第七話:文化祭、はじまる
アーチ型の骨組みに括りつけられたカラフルな風船が、秋の澄んだ青空を気持ちよさそうに泳いでいる。ピンク、黄色、紫、緑、オレンジなどなど。鮮やかな色合いと一時の膨らみは、楽しげな雰囲気と非日常を伝えた。金属製門扉が静かに閉じるばかりの普段の光景とは、重さも固さも大違い。
それもそのはず、今日・明日の天川女子高等学校は、年に一度の文化祭期間。金曜日は午前十時から十六時まで、土曜日は午前十時から十五時まで、模擬店・展示・ステージ発表等が行われる。
入場は招待制で、生徒ごと各日三名分の招待券を所持。配布先は親族に限定されておらず、券を生徒から譲り受け事前登録で弾かれなければ、年齢性別問わず入場可能。その他、近隣の女子中学生ならオープンスクールの扱いで、学校ホームページから入場の応募ができる。
校舎の一番高い場所に取り付けられた時計が午前十時を指し示し、二日間限定の《《始業》》チャイムが鳴った。
同時に正門入ってすぐ両側に設置されたテント下で、女子生徒が呼び込みを始める。
『これより受付を開始しまーす! 招待券の確認をしますので、係の指示に従ってお進みくださーい!』
連携し、正門の警備員や担当教師が案内。二列に並んだ数十人の入場待機列が動いた。招待券・事前登録情報・手荷物の検査がなされ、列の人々が敷地内へと進んでいく。
文化祭用に開放されているのは、受付から校舎までの通路、校舎一階教室の大半、調理科の実習室、ステージイベント会場の体育館。校舎前通路横に飲食系模擬店が並び、各教室では部活・生徒個人・服飾デザイン科の制作物展示と体験型模擬店が、調理科実習室では少数予約制の特別コース料理が楽しめる。
内容・規模ともに、天川女子高としては例年通り。何も特別なことはない。
しかし今年の文化祭の雰囲気は異質だった。
受付周りで客足を見ていた数人の生徒が、声を潜めて話をする。
『今年多くない?』『わかる。怪しいのもいるし』『あの噂マジなんかな』
平日金曜日だというのに、来場者の数も様子も明らかにおかしかった。去年の金曜日の待機列は一列がせいぜいで、男女比は男性一割・女性九割。なのに今年は人数も多ければ、男女比も男性が四割ほどと激増。加えて男性のほとんどや女性の一部の挙動が不審で、落ち着きなくきょろきょろと周囲を見回していた。
『マジじゃね? ほら、アレとかどうみても』『お、加藤先生ナイス止め』『山本先生も止めてんじゃん』
二つの受付で婦人教師がそれぞれ一人ずつ、入場しようとする男性を止めた。丸いシルエットと細長いシルエットの若い(?)男で、二人とも地味な色合いの着古した服装。招待券は所持していたが、何らかの問題がある様子だった。
婦人教師が冷静に話し、太い男が人目をはばからない大声で言い返す。
『~~大変申し訳ありませんが、電話・メールにてお伝えしていた通りです。ルールに違反して入手した招待券は認められません。生徒には厳重注意と返金対応をさせますので、どうかお引き取りください』
『返金じゃ納得できない! わざわざ夜行バス乗って来たんだ、もう仕方ないだろ、入れてくれよ!』
『受付できない旨はお伝えしていました。お引き取りください』
『いやだ! 一年もステージを見られなかったんだ!! 今日は絶対に──』
『──お引き取りください。従っていただけないのであれば、建造物侵入で警察に通報します』
『ッ……!!!』
教師の毅然とした態度と横で睨みを利かせる警備員に、男は言葉を飲み込む。
そのまま背を向け、不機嫌に文句を垂れた。
『クソッ、邪魔者にして……! 悪いのは売った方なのに……!!』
反対側の受付でも、細い体型の男が入場不許可に。結局、男二人は集まってぶつぶつ不満を言いながら正門を出て行った。
突然のトラブルで周囲はしばらく騒然としたが、男達の姿が見えなくなった辺りで正常化。作業ペースを落として安全確認をより厳重にし、入場を再開した。
男達がしたルール違反とは、フリーマーケットサイトでの招待券の購入。天川女子高の生徒が招待券を出品し、男達は数万円の金額で落札していた。招待券の売買は当然禁止であり、あらかじめの調査でそれを発見した教師が、出品画像に映る招待券のシリアルナンバーから配布した生徒を、事前登録情報から購入した男達を突き止めた。
だが、これは氷山の一角に過ぎない。残念ながら類似の取引は多数あり、シリアルナンバーを特定できなかったり、表に出ない連絡手段を使われたりしたものを、教師達は取り締まれなかった。事前登録情報の住所等から疑うことはできても、確証がないため入場禁止措置にはできず。受付時に怪しみ警備する程度が限界。
善意を前提とした田舎の牧歌的なシステムが、最新の厄介利用者に追いついていないせいもあるが、そもそも『高い金を払ってでも文化祭をみたい』という現象自体が天川女子高校にとって想定外だった。
なお、追い返された男達は素直に引き下がっていない。学校から離れた後、招待券を販売した生徒に連絡。散々に苦情を言った後、被害の弁済として生徒にある要求をした。
『~~それでさ。ボク達ものすごく不快な気分なんだよね。家まで行って親御さんと話しを~~あぁ、嫌なの? じゃあさ、お願いを一つ聞いてくれるかな。そしたら返金だけで許してあげるから。体育館でのライブの~~』
~~
校舎二階教室の一つ。臨時のアイドル部控室で、誰かの携帯電話がバイブレーション。持ち主の生徒が画面を見て、反射的に内容を読み上げた。
「うわっ、受付に不審者出たってー」
「いつものスケベじじい?」
「いや、今年のは違うみたい。若い男が二人、大声で怒鳴ってたんだって。金曜なのに客多いし、そのほとんどが男ってのもマジらしい」
携帯の持ち主が言うと、ジャージ姿の部員達の視線が冴姫に集まる。
同じジャージを着た冴姫が気まずそうにした。
「……ごめん」
その滅多にないしおらしい態度に驚きつつも、すぐにキャプテンが執り成し、他の部員も続く。
「龍ケ江さんは悪くないって。むしろストーカーみたいでかわいそうって言うか……」
「そうそう! 人気アイドルって大変だねー」
入部から一ヶ月。ロクに会話もしていないというのに、騒動をもたらした(※)冴姫を悪く言わず、同情的な部員達(※問題があるのは厄介な来場者だが、冴姫の認識として)。
初めて冴姫は部員達を(僅かに)評価した。
「アンタ達……。ありが──」
あと一秒もあれば、貴重な感謝の言葉が完成するところ。教室の扉が強めにノックされ、ガラリと開く。慌てた様子で、文化祭用の水色カラーTシャツで制服スカートを短く折った女子が入ってきた。
「はぁ、はぁ……。龍ケ江さんさんいる??? いた!!! ちょっと騒ぎになってて、どうしよう!?」
「何? ……というか、誰??」
見覚えのない女子に疑問符を浮かべる冴姫。
横で話を聞いていた崇子が椅子から立ち上がり、肩で息する女子の背中を撫でさする。
「B組の子かな。トラブルを知らせに来てくれたんだよね? 何があったの?」
「し、C組にめちゃくちゃお客が集まって、『MiSaKiちゃんはいないのか』『シフトを知りたい』『呼び出してほしい』って騒いでて……」
B組の女子が言うには、冴姫が所属する二年C組の模擬店教室に来場者の多くが集まっているそうだった。冴姫を一目見たい、現状を知りたい、あわよくばファンサービスしてほしいなどの思いからで、模擬店を利用するわけでもないのに教室前を塞いでいるという。
話を聞き、冴姫は渋い顔で頭を抱える。
「っはー……。こんな迷惑かけるなんて。けどワタシが行っても余計混乱するだけだし、うーん……」
悩む冴姫に、崇子が考えながら話した。
「私が対応しよっか?」
「できるの? ワタシが言うのもだけど、なりふり構わないくらいグツグツだから手強いよ」
「でしょうね。まぁ、冴姫ちゃんに協力してもらえるなら、大人しくしててもらうくらいはできるかな。ステージに立つ他の皆には悪いけど……。ちょっと一本電話するね」
崇子は携帯電話を取り出し、誰かに連絡。指示を出す。
「……あ、もしもーし。ね? 言った通りでしょ? ~~うんうん。それね、こっちで~~そうそう~~データ持ってくから~~応援と交代を~~各クラスにも伝え~~じゃあ、よろしく。……よし、準備オッケー」
電話が済んで即座に冴姫は尋ねた。
「ワタシは何したらいい?」
「台本渡すから読んどいてほしい。ただその前に……茉佑ちゃーん、こっち来てー」
崇子が手招き。
急いで茉佑が駆け寄る。
「お手伝いだよねっ?」
「うん。ウチのクラス前に集まってる人達を移動させるから、茉佑ちゃんは誘導係として体育館前で待っていてほしいの。待機列の先頭は、玄関を塞がない入口横。そこから道路方向のグラウンド外周沿いに二列で並んでもらって」
「先頭は入口横、二列、外周沿い……! わかったっ……!」
指示を繰り返して覚え、茉佑は教室扉へ。
急ぎ足の背中に崇子は付け加えた。
「応援と交代はちゃんと来るから安心してねー」
「ありがとっ、行ってくる……!」
教室を出ていく茉佑を見送り、携帯を操作。冴姫の携帯へ文章が送られる。
冴姫は内容に目を通し、驚いた。
「いつの間に作ってたの?」
「文化祭に出るって決まった時に。準備ができたら教えて」
崇子はなんでもない調子で返答。部員を集め、茉佑・冴姫・崇子の動きを把握させる。その間だいたい二分弱。
話し終えた崇子が視線を向けた時には、冴姫は台本を淀みなく読み上げられる状態に仕上げていた。
「準備できたわ。始めましょう」
~~
来場者少ない金曜日の午前中といっても、例年であれば自由時間の生徒・生徒の親族・卒業生・地域住民などがそこそこ訪れるはずの、校舎一階の体験系模擬店・展示エリア。それが今日は文化祭開始から十五分が過ぎても、どの教室もまともに来場者を迎えられないでいる。
教室の一つから人混みで完全に塞がった廊下を覗き、服飾デザイン科二年の衣笠松里はポツリと言った。
「宣伝ナシだそうなのに、まさかここまでとは。いや、だからこそか。……あ、崇子さん。収拾つけに来たの?」
拡声器片手にちょうど目の前を歩く崇子に、松里は尋ねた。
崇子が立ち止まり答える。
「ええ。ウチのリーダーがご迷惑をおかけしてごめんね」
「服飾デザイン科としてはそう。私個人としては昼から休む間もないし、このままお気楽シフトで休憩でも良いよ」
「あれま。だったら二重でゴメン。じゃあまた、ライブ前に」
「うん。また後で」
ゆっくりと人混みへと進む崇子の背を、松里は顎に手を当て眺めた。
「こっちも逸材。……どんなステージになるか楽しみ」
堂々と廊下の真ん中を闊歩した崇子は、ぎちぎちに詰まった人混みの手前で足を止める。押し引きする来場者と警備員に一切怯まず、拡声器を顔の前に。パチリとスイッチが入れられ、特有のノイズ音。来場者と警備員の耳目が向いた。
「ご来場の皆様こんにちは、文化祭実行委員の森山です。まもなく放送にて、本日のステージ発表に関するご連絡をいたします。繰り返します~~」
騒いでいた来場者も『ステージ』と聞けば静かになる。ばっちり合ったタイミングで、校舎各所のスピーカーにスイッチが入り、放送開始を知らせるチャイムがピンポンパンと鳴った。
音質粗い放送機材であってもわかる違いで、良く通る声が聞こえてくる。
『この度は天川女子高文化祭にご来場いただき、誠にありがとうございます。普通科二年の龍ケ江冴姫です。これより、本日予定のステージ発表についてご案内します』
話し始めて数秒。息を飲む来場者もいれば、拝む者、目に涙をためる者、興奮抑えられず『MiSaKiちゃんだ!!』などと叫びだす者も。叫んだ者が周囲から睨まれ黙ったくらいの間で、放送の続きは流れた。
『ステージ会場は本校体育館。開場は午前十一時、開演は午前十一時十五分となります。入退場は自由ですが、退場の際に席の確保はできません。また、体育館内は飲食禁止。発表ごと五分程度の休憩はございますが、昼休憩は設けておりません。詳細な内容、タイムスケジュールは受付配布のパンフレットをご覧ください』
この時点で集団を離れる人がポツポツ見られ、次の説明の後、全体が一気に動くことになる。
『せっかくなので宣伝しますと、ワタシの出演はアイドル部の発表後、今日であれば、午後十五時くらいです。ぜひ、足をお運びくださいませ。以上でご案内を……。あぁ、一つ言い忘れていました。体育館への入場は【先着順】ですので、開場をお待ちになる際は入口付近の待機列に~~』
端から人だかりが一斉に散開。放送の最後は、慌ただしい移動の足音でかき消された。『先着順』となれば、良い位置で冴姫を見るためには一刻も早く待機列に並ばねばならない。ほとんどの来場者が我先にと、警備員の注意も聞かず廊下を駆けた。
言うまでもなく危険行為ながら、来場者同士の接触はあれど、生徒との衝突はナシ。新たなトラブルは起きていない。これは崇子が手配し、廊下や通行経路に誰も出ないよう呼びかけていたためである。また、一部の来場者が冴姫を一目見るべく放送室に突撃してもいたが、先の放送は録音音声。放送室の混乱も回避している。
来場者コントロールを済ませ、崇子は避難していた教室からひょこり。さっきまで包囲されていた自分のクラスを訪ねた。するとそこには、冴姫目当ての若い来場者の男が二名残っており、クラス催しの受付生徒に文句を言っている。
「先着順なんて書いてなかったじゃないか!」「今から並んだって後ろだ! どうしてくれるんだ!!」
「えっと、それは、その……」
生徒が窮していると、崇子が横に立って対応を変わる。
「すみません。ここまでの混乱は予想していなかったものですから」
男達は怒号で返した。
「このくらい予想しとけよ! MiSaKiちゃんだぞ?!」「あのねぇキミ達、そんなんじゃ社会に出たら通用しないよ?」
あからさまに見下す態度。
それでも崇子は冷静だった。軽く会釈し、男達を真っすぐに見つめる。
「ご指摘ありがとうございます。この失敗を忘れず、今後は『来場者の方々が生徒のお知り合い』だと慢心せず、円滑な文化祭運営を目指して参ります」
男達はそんな崇子の眼力と、招待券を購入した後ろめたさで怯んだ。
「わ、わかればいいんだよ」「じゃあ、オレ達はこれで──」
「──お待ちください。せっかく、というと心苦しいですが……」
そそくさと去ろうとする男達を、崇子は逃がさない。ニコリと笑い、受付机からペンを取って差し出す。
「私達のクラス企画を楽しんで行かれませんか? 本日の招待券配布数で、体育館に入場できないことはありませんから」
「え、ああ、えっと……」
男達の視線がクラス入口へ。動かさない側の扉に、『射的・景品アリ』と書かれた手作り看板が掲げられている。
崇子は簡単に内容を説明した。
「おもちゃの銃を使って、標的のコップを台から撃ち落とすんです。見事落とせたら、ランダムで景品が一つ貰えます。景品はクラス全員でそれぞれ手作りしました。こんな感じで」
空いている手で、受付背面の壁にたくさん貼られた写真を指し示す。指先が向く場所に貼られた写真には、眉間に皺で折り紙を折る冴姫が映っていた。つまり、『冴姫の手作り景品がある』と伝えている。
続けて崇子は言った。
「挑戦は一人一回。ですが、他の企画を回るスタンプラリーを半分埋めたらもう一回、全部埋めればさらに一回。ステージ発表を最後まで見たらラストチャンス。最大四回楽しめます。いかがでしょう。遊んで行かれませんか?」
男達が前のめりに反応する。
「遊ぶ、遊ぶよ!」「コツとかはあるの?!」
崇子は嬉しそうに答えた。
「ふふ、コツは中の子が教えてくれますよ。良かった、お客さんが来てくれて嬉しい」
清楚で無邪気そうな話しぶりに、ほの字で照れる男達。
「そ、そうなんだ」「楽しみだなー。ところでキミ、名前は──」
「──あっ、もう行かなくちゃ。すみません、失礼します。生徒みんなでたくさんがんばったので、ぜひ色んな催しをお楽しみください」
質問される前に視線を外し、崇子はさっさと廊下を進んだ。男達は名残惜しそうにしたが、『冴姫の手作り景品』を思い出し、二年C組の射的模擬店に挑戦。店員の女子生徒の勢いでたじたじになりながらも、なんだかんだ楽しんだそう。
崇子の男達への対応は全て演技のようなもの。生徒の知り合いではないことくらい見抜いていた上、そもそも体育館入場を『先着順』としたのは、『迷惑行為をした順番に不利益を被らせる』ため。しかしそれでいて全くの無慈悲でもなく、射的企画の景品は冴姫に二つ手作りさせている。
一つは、入手が射的力次第のゲーム用。もう一つは、最初にスタンプラリーを埋めてクラス模擬店を遊んだ人向けのがんばったで賞用。形だけでも文化祭をきっちり楽しんだ人にはご褒美を用意した。
ちなみに、冴姫が用意した景品は、折り紙でできた『龍』。結構手が込んでいる一品で、サインはないが記名はある。崇子と茉佑の景品は『直筆サイン』。たかが高校生のごっこ遊びと処分するようなら未来で後悔させてやる、という気持ちが込められているとか、いないとか。




