表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/27

第十九話:プレコン、はじまる

 朝、目が覚める。枕の横の携帯電話画面をチラと見て、現在時刻確認。体内時計は正確で、目覚ましベル設定時刻の五分前。鳴るまでは待たずにベッドから体を起こした。タイマーで一時間前に暖房がついているから、布団を出ても寒くない。

 電灯を点け、脚にベルト止めしている矯正装具を外す。寝てる間にすっかり硬直した両脚を軽くマッサージ。ここで目覚ましが鳴り、部屋の窓を少し開けた。外の冷気がソロソロと入り込むのを我慢して、耳を澄ませる。

 隣の家でドアの開く音がして、控え目な声が聞こえてきた。

『行ってきまーす……!』

 それから、徐々に遠のく運動靴の足音。

 挨拶はお家の人に向けたものだけど、私も返す。

「行ってらっしゃい、茉佑ちゃん」

 窓を閉めてマッサージを再開。それから機能維持リハビリや朝の支度。

 今日もがんばろうね、茉佑ちゃん。


 冬だろうと、日曜日だろうと、大会当日の朝だろうと。

 小っちゃい頃から変わらない、茉佑ちゃんと私の日課。


「……次の夏で終わりなのかな」


 当たり前だった日常にも、いつか必ず終わりがくる。

 だったらせめて、飛び切り素敵な思い出を。


「茉佑ちゃんが少しでも、皆に知ってもらえますように」


 大好きなアイドルの羽ばたきを、ほんのちょっとでも助けられるような、そんな。


──


 冬曇り。雪にはならない程度の気温。冬用制服に学校指定の紺色コートを重ねる冴姫と茉佑は、冬季ポップソング&ダンスコンクール(通称プレコン)の会場前に立っている。築浅の新型アリーナで、外観は光沢ある灰色の巨大三角形を合わせた形状。独特の存在感を放っていた。

 冴姫は手を顎に感心した様子。

「なかなか立派な会場ね」

「道路とか周りも合わせて再開発されたんだっ。こんな会場で歌えるなんて夢みたい!」

 茉佑はアイドル部ですでに三回ほど利用した身ながら、うっとり。

 一方で冴姫は不満げな顔をした。

「アンタ達ね、もっと環境に感謝した方が良いわ。高校生の部活動だからってホイホイ使えて良い箱じゃないもの」

 冴姫の言葉は茉佑に向けたものと言うより、部活動アイドル全般に向けられたもの。当会場のライブモードの総座席数は八千席超。いわゆるアリーナ級であり、それほどのステージはプロにとっても大目標。

 ユニット単独でなかったりそもそも商業でなかったりとで単純比較はできないものの、冴姫からすれば格のあるステージを価値もわからず使っている印象で、どうしても当たりが強くなってしまうのだ。

 実力あるいは本気度の不足をたしなめられ、茉佑はしょんぼりと肩を落とした。

「そうだよね、ごめんなさい……」

「許したげるかは今日の活躍次第ね。精一杯がんばんなさい。……で、崇子達は時間通り着くって?」

「えっとね……。もうちょっとで裏の駐車場入るって」

「じゃあさっさと移動しちゃいましょう」

「うん……!」

 会場までの送迎は、冴姫達二人は茉佑父に、崇子と松里は崇子父にしてもらっている。移動が別々なのは、崇子父の車に衣装を積んでいるから。他の部員は応援だけなので開場時間に合わせ電車等で来る。冴姫達に指導の必要がないため、顧問教師は応援部員に帯同する。


 崇子達と合流しようと、軽快な足取りで建物裏手の駐車場へと向かう冴姫と茉佑。

 その背中を建物二階高さの連絡通路から遠巻きに見つめる者がいた。


 黒色にも見える濃紺のジャケットとスカート、寒風になびく長い黒髪。冴姫ほどではないが近い系統のすらりとした容姿でありつつ、冴姫が華麗ならこちらは清純。澄んだ印象の少女の名は『萩原はぎわら璃子りこ』。今大会の優勝候補の一つに挙げられる、県北高校二年アイドル部ユニット『リコレ』のリーダー。


「あれが、MiSaKi(ミサキ)……」


 思わずポツリと零れる言葉。建物で姿が見えなくなるまで、璃子の瞳は冴姫を(しっか)と捉え追い続けた。


──


 アリーナ裏手の関係者駐車場では、衣装等の搬入作業が行われていた。タイムテーブルに従い、各校一台の事前登録車両が入れ替わりで駐車。顧問教師や保護者などの車からアイドル部部員・関係者が荷物を降ろし、入場手続きの後、建物内控室へと運び込んでいく。

 これから競い合う他校が気になっても、時間の限られる忙しない作業。軽い会釈以上のやり取りはなかなか発生しない。しかしある一校が現れた時だけ、この場の皆の手が止まった。

 停車した白色ミニバンの後部座席スライドドアが開き、電子音を伴って座席が電動動作。車外低くへと椅子が移動し、座っていた冬用セーラー服の女子──崇子がゆるりと立ち上がる。『送迎の車が福祉用機能を使った』。事実はそれだけであるのに、皆の目には馬車や籠からお姫様が降り立ったかに見えていた。

 先に助手席を降りていた松里が降車の介助を申し出、それを崇子が丁重に断るなどしたことが、従者と貴人を想起させたのかもしれない。だが何よりも、崇子の纏う雰囲気があまりにも上品だった。他校部員の大半は見られる存在としての差を崇子に感じ、嘆息した。

 崇子は一連の空気感を肌で察し、戦意を失わなかった数人に視線を送る(ガンをとばす)

「(さすがは夏の上位校、戦意喪失しないでくれてありがとう。だけど、今回は私達だよ)」

 微笑み裏の内心まで伝わったのかは定かではないが、一人を除き、皆が視線を外した。残った一人は不愉快そうな目つきをしばらく返し、誰かに呼ばれて自分達の車の後ろに下がった。

 県北高校の濃紺ジャケットスカート、茶髪気味のウェーブがかったロング髪、ほどほどの背丈、過不足ないスタイル、可愛い顔立ちとギャップある擦れた表情。リコレの副リーダー『堀越(ほりこし)(じゅん)』。

 顔と名前を脳内データベースで照合。ついでにリーダーの萩原璃子のことも思い出し、崇子は愉快な気分で笑みを浮かべた。

「(どうかステージ後も同じ眼をしていてね、リコリコちゃん達──)」

「──お待たせ崇子。まだ呼ばれてないのね?」

「あぁ、冴姫ちゃん。そうだね、でもそろそろだと思うよー」

 駐車場まで来た冴姫が声かけ。横に茉佑もいるが、きょろきょろと不安げに周囲を見回している。

 理由を察して、崇子はのんびり口調を使った。

「茉佑ちゃん気になるみたいだねー」

「う、うん……。だって皆見てるから……」

「それだけ注目の的ってことだよ」

「なんだか怖くて……」

「まぁ、的だからね。矢とか銃口が向いてる……みたいな?」

「ええ……」

「だってこれから争う敵同士だもの」

「そっか、そうだよね」

 他校の冷ややかな視線に負けないよう、茉佑は気合を入れて唇を結む。

 様子を見ていた冴姫が不敵に笑った。

「全くアンタはいい子ちゃんね。こういう時はこっちも同じプレッシャーをかけてやればいいのよ」

「そうなの?」

「見てなさい」

 冴姫が見回すと、ジロジロ集まっていた視線は具合悪そうに背けられた。一睨みで全部蹴散らされたので、茉佑が実践する機会はなく。そうこうしているうちに天川女子高の荷物搬入時間となった。

 三人+松里で運び入れ、そのまま数校単位で一纏めの大部屋控室にて待機、各校順番の着替え、リハーサル(ステージを歩く程度の超簡易的なもの)。着替え以降は三人で開会を待った。


──


 定刻に始まったプレコン開会式は、異様な雰囲気に包まれていた。開会挨拶を行った運営連盟の県会長も、祝辞を述べた来賓も、審査員すらもたどたどしい話ぶり。開場からアリーナを埋める約八千人の観客の圧にすっかり呑まれていた。

 事前販売チケットはほぼ完売、当日チケットもあっという間に売り切れ。例年二階席にもとどかなかった観客席は、四階席まで埋まっている。同会場で大会が開催されはじめて以来初めてのこと。

 盛況の理由はいくつかあるが、大きくは二つ。一つは冴姫の存在。もう一つは崇子の(両親の)情報だ。崇子は父親に頼み、今大会を機に報道規制を解除。アイドルと芸能事務所重役の娘が部活動アイドルとして大会出場する、という記事は瞬く間に広がり、大会前から世間の注目を集めていた。

 つまるところ、観客のうちの結構な数が冴姫・崇子目当て。その異様は会場モニターを通して控室にも伝わっている。出演者の多くが落ち着かない面持ちで、オロオロと右往左往したり、椅子に座って動けなくなったり。明らかに冷静さを失っていた。

 その一方で冴姫達は三者三様。着席しての待ち時間を、冴姫は出番を楽しみに上機嫌で瞑想、崇子は音楽を聴きリラックス。大人数が自分達目当てであるのもプレッシャーに違いないが、焦りは微塵も見られない。

 茉佑はと言うと、緊張半分落ち着き半分。同じ言葉を何度も声に出さず復唱する。

「(~~一人見つける、一人見つける、一人見つける……)」

 繰り返すのは、大会本番に際し冴姫がくれたアドバイス。web掲載用カメラへのアピールを取りこぼさないことと同じかそれ以上に重要な、今日の茉佑に与えられたミッションだ。

 控室の扉がノックされて開き、運営スタッフの女性が入室。全員に声をかける。

「予定時刻で課題曲ライブを始めます。出番の二組前で舞台袖に移動、待機してください。出番終了後は~~」

 注意事項を述べ、スタッフは退室。ほどなくしてモニターに一番手ユニットのパフォーマンスが映し出され、三番手のユニットが控室を出て行った。冴姫達『偏翼の天使』の出番は最後のため、最初のユニットから三時間近くもの間、待機となる(※)。


(※)同県のプレコン出場校は二十八校。これは一日開催のほぼ上限の数である。ライブは昼休憩の前後で課題曲と自由曲のパフォーマンスが分かれており、リハーサル時に抽選した出演順で進む。持ち時間は課題曲・自由曲それぞれ六分。六分いっぱいを楽曲に使っても良いし、前後をトークやアピールに使っても良い。

 採点形式は審査員・観客・web投票の三種。審査員は歌唱・ダンス・演出の三点を審査。観客は全校ライブ終了時点で一校選出投票。web投票もまた一校選出投票で、大会一週間後を締め切りとする。三種中二種勝ち取りで優勝決定。並んだ場合はweb投票での勝者が優勝となる(その場合はweb、会場、審査員の順で順位がつく)。

 ウェブ投票は、ライブ終了後に作られる投票フォームにて集計。該当都道府県に在住であれば投票が可能。出演者にはライブ終了後の一週間、投票フォーム・連盟地域アカウント投稿の大会ライブ映像URL付きチラシの配布と、指定場所でのファンとの交流会(握手会)が許可される。

 なお、会場・web共に自校代表への投票が可能。強豪校であればあるほど卒業生や地域とのネットワークが強固で、組織票的に多くの票を集められる。冴姫が強豪校のある地域を避けた理由であり、狙い通り同県は組織票の影響があまり大きくない。


 出演順一番手のライブが終わり、入れ替わりで二番手が開始。途中で控室の扉が開き、一番手が戻ってきた。県内では実力中堅レベルの七人組ユニットは俯いて部屋に入り、自分達の荷物の前で崩れるように膝をつく。


 そのうちの一人が、言葉を詰まらせ涙声で言った。


「もうヤダっ……、あんなステージ立ちたくないっっっ……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ