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第十四話:下がったり、上がったり

 暑すぎも寒すぎもしない気候。紅に橙と色づく野山。実り豊かな田畑に樹木。快適で魅力溢れる秋は多くの人に喜ばれ、伴ってイベントも多数開催される季節。冴姫達の住まう田舎県でも、アジア最大級の国際熱気球大会や当該地方で五指に入る規模の秋祭りなどが行われ、年間通して一番活気のある時期となっていた。

 人の集まるイベントが多いということは、人前でパフォーマンスするアイドルにとってチャンスが多いということ。本来、出番の椅子はプロも含めての奪い合いだが、地域の催しとなれば話は変わってくる。部活動アイドルは『学生枠』として出番を確保できる場合があるのだ。

 特に、資金も伝手もない小さなイベントであればプロを呼べず(商業っぽさを避けあえて呼ばないこともあり)、むしろ学生枠しかない場合も珍しくない。


 冴姫達もそんな学生枠を狙い、学校近隣で行われる『わっしょい秋祭り』に狙いを定め、出演準備を進めていた。しかし。


 放課後、数名の生徒が集められた教室で、冴姫は珍しくだらしない格好──机に腕を伸ばしてむくれ顔で寝そべり、不機嫌隠さず愚痴を言った。

「お祭りのくせ人が集まって困るとか……! なんなの?! もう……!」

 そばに立つ茉佑がなだめる。

「仕方ないよ、地域の人向けの小っちゃなお祭りだもん……」

「仕方ないじゃ済まないでしょ?! 大っきなお祭りだって出られないのに、どうやって知名度上げてくっての?!」

「それは……」

 怒る冴姫に茉佑が窮していると、同じく横にいた崇子が口を挟んだ。

「言っとくけど、大っきなお祭りに出られないのも冴姫ちゃんのせいだからねー。冴姫ちゃん出すと誰に目を付けられるかわかったもんじゃないし、出演者も委縮しちゃうって」

「目ぇつけられてない! 芸能事務所同士が勝手に忖度してるだけ! 萎縮なんかはする方が問題!」

「はいはい。なんにせよ、イベンター側に使いづらいって思われてるのは事実だよね。小さなイベントはキャパ越えしちゃうから出られないし、大きなイベントは諸事情やら他の出演者都合で出られない。ぜーんぶ冴姫ちゃんが原因なのを、私達は『仕方ない』で済ませてあげてるんだけどなー」

「ぐ……」

 崇子に言い負かされ、冴姫は机に顔を突っ伏した。三人が話しているのは、出演を申し込んだ全イベントから言い渡された『お断り』について。ユニット『偏翼の天使』は、小さなイベントからは警備や来場者管理を理由に、大きなイベントからは理由非公開で出演希望を拒否されてしまっている。

 静かになった冴姫に構わず、崇子は茉佑を連れた。

「じゃ、私達はそろそろ練習に行こっかな。ま、ちょうど良かったと思おうよ。学生の本分、がんばって全うしてねー」

 茉佑も恐る恐る一言。

「わ、わたしにできることがあったらなんでも言って! 協力するからっ……!」

 冴姫は教室を出て行く二人に、顔を上げず言い返すのが精いっぱいだった。

「ワタシが見てなくても手を抜かないことね……!」

 教室の扉が閉まり、数分経たずに数学の担当教師が入室。冴姫の他、集めた数名の生徒に、二学期中間テストの赤点補習授業を行った。


 イベントには出られず、毎日放課後の補習参加で授業一コマ分のプラス拘束。

 楽しい秋のはずが、気分の下がる日々が続く冴姫であった。


~~


 補習最終授業が終わったばかりの教室。冴姫は頭脳疲労で机にぐったり伸び、気休めに携帯電話を操作。インターネット機能で調べものをして、不満げな表情になった。

「(いくらなんでも勝者有利すぎ。こんな差ワタシ達でもなきゃキツいでしょ)」

 調べたのは、つい先日行われた国際熱気球大会の記事。イベントステージに学生枠で出場した県北高校アイドル部の特集。県北高校は今夏の夏コンの県代表となったことで熱気球大会に招待され、その場を利用して三年生の引退や次世代の紹介等を行っている。天川女子高が自分達の文化祭で行ったものの豪華版である。

 県北高校は同県で最も観客が集まるイベントでパフォーマンスを──来夏の夏コンに出場するユニット『リコレ』をアピールした。

 記事には写真付きでリコレのメンバー四人が掲載されており、リーダーを務める清楚を形にしたような黒髪ロング女子『萩原はぎわら璃子りこ』が、係留中の大気球を背景に記者の質問に回答。意気込みを語った。


〈『ライブお疲れ様でした。次の夏コンに向け、何か意気込みはありますか?』〉

〈『はい、一つだけ。私達にできる最高のパフォーマンスをしたいと思います』〉

〈『なるほど。ですが次は天川女子高校から元プロアイドルが出場しますよね。プロとの競い合いに不安はありませんか?』〉

〈『ありません。誰が相手でも関係ないです。私達の最高を目指していますから』〉

〈『力強いですね。ところで、リコレの皆さんがパフォーマンスに選ぶ楽曲は~~』〉


 インタビューの続きは、リコレが目標とするアイドルの話に。純粋さや少女の繊細な感情をテーマにしたプロアイドルがお手本という内容で、冴姫にとっては予想通りなもの。

 見るまでもなかったので冴姫は、小休止を終わりにし、携帯電話の画面をオフにする。

「(萩原璃子、ね。思ったよりしっかりしてるじゃない)」

 冴姫は優勝校の目立ちっぷりには相変わらず不満だったが、リコレのリーダー萩原璃子の考えは嫌いじゃなかった。言葉通り自分を意識していなくても良いし、本当は意識していて『誰が相手でも~』と白を切っていたとしても、鼻っ柱の強さが心地良かった。

 気休めのつもりが思いのほか刺激となり、立ち上がる脚に力が入る。

「首を洗って待ってることね……!」

 出口を向いた時にちょうど教室扉が開き、崇子と茉佑が入室。

 二人して迎えに来たらしく、崇子が軽口の調子で言った。

「お勤めご苦労様。茉佑ちゃんにアドバイスのお礼言いなよー?」

「ふん。二度と同じ轍は踏むもんですか。あと、あれはアドバイスってよりただの根性論」

 腕組み不服の目つきをする冴姫に、茉佑は困り気味に笑う。

「あはは……。わたし、コツとかわかんないから……」

 即座に崇子が続いた。

「的確なアドバイスだったと思うよ? この学校の赤点回避レベルって基礎の基礎だし。ひたすら問題解いて、公式や解法の基本パターンを頭に叩き込むのが一番早くて確実」

 冴姫は態度そのまま言葉を返す。

「その程度のこと誰だってわかるし」

「わかってたら赤点取らないんじゃ?」

「う……」

 崇子の指摘は図星であったし、アドバイスそのものは役立たずとも『茉佑にできて自分にできない』という状況を意識させられた時点で、冴姫には大いに意味があった。負けん気に火がつき、今まで以上の真剣さで勉強に取り組めたのだ。

 しかし負けん気の強い冴姫。言い争いで負けた上、勉強の負けまで公然と認めるのはなかなかに難しい……のだろうと崇子は察し、フォローを入れる。

「まぁでも、冴姫ちゃんも良くやってるよね。芸能活動最優先の学校から普通の学校の転入試験をクリアして、赤点は二学期でやっと一個。逆に英語とか平均点以上の得意科目があるのはすごいよ」

 即座に冴姫は顎を上げた。

「まぁね! アイドルやってれば海外での活動とか、英語の歌詞とかあり得るんだから、そういう勉強はしとかなきゃ。数学がアレなのは今まで必要性を感じなかっただけ!」

 と、得意げな返答は予想&期待通り。

 逃さず崇子は釘を刺した。

「それじゃあ今後は大丈夫だね。プレコンから夏コンまで駆け抜けるのに、水を差されちゃたまらないもん」

「な……」

 言質を取られた気分で固まる冴姫を横目に、崇子は茉佑にアイコンタクト。

「良かったね茉佑ちゃん。これからはずっと付きっきりしてもらえるんだって」

「うん! うれしい!」

 茉佑も崇子のいたずら心を察し、大げさに同調。

 あっという間に冴姫は、赤点を許されなくなったのだった。


「もう、わかったわ。アンタ達が泣いてもみっちり付きっきりで指導を──」

 話をひと段落させ、教室を出ようとする冴姫。

 すると、教室で同じく補習を受けていた生徒の一人、軽音楽部の葛城亮が(崇子に)話しかけた。

「──なぁ崇子ぉ、聞いてくれよー」

「そろそろ来る頃だと思ってたよ。チケットのこと?」

「それがさぁ……」

 亮は制服の上に着たパーカーのポケットに手を突っ込み、言いづらいことを話す雰囲気。崇子は時々頼まれるライブハウスのチケット購入の相談だと思い聞いた。亮はライブハウス出演時のチケットノルマを達成するために、人脈豊富な崇子を頼ることがあったからだ。

 携帯電話のメモ帳を開き、今回は何枚さばけば良いか気にする崇子。

 ところが亮は態度を一変、にっと歯を見せ笑顔に。ポケットから出した片手で、ブイサインを作る。

「今回、崇子に頼らずノルマ達成できましたっ!!! マジですごくね??!! あ、いや、崇子経由で知り合った人にも買ってもらってはいるんだけどさ」

 口が追いつかない勢いで話す亮に、崇子は微笑み、しっかり拍手した。

「すごいすごい! 軌道に乗ってきてるね、おめでとう! でもどうして自分で?」

 問いに亮はあっさり答えた。

「決まってんじゃん。卒業したらうちらだけでやってかなきゃだろ? ずっとは頼れないって」

「あ、そっか。そうだよね」

 進路の話をしたことはなかったが、話すまでもなく、高校の友人とはそこそこの確立で卒業を機に離れ離れになるもの。

 当たり前の事実に崇子が気づきを感じているうちに、亮は冴姫にも話しかけた。

「聞いてたよな? うちら、割り当てられた席を埋めたぜ。アイドル様からしたら大したことないだろうけどさ」

 亮と冴姫には因縁ほどではないものの、若干のいがみ合い(亮が冴姫に噛みつく構図)が発生している。文化祭ステージで使用した曲の演奏依頼時、冴姫が亮達の技量を『低い』と評したことが事の発端。以来、亮はいつか見返してやると対抗意識を持っている。

 戦意めいたものがある亮に対し、冴姫は率直に感心を返した。拍手付きで。

「すごいじゃない。大きな一歩ね」

「お、おう……? なんだよ妙に素直だな。下手だのなんだの言ってたくせに」

 煽りや皮肉ナシで普通に褒められ、困惑する亮。

 冴姫は不思議がって言う。

「アナタの話で、なんでワタシを気にするの。ゼロスタートと事務所所属じゃ別物なのに。あの時ヘタって言ったのは、アナタが『アイドルに演奏の良し悪しがわかんのか』って聞いてきたから。その答えがワタシにわかる事実になるのは当たり前でしょ?」

 尋ねた当時、亮は頭の中で『凄腕バンドマンに演奏させておきながら、音楽的実力の低いアイドル』をイメージ。冴姫を知る前から噛みつく心境だった。

 昔の自分を省み、亮は態度を改め気安く笑う。

「そりゃそうか。なんだよ、龍ケ江って思ったよりイイヤツだったんだな。そう思うと親近感湧いてきた。同じ赤点仲間だし」

 聞き捨てならない点は言い返しながら、冴姫も気安く軽口の調子。

「一緒にしないで。ワタシはアナタと違って赤点は一教科で、もう二度と取らないもの」

「へぇ。じゃあ龍ケ江が赤点取ったら、崇子達と一緒に笑ってやるよ」

「理屈が通らないわ。赤点が赤点を笑うなんて」

「ちっ、たしかに。じゃあ次は数学だけでも赤点回避しよーっと。じゃあなー」

 そこまで話して、亮はさっさと小走りで教室を出て行った。


 冴姫もまた教室を出ながら、一緒に歩く崇子と茉佑に愚痴っぽく言う。

「数学だけ赤点回避して笑おうって、不公平じゃない??」

 崇子は冗談で返した。

「あれ? 冴姫ちゃんったら赤点取るかもって思ってるの?」

「取らない! 不公平する性根を問題視してるの!」

「それはそれは。失礼いたしましたー」

「わかればよろしい。ところで茉佑は何をニヤニヤしてるのかしらね……!」

 二人の会話を微笑んで聞く茉佑に、おふざけで難癖をつける冴姫。

 茉佑はちょっと慌てて弁明する。

「あ、その、あのっ。冴姫ちゃんが色んな人と仲良くしてて良かったなーって」

「なによそれ。ワタシは最初っから他人と良い関係築けてるけど?」

「あははー……、そうだね……?」

 やや無理のある冴姫の言い分に、苦笑いの茉佑。

 冴姫も自覚があるにはあるので、くだけたノリで口を尖らせた。

「思ってないでしょ。ったく。亮といいアンタといい、最近ワタシのことナメてきてる気がするわ」

「なめてなんかいないよっ! 尊敬してる!! 大尊敬!!!」

「ちょっと、わかってるって。言わせたみたいで恥ずかしいったら。もうっ」


 友達同士のお喋りのおかげか、亮のがんばりやリコレの記事に触発されたか、はたまた単に赤点補習からの解放感か。すっかり戻った機嫌は、練習用教室へと向かう足取りを軽くした。 


 そんな冴姫に、崇子が言う。

「ねぇ冴姫ちゃん。次の土日の過ごし方で提案があってさ」

「提案? イベント出演もなくなったんだし、練習漬け以外になくない??」

「練習もいいけど、SNS用の広報動画を撮ってみない?」

 提案に冴姫は微妙な反応。

「えぇ……」

「好みじゃないのはわかるけど、『イベント出演予定ありません』ってだけ伝えるんじゃ、見ている人もつまんないだろうし」

「それは……そうね。わかったわ。でも、しょうもないのだったら嫌だからね?」

 しぶしぶ納得して頷く冴姫を見て、崇子は茉佑と見合って頷き合った。冴姫が赤点補習を受けている間に二人は、広報動画撮影の計画を進めていたのだ。

 崇子が次の予定を高らかに声に出し、茉佑も乗っかる。

「じゃあ決定! 次の土日はうちで広報動画を撮ろーう!」

「おー……!」

 遅れて冴姫だけが驚いた。

「え? ……え? うち?? 崇子の???」

 ニヤリ笑みで崇子が答える。

「そう言ってるよ? うちのレッスン室を使っちゃおうかなって。パパやママとばったり顔を合わせちゃうかもね」

「っ……!」

「あ、前も言ったけど、レッスンはつけてもらえないよ。他の学校に不公平だもん」

「わかってる! 話せるだけで十分、嬉しいの!!」

 滅多にない素直さで、冴姫は喜びの気持ちを口にした。最初下がっていた気分は今や、上機嫌すら通り越して、高く高く舞い上がっている。


 それはまるで、秋の青空に浮かぶ気球。

 大会のために集い、やがて別れるところも、まさに。

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