第5話:「胎動⑤」
この世界には異能が存在する。魔法とはまた違ったそれは世界を循環する一つの事象としてこの世に定着している。
異能、精神エネルギーを源とするそれは、魔力を必要としない。よって、魔法がつかえない者にも発現するし、その逆もまた然りである。術者の原風景、こころの奥底に眠る心象風景を具現するそれは通称【エンブレム】と呼ばれ、使用者に十人十色、千差万別の異能を与える。だが、強靭な精神力を依り代とするため、異能使いはそうそうに存在しない。
俺のエンブレムは《鎖》。何もない空間から、任意の場所に鎖を出現させることができる。形状も自由自在で、頭の中で思い描いたとおりに形を変える。
ターザンの要領で密林をツタで飛び渡るように、次々と鎖を出現させ、住宅街の上を往く。やがて少しばかり開けた土地を視界がとらえる。あれが目的の聖堂か。
ひときわ高い位置に鎖をだし、勢いをつけ体を真っすぐにしぼる。目線の先には天窓。ガシャーン。飛び散るガラス片を手で防ぎながら、俺は聖堂内部へと侵入する。
左手には椅子の群れのなか男が二人。右手には説教台、そばには少女が一人。結界を張るよう、あるいはクモが糸を吐き巣をつくるように鎖を四方に散らし、引力を分散し、ゆっくりと余裕をもって俺は着地した。
「お嬢さん、俺の後ろに」
呆気にとられる男二人をよそ目に状況を分析。あたりに転がる男が三人。皆、深手を負っている。まずいな、なにより距離が近い。接近戦は分が悪い。距離を取ろうにも人一人抱えて逃げるのをゆるしてくれそうにもない。魔法でも使われようものならイチコロだ。
「貴様、なにやつ」
「賊に名乗る名などない」
「そうか、ならば死ね」
いうやいなや、投てきされる槍。俺は反射的に身をよじり、腹のあたりに呼び出した鎖を集中させる。心臓めがけてとんできた槍は鎖に巻き込まれながらも左の脇腹をえぐった。激痛が走る。急所ははずれたものの、出血量は浅い傷ではないことを示している。まずい、これは本格的にまずい。
魔力が込められているのか槍はクルクルと軌道を描きながら持ち主の手もとへと返る。充満する死のにおいに俺は身震いするのを肌で感じた。