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第十八話:未来へのプレミアムチケット

 十二月半ば。東京の街散策でストーカー&追っかけ騒ぎになったり、長野のスキー体験で雪像作りを楽しんだりした修学旅行から数日。冴姫達は旅の余韻に浸ることもせず、今週末に迫る冬季ポップソング&ダンスコンクール(通称プレコン)の対策練習を進めている。

 冴姫達のユニット『偏翼の天使』にとっては、結成後初の大会出場。諸事情により民間大会に出られなかった鬱憤を晴らすべく気合十分……なのだが。今日の冴姫は帰りのホームルームが終わったというのに席を立とうとせず、手帳型の携帯電話ケースを開きぼんやりと眺めていた。

「(進路について考える時期、か……)」

 心の中で反芻して考えるのは、ホームルームでの担任教師の言葉。内容は修学旅行後の緩んだ空気を引き締めるためのよくある進路指導で、高校二年冬の今のうちから進学・就職を意識し行動するようにというもの。

 冴姫の進路は転入当初から一貫して『プロアイドル復帰』で変わりなく、そこを今さら意識しなおすことはない。だがしかし、進路までの道筋については『部活動アイドルで成果を出し、芸能界との新たなコネクションを作る』とは別の選択肢が出現していた。

 視線の先、手帳型ケースに収納された【崇子父の名刺】。冴姫にはそれが、金色に輝いて見えている。同氏は元いた事務所のみならず、アイドル業界全体に強い影響力を持つ人。プロアイドル復帰における最強の伝手。

 この名刺は業界の良席へ労せず導いてくれる【プレミアムチケット】と言っても過言ではなかった。

「(『用があったら連絡して』、森山相談役はそうおっしゃったけど……)」

 ハロウィンの埋め合わせ企画で崇子宅を訪れたあの日。帰りに自宅まで送ってもらった時の、崇子父との車内での会話が思い出される。


──


「~~お祖母さんはご在宅? 連絡はついた?」

「ばっちりつきました! 見守りカメラでもいつも通りです!」

「そうかそうか。防犯意識がしっかりしていて良いね」

 白色のミニバンを運転しながら、にこやかに話す崇子父。

 車椅子搭載仕様で片側のみの後部座席に座る冴姫は、緊張と恐縮のカチコチ姿勢。

「あのっ、森山相談役、本日はありがとうございましたっ! お世話になったばかりか、送ってまでいただくなんて……」

「気にしないでよ、崇子のお友達なんだから。それより、ここでの暮らしにはもう慣れた?」

「はいっ。祖母や近所の人が良くしてくれるので慣れました!」

 返事をしつつ、冴姫は視線を横へ。車窓を流れるほぼ暗闇の景色を見て『……』と気まずそうに黙る。正直なところ、灯火も人の気配もない夜の暗さと静けさは、慣れているとは言い難かった。

 心の内が伝わったのか、崇子父が軽く笑う。

「ハハハ、誰もいないと不気味だよね。だけど、慣れない土地に行くのも良い経験だよ。色んな人や土地があって世の中ができてるんだとわかるから」

「良い経験……。その、森山相談役は慣れてらっしゃいますか? 農業をされているとのことですが──っ、ごめんなさい、今のナシで……」

 話の流れで尋ねておきながら、冴姫は大慌てで質問を取り消した。表舞台を去った後の崇子父については、海外で目撃されたとか都内スタジオに姿を現したとか、外出先らしい姿がたまにニュースになる程度で、暮らしぶりに関する情報は一切出ていない。恐らく報道規制だと、冴姫は気がついたのだ。

 事実、転居は崇子の脚の具合をきっかけとしたため、安全上の様々な配慮から報道規制されている。

 そのような取り扱い注意の話題に、崇子父はなんでもない調子で答えた。

「すっかり慣れたよ。農家兼作曲家として、田んぼと畑やりつつ曲作って……晴耕雨読みたいな暮らしだね。崇子が小っちゃい頃は楽器とか色々教えてたけど、最近はめっきり親離れしちゃってて寂しい」

「あっ、あっ、えっと……」

「週刊誌に売らないのなら大丈夫。なんでも聞いて。もっと言うと農家としてはやっと売り物にできるようになったくらいで、投資を考えるとトータル大赤字。労力は農家ときどき作曲家でも、商売としては作曲家の道楽農家。まだまだ未熟者なんだ」

 冗談めかして言う崇子父。

 冴姫はわざわざ未熟者になった理由が気になった。

「どうして農業なんですか? 作曲業で十分成功されてらっしゃるのに……」

「やってみたかったから、だね。建前上の理由は、引き籠ってなんかやってる得体の知れない人になるより、ちゃんと田舎のコミュニティに入った方が崇子のために良いだろうって感じ。でも、本当の理由はやってみたかったから。大人げないんだけど、僕って対抗心強くてさ」

「対抗心、ですか?」

「元バンドマンの作曲家って聞くと、遊んでばっかで汗かく仕事できなさそうでしょ? そういう世間のイメージに反抗したかったんだ。いやまぁ、十年かかってやっとこさ一人立ちだから、できなくはあったか」

 あっさり口調で笑い飛ばし、車を街道から住宅を縫う小道へ。冴姫の祖母宅へはもう数分で到着する距離。

 崇子父は冴姫が様子を伺っているのを気配で察し、自分から話を切り出した。

「あの子達のこと聞かなくていいの? 奈津子さんから聞いたよ、理想のステージがあるんだって?」

 それはこの日、冴姫がずっと言い出せずにいた質問。

 冴姫はシートベルトが突っ張る勢いで前のめりになった。

「いいんですか?! ワタシっ、あんなステージをやりたくてっ! 森山相談役は、何が重要だと思いますか?? ワタシには何ができるんでしょうか???」

「うーん、そうだなぁ。意味のない回答になってしまうんだけど……」

 食い気味の問いを受け止め、崇子父はハザードランプを点滅させて到着した家の前に停車。冴姫を振り返った。

「……全部。全部重要だったと思うよ。だから冴姫ちゃんにできるのも全部ってことになる。あのステージは皆の全部が幸運にも噛み合って届いたステージだろうから」

 返答に冴姫は難しそうな顔。

「全部……」

「あぁ、これだと(プロデューサー)君みたいだね。最初のオーディションの時の」

 崇子父の言う『P君みたい』とは、『事務所の練習生選抜オーディションで冴姫を面接した際のプロデューサーのよう』の意。初回オーディションで冴姫は後のTeSseRa(テセラ)プロデューサーから、『全部やったのか?』の言葉と共に不合格を言い渡されている。

 冴姫は驚きで目を見張った。

「どうしてそれを……?」

「当時ね、P君に相談されたんだ。『間違いだったらクビにしてくれ』って。……と言うことはそうか、思い悩むことはないよ。やることもあの時と同じになるから。ステージを良くするために思い浮かぶ全てを追求すればいい。まぁ、そんなの当たり前っちゃ当たり前だから、意味のない回答になるわけだね」

「でもワタシっ、だからユニットで揉めて、それで──」

 プロデューサーの話に連なってTeSseRaでの日々が脳裏に浮かび、考えがまとまらない。

 焦る冴姫に崇子父は、一つの問いを投げかけた。

「──それで冴姫ちゃんは今、何を追求してるの?」

「ワタシは……」

「おっと、話はここまでにしておこうか。門限を過ぎてしまうし、業界おじさんとアイドルが車で接近しているとか、それこそ週刊誌モノだ」

「す、すみません、すぐに降ります!! 今日は本当にありがとうございましたっ!!!」

 慌てて車を降りる冴姫。

 運転席の窓が開き、去ろうとする背中が呼び止められた。

「あぁ、ちょっと待って。これ、お近づきのしるし」

「?」

 懐から取り出されたのは一枚の名刺で、崇子父の名前と連絡先が記載されている。

「これはどういった意味で……?」

「用があったら連絡して良いよ、って意味。崇子や茉佑ちゃんに良くしてくれているんだ。僕にできることがあればそこそこ協力するよ」

「それってつまり……」

 冴姫は恐る恐る名刺を受け取り、はっきり印刷された携帯電話番号を見つめた。事務所でも社長など一部の人しか知らない、超がいくつも付く業界人垂涎の強力コネクション。それが手の中に。

「そこは冴姫ちゃん次第──と、電話だ。じゃあね、崇子達をよろしく~~」

 車載カーナビが着信を鳴らし、崇子父は軽い挨拶をして窓を閉じた。

 誰と何を話すのか|気にならないこともない《とてもきになる》冴姫だったが、盗み聞きは良くない(し、これ以上は望みすぎ)と大人しく家に帰った。


──


 手帳型ケースを開いたまま、冴姫の心はここにあらず。

 その両肩に両手がのしりと置かれ、耳元で怪しげな囁きがされる。崇子だ。

「ここまで来て一抜けなんかしないよね、冴姫ちゃん?」

「っ! し、しないったら! 自分の力で復帰するためにここへ来たんだもの!」

 落ち着きなくケースを閉じる冴姫。

 崇子がいじわるそうに笑う。

「ふーん。でもいいのかな? 勝てる保証のない大会に出るより、パパに頼む方がよっぽど確実だよ?」

「同じよ! いや、相談役の影響力と同じってことはないけど! 勝負事でワタシが一般高校生に勝てないとかありえない。勝利絶対、絶対勝利」

 あれこれ言って取り繕う冴姫に対し、崇子はニンマリ。

「だってさ、茉佑ちゃん。……茉佑ちゃん?」

 そばの茉佑に話を振るのだが、茉佑はぼんやり遠い目。

 遅れて気がつき会話に入った。

「……あっ、ごめんっ。絶対勝とうね!」

 冴姫が呆れる。

「大会前で緊張してんの? しっかりしなさいよね」

「たはは、そうかも」

「いいこと? 勝利は当然。先を見据えるの。今日も本番想定で厳しくいくわ」

 目の前に堂々と立つ冴姫に、茉佑は頷きで返した。

「カメラ意識、だよね……! 文化祭と違って複数台あるから」

「わかってるならヨシ。アンタ、せっかくリハと台本でスイッチングまで割と覚えてるのに、肝心のカメラ映りがイマイチでもったいないし。映像対策は抜かりなくやるわよ。なんたって優勝したら運営SNSに載るんだから」

 冴姫がカメラ位置に言及したのは、プレコン自体は県内大会規模でも、優勝校のライブ映像はポップソング&ダンスコンクール運営のSNSで公開されるから。カメラ映りを良くできれば、四十七校の一つと言ってもそれなりの影響力が期待できる。

 そのためここ数日の練習では、複数台のカメラを設置(携帯電話カメラを三脚立てするなど)。映像対策を入念に行っている。

 気持ちを練習モードに切り替え、冴姫は茉佑・崇子を先導。元気良く教室を飛び出した。


「さぁ、観客にも他校にも全国にも、ワタシ達の実力を見せつけてやろうじゃない!」


 廊下をずんずんと進む背中。

 黙って続き、崇子は考える。

「(……そう。私達はプレコンで実力を見せつける。しかも多分、圧勝で。そうするしかなくて、それが最善で。だから最も困難な道になっちゃうんだ)」

 崇子はわかっていた。把握している他校の実力、リハーサルで聞いたチケット売り上げ、勝敗の決め方、現状の話題性……。いくつもの要素から、プレコンで自分達が勝利する可能性が非常に高いことを。さらにその勝利が、夏コンの勝利を難しくしてしまうことを。

 そしてこの懸念は現状、冴姫や茉佑に共有する意味がないために、プレコンの決着を待っている。

「(はぁ、困っちゃうな。そこそこの実力と同情で優勝さらって、茉佑ちゃんと満足し合うつもりだったのに)」

 視線を移すも、茉佑と目が合わなかった。最近の茉佑は何やら考え込んでいるらしく、自分の世界に入っていることが多い。崇子はそれが心配で、とても寂しい。

「(こうなっちゃったからには私、頑張るよ。茉佑ちゃんを皆に伝えられるように)」

 ついさっきと同じで茉佑は遅れて反応。目が合う。ちょっと不思議そうにしながらはにかむ姿を見て、崇子の胸の騒めきはいったん落ち着いた。


 つつがなく最終調整を終え、来る週末。

 来期夏コンの前哨戦たるプレコンが、ついに始まる。


 なお、プレコン前日には無採点のお祭りイベント『冬季ポップソング&ダンスフェス』が開催され、天川女子高アイドル部は冴姫・崇子を除いた全員で参加。茉佑は目立ったミスのない、そこそこのパフォーマンスを見せた。

 これは茉佑本人の基礎能力の向上と、冴姫や崇子の指導による。参加せずとも冴姫と崇子はフェス楽曲を覚えた上、プレコン曲にフェスの振付を混ぜるなどし、どちらの練習も活きるよう工夫していた。

 フェスでパフォーマンスをまとめられ調子の良い茉佑。当たり前に完璧な仕上がりの冴姫と崇子。定期的なSNS活用により知名度もなかなか。ユニット『偏翼の天使』は安定したコンディションでプレコンの日を迎えた。


 それを、特別な準備のない他校一般生徒が受け止められるはずがなかった。他出場者にとってのプレコンが氷の地獄のごとき冷たさと化すのは、必然だったのである。

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