第一話:転校生はアイドル様(1)
【空を舞う天使たち】
私達はアイドルを見る。
空を舞う天使たちに。
そこが、手の届かない場所だから。
地に縛られない、思うままの翼だから。
無垢な姿と歌声が、目を耳を惹きつけるから。
そして──
【第一話:転校生はアイドル様(1)】
運動場をふち取って並ぶ桜が、ちょうど見ごろに咲いた春のある日。県立天川女子高等学校普通科二年C組には、そわそわと落ち着かない雰囲気が漂っていた。新学期で改まったクラスメイトだとか、新入生の印象がどうだったとか。そんな定番の事柄が理由ではない。
担任の婦人教師が一時離席した途端に教室で始まった女子生徒達の会話は、ほとんどが同じ話題だった。
『噂って本当かな?』『マジらしい』『職員室で見たって』『MiSaKiって金髪だよね? いいなー』『さすがに色は戻してるでしょ』
お喋りつきないセーラー服の生徒達。……のようでいて、教室の引き戸が音を立てるのと同時に、クラス全員が阿吽の呼吸で消音。行儀良く黒板を向いた。
戸を開け入室した担任教師は呆れ顔をする。
「廊下まで聞こえていましたからね? 多少のお喋りは咎めませんが、声は抑えなさいな。他クラスの迷惑になります」
この手の注意に生徒達は慣れに慣れた様子で、真面目と不真面目が入り混じった返事をした。
『『『はーい』』』
「まったく貴女達ったらね。まぁいいわ。ホームルームを再開しましょう。今日から我が校に新しい仲間が加わるから、皆、仲良くしなさいね。龍ケ江さん、入ってらっしゃい」
教師に呼ばれ、引き戸がガラリ。興味津々の生徒達は一瞬騒めき、次の瞬間に感嘆へと変わった。
理想的な姿かたち、靡く長い黒髪、優雅な歩容、涼しげな横顔。向き合った正面顔は均整で華やか。長い睫毛のぱっちりツリ目と微かに上がった口角が、見る者に『格付けは済んだ』と伝えてくる。
同じ人間、同じ性別、同じ年齢、同じ制服。なのに全てが違うと感じさせる、抜きんでた美人。それが龍ケ江冴姫だった。
「黒板に名前を書いて、自己紹介をお願いね」
「わかりました」
冴姫は良く通る声で短く返事し、手早く記名。見た目に似合う鋭く品のある文字の横で踵を揃える。
「龍ケ江冴姫と申します。芸名でなければ苗字でも名前でも、好きに呼んでいただいて構いません。東京に住み芸能活動をしていましたが、一身上の都合で事務所を退所、母方の祖母を頼り引っ越してきました。業界やアイドル時代のことは契約上話せないので、聞かないでくださいね」
言葉は淀みなく、一礼は深く。
「記者や追っかけファンが出て、ご迷惑をおかけしたらすみません。これからどうぞ、よろしくお願いします」
自己紹介が終わり、クラスメイトはその美しい振舞いに大きな拍手を送った。冴姫はそれを、作った常の表情を一切変えず聞き流す。
頃合いを見て、教師が纏めた。
「自己紹介ご苦労様、龍ケ江さん。貴女の席は窓側列の後ろから二つ目。荷物棚は出席番号順になっているわ。わからなかったら……天野さん、説明頼める?」
教師の指名で、窓際列最後方から三つ目の席で、おずおずと手が上がる。垂れ目困り眉、毛量とクセが爆発ぎみの茶色混じり長髪の女子が、しっかり寄りの体格に似合わぬ控えめな調子で言った。
「わかり、ましたぁ……」
「ありがとうね。それじゃあ、龍ケ江さんは席に座って」
「はい」
鞄片手に窓際列を後方へ。一挙手一投足に集まるクラスメイトの視線を、冴姫はぬるま湯に感じた。ファンほどの期待の熱はなく、業界人の値踏みする冷たさもない。『都会からきた元アイドル』をちょっと珍しがる程度の、ぬるい興味。
田舎の、どこにでもある学校などこんなもの。そう思う冴姫だったが、自身の席のそばで気がついた。二人分の、他のクラスメイトとは違う眼差しに。
「(さっきの……)」
「あ、天野茉佑、です。よろしく……」
「そう」
一人は、前席の天野茉佑。通り過ぎる冴姫をチラチラと興味隠さず見つめ、目が合えば照れて締まりのない顔で『にへへ』と笑う。好意の感情が漏れ出る様子にファンを思い出した。自己紹介と違う素っ気ない態度を気にしていなさそうなのも含め。
そして、もう一人。窓際列最後尾席の女子。椅子を引く際に目が合い、話しかけられた。深い青にも見えるミディアムの艶髪を耳掛けに澄んだ声。アーモンドアイが僅かに細められる。
「茉佑ちゃんと仲良くしてあげてね。見てのとおり、アイドル大好きだから」
容姿も、声も。芸能界で目と耳が肥えている冴姫をして類稀に感じる麗しさ。大人びた美貌だった。
「……アナタは?」
「私は森山崇子。崇子で良いよ。よろしく」
格がある。冴姫はそう思った。嫋やかな微笑みなのに、競争意識が強烈に刺激される。一握りのアイドルや女優相手にしか感じたことのないそれを、こんな、田舎で。
「……よろしく」
驚き、関心、警戒。冴姫は小さく返事し、席についた。
ちょうどホームルームの終わり時間。チャイムを前に教師が言う。
「一限目の前半は自己紹介にあてますから、二十秒以内で内容を考えておくように。名前や趣味、入っている部活でも話せば良いんじゃないかしら。では、以上でホームルームを終わります」
~~
一限目が始まるまでの、十分の空き時間。教師が教室を出てすぐに、十名ほどの生徒が冴姫の周囲に集まった。
『冴姫ちゃんってTeSseRaだったよね?』『MiSaKiって芸名?』『サイン書いてもらえたりするー?』
「そうね。芸名。事務所辞めたからサインは無理」
冴姫は起伏のない声で、一纏めに答えていく。気乗りしていなかったが、答えなければ何度も聞かれ、後の面倒であると。TeSseRaはアイドル時代に組んでいた三人組のユニットで、MiSaKiは芸名。サインは退所時点でMiSaKiではなくなったため、契約上書けず、書く気もない。
鞄の教科書類の一部を机の引き出しへ。先の返答に込めた『関わらないでほしい』の気持ちはあまり察してもらえず、囲みのクラスメイトは撤収しない。
『俳優さんと話したりとか~~』『部活に興味は~~』『誰か知り合いを紹介──』
次から次へと投げつけられる質問。
うんざりした冴姫が苦情の口を開きかけたところで、囲みの外から声が飛んできた。
「──ごめんっ、通してっ。あのっ、た、龍ケ江さんっ!」
人混みをかき分けた勢いで机に手をついたのは、前席の生徒、天野茉佑。いつの間にか席を離れていたらしい。
「……何の用?」
取り巻きが増えた気分の冴姫。
キツい目つきに茉佑は動揺し、両手を胸の前で手まぜ。それでも勇気を出して言う。
「た、棚の場所っ、教えようと思って……」
「……」
見る限り、へつらう雰囲気はナシ。真っ当に相手を思った発言。冴姫はほんの少しだけ評価し、包囲されたままよりマシだと応えることにする。立ち上がると茉佑の方が若干背が高いが、性格故か威圧感・迫力は全くなかった。
「助かる。教えて」
「う、うん!」
茉佑は(冴姫にとって)不要な話をせず棚全体の真ん中くらいに先導、指差し。
「龍ケ江さんの棚はここだと思うけど……、番号合ってる?」
「合ってる。よくわかったわね」
「た、タ行の子に場所を聞いたんだっ」
「そう。ありがとう」
「えへへ……」
なんてことのないお礼の言葉一つで、茉佑は喜び溢れた笑顔になった。鈍臭そうだけど、思ったより気が利いて従順。便利。そんな評価を下し、冴姫は鞄を棚にしまう。
そうこうしている間にチャイムが鳴って、担任教師が入室。生徒達が慌ただしく着席するのを教卓で書類の角を揃えて待ち、静かになったタイミングで説明を始めた。
「先ほど伝えた通り、自己紹介をしてもらいます。順番は廊下側から、持ち時間は一人二十秒。拍手は小さめで。タイムキーパーは最後の森山さんにお願いするわね」
話に合わせ一枚の紙を配布。現在の座席表で、席の位置に生徒それぞれの名前が入力されていた。続けて教師は、呼び鈴とストップウォッチを崇子の机の上へ。
崇子が尋ねる。
「十秒で一回、二十秒で二回打つ、で良いですか?」
「ええ。物分かりが良くて助かるわ。それじゃあ、さっそく始めましょうか」
教師は教室の隅に椅子を置いて座り、授業の資料に目を通し始めた。『進行は任せる』という意思表示。
さっそく崇子は対角の子に声をかける。
「準備良いー? 私が鳴らしたら始めてね。……よーい、スタート~~」
呼び鈴が気持ち良く一度鳴り、新学期恒例の自己紹介が始まった。
~~
「~~で、演劇部に所属してます。次の部公演は中世風の華やかな舞台になるので、楽しみにしていてください。よろしくお願いしまーす」
自己紹介を終えた生徒に拍手が送られる。冴姫はほとんどを聞き流しながら、形だけの拍手をした。気づけば自分の番は次の次。目の前で茶色い毛髪の塊が動き、茉佑が立ち上がる。
「あ、天野茉佑といいますっ。趣味はお菓子作りです、家が和菓子屋なので。自分じゃあんまり食べないけど……へへ」
取るに足らない素朴な自己紹介……と、思った直後。冴姫の気を引く言葉を茉佑は発した。
「部活はアイドル部……じゃなかった、ポップソング&ダンス部のアイドル組に入ってます。歌も踊りもセンスないけど……、全国目指して練習がんばってますので、応援してもらえると嬉しいです。よろしく──」
そこまで話して、呼び鈴が二度鳴りタイムアップ。ここまでで唯一時間内に収まらなかったことをクラスメイトは面白がり、茉佑は顔を赤くして恥ずかしがる。
「ごめんなさいっ! 龍ケ江さん、次どうぞ……」
穴に隠れるように着席。
続く冴姫は平静な表情で、座席表に『アイドル部』とメモを走り書きし立ち上がった。
「改めまして、龍ケ江冴姫です。趣味はトレーニング。部活動は今までやってきませんでしたが、アイドル部に入るつもりです。よろしくお願いします」
言うだけ言って、さっさと席に座る。持ち時間が余るのもクラスメイトが騒めくのも、前の席で茉佑が口をあんぐり開けているのも気にしない。
入れ替わりで崇子がゆっくり立ち上がった。
「まぁまぁ、皆落ち着いて。気になるだろうけど、私にも興味を持ってほしいな。私は森山崇子。趣味は音楽とアイドル鑑賞。部活は茉佑ちゃんと同じで、ポップソング&ダンス部アイドル組所属です。仲良くしてねー」
穏やかな話しぶりで騒めきを制し、にこりと笑顔で着席する。冴姫はしっかり睨みを利かせ、こちらも『アイドル部』と走り書き。
全員の自己紹介が終わり、教師が授業開始の号令をした。
「全員済みましたね。それでは、授業を始めます。教科書の~~」
なお、教師の自己紹介はホームルームの初めに(冴姫には職員室で)実施済みである。
~~
一限目の授業が終わり、自由になってすぐ。冴姫の周りにクラスメイトが集まった。理由はもちろん、自己紹介での発言。都会でプロアイドルをやっていた人間が、田舎の学校で部活動アイドルをやるとなれば、そうもなる。
クラスメイトの誰か、と冴姫が薄っすら認識する女子の一人が、好奇心を隠さず尋ねた。
『冴姫ちゃんアイドル部に入るんだ! なんでー?!』
「……全国大会で優勝したいから」
『えー、すごー。冴姫ちゃんがいれば余裕で──』
「──ごめん。この話したくない。ちょっとどいてくれる?」
視線を外す冴姫。最初と比べ増し増しでアピールされた『話しかけてほしくなさ』に、取り囲むクラスメイトは恐れて退散。
邪魔者がいなくなったと、冴姫はすっくと立って後ろを向いた。
「森山さん、天野さん、少し話したいんだけど」
崇子の席のそばに茉佑もおり、机上には数枚の何らかの用紙。
問いには崇子が答えた。
「いいけど、ゆっくり話したいからお昼休みにしない? これは教育委員会への、こっちは学校側への権利関係同意書。それと入部届。部は形式上、ブレイクダンスやチアと合同だけど、活動は別だから。目を通しておいて」
「え、あ、うん」
意図を完璧以上に汲んだ回答。不意を突かれ、冴姫にしては素直に書類を受け取る。
横で茉佑が嬉しそうにし、崇子と二人、顔を見合わせ微笑み合った。
「やったぁ……! お弁当一緒だ……!」
「楽しみだねー」
一緒に昼食を取るつもりはなかった冴姫だが、決定事項の雰囲気に口を挟めず。その後は昼休みまで、茉佑達と冴姫が深く話す機会はなかった(茉佑達は他のクラスメイトに譲り、冴姫を専有しなかった)。
~~
迎えるお昼休み。茉佑・冴姫・崇子の三人で机をくっつけ凸にする。揃ってお弁当の蓋を開け、冴姫はまた驚かされた。
「まさか、本気で……?」
漏れ出た声に崇子は肩をすくめる。
「茉佑ちゃん言ってたでしょ? 全国目指してるって。私が教えて、小学生の時から食事も気にしてるよ。お菓子作っても人にあげちゃうくらいにね」
包み布の色も弁当箱のサイズも違うのに、三人して中身がほとんど同じだったのだ。鶏むね肉やらブロッコリーやら卵やら。体作りを追求した味気ない(味付けもほぼない)内容。
しかしそれを見て、冴姫は疑問が膨らんでしまう。
「本気って本気? 動画のどこにいたのかもわからなかったのに」
「ブログ見たんだ。まぁ、茉佑ちゃんにセンスがないのも言った通りだからね」
仕方なさそうに言う崇子。
冴姫はもう一つの疑問も口にする。
「アナタもいなかったわね」
「私は撮る側だから」
「もったいない。誰か下げてでも出るべきよ」
「……お褒めにあずかり、どうも」
二人が話すそばで、茉佑はがっくり肩を落とした。
「そうだよね……。わたし、レベル低いよね……」
即座に崇子は、いじけた猫背に手でポンポンと触れる。
「元気だして茉佑ちゃん。私はわかってるよ。茉佑ちゃんが牛歩でも日々前進してるって」
「牛歩は言い過ぎだよぉ……」
「確かに。正確には……亀歩き?」
「もー! 悪化してるー!」
「してないしてない。亀でも進み続けるのを凄いと思って、私はファンになったんだもの」
「ファンだなんてそんな、照れるよぉ……」
慣れた調子でいじって楽しみ、最後は褒めてアゲる。崇子の見事な手綱捌きで、茉佑は元気を取り戻したのだった。
ちなみに冴姫の言った『あのレベル』とは『あの低レベル』の意味。崇子の言った『ブログ』は『県立天川女子高等学校ホームページ内:部活動別ブログ』を意味する。
冴姫は親族が住む地域から転校先を選ぶ際、『アイドル部がある』、『地域に強豪校が少ない』、『強豪ではない』など、いくつかの条件を決めていた。それらを調べる過程でブログを見つけ、アイドル部の活動報告動画にて歌唱・ダンスの程度を確認。条件を満たし、かつ他にもメリットがあると判断して、転校先に選んだ。
楽しく話す茉佑と崇子に対し、冴姫は一度、わざとらしく咳払いする。
「そろそろワタシの話、してもいい? 時間もったいないからさ」
「ごっ、ごめんなさいっ! 崇子ちゃんに流されちゃった……。アイドル部のことだよね?」
ほとんど怯えて返事する茉佑。
冴姫は頷く。
「そう。さっきの書類は全部書いたから、どこに出したら良いか教えて」
「提出先は顧問の先生だから……、職員室に持っていくか、部活の時間にダンス練習室で待つか──わたしや崇子ちゃんに預けるんでもいいよっ……!」
「ふーん。じゃ、アンタ達に預けようかな」
「ホントに入部してくれるんだ……! 夢みたい……!」
浮かれる茉佑とは対照的に、冴姫の様子は冷めたもの。
軽く渡された記入済み書類を見て、崇子が尋ねた。
「日付はこれで?」
「意味ないし。その方が面倒ないもの」
「……じゃあ、不備はナシ。でも本当に良いの? プロと違って一円にもならない活動で、写真やら動画やら使われるの」
「別に。パンフレットとか大会の広報動画とか、そんなもんでしょ? 世間にアピールできるなら気にならないわ」
さっぱり言い切る冴姫を見て、崇子はポツリ。
「……そういうこと」
「何か言った?」
「いいえ。全国大会まで駒を進めれば、遠征費に寄付を募って、返礼でサインを書くくらいはあるかもね。さて。同意も得たことだし、ブログに使わせてもらおっかな。個別ページも作らなきゃ」
「アンタが書いてたんだ」
「ええ。森山崇子が書いてるよ。アンタじゃなくて」
言葉遣いを窘める崇子と、冴姫の視線がぶつかる。
茉佑は火花散らす二人を交互に見てオロオロ。なんとか場を和ませようとした。
「そっ、それにしても良かったよねー。大会前にこんな超強力助っ人、先輩達きっと大喜びだよー」
間を置かず崇子が反応。
「なに言ってるの茉佑ちゃん、そうはならないよ」
「……へ?」
「龍ケ江さんはプロアマ規定で、今年の夏コンには出られないから」
ぴしゃりと戸を閉める勢いで返され、茉佑は肩をすぼめた。
「そうなのぉ……?!」
「プロの実績がある人は、直近の大型大会には出られない。じゃなきゃプロ崩れの人が大会荒らしできちゃうからね。だからほら、入部届の日付。夏コン以降になってるでしょ?」
「ほんとだ……!」
冴姫が記入した書類の申請日は全て、今夏の全日本ポップソング&ダンスコンクール【アイドル部門】の地区予選以降となっている。
崇子は目を細めて冴姫に言った。
「日付、予選のだね」
冴姫は悪びれもしない。
「あのレベルじゃあね」
「辛辣だこと」
「事実よ」
「鍛えてあげようとか、雑用から部に馴染もうとかは?」
「ない。突然現れた下級生が指導だなんて、雰囲気悪くなるし。それに、ワタシがいると目立つから」
「合理的なのね。でも良かった。雰囲気悪くする自覚があって」
「アンタは自覚なさそうね」
またしても一触即発の雰囲気に。
慌てて茉佑が口を挟む。
「せ、先輩は残念だけどっ、来年出られるんだから、他のみんなはきっと喜ぶよ……! 『全国行くぞー』って、やる気になってくれたりしてっ」
再び絞り出した言葉も、崇子に一蹴された。
「どうだろうね。ウチの部ってガチじゃないし。その気になる人はいないと思うな」
「もしそうでもっ……! わたしと崇子ちゃんがいるし、三人ならきっと──」
「──私の見立てじゃ、むしろ勝率下がっちゃうけどね」
冴姫の眉がピクリと動く。
「ワタシがアンタ達の脚を引っ張るって言いたいワケ?」
崇子は平然と答えた。
「そう言ってるの。龍ケ江さんが入ったら、私達のストーリーが上書きになるから」
「ストーリー?? なにそれ???」
「それはまた今度。夏まで入部もしない人に言ってもね。……これで話はお終い。お昼食べようよ。お腹すいちゃった」
冷ややかな目つきはどこへやら。崇子は穏やかな表情に戻り、お弁当を食べ始める。冴姫もまた箸を動かすが、苛立ちはひどい。
そんな顔色を伺って、恐る恐る茉佑が尋ねた。
「あの……、一つ、龍ケ江さんに聞いてもいい?」
冴姫は小声ながらも強い語気。
「……なに」
「アイドル……、再開して平気?」
「は? どういう意味?」
「いや、その……。一身上の都合で辞めたって聞いた時、疲れたのかなって思ったの」
茉佑の表情を見て、変な裏がないと理解。
少しだけ語気を緩め、冴姫は答えた。
「そういうこと。疲れてないし、疲れてもいられない。アイドルできる時間は長くないんだから」
「そっか、良かったぁ。変なこと聞いてごめんね」
「いいよ。別に」
僅かに機嫌を直した冴姫に、茉佑は胸をなでおろす。
崇子が言った。
「茉佑ちゃん、鈍感さんだね。龍ケ江さん、事務所を辞めたとは言ったけど、アイドルを辞めたとは言ってなかったでしょ?」
「……あ! たしかに……!!」
「だよね、龍ケ江さん?」
「……。……そうね」
冴姫は崇子の眼差しをやや苦手に感じつつも、素直に返事した。見立てがあまりにも合っていたために。崇子の言う通り、事務所は辞めたがアイドルまで辞めたつもりはない。
ついさっきの言葉が頭をよぎる。
「(『その気になる人はいない』、か……)」
もし、崇子の予測が正確なら。楽観視している自分を暴かれた気分がして、肩に重みを感じる。
そのせいか冴姫は、自分でも意外に思う言葉を口にした。
「……あのさ。アンタ達の実力、見せてくれない?」
茉佑と崇子はちょっと驚いて顔を見合わせ、『いいよ』と頷く。遅れて冴姫は、どうしてこんなことを言ったのかを自覚した。
この二人しか協力者を得られない可能性を考えたのだと。