第9話:「胎動⑨」
敵が去ったあと、力が抜けるように俺はその場に座り込む。それでも動悸がとまることはなく、もがくようにうつ伏せになる。血が止まらない。呪いの黒線は脈打つように鼓動しており、すこしずつ、だが着実に心臓へとのびている。力を使いすぎた。右目の赤い紋様はすぐに解除したが呪いの侵攻が止まることはない。
「そこを動かないでください」
ずっと俺の後ろにかくれていた少女が槍でえぐられた患部へと手をかざす。どうやら魔術の心得があるようだ。すっと鼻をぬけるように痛みが和らいでいく。流れでていた血が止まるのが肌でわかった。
「そんな、どうして、私の治癒魔法が効かないなんて」
「おい、お前、それに触れるな。火傷だけじゃ済まないぞ」
なおも治療を続けようとする少女だが呪いを消すにはいたらなっかようだ。
意識が朦朧とする。薄れゆく視界の中で、天窓の方、陽光に反射してきらりと光る白く大きな羽が瞳に焼き付いた。
(帝国士官学校、病室)
朝日に照らされ、風に吹かれたカーテンがゆれる。そのたびに太陽の光がきらきらと室内を踊っている。
心地よい天気に芽を伸ばす植物のように俺はゆっくりと意識を覚醒させる。あたりを見渡すと椅子に腰かけていたアイズと目があった。
「カイザー、良かった。目をさまして」
「アイズ、ここは、どうして俺は」
まだうまく働かない脳みそを無理くり回転させ、俺は記憶をさかのぼる。そうだ俺は教会で敵と戦って、それで・・
「あのあとどうなった。敵は、みんなは無事なのか」
「まだ起きてはだめ。完全に傷がなおりきってない」
俺をベッドに寝かせようとするアイズ。その両の手のひらは火傷痕のように赤くなっている。
「手をみせろ、アイズ」
引こうとしたアイズの手を無理にこちらへと引き寄せる。ところどころ皮膚がただれている。真皮には至っていないようだだが。
「これは俺のためにやったのか」
「・・はい」
居心地悪そうに彼女はこたえる。
アイズ、彼女の異能は天使の翼。相手のどんな傷でも治すことができる。但し、対象者は生きているものに限る。死者の傷を治すことはできない。俺が倒れたあと、呪いに直接触れたのだろう。そうでなければこんな深い傷を負うはずはない。
「アイズ、・・
「はい」
「ありがとう。お前がいなければ俺は死んでいた」
さっきとは打って変わって照れくさそうに、はにかみながらアイズはいう。
「はい」