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第九話:『偏翼の天使』初ステージ

 ステージ裏手と部屋内で接続する体育倉庫。普段であれば授業備品や屋内運動部の練習用具が収まる倉庫部屋も、文化祭期間中は姿を変える。備品の類は別の場所に移され、代わりに演劇部の小道具であったり、吹奏楽部の楽器ケースであったり。ステージ発表関係の物品が所狭しと詰め込まれた。

 さらに今年は、部屋の一角を衝立(ついたて)と仕切り布で目隠し。内側に椅子と机、姿見鏡、衣装ハンガーを配置している。簡易更衣室である。

 そんな簡易更衣室の椅子に、アイドル部共通衣装のパフスリーブ&短めスカートに着替えを済ませた茉佑は着席。両サイドからジャージのままの冴姫と崇子が、メイクやヘアアレンジなど身支度を手伝った。

 茉佑だけ他の部員と準備場所が違うのは、着替え時間確保のため。部とユニットで出番が連続する茉佑は、部のパフォーマンス終了後速やかに、ユニット衣装へと着替えなくてはならない。


 リップとチークを淡めに仕上げつつ、冴姫が顎をツンと上げて言った。

「感謝しなさいよね。アイドル(このワタシ)がメイクを手伝ってあげてんだから」

 茉佑は眉尻を下げ肩身を寄せる。

「どっちも出たがっちゃってごめんなさい……」

「違うったら。感謝しなさいって言ってんの」

「あっ、ごめっ……、ありがとうっ、冴姫ちゃん!」

「ステージで良い働きしたら許したげる。……それにしてもアンタ、髪長すぎない? 夏に切るかと思ったらそのままのりきっちゃうし」

 カクンカクンと頭を下げる茉佑の髪に触れ、冴姫は呆れた。編み込み付きポニーテールにまとめられた髪は、天然パーマ気味な髪質と毛量、背中までの長さが合わさり、抱え上げられるほどの塊と化している。

 肩をすぼめたまま茉佑は言った。

「ボリュームを維持したくて……」

「こだわりあんのね。ま、それならそれでインパクトにならなくも……ん?」

 何かに気づき、冴姫は茉佑の顔をじっと見て目を細める。

「アンタ、片目だけコンタクト入れてる?」

 茶色の虹彩の外に、薄っすら見えるコンタクトレンズの縁。

 茉佑は雑談の調子に戻り答えた。

「入れてるよ。昔ぶつけちゃって。こっちだけ視力落ちちゃったんだー」

「ふーん。ちょっと不便ね。せっかくならカラコンにでも……とか一瞬思ったけど、奇抜なのは合わなさそう」

「うん……。カラコンは似合わなかったし、眼帯は距離感わかんなくって……」

 返答を聞き、冴姫は笑いを噴き出した。

「ふっ、あははっ、眼帯って! そんなものまで試したの?!」

「海賊アイドルもアリかなーって、小学生の時の話だからっ!」

 照れる茉佑の脇腹を崇子がつつく。

「中学の時は髪で片目を隠したり、カッコイイポーズ考えたりしたよねー」

「崇子ちゃん?! 秘密にしてって言ったのにー!」

 大慌てで取り繕う茉佑。

 冴姫は二人のやり取りを楽しく聞き、頃合いを見て茉佑の背中に軽く触れた。

「さ、そろそろ合流してきなさい。良い印象を残してくること、わかった?」

 続いて崇子が微笑んで言う。

「移動で衣装引っかけないようにね」

 茉佑は拳を握って眉を寄せ、勢い良く立ち上がった。

「二人ともありがとう! 行ってくるっ……!!」

 向かう先は、アイドル部が出番前の合わせ練習をしているダンス室。

 部屋を出ていく茉佑(せなか)を見送り、冴姫と崇子も準備を始めた。


──


 文化祭ステージのプログラムは、まずまずの盛り上がりを維持して進行。例年、実力ある演劇部の後で盛り下がりがちなアイドル部のパフォーマンスも、集結している冴姫のファンがコールや手拍子を活発に送り、熱気が保たれた。

 三年生と二年生で行われた一曲目の後は、トークパート。内容は三年生の引退式。部内的には夏コン時点で引退だが、部外への発信は文化祭を機会にしている。それが済んでからは、二年生と一年生によるパフォーマンス。この二曲をもって、世代交代を知らせるのが天川女子高アイドル部の慣わし。

 そのため、一曲目で茉佑が舞台袖に下がった(二曲目に参加しなかった)ことは、卒業生など一部の人の目には不思議に映った。


 二曲目も終わり、キャプテン以外の部員は舞台袖に撤収。

 入れ替わりで司会の放送部女子が出てきて、キャプテンに尋ねた。

「アイドル部の皆さんお疲れ様でしたー。さて、次のプログラムへと移る前に、キャプテンにお話しを伺いましょう! 今回はこれから、特別な演目があるんですよね?」

 キャプテンは肩でしていた息を落ち着け、自身のマイクで答える。

「はい! 来年の夏コンに向け結成された、特別ユニットのパフォーマンスです!」

「特別ユニットですか! どういうものか、ぜひ教えてください!」

「来年夏のポップソング&ダンスコンクールに、部の代表として出場する予定のユニットです。メンバーは、今年転校してきた龍ケ江(たつがえ)冴姫(さき)さん、部のマネージャーをしてくれてる森山(もりやま)崇子(たかこ)ちゃん、さっき一曲目で下がった天野(あまの)茉佑(まゆ)ちゃんの三人。リーダーは龍ケ江さんだそうです!」

「なるほど! どんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみですね!」

 台本に従い話し、放送部女子は舞台袖をチラリ。合図を確認して、キャプテンとも顔を見合わせプログラムを進める。

「特別ユニットの準備が整ったようです! さっそく次のプログラムへと移りましょう。【偏翼(かたよく)天使(てんし)】の皆さん、よろしくお願いしまーす!」

 放送部女子とキャプテンが舞台袖に引き上げ、照明が暗転。無音の暗いステージに、袖から中央へ三人分のシルエットがゆっくり進み出てくる。観客席からは声にならない声が漏れた。


 ステージ中央、祈りに似た姿勢で立つ一人。そこからやや離れた左右手前に展開し、正面外向きで立つ二人。配置と構えが定まった瞬間から観客の慌ただしさは消え、会場に静寂が広がった。


 始まった曲の前奏が、静けさに乗って沁み渡る。遠くで聞こえる繰り返しの電子音と、水面に広がる波紋のような管・弦楽器の旋律、空気を通じて肌を撫でるベースライン。十年以上前に一人の歌手が発表した、無償の愛がテーマのバラードだった。

 ステージ全体の照明が暗めに灯り、三人の姿が照らされる。キレの良いメイク、白色輝くユニット専用衣装、横髪を細く束ねて塗り染めた青(崇子)・黄(冴姫)・ピンク(茉佑)の差し色。スポットライトが中央の崇子を円で強調。崇子のソロパートで歌唱は始まる。

 愛を捧げること、辛い瞬間も寄り添うこと、あなたの存在が喜びで、想えて幸福であること……。結婚式の永遠の誓いにも似た歌詞が、しっとりと、それでいて情感豊かに届けられる。

 生徒にも冴姫のファンにも音楽ジャンル的には馴染み浅く、歌唱の主役は崇子。冴姫(と茉佑)はほとんどコーラスで、スポットライトの光にも差がある。完全に冴姫が『脇役扱い』となっているが、生徒はともかく、冴姫のファンからも文句は出なかった。つけようがなかった。

 原曲の魅力を損なわない、崇子の優れた歌唱力。花を添える役割に徹し、目立ち過ぎないコーラスとダンスで魅せる冴姫。気にもならない茉佑を無視すれば、歌とダンスだけでも、高校生離れした高い実力と言える。

 加えて、崇子が白色ワンピース衣装で中央に立ち、左右の冴姫と茉佑が白黒モノトーン衣装で踊る様は、主役と脇役ではなく三位一体であること──ユニットコンセプトを視覚で示した。目立つ白色と目立たない黒色、外側へ腕を広げる振付、目を惹くサイズ違いの肩フリル。衣装とダンスで作り出された、『偏った大きさの翼を持つ天使』。

 高いパフォーマンスと、衣装含めたユニットとしての作り込み。その豊かな表現力は見る者を圧倒した。もちろん、単に冴姫の見た目が良いとか、崇子が美人であるとか。シンプルな魅力の加点も大いにある。


 後奏まで進み、崇子は茉佑・冴姫に目配せと微笑み。茉佑達は崇子の半歩後ろの両隣に集い、片腕を広げるポーズ。フェードアウトで一曲目は終わった。


~~


 くっきりとした明るさの照明がステージ上に降り注ぐ。観客席全体からは、割れんばかりの拍手。冴姫(じぶん)を求めて来たファンに対し、一曲目はあえて外して崇子を主役にぶつける作戦は、期待以上の成果となった。

 高校生としては出来の良い衣装、自身の力添え、崇子の実力。冴姫は全てが噛み合ったことに笑みを浮かべつつ、小さな疑問について考えた。

「(『楽曲の世界に入ってた』んでしょうけど。あんな顔もするのね)」

 後奏で崇子が見せた表情。穏やかで慈しみのある、温かい笑顔。茉佑へと向けるものと同じそれを、崇子は冴姫にも見せた。理由わからず冴姫は、『ステージ上の高揚感によるもの』と認識。次の曲へ気持ちを切り替える。


 三人等間隔の横広がりになり、冴姫の言葉でトークパートは始まった。

「こんにちはー! 天川女子高アイドル部特別ユニット【偏翼の天使】です! 一曲目は×××さんの楽曲、×××でした! いきなりのバラードで、びっくりしちゃったんじゃないですかー?」

 観客からは、『びっくりした』『良かった』『カッコイイ』など、好意的な反応。

 眩しい笑顔で冴姫は続ける。

「ありがとうございます! この曲は崇子たっての希望で……の前に、自己紹介をしましょうか。まずはワタシから。【偏翼の天使】リーダー、大きな翼担当の龍ケ江冴姫です! 東京でアイドルをしていましたが、今は普通の女子高生。だけどアイドル、諦めてません! よろしくお願いしまーす!」

 上がった歓声はしばらく止まず、冴姫は指揮者の要領で拳を円の動きで握り終止。

 様子を伺い、次は崇子がマイクを使った。

「はじめまして。【偏翼の天使】、天使部分担当、歌うの大好き森山崇子です。温かいご声援、本当にありがとうございます。皆さん思いましたよね? 『どうして冴姫ちゃんがセンターじゃないんだ!』って」

 率直な問いに、観客席はごにょごにょと騒めきで反応するしかないでいる。

 面白がった微笑みを浮かべ、崇子は続けた。

「ふふ。怒ってませんからご安心を。このフォーメーションには事情があるんです。私、脚が悪くて踊れなくて。ほら、こんな感じ」

 決して両脚を同時に地面から離さず、左右へのステップ(というよりただの横移動)が披露される。観客がこれまた反応に困り騒めくのを落ち着けるため、崇子はニヤリと笑み。わざとらしく言った。

「でも私、全然悲しくないんで! だってこうして、天下のアイドル様を横に侍らせて踊れるんですもん!」

 普通の女子高生(?)の恐れ知らずな発言は冴姫ファンの目に面白く映り、会場に笑いが起きる。ちなみに、ウケを狙った発言ではあるが嘘は言っていない。

 場の空気が和らいでいるうちに崇子は、次に自己紹介を控える茉佑へと繋がるよう、話題(情報)を調整。

「そういえば、さっきの冴姫ちゃんの話ですけど、一曲目は私の希望で選曲しました。実は冴姫ちゃんが転校してくる前、夏のコンクールには茉佑ちゃんと二人で出る予定にしていて、そのつもりで歌唱曲を準備していたんです」

 茉佑を見つめて笑顔。こちらの話も本当で、この曲は茉佑と歌う──茉佑へ歌うために選定・準備(過去には練習も)していた。

 三人ユニットとなり二人時と雰囲気が変わったため、過去の案は積極採用しない予定だったのだが、どういうわけか崇子が強く提案。冴姫は自分が浮くリスクよりも、準備期間短く披露できる点を良しとし、許可した(リスクは実力で潰した)。

「私と茉佑ちゃんは幼馴染で、そんな大切な人に愛情を伝えたくて。冴姫ちゃんへは……」

 崇子は冴姫にも笑顔を向ける。

「これからそのくらい親しくなれたら、って想いです(笑)」

 納得し『そういうこと』と呟く冴姫の横で、崇子は自己紹介をバトンタッチ。

「と、言うことでラスト、茉佑ちゃんよろしくー」

「は、はひっ……!」

 茉佑はちょっと震えた両手でマイクを握り、声量不安定な調子で話した。

「皆さんこんにちはっ、【偏翼の天使】小さな翼担当、平凡フツーの天野茉佑です。冴姫ちゃんみたいになんでも凄いとか、崇子ちゃんみたいに美人で歌が上手とか、そんな風に誇れるものはないですけど……。全力でアイドルに挑戦して、全国大会も目指してます!」

 言葉の間がつまり気味で、聞いていて冴姫や崇子のような余裕ナシ。視線が忙しなく動き、見ていて少しハラハラする素人っぽさがある。アイドル部でステージパフォーマンスしたり、オーディションを受けたりしている割には慣れていなさすぎるが、この場の特殊性(冴姫・崇子の隣)が影響しているのではない。

 単純な能力不足。茉佑は何らかの技能を会得する際、平均的他者の数割増しの反復練習を要する。


 茉佑と同等の場数を踏めば、ほとんどの人はもっとこなれたトークができるだろう。しかし、茉佑は違う。ステージトークが一つの技能であったとしても覚えが悪く、実際にはそれを構成する要素全てに覚えの悪さが影響してしまうのだ。

 この状況に必要な能力には、緊張耐性・話題記憶と整理・観客リアクションへの柔軟な対応・持ち時間計算・表情管理・進行状況の把握などあるが、茉佑の場合はこれら一つ一つの『できなさ』が『掛け』合わさる。故になかなか上達しない。

 歌やダンスと同様である。


 つまり、センスがなく不器用──と、崇子はおおよそそのようなことを考えながら、茉佑を見つめた。

「(ステージは『千回』やれてないから仕方ないね。……きっと、茉佑ちゃんは満足してないんだろうけど、逃げないで話せてるだけでもすごいことなんだよ?)」

 上手くできなくとも。幼少期からの努力を知る者としては、茉佑が軽視されることはあってほしくない。

 会場の温度が下がる前に、崇子は話を進めた。

「自己紹介も済んだところで、私達のユニットコンセプトを説明させてください。冴姫ちゃん茉佑ちゃん、よろしく」

 崇子に促され、冴姫と茉佑が移動。曲終わりと同様の、崇子を中心に両サイドで並ぶポーズをする。今になって理解したらしい一部の観客から『おー』『なるほど』などの声が上がった。

 崇子は一度頷き、説明する。

「伝わったみたいで良かったです。見ての通り、私達三人で天使を表現しています。ユニット名にした、偏った大きさの翼を持つ天使を。衣装はそんなコンセプトに合わせて、服飾デザイン科二年の衣笠(きぬがさ)松里(まつり)さんに作ってもらいました。制作過程や狙いなど詳細情報は、同科の展示ブースをご観覧ください! まつりちゃん、ありがとうね!」

 冴姫と茉佑が纏う白トップス・黒ボトムスは、モノトーンのステージ衣装であると同時に、天使の翼を表している。ボトムスの黒を黒衣(くろご)の要領で見えないものとすれば、浮いて残るのはトップスの白。ワンショルダーにフリルめいた布飾りのシルエットが、純白の翼に見えるというデザイン。

 衣装について、崇子は補足する。

「偏った翼。その大きさの違いは、能力の違いを表しています。冴姫ちゃんとの能力差は隠せませんし、隠しません。それでも一つの天使になることを目指して、私達は飛ぼうと思います」

 目配せが飛び、冴姫が続いた。

「皆がワタシに、色々言いたいことがあるのはわかっています。だけど過去のことには答えられません。言えるのはこれからのことだけ。ワタシは、全力でアイドルを続けます。……変わらず見ていてくれるなら、ゼッタイ後悔させないから」

 視線のバトンは茉佑の元へ。

 そして茉佑から観客へ。

「場違いでも相応しくなくてもわたし、一生懸命がんばります! アイドルを目指して、できる全部で羽ばたいてみせます……! 聞いてくださいっ~~」

 曲名が告げられ、この日の【偏翼の天使】の、最終曲が始まる。原曲が冴姫のプロ時代の歌唱曲と同じ作曲者の、クール系ダンスナンバー。第一声はもちろん冴姫で、観客への言葉の通り、始まりから歌もダンスも全力だった。


 一年のブランクを感じさせない、むしろ一年分のチャージを爆発させた、圧倒的なパフォーマンス。


 茉佑はもとより、崇子すらも背景と化すほど、冴姫は会場を支配した。

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