな左右ステップでフローリングの使い心地を確認する。

「~~っし。ま、贅沢は言わないことにするわ。直射日光が当たらないだけマシだもの。……はー、鏡がないのは痛いわね」

「そこは私に考えがあるよ」

「?」

 ダンス室と違い、ここは普通の教室。当然ながら全身鏡など存在しない。しかし崇子はアイデアがあるらしく、端に纏められた道具の山から、いつぞやの三脚とカメラを取り出し、黒板前に設置した。

 冴姫が言う。

「録画はいいけど、鏡の代わりにはならないでしょ」

「ううん。録画もするけど、こうして……」

 崇子はコードを出して一端をカメラに繋ぎ、もう一端をモニタに接続。リモコンで起動。モニタには若干の遅延はあるが、冴姫や茉佑の姿がしっかり映し出された。

「無いよりはマシだと思わない? ダンス室だって使えはするんだし、本当に鏡が必要な時はそっち行くって使い分け」

 わざわざ言わなかったが、崇子は練習場所について、マシどころか良い状況にしたと思っている。正式な手順で争えば負ける演劇部に『貸し』を作り、使用権そのものは維持。ついでに部とは別の、自分達だけの練習場所まで確保したのだから。

「そうね、悪くないわ。これで勘弁してあげる」

「へいへい、ご機嫌が戻ったようで何よりですよー」

 いつの間にか評価する側で上機嫌の冴姫に、崇子は過剰にへりくだった口調で返事。かと思えばノートパソコンを机に置いて、腕組みで椅子に腰かけた。

「さ、ここまでしてあげたんだから、茉佑ちゃんの指導、きっちりやってよね」

「言われるまでもないわ。地獄を見せてあげる……!」

 冴姫から向けられる、殺気(やるき)に溢れた視線。

 迫力に茉佑が縮みあがった。

「ひぃぃ! 今までのは違うの……?」

「あんなのお試しもお試し! 観客に天国見せるためにはもっと追い込まなきゃ!! ほらっ、柔軟体操、始め!!!」

「は、はひっ!」


 こうして、次の夏コンを見据えた三人の日々がスタートした。ちなみに冴姫としてはこの時まだ、本気のメンバーをあと二人くらい集めるつもりだった。しかし一週間の休みを経てようやく再開した部の練習初日に、その目論見はあっさり挫かれることとなる。

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