第十二話:リアクション(1)
文化祭二日目の来場者は、冴姫ファンが大半だった初日と違い近隣の高校生中心。観客層・雰囲気ともに普通の文化祭ステージとなったが、冴姫達【偏翼の天使】は見事にライブを成功させた。
ただし客層が変わっても結果は初日とほとんど同じで、観客に残った印象の大半は、ユニットよりも冴姫個人の輝きだった。
当日中に行う後片付けや着替えを済ませ、練習用空き教室へと戻った冴姫・崇子・茉佑の三人。廊下側窓際に並べた机にバッグなど荷物を置き、教室隅から椅子を持ちだして一息つく。
腕と脚を組んで座り、冴姫が言った。
「まぁまぁの出来だったわね! 崇子っ、SNSのウケはどう?」
崇子は溜息して携帯電話を操作。
「専属マネージャーになった覚えはないんだけどねぇ? 調べるくらい自分でしなよ」
冴姫はハッキリ拒否した。
「嫌。だって目につくし」
「何が?」
「くだらない憶測記事とか誹謗中傷とか、TeSseRaのこととか」
「意外と傷つきやすいんだ。そういうの平気なタチだと思ってた」
「平気は平気。落ち込むとかないし。でも自覚のないストレスになったら嫌だもの」
顎をツンと上げる冴姫。プロアイドル時代から冴姫は、SNSやインターネットの利用に消極的で、評判の確認や広報はユニット『TeSseRa』の仲間である照葉やマネージャーに任せきっていた。
一時的な人気の浮沈を重視していないことと、不当なマイナス記事・リアクションを目に入れたくなかったことが主な理由。事務所退所後は、退所にかこつけて大量発生した誹謗中傷やゴシップ記事のほか、TeSseRaの近況を避けることも理由に加わっている。
崇子はそこまでの背景を知らずとも、『評判より理想を優先』しているのだと理解し、仕方なく対応。各種SNSで情報収集する。
「調べたげるけど、私のストレスも考慮してよね。……ええっと、評判は良いよ。局所的だけどトレンドにもなって──うわ、やられた。勝手されてる」
何かを見つけ、眉をひそめる崇子。
茉佑が隣まで来て心配する。
「どうしたの?」
「知らない人が、私達のステージを動画サイトに投稿してる。隠し撮りは覚悟してたけど、真正面の良いアングルでやられるとは思ってなかった」
「それって良くないの?」
「こっちの再生数が伸びると公式が投稿する分の再生数が食われちゃうんだよ。くそー、初日に先生の許可取って投稿までやってればよかった。削除申請出しても、対応される頃には来年夏かもなぁ……」
崇子が発見したのは、文化祭ステージの隠し撮り映像。隠し撮りながら公式と遜色ない良い位置取りから撮影されたもので、SNSで広く拡散し始めていた。調べていくと出所は、『MiSaKi速報』なる、個人作成ウェブサイトの管理人。
動画権利者として崇子は削除申請を行うつもりだが、学生アイドルのメディア運用は顧問教師の許可を要し、権利関係ともなれば教育委員会を動かさなければならない。その際、説明・申請書類作成だけでも少なくない手間がかかり、イレギュラー事項への組織的対応の常として、結果となるまでが非常に遅い。
嘆く崇子の背中に、茉佑は手を触れ慰めた。
「昨日投稿できなかったのは仕方ないよ……! 文化祭運営で大忙しだったし、初ステージだったんだもん」
崇子は携帯電話を握り悔しがる。
「こういうのは最初が肝心なのにぃ……。しっかし、堂々とこんなことする変なヤツなんか、観客席にいたかなー」
横で冴姫がなんでもない調子で言った。
「二日ともいたじゃない。ど真ん中で撮ってる人」
「そうなの??」
「ええ。誰か知らないけど、制服だったからこの学校の生徒でしょうね。……そんな怒ること? 犯人捜しでもしたいの??」
尋ねる冴姫に、崇子は微笑みに苛立ちを滲ませたまま話す。
「気にしないで。これは観客席を見れてなかった自分にだから。犯人捜しは……現行犯で見つけた時に注意する、くらいで。このサイト女子生徒が使ってるんでもなさそうだし、時間もったいないもん」
MiSaKi速報内の交流掲示板への書き込み傾向から、崇子は隠し撮りした女子生徒とサイトの繋がりは薄いと考え、犯人捜しまではしないことにした。
再びウェブサイトの話題が出たことで、冴姫が興味を口にする。
「そこの反応はどんな? 動画出してるくらいだから、何か言ってるでしょう?」
崇子は渋い顔。
「言っては……いるねぇ。……聞きたい?」
「悪いってこと?」
「冴姫ちゃんについては良いことばかり」
「あー……」
言い回しから冴姫は内容を想像。サイトに書き込みする人達が、熱狂的な冴姫ファン──と呼ぶのは気が進まない、他者に攻撃的な人物だと察する。
冴姫は悩まし気に、手で目元を抑えた。
「見苦しいもの見せてゴメン」
「気にしないで。どこにでもいるよ、こういう人」
「いるから困るの。ワタシを褒めるのに他人の名前出したり、他人のコミュニティでワタシの名前出して持ち上げたり。相手が困るからするなって言っても全然聞かない」
実体験に由来するであろう説得力のある言葉に、さすがの崇子も同情する。
「苦労してるみたいだね」
「他人に迷惑かかるから、こればっかりはね。今後そのサイトは見なくていいわ」
「はいはい」
「茉佑も見ないでね」
「へ? あ、うん。わかった……!」
忠告に茉佑は、自身の携帯電話をポケットに入れ、頭を縦にこくこくと振った。
冴姫は気持ちを切り替え、黒板へ進み白チョークを取る。
「それじゃあ、今日は次の目標でも決めましょうか。崇子、直近の大型大会は十二月のプレコンになるのよね?」
椅子に腰かけたまま、崇子はスケジュールを説明した。
「合ってるよ。連盟主催の冬の県内コンクールだね。その次は一気に飛んでもう本番。来年の夏コン。それ以外にあるのは民間大会とか、地域行事とかになるね」
プレコンとは『事前大会』を意味する俗称で、正式名称は『冬季ポップソング&ダンスコンクール』。夏季と異なり全国大会が存在しない、都道府県規模大会である。
冬季大会が全国規模でないのは、運営資金及び競技レベルの都合。まず資金について、高校アイドル部は伝統的部活動に比べ歴史が浅く、部の母数が少ないことから、運営連盟に加盟金・年会費・寄付金等が十分に集まらない。そのため全国規模大会を複数回行うには資金不足となっている(楽曲・振付アーティストへの権利料支払い等、必要経費が大きいのも一因)。
次に競技レベルについて、二年生冬季時点の高校生はメディア放映するにはパフォーマンスが拙い。加盟金・年会費のような、内輪の資金のみで運営できていれば実力に関係なく大型大会を開催可能だが、実際にはメディア放映を前提とした寄付・スポンサードで大会は運営されている。そのため最低限の放映価値を確保する必要が発生している。
以上により、冬季大会は都道府県規模。しかし会場・採点方式は夏コンと同等であるので、参加者にとって『本番に備えた事前大会』の位置づけとなった。この扱いは運営側も自覚しており、冬季大会は順位こそ決めるものの、採点者による採点基準の開示・技術指導等が積極的に行われる。
その他の民間大会や地域行事は、参加料・基準・規模・内容等が主催者ごとに大きく異なる。大雑把な出場メリットは知名度アップ。活躍できれば、夏コンの勝敗に関わるウェブ投票(都道府県単位)に有用だとされている。
スケジュールを聞き、冴姫は尋ねた。
「プレコンには必ず出るとして、その前に年内で一つくらいはステージを挟みたいわね。学校近所の『わっしょい秋祭り』なら気軽に出られるって話だったけど、他にはないの?」
崇子が悩ましげにする。
「まぁ……ないかな。田舎だもん」
「プレコン以降は?」
「春~夏はそこそこイベントがあるよ。うち二件くらいは出られるかもね」
冴姫は溜息をついた。
「はぁ。少な過ぎて正直持て余すけど、贅沢言ってられないか。なら、とりあえず次の目標は『わっしょい秋祭り』で──」
と、話の途中で教室扉がガラリ。一人の女子生徒が入ってくる。いつぞや冴姫達が文化祭の入場招待券を譲った、明るめ癖髪のギャルっぽいクラスメイトだった。
「──いたいた、アイドル部の三人組! 文化祭終わってさっそく作戦会議とかスゴー!」
騒がしく言い冴姫の前へ。
突然の部外者に、冴姫はジットリ目つき。
「その通りで会議中なんだけど。何の用?」
クラスメイトは気さくに軽やかに、持っていた小さな茶色の紙袋を差し出した。
「お礼! 招待券譲ってもらった分の!」
冴姫の目つきは相変わらず。
「あぁ、あったわねそんなこと。別に要らないものだったし──」
「──あたしには要るものだったから! コレ、良かったら使ってー!」
「え、あ……、まぁ……」
陽気な勢いに押され、冴姫は紙袋を受け取って中身を見た。入っていたのは爪の保護用のネイルオイル。銀色チューブ入りの小綺麗な品で、透明な袋にリボンで可愛らしくラッピングまでされている。
クラスメイトは茉佑と崇子にも向いてお礼を言った。
「食べ物ダメって言ってたから消耗品! 香りは好みあるだろうから、三人で好きなの融通して(笑)。今回はホントありがと、カレシも後輩もすっごくよろこんでてさー。てか三人のステージめちゃ良かったよ! ただカッコイイだけと違って~~」
そのまま楽しげマシンガントークで、冴姫達のステージの感想が伝えられる。
「~~あたしなんか二回見たのにちょー感動しちゃった! 本物のアイドルってこんな……って、忘れてた!! 冴姫ちゃん、これ返すね!!!」
「これって……。……半券?」
「そっ。譲って貰った時ぜんっぜん気づいてなかったんだけどさ、冴姫ちゃんって人気者じゃん? だからこういうのも売り物になっちゃうかもって」
唐突にクラスメイトがポケットから取り出したのは、冴姫が譲った文化祭招待券の半券。入場時にもぎられ来場者の手元に残ったもの。クラスメイトが彼氏に譲ったそれを、返却のため回収したらしい。
返却されるなど露ほども考えていなかった冴姫は、予想外の誠実さに驚いた。
「そこまでしなくても……」
「するする! 勝手に売られて知らない人んとこ行ったらキモいっしょ? んじゃ、あたしはコレで──」
「──待って!」
用事を終え教室を出て行こうとするクラスメイトを、冴姫は呼び止めた。そこに最初の無愛想な態度はもうない。
「へ?」
「その……、わざわざありがとう。アナタ名前は?」
「どういたしまし……名前憶えてくれてなかったの?!」
「ゴメン……」
半年も同じクラスで過ごしておきながら、名前すら憶えていなかった冴姫。
クラスメイトは口をぽっかり開けたが、無邪気な笑顔で答えてくれた。
「あたしの名前はゆかり。苗字は佐藤。ゆかりでいーよ。みんなじゃあねー」
そう言ってゆかりは手を振り、教室を出て行った。
小さく手を振り返し見送る冴姫に、崇子がニヤケ顔で言う。
「良かったね冴姫ちゃん。私達以外にも友達できて」
冴姫は顔を逸らして照れ、言い返した。
「は? 友達くらい珍しくないし」
「それは失礼。てっきり友達少ないタイプだと思ってた」
崇子の茶化し言葉は的を射ており、小学生のうちに芸能事務所所属となった冴姫には、個人的に連絡を取り合う友達はいない。ユニットメンバーや事務所の同期等も、友達と言うより仲間もしくはライバルという認識。
冴姫は言われて初めて『友達』を意識し、ますます照れた。
「べ、別に少なくないし??? ……ちょっとその目! アンタ達ウソだと思ってるでしょ?!」
心情筒抜けな態度が面白おかしくて、崇子はもちろん茉佑まで笑う。
茉佑は必死に笑いを抑えて(抑えられず半笑いで)弁明した。
「お、思って、思ってないよっ……! ふ、ふふ……!」
「思ってる! だったらアンタ達はさぞ友達が──茉佑は多そうね──崇子はどうせ友達いないはずだわ。こんな性格だし」
冴姫は茉佑と言い争うのは分が悪いと、矛先を崇子へ。
崇子はわざとらしく視線を外した。
「量より質でやってますから? さぁ二人とも、ステージで気苦労あっただろうから、作戦会議はこのくらいにして今日は解散しよー!」
「あー! 誤魔化した!!」
「茉佑ちゃん、今日も一緒に帰ろうねー」
食い下がる冴姫を露骨に無視し、崇子はスクールバッグを肩掛けに帰り支度。茉佑も続き、冴姫も仕方なさげに応じた。
その後は三人並んでいつも通り、かしましくお喋りしながら校門まで歩いた。今日の話題は、ゆかりに貰ったネイルオイルをどう分けるか。
さっそく開封。きゃっきゃと嗅いでみて、冴姫はスッキリ柑橘系の香り、茉佑は家業に気を遣い無香料タイプ、崇子はゆったりアロマ系を選んだのだとか。




