09 店の奴隷全員買ってみた
宿の部屋に戻ると、クライヴが改まったように言った。
「――殿下、外では安易に神聖術をお使いになられぬよう、お願いします」
「なんで?」
椅子にどさっと腰を下ろして、ブーツの紐を引っ張りながら顔を上げる。
「……既に巷で殿下の奇跡の噂が回り始めています。下手をすれば、この場所ごと民衆に取り囲まれかねません。これ以降、明日の朝、王都を出立するときまで外には出られませぬように」
「わかった。でも心配しなくても、もうここでは神聖術は使わねーよ。緊急時以外はな」
軽く手を振って言うと、クライヴはわずかに目を細める。
「……随分と、物分かりがよろしいようで」
「だってもう、宣伝は十分だからな」
「…………は?」
ブーツを脱ぐと、やっと解放されたような気持ちになった。
屋内用の柔らかい靴に履き替えながら、ちょっと呆然としているクライヴを見上げる。
「これ以上使ったら、王都に来たら救ってもらえると誤解されちまう。それじゃダメなんだよ。セブンツリーに来てもらわないと」
「…………」
「つーことで、心配すんな。オレ、計画的にやってんの」
まあ嘘だけど。
神聖術を使うとき、半分以上はその場のノリだ。
あと軽い実験。病気に効くかどうか調べておくのは大事だったしな。効いてよかった。ほんとに。
――ともあれ。
口コミ効果ってのは偉大だ。特にスマホもテレビもないこの世界だとな。
新聞はあるみたいだけど。くしゃくしゃになった新聞があちこちに落ちてるのをいくつか見た。
そうだな、新聞記者に取材させるのとか、新聞に広告載せるとかもいいかもな。いつかやろう。
◆
その日は宿屋にこもって、翌朝、王都を出るために馬車に乗る。
くそ、また半日ケツが痛ぇ思いをするのか。クッション増やさせたけど、どれだけ効果があるのやら。
つーか、自分のケツに神聖術使えばいいんじゃねーの?!
オレ天才か?!
馬車の中で喜び勇んだその時、窓の外に気になる光景が見えた。
「クライヴ――あれ、何の店?」
なんだか人間が繋がれて連れていかれているようにしか見えないけど。
しかもみんな暗い顔しているし。
「……あれは、奴隷店です」
へー。奴隷制度なんかあんのね、この国。
いつの時代だよ。マジで中世ファンタジーだなこの世界。
「たいていは、自ら奴隷に落ちた者たちです」
「は?」
「奴隷身分となれば、身の安全と衣食住は保証されますから。戦災孤児や病人、借金を抱えた者が最後に選ぶ生きるための手段のひとつです」
ふーん、人権はあるのね。安心したわ。
舎弟を買って世話するようなものか?
「クライヴ、馬車を止めろ。あの店を見たい」
「しかし……」
「王子の命令が聞けねえの?」
ちょっと強めに圧をかけると、馬車はほどなく止まった。
馬車から降りて、奴隷店に入る。
「これはこれは、いらっしゃいませ、旦那様。いい奴隷が入っていますよ――」
店主が揉み手をしながらやってくる。
うーん、まったく悪びれてないな。
本気でこの世界――この国では奴隷が普通なんだな。そういう文化か。
オレは店内を見まわす。主に若い女の子。番号と値札付き。20人くらい。
正直、気分が悪い。
「へー、いっぱいいるね。儲かってる?」
「はい。いまは各地で都市の再開発が進みだしたおかげで、王都に来て奴隷落ちする人間が増えていますからね。王家様様です」
「なんで? 特需で仕事が増えてるんじゃないの?」
王位継承者による都市再開発レースのおかげで、土木関係の仕事が増えそうなもんだけど。
「そういう面もありますが、住むところを追い出された人間も大勢出てきましてね……結果、我々の商売が繁盛するわけです」
「ふーん……」
前ユーリ様もやってたな。
他のやつらも同じようなことやってるってわけか。
「――で、どんな奴隷をお求めで? 労働用の丈夫な奴隷をお求めなら、奥にまだおりますが――」
「全員買った」
「……はい?」
「この店にいる老若男女、全員買う」
オレ以外の全員が固まった。店主も、奴隷も、クライヴも、他の護衛も。
――ん?
ちょっと意外な反応だな。
皆明らかに困惑してるぞ。
オレは一つの可能性に思い至り、クライヴに小声で聞いた。
「もしかしてオレって金ねーの?」
こづかい、割と豪快に使ってきたけど、もしかして奴隷全員買う金はない?
特に気にしてなかったけど、もしかして都市開発って予算出てないとか?
おいおい、やばいぞ。開店資金もなくて都市みたいなでっかいもの開発できるわけないだろ。
王子の私物売ればなんとかならねえか?
アマーリエ貸してくれねーかなー。あいつの着けていた宝石、結構いいものだったしな。
「いえ……継承戦が始まる以前は、城が支払いをしていました」
そうか、オレは王子だ!
「王様に請求しといて」
パパお願い。
「――いえ、継承戦が始まってからは、各自で予算を管理する必要があります。いまは、アマーリエ様が殿下の予算を管理しております」
マジで? あいつそんなことしてくれてたの?
「わかった」
オレは奴隷店の店主に向き直る。
「明細と請求書用意してくれ。振込できる? ああ、オレは王子のユーリな」
◆
奴隷ってのは、契約印で縛るらしい。なんか魔術的なやつ。それがあると奴隷は契約主に逆らえないんだってさ。
奴隷の引き渡しって言うのは、契約印の書き換えから行われる。奴隷店の店主によって、奴隷たちの契約主が店主からオレへと書き換えられる。
56人の奴隷たちの前でまずしたことは、神聖術で癒すことだった。
怪我人も多かったし、暗い顔をしている奴らも多かったしな。
神聖術をかけると、みんな神様を見るみたいな目でオレを見る。
悪いな、オレは神様じゃない。
「――さて、お前らにはオレの街で働いてもらう」
無償の親切なんてないんだぜー。
「もちろんちゃんと給料は払う。衣食住はもちろん、学びたいヤツには学びの場も用意する。自分を買い戻すこともできるぜ」
買ったからにはこいつらはオレのもんだ。オレの舎弟ならちゃんと面倒を見る。当然だよなぁ。
「いろんな仕事があるからな。客の接待、掃除洗濯、飲食店の従業員、力仕事、街の警備。他に何かできることあったら教えてくれ! 特に珍しいことできるやつ募集。ミラーボール作れるやつとか」
オレが一声かけたらクラブ内で光りながらくるくる回るやつ。あったら絶対盛り上がる。
「じゃあ、帰ろうぜ。オレのセブンツリーに」
そうしてオレたちは、王都を出て、セブンツリーへの道を進む。
ほんの三日だけだけど、王都を見てよくわかった。
この世界の女の子たちの生きにくさ。
女の子だけじゃなくて、怪我人、病人、老人、子ども。
弱い人間に手を差し伸べられる余裕のある人間や、受け入れてくれる場所は、この国にはそうそうなさそうだ。
だからこそ、うまくやれば金になる。
価値がないって言われたものを、拾って再生させて、価値のあるものにする。
これはたぶん、現代日本人で王子様なオレしかできない発想だ。
だからこそ、王位継承戦にも勝つ目がある。
勝ちたくないけどな。王様とか面倒そうだし。
オレは楽しく生きたいからさ。
歓楽街作って、神聖術使って、楽しく、のんびり――
「…………」
馬車の中から外の景色を眺めながら、オレは眉を寄せた。
――ケツが痛え。
馬車の振動がダイレクトに来やがる。クッション、あんまり効いてねぇぞ。
だがいまのオレには秘策がある。
神聖術を、ケツに当てて――
「……あれ、効かねぇ……? まさか、オレには効かねぇのかよ……!」
せっかくの癒しの術がまったく効いてない。
クライヴが怪訝な顔をする。
「……殿下、いかがなさいましたか」
「なんでもねぇよ!」
クソッ、ケツが痛いなんて言えるか!!
神聖術まで使ったなんて言えるかー!!
ちょっと待て。ってことは、オレが怪我とか病気とかしたら、自分で奇跡で治せないってこと?!
――最悪だろ……