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番外B:一を飛ぶための、千の羽ばたき

第三話~第五話の間のどこかに挿入すべき話Bパートです。

タイミングを見失ったのでとりあえず公開し、近いうちに三話~五話の隙間に移動させます。

時系列が飛び飛びになりお目汚し失礼します。

 木々の緑が爽やかな、五月のある日。放課後の時間を図書室で過ごしていた冴姫は、携帯電話に届いた崇子からのメッセージ『いいよー』を見て即座に退室。近場の女子トイレでジャージに着替え、ダンス室へと移動した。

 目的は、アイドル部の活動後に自主練習する崇子・茉佑への指導。冴姫はまだ部外者の身だが、やる気ある二人にはこうして、およそ隔日の頻度で個人的に練習をつけている。指導を口実に、ダンス室を自分の練習に使うためでもある。


 重めの扉を開き、冴姫は部屋の中を覗いた。聞こえてくるのは、楽曲とメトロノームの音。ジャージを着た茉佑が壁面鏡の前で踊り、制服のままの崇子が壁にもたれて様子を眺めている。

 冴姫は『これこそあるべき姿』と鼻息を強め入室。さっそく鋭い言葉を飛ばした。

「また遅れてる! 音聴こえてないの?! ステップの時に重心が流れてるからそうなんの!! あと途中から使う足が逆!!! 何回言わせるつもり??!!」

 大声を聞き、茉佑は小さく跳ねる勢いで驚いたが、振り返る顔は明るい笑顔。冴姫と出会って一ヵ月ちょっと、厳しくとげとげしいお叱りも、もう慣れっこだった。

「龍ケ江さん……! ごめんねっ、ステップもっと気を付ける……!」

「気を付けてできるんなら最初からそうしなさいよ。まったく。どうせわかってないんだろうから、準備運動が済んだら手本見せたげる」

「いいの?! ありがとう……!」

 頭を下げる茉佑に、冴姫は片手ひらひらで返事。スクールバッグを壁際に置き、柔軟体操を始める。

 練習を再開した茉佑を横目に前屈しながら、冴姫は崇子に話しかけた。

「ねぇ崇子。この前のUSBメモリってなんだったの?」

 尋ねたのは、つい先日に崇子から渡されたUSBメモリについて。崇子が『一回見て』と言って渡したもので、内容は三人での練習風景を撮った映像だった。冴姫は言われた通り確認するも、映像に特段気になる点はなく、渡された意図がわからないでいる。

 崇子は頬に人差し指を当て、ちょっと考える顔。

「んー。後で教えるよ」

「なにそれ」

 今話すほどのことではないのだろうと、冴姫は話をいったん置き、雑談の調子で話題を変える。

「崇子はさ、横で見てて上達してるように感じる?」

「茉佑ちゃんのこと?」

「そ。一ヵ月近く同じことしてるってのに、ワタシには全く変わったように見えないから。いくらセンスがないって言っても、いい加減コツくらいつかんでも良い頃でしょう?」

 本人を目の前に遠慮なく冴姫は言い切った。もちろん茉佑にも聞こえているが、事実であることと、ここまでの指導ですでに近しい言葉が出ていることから聞き流されている。

 茉佑が練習しているダンス動作は、およそ一ヵ月前に指導した内容からほとんど進んでいなかった。動作を覚える、タイミングを曲に合わせるのに精一杯で、その先の表現の段階にいつまで経っても移行できていない。冴姫には信じられない成長速度の遅さだった。

 質問に崇子はあっさり返す。

「冴姫ちゃんの見え方で合ってると思うよ。変化があるとしたら一ヵ月先くらいかな」

「一ヵ月先ぃ? 時間かかるにもほどが……というか、やけに具体的ね。なんでわかんの?」

 やたらと具体的な予測が気になり、尋ねる冴姫。

 崇子の答えはシンプルなもの。

「それでだいたい千回になるから」

「練習回数が、ってこと?」

「うん。多少のブレはあるけど、茉佑ちゃんはダンス一つ覚えるのに千回くらいかかるんだ」

「千回……」

 複雑な気分で、冴姫は茉佑に視線をやった。自分なら十分の一もあれば余裕で到達できる段階に、茉佑は千回の反復を要する。身に着けた基礎技能の数が違うため単純比較はできないが、ゾッとするほどの効率の差。そもそも基礎を覚えることでも同様の差があるとしたら、絶望的な気分にすらなる。

 そんな冴姫の思考を崇子は実体験から予測、言葉にした。

「途方もないよね。初心者でもないのに、いちいち千回もかかるだなんて。もちろん漫然にやってるんじゃなくて、真面目に一生懸命やってのこと。限界まで体を動かして、継続できるようケアして、体を休める間は歌やって動画見返して……」

 沈む気分で冴姫は聞く。

「あり得るの……? 歌ならまだしも、常識的な振付のダンスで。いくら才能がないにしても、正しい練習をしていてそんな……」

 じっと目を合わせて崇子は返した。

「正しい練習、ね。冴姫ちゃんは思うんだ? 『この程度の動作』『正しく練習すれば』『誰でもできるようになる』って。でもこの『正しい練習』ってさ、茉佑ちゃんにとってはだいぶ難題なんだよね」

 淡々とした口調で崇子は茉佑を説明する。

「私や冴姫ちゃんが、一回の練習や観察で十の学びを得られるとして、茉佑ちゃんは同じことを十回やっても一つ得られるかどうかもわからない。それは茉佑ちゃんが重要なポイントを見逃してたり、考えられてなかったりするせい。つまり茉佑ちゃんは正しい練習をできてないことになる。なるけど──」

 十年以上も隣で見続けてきた崇子(じぶん)と茉佑の違い。語る言葉に侮りも嘲りもなく、同じでないことへの寂しさだけがあった。

「──私や冴姫ちゃんは意識しなくても持ってたよね? 茉佑ちゃんには無い視点も思考も、感覚も。何が可愛いのか・カッコイイのか・美しいのかを見極めたり、再現方法を考えたり、そうじゃない時に比較して発見したり。理想形の理解も想像もできて、あとは迫るだけだった。違う?」

「……そうね。そんなこと、いちいち考えたこともないわ」


 冴姫は目指すべき方向で迷ったことがない。アイドルを志した時には、技能でも精神の在り方でも、理想のカタチは見えていた。誰に教えられずとも、動画サイトでたまたま見た『とあるアイドル』のライブ映像を美しいと思い、自分だけでは到達できないと判断し、近づくためにそのアイドルと同じ事務所のオーディションを受けた。

 崇子もまた物心ついた頃には、音楽の調和やリズム、及びそこに融合するダンスを心地良いとする感覚を持っていた。

 しかし茉佑は違う。冴姫や崇子が早くから自然に得ていたそれらを十分に持ち合わせておらず、崇子に学び今も一つずつ得ていっている。

 アイドルへの眼差しが異なっていたせいか、両親が飾り気のない性格だったせいか、どこにも理由のない偶然か。原因はわかっておらず、今更わかったとて意味はない。ただ茉佑は、冴姫や崇子どころか大半の女子より、愛らしさや美などのいわゆる『アイドルっぽさ』へのアンテナが鈍かった。

 そしてそのアンテナが求められる『練習を正しくする』能力も必然的に低かった。


 崇子はこの見逃されがちな能力も才能の一つであると解釈する。

「私達はどうしても、練習を正しくする能力──才能を持った者の目線なの。その目線で見たら、茉佑ちゃんを誤解しちゃう。どこかで間違ったか手を抜いたんでしょって。だけど冴姫ちゃんには誤解しないでほしい。茉佑ちゃんの今までに落ち度はなかったよ」

 態度は平静ながら、瞳は逸らせない圧を放った。

 冴姫は無意識に持っていた先入観が外れたことで、崇子が渡したUSBメモリの意図に気がついた。

「あぁ、だからUSBを……。……。……茉佑、ちょっといい?」

 しばし考え、立ち上がり茉佑の前へ。

 茉佑は二人の話を聞いてはいたが、取り立てて話すことがあると思っておらず、困惑する。

「えっと……。わたしができないの、あんまり気にしないでいいよ……?」

「技術面で気遣うつもりは一切ないわ。だけど改善はさせて」

 きちんと向き合い、冴姫は言った。

「今後は言葉を改める。今も今までもアンタが手を抜いていないのなら、相応しい指導は別にあるから。ワタシは自分の時の……知ってる方法を工夫せずアンタに使ってた」

 疑問が重なり、首を傾げる茉佑。

「自分の時の?」

 冴姫が軽く頷く。

「ええ。事務所で指導つけてもらってたトレーナーが、指摘ついでにキツい一言を言う人で。あ、誤解しないでね。本当はコンプラ的に言わない要領になってるのをワタシから、『気にしてもたつくくらいならキツいまま早い方が良い』って頼んだの。コンプラ無視の反射で良いから、感じたものを感じたまま直球で伝えてほしいって」

 ストイックなエピソードに、茉佑は目を輝かせた。

「すご……、カッコイイ……!」

「別に有難がるほどのもんじゃないよ。指導じゃなくて癇癪だなって思うこと多々あったし。怒鳴り声がうるさくて耳痛くなるのもヤだったな」

 怒号飛ぶレッスンを思い出し、冴姫は耳を塞ぐポーズ。

 相変わらず茉佑はキラキラの瞳を向ける。

「そうなんだ。でも憧れちゃうな、プロって感じで。……あ、それじゃあ龍ケ江さんは私をずっと本気で見てくれてたの??」

 冴姫は当たり前の調子で返した。

「当然。ま、できそうなレベル以上は求めてないけど。指導だからってワタシが手を抜くとでも思ったの?」

「お、思ってない思ってない! その、うれしくて。本物のアイドルに、本気で言ってもらえてるんだもん!」

「気に病んでないなら、その点は安心ね」

「気に病むなんて! そういうことだったら、もっと言ってくれてもいいくらい……!!」

 興奮気味に言う茉佑に、冴姫は首を横に振る。

「いいえ、変える。余計な一言は本当に余計だから」

「えー……。わたしは大丈夫なのに……」

「安心なさい、気遣いじゃない。無駄に叫んで喉と時間を消耗するのをやめるだけ。アンタは大丈夫だってわかったんだし。傷つくこと言って無理やり頭に刻まなくても、ちゃんとした指導を千回やればいいんだもの。無才だから数打つしかない、数打つのには耐えられる、数打つのなら無駄を省くべき。そういうことでしょ? 崇子」

 冴姫が視線を向けると、崇子は微笑み小さく拍手。

「ご名答。さすがの理解力だね。暴言への反省がまるでないのは大減点だけど」

「悪意はなかったんだし、双方同意なんだから大目に見なさいよ。しっかし、どうしてこんな遠回しにしたワケ? 直接言ってくれてたら、もーっと話は早かったんだけど???」

 崇子は悪びれず言った。

「身に染みた方が学びになるから。千回付き合う覚悟も見たかったし」

「ずいぶんと先輩ヅラね。じゃ、話はこのくらいで。茉佑っ、ワタシはウォームアップするから、今のうちに休憩しときなさい」


 ひと段落と、伸びや軽いジャンプをする冴姫。

 その前に茉佑が、珍しくはっきりと一つ主張した。


「あの、龍ケ江さんっ。さっきの崇子ちゃんの話で、一ついい?」

「? 何か言いたいことでもあった?? 言いたい放題の崇子に文句とか」

「あ、いや、それは昔っからだから違くて……。その、わたしね、本当に気にしてないんだ。上手くできないのもセンスがないのも、センスがないまま育ったのも。崇子ちゃんのパパやママみたいにオシャレだったり音楽が得意だったり美形だったりはしないけど、うちのお父さんもお母さんも一生懸命な良い人だから」

 そう話す茉佑の表情は、とてもとても穏やかなもの。目の前で『アイドル向きの育ちをしていない』旨の話をされたにも関わらず、無理な納得や劣等感は一切なかった。

 冴姫は、その稀に見る純朴さが気になった。

「アンタのご両親ってどんな人なの?」

 興味を持たれたのが嬉しくて、茉佑はパッと表情を明るくする。

「どっちも静かな性格で、とっても仕事熱心っ。仕事じゃなくても真面目で、地域の清掃行事とか学校の保護者会とか、欠かさず参加してるんだー」

「いいじゃない、仕事熱心。和菓子屋さんだっけ。地域貢献も立派なことね」

 若干の社交辞令を含んでいても、ほとんどは素直に好意的な評価。冴姫は普通に良い人を、普通に良く思っている。

 両親を褒められ、茉佑は照れ笑いした。

「そんなそんな。打算もあるって言ってたけどね。味も見た目もそこそこの店だから、周りの人との繋がりを大事にしなきゃって。でもそうやって、口下手なのに頑張ってるところも好きなんだ」

 聞いていた崇子が補足する。

「そこそこってのはもちろん良い意味、ね。茉佑ちゃんとこのお菓子は派手さや特徴のある美味しさじゃないけど、素朴で優しい、いつも家に置いときたい味だよ」

 冴姫は祖母のことを思い出し同意した。

「でしょうね。うちのおばあちゃんがしょっちゅうお世話になってるもの」

 二人の反応に茉佑は、更に嬉しくなってニコニコ笑顔。

 下心なく自然に無意識に営業活動する。

「じゃ、じゃあ今度、みんなでチートデイを合わせて一緒に食べない……?!」

 ダイエットや体型管理での食事制限を一時的に外すご褒美日、チートデイ。肉体的メリットと心理的なメリットの二種類があるうち、ここでは心理的なストレス発散が主目的。

 茉佑の提案に二人も乗った。

「悪くない提案ね」

「だったら私は飲み物を用意しようかな。冴姫ちゃんも何か持ち寄って、おやつパーティにしようよ」

 口角を上げ冴姫が頷く。

「いいわ。せっかくだから、お気に入りを取り寄せる時間をちょうだい。場所はどこにする?」

 すかさず返す崇子。

「冴姫ちゃん()で」

 冴姫はジットリ目。

「いいけど、遠慮ないわね」

 崇子は首を横に振った。

「いやいや、考えあってのことだから。ちょっと早いけど、冴姫ちゃんのおばあさまに夏コンの宣伝ができると思って」

「あー。そう言えばおばあちゃんがそんな……って、なんで崇子が知ってんの?」

「茉佑ちゃんに聞かれて、入部届の住所を確認したの。龍ケ江さんって珍しい苗字だから、もしかしてお得意様は冴姫ちゃんのおばあさまだったのかなって」

 横で茉佑が首を縦にコクコク。

 冴姫は冗談っぽく呆れた。

「ちょっと、個人情報っ!」

 またしても悪びれないで崇子は言う。

「だって、私の脚じゃ何かあった時にお家訪ねられないもん。他の部員には言ってないから安心して」

「アンタねぇ……。いいわ。いいけど崇子はどうやって来るの?」

「パパかママに車で送ってもらうに決まってるよ」

「あの二人を運転手にするなんて、とんだ箱入り娘ね……。それじゃあ決まり。都合がまとまったら日にち連絡する。茉佑もいいわね?」

「もちろんっ! やったー! うれしい……!!!」

 トントン拍子に話が進み、チートデイのささやかなパーティが決まったのだった。


 なお、すっかり流れているようで、冴姫から茉佑への指導方法はある程度改められている。『ミス→指摘+文句』は『ミス→指摘ときどき文句』となった。

 茉佑の千回の反復に、冴姫も千回、真正面から付き合うと決めたのである。


──


「〈五月×日:~~というわけで、茉佑提案のおやつパーティは六月×日に決定。お菓子は注文済み。前日に部屋掃除する〉……っと」

 自室の机について、携帯電話のメモ帳に文字を入力。

 画面をオフにして冴姫は思った。

「(反省日記の締めがおやつパーティ……。なんだか締まらなくて笑える)」

 茉佑への指導方法を省みる記録が、気づけばおやつパーティの日時や、取り寄せるお菓子のメモ書きに。なんとも一貫性のない内容だが、問題はない。これはいつか使えれば良い程度の『エピソードトーク用』メモだからだ。

 冴姫は昔に事務所のオーディションで不合格になって以来、日常のあらゆる出来事をアイドル活動に役立てるため、日課的にメモを続けている。

「(レッスンがどうとか特番がどうとかだったのに、これじゃあフツーの女子高生の日記帳ね)」

 言葉としては自虐。

 しかし確かに上がった口角は『悪くない気分』を表した。

「(あ。崇子がなんか言ってたっけ。振付作る練習に、昔のアイデアを添削してとかなんとか。つっても机上レベルではほぼ完成品。露骨に測ってきてる感あって挑戦的ね)」

 今度はノートとシャープペンシルを出して、ダンスに関するアイデア出し。体も頭も、冴姫は毎日全力で働かせている。


 自主練習に茉佑達の指導、夏以降の準備、学校の勉強……etc。冴姫はアイドル部に所属していなくとも、一切手を抜くことなく時間を使い倒した。

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