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08 王都中層で楽しいショッピング






「あー、疲れた。どっかで休みてえな」


 店を出てからぼやく。


 もう今日は、充分すぎるぐらい働いた。

 ホストはオールが当然とはいえ、こんだけ歩き回って新しいもの見まくったら頭も身体も疲れる。


「このあたりの休む場所は、殿下に相応しいところではありません」


 クライヴがランプでオレの足元を照らしながら言う。


「上の宿を手配してあります。しばしご辛抱を」


 上ってつまり、スラムじゃないところだよな。

 さすが、王子様の身体は大切にしてもらえるなぁ。


 ちょっとだけ、さっきの男が待ち伏せしていないか心配になったが、どうやら無駄な心配だった。

 まあ来られたところでこっちは王子様付きのSPがいるからな。怖いもんなしだぜ。


 スラム街を出て、どうやら中層階流の区画に入り、さらにまだ上に行く。

 ちゃんと舗装された道と、石造りの建物と、警備兵のいる街並みが出てくる。夜を照らす街灯もあった。


 ここまでくっきりと身分で分かれているんだな。


 そんな、上層と中層の間ぐらいにある宿に入る。


 通された部屋は、まあまあ広くて、ベッドもふかふか。シーツの感触が気持ちよくて、ベッドに沈み込むように身体を預けた。


 目を閉じたら、あっという間に眠りへ落ちていった。





 翌日、昼過ぎ。

 今日の予定は楽しいショッピングだ。

 キャバクラとかで使えそうな小物とかドレスとか酒とか、そういうのを見て回るつもりだったんだけど――


 街中を自由(監視付き)に歩き回っていたとき、ふと妙な雰囲気が気になった。


 足を向けて近づいていくと、護衛のクライヴが少し焦った声を出す。


「お待ちください、そちらは――」


 なんだ、オレに見せたくないものがあるのか?

 なら見ないとな。


 にやりと笑いながら、ちょっと異様な雰囲気のする路地に入る。

 その瞬間、空気がガラッと変わった。


 建物と建物の間――日光が差し込まない暗い路地に、女たちが等間隔に立っている。

 彼女たちは一瞬だけこちらを気にするも、声も出さずに俯いて、でもそこからは動こうとしない。

 まるで街の一部ででもあるように。


 奥にある建物からは、女の嬌声が漏れてくる。しかしそれを誰も気に留めていない。

 地面はゴミだらけで、異様な雰囲気だった。


 そこにいるのは女だけじゃなくて、男もちらほらいて、女をちらちら眺めては、その中の一人に声をかける。低い声で短いやり取り。交渉成立したのか、その後は男が女の腰を抱いて、奥の建物に入っていく。


「…………」


 なんかもう、言葉も出ない。

 ここってスラムじゃないよな? 中流階層の区画だよな?


 一般人がたくさんいる地区でも、こんなところがあるのかよ。

 てか、警備とかどうなってんの? 誰か取り締まらねーの?

 治安的にだいぶアウトだろ。


 それに、こういうの、危ないんだよ。病気と犯罪の温床になる。教育にも悪い。お子様が迷い込んだらどう説明するつもりだ。


 ――ま、せっかくだし、ちょっと見学してくか。


 足を前に踏み出すと、クライヴと護衛たちがわずかに息を詰めながらもついてくる。


 軽薄な調子で歩きながら、女たちを近くで見ていく。若い子はいない。肌は荒れて、髪はぼさぼさ、覇気のない目でぼんやりと道を眺めている。服も、きれいじゃない。あちこちから咳の音が聞こえてくる。


 ふと、建物の陰で蹲ってる女に目が留まった。

 全身がボロボロで、咳き込みながら肩を震わせている。肌の色も悪いし、目も虚ろ。


 女はこっちを見ると、媚びを売るようにへらっと笑う。まるで壊れた条件反射みたいに。


「――ねえ、神聖術の練習していい?」


 オレは思わずそう声をかけていた。

 愛想よく笑って、お人よしのふりをして。


「オレいま修行中なんだ。ちょっと楽になれるかもよ」

「……100ルクス……」


 お、オレもこの国の通貨単位。ちゃんと覚えたぞ。1ルクス10円くらい。つまり1000円。激安だな、おい。

 ――つまりそれが、彼女たちの値段なわけだ。


 オレは100ルクス銀貨を取り出し、女に渡す。

 よし、交渉成立。


 神聖術の光が、手のひらに浮かぶ。


 それは淡く、力強く――彼女の全身を包み込んでいった。

 黒ずんでいた肌がみるみる澄んでいき、腫れた唇が鮮やかな色に戻る。傷も、咳も、消えていく。


 目が合った。

 さっきまで虚ろだった彼女の瞳に、はっきりと光が灯っていた。


「……ちゃんと、見える……生き返ったみたい……」


 彼女が震える声でそう言った瞬間、ぽろぽろと涙がこぼれた。


 やっぱりこれ、色んな病気に効くな。身体を売る仕事ってどうしたって病気が多いし、暴力に遭うことも多い。オレは枕はしてないけど、危険な状況は何度もあった。姫(客)の元カレに殺されそうになったり。友達になったけど。


 オレはにっと笑って、そのまま神聖術を路地全体に発動する。

 そこや、奥の施設にいる人たちにも届くように。


 咳がやんで、空気まできれいになって、奇跡の余韻の光が残る中、オレは笑った。


「オレは、セブンツリーにいるから」


 この路地にいる全員に聞こえるように。


「そっちで定期的に『練習』するから、よかったら見にきてよ」


 そしてオレは路地から出た。護衛たちを引き連れて。


「……お優しいですね」


 クライヴがぽつりと言う。


「そうか? 本当に優しいやつなら、ちゃんと自立できるとこまで助けてやるんじゃね?」


 悪いけどそこまで責任は持てない。


 オレは、ちょっと手助けするだけ。背負って運んでやるまではできない。

 相手がそこで座りなおしても、どこかへ歩き出しても、くじけたとしても。


 無責任な優しさなら得意だぜ。








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