第十六話:撮ろう! 広報動画! (2)
崇子の案内で通されたのは、楽器を入れられるほども広さのある部屋。隣接する録音機材等のコントロールルームとガラス窓で見通せる作りは、いわゆるレコーディングスタジオそのもの。
入室するなり冴姫は、その個人宅とは思えぬ装備充実っぷりに目を輝かせた。
「こんな最高環境なの??!! ねぇ崇子、ワタシここに住──」
崇子は軽くあしらう調子。
「冴姫ちゃん家がお祖母ちゃん一人になっちゃうからやめようねー。あと、普段はママがカラオケしててそっち優先だよ」
「ちょっとでも使えるなら最高の贅沢よ。ママさんにも早くお会いしたいなー」
冴姫からすれば崇子の母、森山奈津子は業界の大先輩かつ伝説的存在。気分も上がってしまうというもの。
一方で崇子からすれば母は母。同じ屋根の下で暮らす身としては珍しくもない。
「そのうち会うよ。ママ、冴姫ちゃんや茉佑ちゃんに会いたがってたし」
「そうなの?! ワタシのこと何か話してらした??」
「『昔の自分を見てるみたい』とか? でもコレ、良さげな若人みんなに言ってるからね?」
関心薄い崇子とは対照的に、冴姫ははしゃいだ。
「だったら期待に応えないと! ここに通したってことは歌よね? 曲はどうする??」
崇子が首を横に振る。
「歌を録れるかどうかは冴姫ちゃん次第となります」
「は? どういう意味??」
「茉佑ちゃん、準備よろしく」
「はーい」
合図で茉佑は頷き、部屋の奥に鎮座する目隠し布された胸元高さの物体の横に立った。
「何それ楽器? ワタシそんな得意じゃないけど」
尋ねる冴姫に、崇子はすぐには中身を教えない。
「違う違う。だけど冴姫ちゃんにやってもらうものではあるかな」
「やってもらう……。カラオケの機材とか! 百点取るまで~企画の!」
「違うねー。ま、正解に辿り着くものでもないから少し話そっか」
そう言って崇子が始めた話は、広報動画の導入を兼ねる。使えれば入室から動画にしようと考えあえて話題にしていないが、部屋には動画撮影用カメラが数ヵ所設置されてもいる。
冴姫もカメラの存在や撮影をなんとなく察しており、『常にアイドルたれ』の意識で話題に出していない。
崇子は人差し指を立て、問いかけ口調で話した。
「アイドルたるもの、季節イベントは大事だよね?」
ふんと、冴姫は鼻を鳴らす。
「当たり前でしょ」
「だから逃せないよね?」
「そうね。何が言いたいの?」
「実は冴姫ちゃん、逃してます」
「そんなワケ……。……あ」
ここ一、二週間を思い出し、ハッとする冴姫。
頷く崇子。
「そう。不在だった冴姫ちゃんは気づいていませんでしたが、世間では大きめのイベントがあったのです。茉佑ちゃん、それは何だったかな?」
片手で茉佑へと視線誘導。
後ろ手にはにかむ茉佑は、いつの間にか頭に可愛らしい悪魔の角カチューシャを付けていた。
「ハロウィーン、ですっ……!」
冴姫が溜息する。
「はぁ、ワタシとしたことが。その角いいわね。いつの間に用意したの」
「ハロウィンのちょっと前に、松里ちゃんが用意してくれたのっ。本当は衣装も作りたかったそうだけど、ユニット衣装改良の件で山籠もりしてて難しいから、せめてこれだけでもって。冴姫ちゃんの分も預かってるよ」
差し出された掌には、松里からもらったという冴姫の分のアイテム、オレンジ色のカボチャをモチーフにした拳サイズの小さな王冠があった。
受け取った冴姫は、カメラに映る動きで冠の表裏をサッと観察。尋ねる。
「可愛いし作りもしっかりしてるわね。でもカチューシャじゃないの? 付けられるようにはなってるみたいだけど……」
茉佑は目逸らし。
「そ、それは好きなカチューシャに取り付けできるよ、ってこともアピールしたくて……! あとで合体させるから持っててね」
「そういうこと。ユニット衣装もだけど、松里は本当によくやっているわね。これで満足せず山籠もり修行するところも素敵よ」
「だよねっ。本当に頑張り屋さんで凄いよ……! じゃあ崇子ちゃん、続きお願い」
「はいはーい」
準備が整い、話を崇子へバトンパス。二人の会話の内に崇子は、小さな魔女帽子のカチューシャを装着済みである。
「さて、ここで冴姫ちゃんにクイズです。ハロウィンではどうして仮装するのでしょうか?」
「んー。お菓子を貰えるよう、大人をおどろかすため?」
突然の問いながら冴姫はもたつかず回答。
しかし間違いらしく、崇子は腕を×マークにクロスした。
「不正解。もう一歩進んで考えてみて。お菓子を欲しいだけならいつ仮装しても良いし、仮装は大人もするでしょ?」
「うーん……。仮装でする、お化けみたいなヤツが出てくる日だから、とか……?」
悩んで悩んで答え。
崇子は不正解を伝えつつ、解説した。
「惜しい! でも不正解。正解は悪霊を追い払うため、でした。と言うのもハロウィンは死者の魂が現世に帰ってくる日で、その時に悪霊も一緒に現世にきちゃうそうなの。それで現世の人達は悪霊を追い払うため仮装をしたり、焚火をしたりするんだって」
「へー、こっちで言うお盆みたいな」
「似ていて面白いよね。じゃあもう一つクイズです。私はどうしてハロウィンの話をしたでしょうか」
「そんなの、ワタシがハロウィンをスルーしたからでしょ」
「それはそうだけど、理由は他にもあるよ」
「赤点取ったことを世間に知らせて辱めたいから」
広報のためであるし、赤点の恥を身から出た錆と受け入れてはいても、冴姫にも恥ずかしいという感覚はある(クールイメージで売っていたので)。
崇子はそんな冴姫の回答を胡散臭い笑顔で否定し、茉佑に合図した。
「もー、私そんな性悪じゃないよ? えー、それでは正解を発表します。茉佑ちゃんお待たせしたね。よろしくー」
合図で茉佑が目隠し布を取り払う。するとそこには、一台のデスクトップPCがあった。
咳払いを一つして、崇子は広報動画の本題を明かす。
「こほん。これから冴姫ちゃんには、とあるゲームで遊んでもらいます。理由は、冴姫ちゃんがハロウィンを怠ったから。悪霊を追い払えなかった冴姫ちゃんはイタズラとして、ホラーゲームの世界に閉じ込められてしまうのです」
冴姫の反応は余裕の笑み。
「ホラーゲームねぇ……。残念ながら期待に応えてあげられないと思うわ。ワタシ、ホラー平気な方だし。悪霊も架空ならゲームも架空。現実じゃないものなんて怖くない」
「あはは、丁寧なフリありがとう。ゲームの内容は、灯り一つを頼りに探し物しつつ散策、ステージを脱出しようねって感じ。目標は最初のステージクリアだよ。想定所要時間はお茶の時間まで」
「はいはい。ちゃっちゃと終わらせて歌録りするから、アンタら準備しときなさいよ」
同意の返事をしかと聞き、崇子は怪しさ溢れる微笑みを作った。
「了承も得たことだし、さっそく始めますか。冴姫ちゃんはここに立って」
「椅子ないの? ゲームでしょ??」
「茉佑ちゃん例の物を。冴姫ちゃんの顔ファンの皆さん、ごめんなさいね」
「はい、冴姫ちゃんどうぞ。付ける前に松里ちゃんのかぼちゃ王冠をストラップに留めてね」
茉佑が手渡す操作機器を見て、冴姫は目を見開いた。
「っ……、これは……!」
白色のゴーグル型ヘッドセットと両手それぞれのコントローラーは、従来のビデオゲームとは一線を画す没入体験を実現するVR機器。
目を細めて崇子が言う。
「ゲームが始まったら、私と茉佑ちゃんは席を外すから。暴れてケガしないようにだけ気を付けてね」
焦る冴姫。
「ちょ、ちょっと! 歌の準備ならここでもできるでしょ?!」
「できるけど、茉佑ちゃんはアイドル部で出る『わっしょい秋祭り』のダンス練習もあるし、私はその指導とお茶の準備がある。大丈夫大丈夫、ちゃんと録画できてるか時々見に来るよ」
「ぐ……! ワタシ一人は不公平じゃない?! 二人もやりなさいよっ!」
食い下がる冴姫を崇子は軽くあしらった。
「私達はきちんとハロウィンやったもの。仮装して歌と踊りを少々ね。詳細は『偏翼の天使』SNSをチェック」
「宣伝っ……?! アンタってホント抜け目ないのね」
「まぁね。もちろん、ゲームのテストプレイだってしてるよ。良い感じだったから後日動画にするつもり」
「本当に抜け目ないヤツ……」
いよいよ言い返せなくなった冴姫は、崇子の顔色を伺い探った。
「……その、どうだったのよ?」
とぼける崇子。
「何が?」
「ゲームのこと! こわ……歯ごたえあったのかな、って!」
「あー……。暴れないでね、って忠告するくらいには?」
「……」
「あんまりグダると歌や踊り撮る時間なくなっちゃうんで。気合入れてやってねー」
「冴姫ちゃんならできるよ、がんばって……!」
絶句する冴姫に対し、崇子は鼻歌混じりに、茉佑は励ましの言葉をかけながら、手際良くヘッドセットを装着しゲームの初期設定を済ませる。
あれよあれよという間に冴姫は、古く暗く気味の悪い洋館の世界へ放り込まれてしまった。
ほの暗いゲーム世界を視界に、冴姫は両腕を前に腰を後ろのへっぴり腰。
「ま、茉佑っ、崇子っ。まだいるのよね?」
「いるよっ……!」
「もういなくなるからねー」
「まだ操作とかわからないかもしれないわっ……!」
「大丈夫だよ冴姫ちゃんっ、スティックの移動と、ワンボタンのアクションしか使わないから……!」
「そうそう。移動とボタン押すだけ。だけしかできない(笑)」
「ッ……! 崇子っ、アナタ今笑ったでしょ! ……。……崇子? 茉佑? いる、のよね??」
レコーディングスタジオのもたらす素晴らしい静寂空間。冴姫の耳に入るのは、自身の声とゲーム音声のみ。空調管理され快適な室温のはずの室内が、途端になぜだか肌寒く感じる。
一人を悟った冴姫は、腰を手に大きく胸を張った。
「所詮は作り物よ! こんなものでワタシを驚かそうったって無駄──」
と、プレイヤーの虚勢どころを見計らい、ゲーム内で最初の驚かし。洋館内に灯っていた僅かな灯が一斉に消え、手にしたランタンの小さな灯のみが光となった。
「──ひっ、イィィィィィィィ……!」
冴姫の虚勢も同時に失われ、たまらず顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。しかし残念なことにこのゲームはVR。追従してゲーム内の目線は下がり、床の軋む音が再生され、掌で覆えない視界に傷んだ床板が高解像度で飛び込んでくる。
全てが冴姫に、これでもかとリアリティを感じさせた。
「はっ、はっ、はっ、はっ……。どうしてよ! こんなにリアルなら、ランタンの火で館を火事にできたっていいでしょ??!! もう!!!!」
荒い息とキレ気味口調に反して、半歩刻みの超警戒散策。つかまり立ちする赤ちゃんの速度で、冴姫の暗中模索が始まった。
なお、しばらくして崇子と茉佑が様子を見に来た際には、自主規制音で編集処理される罵詈雑言を矢継ぎ早に並べ立てたそうな。




