第十一話:折れる折れない
後奏のうちに、崇子を中心にして冴姫と茉佑が両脇を固める。一曲目とは違い外側に来る腕は広げず下ろした立ち姿。翼を閉じた天使のイメージ。曲が終わり、照明は通常の明るさに。割れんばかりの拍手はもちろんのこと、大きな歓声がステージへ送られた。
冴姫はそれを数秒味わってから挨拶。普段のツンツン顔とは違う、柔らかな表情だった。
「これで、【偏翼の天使】のパフォーマンスを終わります。ご清聴いただき、誠にありがとうございました」
茉佑・崇子と息を合わせ、三人で深いお辞儀。言葉少なのあっさりした内容に止めたのは、持ち時間が短いことと、文化祭ステージ参加者の一つに過ぎない立場を守ってのこと。
観客席から温かい拍手が返され、冴姫達の背後では次の発表を控える軽音楽部がスピーカーやドラムセットなどの準備を進める。
ステージ端から放送部の女子が現れ、台本に沿ってトークで場を繋いだ。
「偏翼の天使の皆さん、ありがとうございました! ステージを終えて、観客の方々に伝えたいことはありますか?」
まずは崇子が微笑んで言う。
「はい。応援のお願いと、連絡を一つさせて下さい。私達はこれから、来年の夏コンでの全国大会出場を目指して頑張っていきます。一生懸命努力しますので、応援いただけるととても嬉しいです。今後のスケジュールにつきましては各種SNSでご報告いたしますので、よろしければぜひご確認ください」
そのまま片手で隣を指し示し、茉佑が慌て気味に続く。
「SNSのアカウントはもう作っているので、『偏翼の天使』でご検索くださいっ! 天川女子高ホームページ内の部活動ブログにも、SNSへのリンクを設置しています! 今日明日の文化祭ステージ動画も近日中にアップロード予定です……!」
最後は強気の笑みの冴姫。
「次のステージで会えるのを楽しみにしています。それまでは動画で我慢しつつ、期待して待っていてください。それと──」
振り返って軽音楽部の準備状況をチェック。ギターボーカルのロックファッション女子が視線で伝える『いける』を確認し、冴姫は話をまとめにかかった。
「──実はワタシ達が歌った二曲目は、原曲を崇子が編曲して、こちらの軽音楽部の皆さんに演奏・録音いただいたものだったんです。これから演奏するのは別の曲だそうですが、きっと良いパフォーマンスを見せてくれることでしょう。どうぞ最後までお楽しみくださいね」
放送部女子が話をしめる。
「あらためて、偏翼の天使の皆さん、ありがとうございましたー! それでは本日最後のプログラムに移りましょう! 天川女子軽音楽部バンド隊『クレンチ』の皆さんで~~」
説明する放送部より一足先に、冴姫達は観客に軽く手を振りながら舞台袖へ撤収。済んだ辺りでボーカルの女子、葛城亮が、『終わった顔してんじゃねぇ!』『ナメんじゃねぇぞコラ!』などと威勢良く叫び、派手にギターをかき鳴らした。
~~
撤収した流れで冴姫達は、簡易更衣室のある体育倉庫へと戻った。ほとんどの生徒が軽音楽部の演奏を見に行っているため、部屋には三人の他に誰もいない。
ボヤけた音が扉越しに聞こえる中、冴姫は真面目な調子で二人に言う。
「ごめんなさい。嫌な気分にさせたでしょ?」
数秒の沈黙。
恐る恐るの声色で茉佑が尋ねた。
「あの……、なんのこと??」
「なんのことって……」
冴姫は茉佑を見て一度目を見開いたが、小さく呆れの溜息をする。
「アンタはわかんないか。それならそれで良いんだけど」
「?」
疑問顔の茉佑を置いて、冴姫は視線を崇子へ。相変わらず微笑みで固定された顔を、じっと見つめる。
「崇子。ワタシと同じステージに立った人は皆、『取られた』って顔をしかめてた。アナタもそうだったんじゃない?」
「……」
目を見合わせしばらく。
崇子は大きく溜息し、微笑みから一転。ウンザリした表情を浮かべた。
「はぁ……。わかってるならなんで直接聞くかな。こっちは必死で顔を作ってるっていうのに」
冴姫は配慮をほとんどしない、普段通りの態度で返す。
「モヤモヤは爆発する前に解消しなきゃね」
「同じ失敗はしない、ね。それが完全なパフォーマンスの秘訣ですかー。勉強になりましたよー」
拗ねた子どもみたいに口を尖らせ、皮肉を言う崇子。
対する冴姫は口角をほんの少し上げ仕方なさそうに、しかし上機嫌に話した。
「それだけ軽口叩けるなら心配いらないわね。折れてしまわない人は久しぶり」
崇子がぷいと顔を背ける。
「ふんっ。なに上から目線で言ってくれちゃってんだか。私の方が歌は上手いし、人付き合いも上手。今日は経験の差が出ただけ」
「はいはい、そうね。……って、茉佑は何ニヤニヤしてんの。アンタはもっと危機感持ちなさい。観客の視線を全部ワタシに奪われたの、気づけてもいないんだから」
二人のやり取りを嬉しそうに見ていた茉佑に、冴姫は頭へのおふざけ手刀と忠告をお見舞い。
茉佑はにへらと笑った。
「はーい。でも良かったぁ、冴姫ちゃんが話してくれて。崇子ちゃんが何か気にしてるのはわかったけど、わたし、どうして良いかわからなかったから……」
「そういうのはわかんのね。付き合い長いだけあるか」
聞いていた崇子が、いつもの微笑み顔で話に加わる。
「冴姫ちゃんこそ、もうちょい外様の自覚持ってよね。一曲目、せっかく私と茉佑ちゃんで温もり溢れた空間を作ってたのに」
「良い雰囲気だったとは思うわ。塗り替えるのが申し訳なく感じるくらいに」
「わかってるなら──は言っても無駄か。全力出せって言ったの私だし。こうなったら茉佑ちゃん、いつか絶対、この天狗アイドル様の鼻を折って明かしてやろうね」
茉佑は頷いてから、冴姫に聞く。
「う、うん……。あ、あの、冴姫ちゃん!」
「何?」
「今日のステージ、どうだった?」
「全体? それともアナタ個人?」
「どっちも!」
「そうね……」
冴姫は上機嫌なまま答えた。
「不満。でも、悪くはなかったわ」
「えっと、どっちが?」
「どっちも。パフォーマンスのレベルは上がりきってないけど、変な気のない、気持ちの良いステージだったもの」
茉佑はまたしても不思議そうにする。
「変な気?」
「つまんないことを考えてなかったって意味。足引っ張って邪魔してやろうとか、そもそもやる気がないとか。アナタ達二人とも、一生懸命やってたでしょ?」
「自分のことで精一杯だったから……」
「それでいいの。他の全てはその上に乗っかるんだから」
崇子も尋ねた。
「冴姫ちゃんの思う『良いステージ』って何?」
即答だった。
「ユニットメンバーがお互い高め合って、やっと辿り着くようなステージね」
本人の我の強さからは想像のつかない、他人の存在を計算に入れた考え。
意外さを感じ、崇子は質問を続ける。
「他人に邪魔されたくないなら、ソロで上り詰めればいいじゃない」
冴姫は首を横に振った。
「ソロアイドルもいいけど、ワタシの目指す方向とは違う。自分一人じゃ作れないステージに立ちたいの。仲間だけどライバル心があって、素質だって違って。なのに同じ目標に向かって努力して、補ったり重なったりしてようやく辿り着く……そんなステージに」
真っすぐな眼差しに宿る、本心と純真。
崇子はそこに茉佑の瞳が重なる気がして、茶化しも間に合わせも言わなかった。
「理想があるんだ」
「まぁね。……さて、アイドル談義も良いけれど、明日に備えて早いとこ着替えちゃいましょう。せっかくの衣装が皺になっちゃう」
冴姫が話を切り上げ、手早く着替え&片付け。三人とも体調にも衣装にも問題はなく、観客の冴姫ファン達も目立ったトラブルは起こさず。
文化祭初日は無事、盛況のうちに終わった。
~~
その日の夜。灯りを消して横たわるベッドで、崇子は冴姫のことを考えた。アイドルの心構えで立った初めてのステージで味わったのは、天国と地獄。『通用する』喜びと『奪われる』辛さ──悔しさだった。
目を瞑ればありありと、観客の瞳を『塗り替えられた』瞬間が浮かんでくる。
「(『全部もらう』、そう言われた気分。私がControlなら、アレはDominate。圧倒的な力による支配。そのくらい違った)」
数秒前まで自分を向いていた観客の目が、一瞬で冴姫へと移った。自分への期待が、興味が、応援が、全て奪われた。手を尽くしても碌に取り戻せなかった。
これまでの人生で一度も経験したことのない、凍えるほどに冷たい時間。冴姫がその感情に触れてきた時には制御が利かず、拗ねたフリまでしてしまった。
「(負けた。だけど、歌唱力なら私の方が上。才能だってきっと同じくらい。……このままじゃ終われない。絶対に!)」
沸々と、胸に闘志が湧き上がる。
しかし同時に頭は冷えた。冴姫の言葉が脳裏をよぎる。
「(『折れてしまわない人は久しぶり』……。……確かに私の心は折れてない。でも)」
両脚に取り付けた矯正装具のベルトに、崇子はそっと指を触れた。
「(折れていたかもしれない。腕と同じに脚が動いていたら、私は……)」
生まれてからずっと疎ましい自分の脚に、安堵にも似た気持ちを感じそうになる。
崇子は慌てて、ぎゅっと強く瞼を閉じた。
「(……ううん、そんなことない。絶対に鼻を明かしてやる)」
そして茉佑のことを思い出す。心配になる。冗談めかしていたが、『私と茉佑ちゃんで温もり溢れた空間を~~』とわざわざ名前を出したのは、茉佑を気遣ってのこと。いくら自分自身に精一杯でも、その精一杯が一切響かないともなれば、何かしらの影響はあるはず。
「(茉佑ちゃん、どうか苦しまないで。私には茉佑ちゃんがどれだけがんばっていたか、わかるから……)」
疲労が強める眠気の波がやってきて、意識を連れていく。今日を終える直前に崇子は気がついた。
冴姫が茉佑に言った『悪くはなかった』の意味に。
「(……冴姫ちゃん、も、だ……。冴姫ちゃ、も、気づい……、る)」
~~
大体同じ頃。茉佑は気になることがあって寝つけず、家の一階の、父親が作業する厨房を覗いた。白髪混じりで強面の父親は、年季の入った白い作業服で清掃や帳簿づけなどを黙々と進めている。
作業をしばらく眺めて、茉佑は幼少期からの小声で父親に声をかけた。
「お父さん。今日は観に来てくれてありがとう。……その、どう、だったかな?」
父親はペンを帳簿の上に置き、茉佑と目を合わせた。
「アイドルのことはわからんよ」
「印象っ、印象だけでも聞きたくて……! 一緒に歌ってた二人と比べてどうだった? 一人はプロのアイドルだし、崇子ちゃんもそのくらい凄くて、だから……」
「うーん……」
困りながらも父親は、嘘偽らずに答える。
「何がどうかはわからんが、あの子達と比べたら茉佑は良く見えなかった」
素人目にもわかってしまった出来の違いを、父親は正直に伝えた。声のトーンや話す雰囲気を極力、茉佑を傷つけないよう気遣ったものにして。
視線を外さず、茉佑はもう一つ尋ねた。
「……お父さんは、わたしがアイドルになれると思う?」
父親は待たせずに言う。
「難しいかもしれない。お父さんには、茉佑があの二人みたいな活躍をする姿は想像できないよ。ごめんな」
茉佑は下を向き、厨房の出口を振り返った。
「……ありがとう、お父さん。変なこと聞いてごめん。おやすみなさい──」
アイドルに関する話を父親に尋ねたのは初めてだが、『自分には難しい』という結論には、崇子からの評価やオーディションなどで何度もぶつかっている。
ぶつかってはいるが、痛みはあった。




