第二十二話:県北高校アイドル部『リコレ』(2)
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リコレの課題曲ライブは、ブルーライトだけが灯りのうちに始まった。弦楽器が先行する静かなイントロ。すぐに入る歌唱は璃子のソロから。歌唱と言っても歌い上げない。セリフを呟くように、あるいは話すように、文字の詰められた歌詞を辿る。
楽曲詞中の『僕』が語るのは、感情・痛みの共有。サビまではメロディ・歌詞共に抑えられた進行。一転してサビは爽やかに駆け抜ける。著名な清楚系多人数アイドルグループが国内の音楽賞レースで大賞を取った楽曲で、そのため頻繁にポップソング&ダンスコンクールの課題曲の一つに選出されている。
メロディと歌詞の配分、ダンスの忙しさ等で部活動アイドルには難易度が高く、人気ながら選ばれるケースはそこまで多くない。
璃子達がこの曲を選んだのは、シンプルな理由。四人ともがこの原曲を歌うアイドルグループを好きだったから。惹かれた点は様々あるが、このアイドルグループが良家の子女の雰囲気を持っていて、そこに純以外の三人は自分を重ねた(反対に純はグループ内の一般家庭出身者に重ねた)。
中でも璃子は殊更に、自分が選ばない人生をこのアイドル達に感じている。
歌い始めから二小節目で照明は通常のものに変わり、四人の確かな姿が浮かび上がった。手の振りが主のダンスを少々。抑えた進行中に一瞬挟まるキャッチーなフレーズの予兆音に合わせて、四人でステージ前方へと走り、停止。客席に近い位置で本格的にダンスが始まる。
清楚な味付けのようで、スピンや手の動作でロングスカートを翻らせる動きを入れ、観客の目を惹きつける。振付のほとんどは元ネタに忠実。アレンジがみられるのは、少人数故に減ってしまう視覚的な情報量を、ステージ上を四人で円となって回るなどの移動量(運動量)に変換している点。
ステージとしての目標は、可能な限り正確に元ネタを再現すること。
そんなリコレの目標は、高いレベルで達成された。
「(ここも、ここも、できた、できてる、ちゃんと! これが私達『リコレ』! これが私の宝物!)」
璃子は思う。純と、栄里と、麻衣と目が合って頷き合う。全員が手応えを感じていた。当然、観客の反応を見てのことで、璃子達が求めずとも(元ネタが客席を煽らない上、璃子達に煽る余裕もない)サビにさしかかかった頃には、一般席のどこかから『はい! はい!』とコールが飛んでいた。ここまでの出演者に見られなかった、観客の自発的な好反応である。
リコレの四人の楽曲表現力はそこそこ。歌唱力やダンスは、県内でこそハイレベルだが全国平均。県内でも技術に限れば商業高校の方がやや上。
では、その差はどこにあったのか。
「~~♪。……はぁ、はぁ、ありがとうございました! 改めまして、県北高校アイドル部『リコレ』、萩原璃子です! 時間も残り少ないので、自己紹介だけさせてください~~」
額に汗を輝かせ、歌い終わりから流れで自己紹介する、璃子ほかリコレのメンバー達。やりきった顔の彼女達に、観客席の多くから温かい声援が飛んだ。
『良かったよー!』
『可愛いー!』
『選曲いいねー』
『自由曲もがんばれー!』
自校招待席だけでなく、一般席のプロアイドルファンも結構な数が好反応。観客席の広くから声と拍手を浴び、リコレの四人は満足げに舞台袖へと引き上げた。
マイクがオフになってすぐ栄里が、麻衣が、純が、璃子の肩や腕を取る。
「やったね璃子! これならいけるかもよ?!」
「栄里ちゃん気が早いよ……。でも今まで一番だった……!」
「うちらを舐めんなってな」
「うんうん。皆良かったよ、次もがんばろう」
輪になって跳ね、和気あいあいと喜び合う四人。
そこに、二つの視線が注がれる。
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一つは客席前方壁際・出演者鑑賞席。商業高校アイドル部キャプテン『三吉野美雨』の眼差し。実力伯仲ながら自分達以上の好反応が起こるリコレに、唇を噛んでいた。
「(わかるけど……そうなるのはわかるけど……!)」
美雨には、リコレと商業高の差は一点のみに見えている。部活動にかける思いや努力量はもちろんのこと、パフォーマンスだって自分達の方が上。差があるとしたらそれは、容姿の違い。
化粧っけ少なくても綺麗で可愛い、田舎にいてほしい美少女かそうでないか。リコレの四人は皆それぞれ、商業高であれば十分にエースをはれる見た目をしている。
「(それでもわたしは、わたし達はやるんだ!)」
エース不在とは、アイドルをやるとはそういうこと。高校生だからそれくらいわかる。それでも夏コンで県代表を勝ち取りたくて、部活動アイドルをやりたくて美雨は商業高に入った。そういう子が集まった。
「(リコレに譲る気はない。リコレには……)」
しかしそれは、リコレと自分達の間に限った話。今回は例年にない、イレギュラーな存在がいる。
まさに台風の目。周囲にとって災害としか思えない存在が──。
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「(──やっぱり、元ネタとの相性が良いわね)」
もう一つは舞台袖。出番を待つ冴姫が目を細める。伝わってくる観客の盛り上がり。冴姫はそれを、美雨より進んだ観点で分析していた。リコレは容姿が整っていることに加え、手本としたアイドルとの『相性が良い』と見る。
「(下手に色を出さず手本を『演じ』れば正解になるし、必死さも素直さも『無垢な少女性』になる。良いとこのお嬢さんっぽいのも元ネタと同じ。だからこそ『惜しい』のだけど……)」
同時に、『もっと良くできる』と感じるむずがゆさ。
眉間を寄せる冴姫に、横から崇子が軽い調子で声をかけた。
「結構良いステージだったねー。さて、勝算のほどはいかがでしょう、アイドル様?」
冴姫は顎をツンと上げる。
「あるに決まってるでしょ。でも、絶対とは言わないわ」
「あれ、弱気?」
「油断しないってこと。ワタシも崇子も茉佑も、彼女らに比べて実績ないんだし」
「わあ謙虚な姿勢。それじゃあステージ初心者の私も見習って気を引き締めるとするよ」
崇子はふっと息を吐き本番モード。端正な顔立ちに好戦的な微笑。自校の文化祭から数えてたった二度目のステージとは思えない、強者の佇まいに切り替わる。
わずかな経験でみるみる完成していく崇子に、冴姫も笑みを浮かべた。
「(もう言うことナシとか、さすがスーパーサラブレッド。今日来た人はラッキーね。間違いなく良いものが見られるわ。……さて、あとは)」
解禁される両親等の情報と、課題曲の選曲、披露する崇子。いつか来るであろうメジャーデビューより貴重かもしれない『アイドル:森山崇子』の本当のデビューなのだから、立ち会えるファンは幸運。そんなことを考えつつ冴姫は、巻き込まれる『一般人:茉佑』を気にする。
茉佑は出番直前の今も健気に言いつけを守り、口の動きだけで今日のミッションを繰り返していた。表情は普段の気弱だが、意識は一点集中で。
その愚直さを、冴姫は嫌いじゃないと思っている。
「茉佑、わかってるわね?」
「……あっ、えと。『一人を見つける』だよね?」
「そう、それでいいわ。やれることをやりきりなさい。そういう意味では、ワタシも崇子も同じだから」
「うんっ! がんばろうね……!!」
緊張混じり、けれども良い笑顔で茉佑は言った。
冴姫と崇子は意図して茉佑を視野狭窄にさせている。大入りの大会場で見るべきものを見て、見なくて良いものを見ないように。
ちょうど良い頃合いで、近くの運営スタッフが冴姫達に合図した。
『ステージ側準備完了です。天川女子高校さん、課題曲ライブを始めてください』
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「(あれが、MiSaKi……)」
反対側の舞台袖。パフォーマンスを終えた璃子は、そこからステージを見ていた。普通の明るい照明の下を歩く三人。何をどうしても、冴姫を目で追う自分がいる。
「(朝と同じ。MiSaKiがそこにいる、ただそれだけで)」
今朝。璃子は二階高さから視界遠くに、冴姫の姿を見つけてしまった。アリーナ横の歩道、もう姿が見えなくなるかどうかの距離。ステージ上じゃない、衣装でもない。学校の制服とコートで歩いているだけだった冴姫を。
冴姫は髪をかき上げ、ちょっとドヤ顔で横の女の子に何かを言っていた。女の子はコクコク頷いたり困ったり。恐らく二人は仲間か友達で、青春を切り取った映画とかドラマのワンシーンのよう。
まるで、MiSaKiが世界の主役。
まるで、世界はMiSaKiのステージ。
だとしたら、見ている私はカメラだろうか。璃子はそう考えてしまった。冴姫を特別に感じた。だけどまだ、戦う気でいた。……なのに。
「(次もがんばって、それで。……皆でサインでもしてもらおうかな)」
ステージの上の冴姫を見た瞬間から、対抗意識は消え去っていた。




