第十五話:撮ろう! 広報動画! (1)
土曜日お昼過ぎの天川女子高等学校の正門前で、制服姿の茉佑が大きく手を振る。相手は正門出て右手の歩道を学校方向に歩いてくる冴姫。冴姫も同じく制服だが、手ぶらの茉佑と違い鞄サイズの手提げ紙袋を持っていた。
「冴姫ちゃーん! おーい……!」
「待ち合せなくてもワタシ一人で行けたのに」
「練習してたかったし、冴姫ちゃんと一緒に歩きたかったから」
恥ずかしげもなく言う茉佑に、冴姫は肩をすくめる。
「何よ口説いてるの? 好感度稼いだって、練習甘くしてやんないんだから」
「へへ……」
茉佑は照れ笑いしつつ、視線を紙袋に向けた。
「冴姫ちゃん、それは?」
「手土産に決まってるでしょ。ご厄介になるんだもの」
「あ、そっか! じゃあ着いたらわたしも、うちから何か持っていこーっと」
「アンタはそれできるんだったわね。崇子と家が隣なんだっけ」
「うん! わたしが生まれてすぐくらいの時期に、崇子ちゃんのとこがお家建ててねっ。工事始まったらずいぶん建物が大きいものだから、うちのお父さん、何かお店ができるんだと勘違いしたんだって」
「あー、確かに。あのデカさは個人宅には見えないわ。作ってる途中ならなおさら」
お喋りしながら学校を離れ、(田舎としては)人と車通りの多い道を進む。昔に県をまたぐ街道だった由緒ある道は、冴姫と茉佑にとっては毎朝のランニングコースでもあった。
踏切を渡り、ランニングであれば大きめの道に出る方向に進むところ。茉佑は二股の道のもう一方、駅方面に歩いた。
冴姫が尋ねる。
「あっち通んないのね」
「こっちの方が歩道広くて歩きやすいから」
「いいの? 崇子の安全コース無視しちゃって」
「大丈夫、そこまで治安悪くないよ。それに、崇子ちゃんのコースは悪い人に対しての安全で、こっちは交通安全。ランニングする明け方や夜は交番があるあっちが良くて、それ以外は車が少ないこっちがいいんだ」
茉佑の言う通り、現在二人が歩いている道は歩道が幅広めに整備されており、駅以外に車が入る動機の少ない道のため交通量も少ない。見通しも悪くなく、外灯もあり、夜でも問題なく使える道だろう。
冴姫が『ならどうして?』と疑問を抱いたくらいで、茉佑は小さな声で経緯を話した。
「崇子ちゃんが身の安全を気にするのには理由があるんだ。冴姫ちゃんはあっちの方向に大きい公園があるの知ってる?」
駅を通り過ぎて数分。大きめの道路と接続する交差点で信号待ちをする間に、茉佑は道の向こう側を指さして言った。公園そのものは病院や倉庫などの建物に隠れこの位置では見えないが、冴姫も存在は知っていた。
「市民プールとか温泉とかジムがあるとこね。おばあちゃんが時々使ってるわ」
「それそれ。崇子ちゃん小学校低学年の頃そこに一人で行こうとして、連れ去られそうになったの。場所は道をあっち側に渡ったらいくつかある、田んぼを縫う道ね」
「え……? 連れ去りって、誘拐……???」
思わぬ話の衝撃で、冴姫は目をパチパチさせるばかり。
茉佑は慌てた手ぶりで補足する。
「あ、でも未遂ねっ。車に乗せられそうになった時に警察が駆けつけて、犯人確保」
確保できて済む話でもないと冴姫は尋ねる。
「未遂でも大事でしょ、ケガはなかったの?」
「かすり傷くらい、なんだったかな。ただ精神的なショックが大きくて、それで身の安全に細心の注意を払うようになったんだ」
「それは……、注意するようになって当然だわ。……こんな話、ワタシにして良かったの?」
本人不在のうちに突然聞かされた、繊細極まる話。
言葉と対応に迷う冴姫の目を、茉佑はじっと見つめた。
「うん。良いと思ってる。冴姫ちゃんは崇子ちゃんのこと、カワイソウ扱いしないから」
「カワイソウ扱い? そんなことないわ。最初に脚が悪いって聞いた時、不憫だなって思ったもの」
冴姫が首を横に振っても、茉佑の態度は揺らがなかった。
「そうだとしても、今まで見てきた冴姫ちゃんは崇子ちゃんを対等に見てたよ」
「今の話で見方が変わっちゃうかもしれないじゃない」
「わたしは冴姫ちゃんなら変わらないでいてくれると思うし、それでも話しておきたかったの。だって、わたしは──」
などと話している間に崇子の家の前に到着。田んぼと道路に隣接する数軒分の住宅地の中で圧倒的な存在感を放つ大型高級住宅は、築十年は経つだろうに色褪せも汚れもほとんどなく、美しい乳白色の外壁を輝かせていた。一般のご家庭とは、素材も手入れも格が違うのである。
茉佑はハッとして、言いかけの話をやめた。
「──あ、ごめんね、変なこと言っちゃった……。普通に冬の練習でジムの話になったり、冴姫ちゃんと崇子ちゃんが二人で歩いたりするかもだから、知っておいた方が良いかなって、それだけ。この辺だと皆知ってることだし、変な伝わり方するより良いと思ったの。崇子ちゃんももう取り乱すことはなくて、単に嫌な話題くらいだそうだから」
「そう……」
打つしかない相槌をして、冴姫は考える。公然の事実かつ必要な配慮のためとはいえ、茉佑が親友の心の傷を伝えた理由を。
思うにそれは一人で抱えきれなかったのではなく、自分に抱えて欲しかったんだろう。抱えていたくとも、茉佑には抱えられなくなる時がくるとわかっているから。
~~
「ごめんください。崇子ちゃんを訪ねてきました。お隣の天野茉佑です」
シャッターの閉じた車三台分幅の大車庫の隣、門壁のインターホンを押して茉佑が挨拶する。
すぐにスピーカーから崇子の明るい声が返ってきた。
『お二人さんいらっしゃーい。今開けるねー』
門扉の取っ手付近がガチャリと音を立て、ロック解除。入って閉じたら自動施錠される。芝生に挟まれた石畳通路を経て、玄関へ。
制服を着た崇子が扉を開け待っていた。
「ご足労いただきありがとねー」
ひらひら手を振る崇子。
茉佑は慣れた様子で進むが、冴姫は先ほどの話を思い出し、崇子の顔色を伺ってしまいわずかに遅れた。
首を傾げて崇子が尋ねる。
「冴姫ちゃん? どうしたの、ぼーっとして」
「え? あぁ、えっと」
気にしてはまずいと、とっさに取り繕った。
「アンタん家、相当立派だと思って」
崇子は苦笑い。
「大きいのはパパの仕事都合だけど、ちょーっと浮いてる感あるよね。田んぼの景色にどでかい家がドカン、だもん」
「仕事都合? レッスン室と、要って音響室くらいじゃないの?」
「それもあるけどパパ、ここで農業やってるんだ。それでトラクターみたいな農機具やらの道具がね」
「あのやたらデカい車庫はそういうこと」
「まぁ……、シアタールームにトレーニングルーム、趣味の保管庫にサウナとかあるのもあるけど……」
「普通に豪邸じゃない」
付け加えた情報を聞き、冴姫はジットリ目。
崇子は茶目っ気っぽく舌を出した。
「普通に豪邸だったか。ささ、外じゃ寒いし上がって上がって」
玄関をくぐった冴姫を迎えたのは、感心のあまりため息が漏れる空間だった。中庭に面した大窓から差し込む柔らかな光、温かみのある(温かくもある)エントランス、幅の広い廊下、見事な花瓶に生けられた生花、よくわからないオブジェ……。空間の余裕と少しの装飾品はまさに、豊かさの証。
それでいて土間のスロープであったり、段差の少なさであったり、見える場所全てにある手すりであったり。どこにでもある(?)豪邸ではなく、しっかりと『崇子の(暮らすための)家』でもあった。
スロープに手すりと視線を動かす冴姫を見て、崇子がおふざけ口調で言う。
「あー、冴姫ちゃん。これ全部私のためだって思ったでしょ? けどそれあえて違うと言わせてもらうよ。手すりもスロープもパパママがジジババになった時の、老後のための備えなんだから」
ホームがなせるお気楽調子に合わせ、冴姫もいい加減に返した。
「そういうことにしといてあげるわ」
「ホントにそうだからね? 私、手すり全然使わないし、部屋は二階にしてもらうくらいに余裕だもん」
大げさに子どもっぽく言い崇子が笑う。言い方は演技でも、笑顔は本心のまま。外で見る大人びた印象よりも年相応に無邪気なもの。ちなみに『全然使わない』は不正確な表現で、月に一、二度程度の脚の調子が悪い日や、文化祭のように疲労が蓄積した時には手すりを使っている。
「靴はその辺に置いといてー」
崇子は自分用の、冴姫と茉佑は用意されていた来客用スリッパに履き替え。茉佑はもはや珍しがる段階ではなく、花瓶を見て『今日のお花も綺麗だねー』など感想を言いのんびりと、冴姫は観察する目できょろきょろと見回し歩いた。
家主に挨拶するのであろう、推定リビングへと向かう道すがら。
茉佑が急に『あっ』と声を出した。
「わたし、菓子折り忘れてたっ……!」
横で『そういえばそうだった』と気づく冴姫に、茉佑はちょっと恨み節。
「冴姫ちゃんも知ってたのにぃ……」
「忘れてたの。ま、最初に持ってこないのが悪いわね」
「そんなぁ……」
肩を落とす茉佑と、ふんと得意げな冴姫。家に着くまでの話が話だっただけに忘れても仕方ないので、冴姫に非は一切ないのだ。
リビングへの引き戸に手をかけ、崇子が茉佑に言う。
「いいよいいよ、茉佑ちゃんと私の仲でそんな、ね」
「よくないよぉ……。帰りに用意するね」
そんな二人の会話に、男性の気さくな良い声が途切れなく繋がった。
「気を遣わなくたっていいんだよ? 手土産をいただくのも嬉しいけど、それよりも気軽に崇子を訪ねてもらえる方がずっと良いからね」
声の主は崇子の父親。扉の近くに立つ崇子父は、田舎の成人男性には珍しい長髪で若干細身。サングラスを胸元に引っかけた軽やかな柄物ワイシャツにベージュのチノ・パンツ姿。崇子によく似た優しい目をした、陽気な印象の人だった。
崇子父に茉佑は普通の調子で返事し、冴姫は口をぽっかり開けて固まる。
「パパさんこんにちはっ。そう言ってもらえてうれしいです。でも、時々はちゃんとしたいなって」
「茉佑ちゃんはしっかりしているね。でもちゃんとと言うなら、僕もお客としてお店に行きたいな。茉佑ちゃんのご両親とお会いするの、楽しみの一つだから」
「え? 二人ともそんなに話さないですよね、なのにですか?」
「言葉は少なくとも、二人の丁寧な仕事ぶりを見ると心地良いんだ。この歳になってくると、自分とは別の生き方をしている人が面白くってね。人生一度きりだから」
そこまで話して、崇子父は崇子に尋ねた。
「中でお茶でも飲んでいくかい?」
崇子は首を横に振る。
「ううん、飲み物だけ持ってく。今日はやりたいことたくさんあるから。ゆっくりお茶は休憩の時にする」
「そうか。だったらママにお願いしておこう。それじゃあ──」
今度は視線を冴姫へ。先に茉佑や崇子と二、三言話したのは会話の流れもあるが、冴姫が落ち着くのを待つ意味もあった。所属していた事務所の重鎮だった人間が相手なのだから冴姫も大変だろうと、配慮したのである。
冴姫は少しだけ前のめりな勢いになりながらも、丁寧に挨拶。手提げ袋から菓子折りを出して差し上げた。
「森山相談役、初めまして。龍ケ江冴姫と申します。転校以来、崇子さんにはお世話になっています。こちら、つまらないものですが」
今までになく緊張気味の冴姫。
崇子父は菓子折りを受け取り、微笑んだ。
「ご丁寧にどうもありがとう。龍ケ江冴姫ちゃんで、大上冴姫ちゃんで、MiSaKiちゃん」
「!」
龍ケ江冴姫は今の名前、大上冴姫はオーディション時の名前、MiSaKiはユニット発足時の芸名。崇子父は事務所運営隠居後も動向をある程度把握しており、冴姫のことをそこそこ知っている。
驚く冴姫に、崇子父は穏やかな口調で続けた。
「キミの良い評判は、伊達君やP君から聞いているよ。負けん気が強くて自他共に厳しい、練習の鬼だって」
「しゃ、社長とプロデューサーから?! 今も連絡を取ってらっしゃるんですか?!」
「うーん、時々? 最近は忙しくしてるみたいで少ないけど……と、長話になるからこの辺にしておこうか。冴姫ちゃんとは帰りにでも話せるだろうし」
「……。……帰り?」
疑問には崇子が答えた。
「帰りはパパが車で送ってくってこと。茉佑ちゃんは隣だし、そうすれば門限ギリギリまで撮影できるでしょ? じゃ、後でよろしくね、パパ」
アイコンタクトに頷き、崇子父が茉佑と冴姫に言う。
「任された。二人とも、いつも崇子と仲良くしてくれて本当にありがとう。事情は聞いてるよ。部屋も機材も好きに使っていいからね」
そして手を振ってリビングの奥に消え、崇子が名残惜しまず扉を閉めた。
一拍遅れで、冴姫の驚きの声が廊下に響く。
「わ、ワタシ、森山相談役を運転手にしちゃうのぉ??!!」




