第7話:「胎動⑦」
「取引・・だと」
「あぁそうだ、君が今まさに握りつぶさんとしているこの男を開放してくれるのなら我々はこの一件から手を引こう」
「もちろん君とそこの彼女にも危害は一切加えないと約束しよう」
俺はおもむろに右半身、右手の神経へと意識を集中させる。俺の右手と連動する異形のうでは槍使いをいっそう強く握りしめる。うめくように槍使いは言葉をしぼりだす。
「オレにかまうな、奴を殺せ、職務を遂行するんだ」
「お前は少しだまっていろ」
間、髪をいれず、男に語るともう一度俺へと向き直る男。その目には有無をいわさぬ迫力がある。
「さてと、どうかな少年」
「くだらんな、お前のはなし、どこに根拠がある。お前らが攻撃をやめる理由でもあるのか。だったら証拠の一つでもみせてみろ」
正直いってその提案は魅力的だった。出血がひどい。何より力の使い過ぎで頭が回らず、立っているのもかなりしんどい。だが、おうそれと提案に乗るわけにはいかない。目の前の男の力量は未知数だ。もしかすると、本当に戦闘向きではないのかもしれないが、男のいでたちはアストレア教団の荒事担当のそれだ。希望的観測にすがるほど俺は楽観的ではない。
「我らが女神アストレアと我が信仰にちかって」
男が首からかけた徽章を触りながら言う。教団の信仰への服従ぶりは世間によくしられている。信仰を破ったものは破門されるだけにあきたらず、命を狙われることもよくしられた事実である。狂信的なまでの女神と信仰への忠誠は、たとえそれが教団所属の戦闘員であったとしてもかわることはない。
数秒の沈黙ののち、俺は右手を異空間から引きぬいた。同時に槍使いを握りしめていた化け物の手が消失する。地面に落とされた槍使いだったが、すぐに態勢をたてなおす。
「この野郎、よくもやってくれたな、楽には死なせねぇ」
「待て」
頭に血が上った槍使いをと隣の男が制止する。
「なんだ、何か文句でもあるってんのか」
「おおありだ、さっきのが聞こえなかたったのか。私は女神に誓ったんだぞ、信仰を、女神を冒涜するのか」
それでもなお、なにか言いたげな男はだか、掲げた槍を手元へと引き戻した。
「さて、それでは私たちは退散するとしよう。少年、君とは近い将来、また会うことになるだろう」
男が何もない空間に手をかざすと、魔法陣が出現。幾何学模様はやがておどろおどろしい黒い闇に変化する。その中へ男二人が入ると存在が消える。あれが空間移動魔法か。本物は初めて見た。
黒い闇が消え、敵の存在が消滅すると体がどっと重くなる。どうやら生き残ることに成功したようだ。