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第二十話:冬の空

──


 迫る開演時間。舞台裏でみんなと肩を組んで円陣を作る。両隣がそうなのか、みんながそうなのか、私がそうなのか。腕は小刻みに震えてた。だけど私がしっかりしなくちゃ。

 リーダーとして、いつもの掛け声。

「ここはどこー?」

 八千人の観客が集まるプレコン会場で。

 観客のお目当ては、天川女子高に現れた元プロアイドルとアイドル二世。

 でも。

「「「わ、私達の庭!!!」」」

 みんなの反応が鈍い。

 落ちついて。弱気はダメ。

 外部先生の練習もこなしたんだし、私達だって。

「声出てないよー? 緊張するけど、逆に言えばこれはチャンス! みんなで有名になっちゃおう!」

 大観客は怖いけど、ここで私達を売り込められれば有名になれる。チャンスなんだ。

 みんなも頷いてくれた。気を取り直して。

「客席の色はー??」

「「「「「「私達の色!!!!!!」」」」」」

 よし、揃った。ひとみも、さがわんも、よっしーも、きみちゃんも、一年生なのに柑南(かんな)ちゃんも声が出てる。

 これなら、行ける。

「私達の庭に、私達の色を! 『ガーデンカラー』、レディー?」

「「「「「「ゴー!!!!!!」」」」」」

 足を一つ踏み込んで円陣開放。課題曲のイントロと同時に舞台袖を飛び出す。スポットライトがパアっと眩しい。

 まずは長めのイントロのうちにユニット名、それから……。


 ……それから?? ……まずは???


「あ……、え……」

 八千──私が──八千──ユニット名を──八千──ユニット──八千──八千、八千、八千……八千人!!!

「そ、苑子(そのこ)、センパ、イ……」

 袖? 何?? 柑南ちゃん??? ……あぁ、そうだ、紹介。まずは私がユニット名を伝えなきゃ。練習した、私の……。

「わわわたし達は、清園(きよその)高校アイドル部の『ガーデンカラー』で……」

「苑子っ、歌っっ!」

「へ?」

「歌い出しっっ!」

「?! っ、♪~~」

 あっぶない、よっしーのおかげで歌い始め間に合っ──ッ痛、よっしー?! なんでここに?! 場所違うしステップ逆!!

「ミスった、ごめん!」

 音のってる! なにやってんの練習じゃないって!! あっ、いつものとこ! また柑南ちゃん振り違う! りょーこもつられて──あれ、どっちが違う? もしかして私が?? 次なんだっけ???


 やば、ゼッタイ白けて──。


「──ひっ……」


 どうして。どうして。どうしてわたしは。

 わたしたちだって──『できる』だなんて。どうして……。


──


『失敗した』

『練習だとできてたのに』

『さむい』

『自由曲やりたくない。見られたくない』

『盛り上げる気ないなら見にくんなよ……』


 控室に広がる、部活動アイドル達の嘆き。プレコン課題曲ライブを終えたユニットのほとんどが、酷く憔悴した様子だった。頭を抱える者、うずくまって動かない者、震えが止まらないでいる者、泣き出す者、不満を漏らす者……。皆が皆、この日の(ステージ)に耐えられなかった。

 例年の八倍規模である八千人の大観衆。四階席まで埋め尽くす人、人、人。しかもその大半は部活動アイドルではなく、商業(プロ)アイドルのファン層。ステージに立ち注目の的となった一般少女達は、一瞬の興味とパフォーマンス終わりまで続く失望に晒された。

 普段のプレコンにあった、内輪の許容と協力が作る暖かく包み込む空気は八分の一にまで薄まり、品定め・批評・格付け・値踏みが作る冷たい吹き曝しの空気が会場に充満。プロのアイドル──人生をアイドル活動に捧げ才能を磨く者達──を見てきた観客の目には、アイドルに懸ける思いも練習量も圧倒的に少ない部活動アイドルは、生半可以下の片手間に映っていた。


『レベル低すぎ』

『真剣さが感じられない』

『お遊戯会』

『金払ってるんだぞ』

『後で戻りゃいいか』


 こちらは、観客席のそこかしこでみられる不満の声。観客の多くは記憶の中のプロアイドルと比較し落差に冷めた。義務的に拍手等のリアクションをしても、目には隠しようのない無関心が滲む。技量の低さやステージにかける熱意の弱さがつまらなく、その『つまらない』に対し部活動アイドルが返したのは、『挫け』や『不機嫌』の態度。その態度が更に観客をつまらなくさせた。

 このような観客の感想は、部活動アイドルへの理解の低さ(商業・興行基準の評価)によるもので相応しくない面もあるが、そう思っても仕方のない状況でもある。

 プロの世界でもアリーナ級ステージは特別な場所。実力があっても辿り着けないプロアイドルが五万といるため、ファンも同様にアリーナを特別視しており、そこでアイドル行為をする者への眼差しが厳しくなってしまうのだ。


 重く暗い雰囲気の控室。

 冴姫はユニットで半円に並べた椅子に座ったまま、一言呟いた。


「惨憺たる状況ね」

 ステージでも何でも失敗することはある。自分だってミスはあった──あったっけ──言うほどなかったかも。少なくともパフォーマンスに満足できない場面はあったし、その時はショックで恥ずかしくて、嫌な気分にもなった。だけどそれを他人に、見に来てくれた観客に転嫁するのは筋違い。受け止めるべきは自分で、嘆く暇があるなら『次』を良くする時間にすべき。あー、イライラする、こんな良いステージに立ってて~~。

 ~~などと内心でぼやく冴姫に、隣で座る崇子が肩をすくめた。

「誰かさんのせいで酷い有様だねー」

「ワタシのせいだっての? こんな素敵なステージに立ってるんだから、批評くらいされるでしょうよ。と言うか、今日の客入りはアンタも共犯じゃない?」

「いえいえ、私なんぞオマケみたいなもので。九対一で冴姫ちゃんが主犯ね。ところで冴姫ちゃん、どうしてアイドルが部活動になったのか、考えたことある?」

 ところでが過ぎる唐突な問い。

 考えたこともなかったので、冴姫は首を横に傾け一般論で返す。

「ないけど。ダンスや演劇と似たようなもんでしょ。文化的とか教育的などうこう」

「表向きはそうだね。歌もダンスも文化だし、練習は体力がついて、ユニット活動では協調性が求められる。ファンや地域の人との交流で社交力も身につくかも」

 崇子は控室のアイドル部員達を見回し、真面目な顔になった。

「でも私は、このためだと思うんだよ」

「……は? 私は? 持論ってこと?」

 質問してきたかと思えば、持論を展開する崇子。

 とは言え崇子のことだ何か考えがあるのだろう、と冴姫は話を聞くことにした。

「いいわ聞いたげる。どうして?」

「世間知らずの子どもに身の程をわからせるため。見た目可愛い自分なら、チヤホヤされるラクな人生がワンチャンスあるんじゃないか、って思い上がりを挫くの」

 平静そのもので話されたのは、持論にしても強烈な意見。

 冴姫はちょっと目を丸くした。

「ずいぶん過激ね」

「普段はここまで荒療治じゃないから。観客の反応よりも他校の、自分以上に可愛くて歌えて踊れて努力までできる子を見て、『私はそこまでじゃないなー』って適度なところに落ち着いてく。スポーツでもなんでもそうじゃない?」

「あー……、わかってきた。挫折体験って意味じゃ同じね」

 説明されてみれば、冴姫にも肌感覚で理解できる話。運動部でも文化部でもなんでも、他者の存在で自分の居場所を把握するもの。大抵の人は自分より上位の存在を認識し、逆に冴姫は(アイドルとして)上位に行ける予感を持った。冴姫は崇子もそうだろうと想像する。

 そうだとして『挫折しないワタシや崇子は何を?』とも思ったが、話題に出す前に崇子は意見の続きを話した。

「そう。だから皆得るものが、このステージに立つ意味がある。あと、スポンサーいて入場料も取ってるけど、経費は連盟加盟金とか大会参加費とかからも払ってるから、大会自体、半分自主企画みたいなものなんだよ」

 言い聞かせる風の崇子。

 意図がつかめず、冴姫は首を捻る。

「自主企画? それが何? なんで今??」

「皆を擁護しとこうと思って。だって冴姫ちゃんずっと『ステージに相応しくない!』って目してるんだもん」

 見透かされたことには驚き。

 それはそれとして冴姫は言葉を返した。

「アンタも同じでしょ」

 崇子はお澄まし。

「ノーコメで。私だって今にステージで、冴姫ちゃんか冴姫ちゃんファンに挫折させられるかもしれないし」

「本気で思ってる人はそんな風に言わないわ」

 そう話して、冴姫は隣の茉佑に目を向けた。崇子はとても挫折するとは思えないが、茉佑はどうだろうか。プロのオーディションを受けるくらいだから、自分より上の存在は認識しているはず。それでいてめげずに努力している。そんな茉佑にとってアイドル部は何の糧になって、大会は何を『わからせる』んだろう。

 どんな気分でいるのか気になって、つい尋ねた。

「茉佑、部屋の空気最悪だけどアンタ平気? ステージは怖くない?」

「へ? えぇと……。怖いけど平気、大丈夫。たくさん練習したから、やるのは、うん。怒られるのもオーディションで慣れてるよ。その場で覚えるダンスがどうしてもできなくて、指導員の人に『そんなんじゃアイドルやってけないよ!』って毎回ボコボコに~~」

 にへらと笑い、茉佑はプロアイドルのオーディションでの出来事を話した。冴姫には容易に想像できる内容で、きっと『やってけない』どころじゃない辛辣な表現をされただろうと推測しながら聞いた。

 同情する気分はあっても指導員には同意見。なので後半はスルーし、怖がってばかりじゃないことに一安心。茉佑の背中を軽く叩く。

「平気ならいいわ。アンタはド停滞するまで練習したんだから、あとはやるだけ。ボロカスに言われるのを受け止めなさいよ」

「うんっ! がんばる……!! あ、あの、冴姫ちゃんは……」

「ん?」

 茉佑は笑顔で返事、からモジモジ態度に変わり尋ねる。

「冴姫ちゃんは、怖くなったりしないの?」

「怖くないこともないわ。単独イベじゃないから興味ない人もいるだろうし、前と違ってワタシ一人でどこまで満たせるのかわからないもの」

 以前アリーナでライブをした時は、プロの肩書きでユニット『TeSseRa(テセラ)』だった。照葉(てりは)とララがいない今、一人でどの程度観客を呼び込んでいて、どれほど満足させられるのかはわからない。

 けれども、だ。

「でも、全部些細なことだわ。いつだってワタシを知らない人がいて、そのうちのいくらかを──ホントは全員がいいけど──を魅了してこそのアイドルだとワタシは思ってる。それに……」

「それに?」

「いっぱい我慢してめちゃめちゃ練習したんだから、披露くらいしたいじゃない。通用すればそれでヨシ、そうじゃなければ次までに改善するだけ」

「そ、そうだよね……! せっかくがんばったんだもん……!!」

 茉佑は目を輝かせ、身を乗り出す勢い。

 その頭に軽くチョップ。釘をさす。

「ワタシは通用する見込みあってのこと。アンタと一緒にしないでよね」

「うぅ……、ごめんなさい」

 そして、へこんだ分をフォロー。

「まぁいいわ。意気だけはヨシとしてあげる」

「やったぁ……!」

「ステージ後に消沈しないことね」

「ガ、ガンバリマス……」

 これで茉佑は、増長も落ち込みもないちょうど真ん中調子に。ユニットメンバーの士気を安定させる自らの見事なリーダー仕事に満足しながら、冴姫は会場モニタを眺めた。

 現在の出演順は中間で、県内中堅レベルのユニットがパフォーマンスしている。

「(歌は音響に負けて迷子になってるし、ダンスは立ち位置バミリ気にし過ぎ。もっと仕上がり詰められるでしょうに。オマケにウケないからって露骨に萎えはじめてる。そりゃあ観客だってあぁもなるわ)」

 部分部分の技量だけで言えば、およそ茉佑と同程度。なんなら容姿や潜在能力は茉佑より上、と冴姫は考える。つまり茉佑と比べてまるで磨いていないわけで、恐らくその余白が熱意の低さを透けてさせている、とも思った。

「(しっかし、この空気でテコ入れできないのは面倒ね……)」

 ハーフツイン髪を指に巻いて手混ぜ。曲を終えて送られる散発的な拍手、観客の微妙な反応。ここまで出演した全校が観客に全くウケていない。ステージに立つ者への同情や擁護の気持ちは一切ないが、アイドルの仕事はイベントの成功であると考えるため、大会の盛り下がりは気になる。

「(競争(コンクール)だし、オーディションみたいなものと思えば仕方ないけど……あ、下がった)」


 持ち時間を余らせ、中堅ユニットが足早にステージを下りていく。これでリハーサル用の部屋を使える規定の出演順。


 冴姫が椅子を立った。

「さ、リハ室行きましょう」

 茉佑と崇子は頷きで返し、三人揃って控室を出る。進む廊下。モニタで見たユニットとすれ違った。スパンコールのキラキラ衣装とは対照的に、表情はこの世の終わりのそれ。

 茉佑が気にして目で追い、姿が見えなくなった頃に崇子が言った。

「茉佑ちゃん、気になる?」

「ご、ごめん。集中しなきゃだよね」

「そうだね。それもあるし、大会をこんなにした責任を取って盛り上げなきゃいけないよ? ユニットメンバーとしてね」

「! そうだよねっ、盛り上げなきゃ……!」

 鼻息強く、気を取り直す茉佑。

 冴姫は崇子へ抗議の目つきを送った。

「崇子アンタ共犯のくせに……。ちゃんと責任比率分働きなさいよ?」

 崇子はわざとらしく嘆いて茉佑に抱き着く。

「茉佑ちゃん今の聞いたー? 初ステージの私を経験豊富なアイドル様が脅してくるよー」

 茉佑は慣れた様子で棒読み返事。

 頭や背を撫でた。

「かわいそうにヨシヨシ……って、わたしも初ステージだよ……?」

「安心して、茉佑ちゃんも撫でてあげる」

「ありがと、う?」

 お返しに茉佑の頭を撫でる崇子。

 仲睦まじい二人を見て冴姫は呆れる。

「アンタらねぇ……。衣装が皺になっても知らな……」

 廊下の奥に出番を控える集団の姿。立ち止まる冴姫。

 崇子が言った。

「商業高校の子達だね」

「ええ、悪くない雰囲気ね」

 冴姫はニヤリと笑い、集団がステージへと飛び出すまでのしばらくを眺め、見送った。


──


 厳めしい表情の婦人顧問教師と対面して並ぶ、全員黒髪でチェック柄赤色スクール風衣装の十人。『商業高校アイドル部』は部内実力上位十人からなるユニットで、ユニット名は部名まま。特徴は、やや旧時代的な徹底された体育会系スタイル。県内では、県北高校の『リコレ』に次ぐ実力と人気を誇る学校である。


 婦人顧問が、並ぶ部員全員をしっかり見て話をした。

「~~会場の雰囲気は悪く、多くの人が貴女達に注目していません。ですが貴女達のやることは変わらない。衣装班・マネージャー・補欠部員・親御さん・見てくださる観客の方々に感謝し、練習の成果で応えなさい」

『『『『『はい!!!!!』』』』』』

 即座に部員が揃った返事。

「よろしい。話は以上、後は任せます」

 話を終え婦人顧問が下がり、今度は先頭に立つ部員が他部員と対面。背丈は低め、安定感のある体格、丸顔丸髪と八重歯がチャームポイント。商業高校アイドル部キャプテン『三吉野(みよしの)美雨(みう)』。

 美雨は冴姫達の存在に気づきつつも意識を引っ張られず、ヘッドマイクのスイッチに触れ元気いっぱいの掛け声をした。


「わたしたちの魅力はー?」

『『『『『全力ライブ!!!!!!』』』』』

「誇れるものはー?」

『『『『『練習量!!!!!』』』』』

「心に刻むー?」

『『『『『商業魂!!!!!』』』』』

「商業ファイトー?」

『『『『『オー!!!!!』』』』』


 すでに出演時間は始まっており、勢いのままステージへと突入。選んだ課題曲はポップ系、ダンスはチアリーディングライク。顧問の熱い指導と確かな練習量で培った、ハツラツとしたパフォーマンスを披露する。大人が若者に求める・惹かれるエネルギーが満載な、『高校生らしい』ステージだった。


 商業高のパフォーマンスは、一見して単純な高校生スポーツ路線に見えるものの、臨場感のある声出しから客席に伝わるようにしていたり、生徒の裁量重視になりがちな部活動アイドルでは少数派の『伝統体育会系キャラ』を自覚的に選んでいたりと、計算して『高校生らしさ』を『売り』にしている。

 突出した才能に頼らず、『再現可能なパッケージ』で安定して『ウケる(売れる)』戦略。商業高らしいと言えよう。事実、商業高は定期的に上位入賞を収めており、『商業高にエース級が現れるor他校にエース級がいない』などの条件が揃った年には、夏コンで県代表になることもあった。


『こんにちはー! 商業高校アイドル部でーす!!!』

『みなさんの元気な声、聞かせてくださーい!!!』

『座りっぱなしで疲れましたよね? 大きく手拍子で体ほぐしましょう!!!』


 商業高の声出しやライブ、曲間・終わりのコール&レスポンスは、眠気の中にいた観客の目を覚まさせ、爽快な印象を与えた。


──


 会場に充満していた淀んだ空気が入れ替わる、そんな感覚をリハ室の会場モニタ越しに感じ、冴姫はニヤリ。胸を高鳴らせる。


「楽しみにしていてね。ワタシも成果で応えてあげるから」

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