08 王都中層で楽しいショッピング
「あー、疲れた。どっかで休みてえな」
店を出てからぼやく。
もう今日は、充分すぎるぐらい働いた。
ホストはオールが当然とはいえ、こんだけ歩き回って新しいもの見まくったら頭も身体も疲れる。
「このあたりの休む場所は、殿下に相応しいところではありません」
クライヴがランプでオレの足元を照らしながら言う。
「上の宿を手配してあります。しばしご辛抱を」
上ってつまり、スラムじゃないところだよな。
さすが、王子様の身体は大切にしてもらえるなぁ。
ちょっとだけ、さっきの男が待ち伏せしていないか心配になったが、どうやら無駄な心配だった。
まあ来られたところでこっちは王子様付きのSPがいるからな。怖いもんなしだぜ。
スラム街を出て、どうやら中層階流の区画に入り、さらにまだ上に行く。
ちゃんと舗装された道と、石造りの建物と、警備兵のいる街並みが出てくる。夜を照らす街灯もあった。
ここまでくっきりと身分で分かれているんだな。
そんな、上層と中層の間ぐらいにある宿に入る。
通された部屋は、まあまあ広くて、ベッドもふかふか。シーツの感触が気持ちよくて、ベッドに沈み込むように身体を預けた。
目を閉じたら、あっという間に眠りへ落ちていった。
◆
翌日、昼過ぎ。
今日の予定は楽しいショッピングだ。
キャバクラとかで使えそうな小物とかドレスとか酒とか、そういうのを見て回るつもりだったんだけど――
街中を自由(監視付き)に歩き回っていたとき、ふと妙な雰囲気が気になった。
足を向けて近づいていくと、護衛のクライヴが少し焦った声を出す。
「お待ちください、そちらは――」
なんだ、オレに見せたくないものがあるのか?
なら見ないとな。
にやりと笑いながら、ちょっと異様な雰囲気のする路地に入る。
その瞬間、空気がガラッと変わった。
建物と建物の間――日光が差し込まない暗い路地に、女たちが等間隔に立っている。
彼女たちは一瞬だけこちらを気にするも、声も出さずに俯いて、でもそこからは動こうとしない。
まるで街の一部ででもあるように。
奥にある建物からは、女の嬌声が漏れてくる。しかしそれを誰も気に留めていない。
地面はゴミだらけで、異様な雰囲気だった。
そこにいるのは女だけじゃなくて、男もちらほらいて、女をちらちら眺めては、その中の一人に声をかける。低い声で短いやり取り。交渉成立したのか、その後は男が女の腰を抱いて、奥の建物に入っていく。
「…………」
なんかもう、言葉も出ない。
ここってスラムじゃないよな? 中流階層の区画だよな?
一般人がたくさんいる地区でも、こんなところがあるのかよ。
てか、警備とかどうなってんの? 誰か取り締まらねーの?
治安的にだいぶアウトだろ。
それに、こういうの、危ないんだよ。病気と犯罪の温床になる。教育にも悪い。お子様が迷い込んだらどう説明するつもりだ。
――ま、せっかくだし、ちょっと見学してくか。
足を前に踏み出すと、クライヴと護衛たちがわずかに息を詰めながらもついてくる。
軽薄な調子で歩きながら、女たちを近くで見ていく。若い子はいない。肌は荒れて、髪はぼさぼさ、覇気のない目でぼんやりと道を眺めている。服も、きれいじゃない。あちこちから咳の音が聞こえてくる。
ふと、建物の陰で蹲ってる女に目が留まった。
全身がボロボロで、咳き込みながら肩を震わせている。肌の色も悪いし、目も虚ろ。
女はこっちを見ると、媚びを売るようにへらっと笑う。まるで壊れた条件反射みたいに。
「――ねえ、神聖術の練習していい?」
オレは思わずそう声をかけていた。
愛想よく笑って、お人よしのふりをして。
「オレいま修行中なんだ。ちょっと楽になれるかもよ」
「……100ルクス……」
お、オレもこの国の通貨単位。ちゃんと覚えたぞ。1ルクス10円くらい。つまり1000円。激安だな、おい。
――つまりそれが、彼女たちの値段なわけだ。
オレは100ルクス銀貨を取り出し、女に渡す。
よし、交渉成立。
神聖術の光が、手のひらに浮かぶ。
それは淡く、力強く――彼女の全身を包み込んでいった。
黒ずんでいた肌がみるみる澄んでいき、腫れた唇が鮮やかな色に戻る。傷も、咳も、消えていく。
目が合った。
さっきまで虚ろだった彼女の瞳に、はっきりと光が灯っていた。
「……ちゃんと、見える……生き返ったみたい……」
彼女が震える声でそう言った瞬間、ぽろぽろと涙がこぼれた。
やっぱりこれ、色んな病気に効くな。身体を売る仕事ってどうしたって病気が多いし、暴力に遭うことも多い。オレは枕はしてないけど、危険な状況は何度もあった。姫(客)の元カレに殺されそうになったり。友達になったけど。
オレはにっと笑って、そのまま神聖術を路地全体に発動する。
そこや、奥の施設にいる人たちにも届くように。
咳がやんで、空気まできれいになって、奇跡の余韻の光が残る中、オレは笑った。
「オレは、セブンツリーにいるから」
この路地にいる全員に聞こえるように。
「そっちで定期的に『練習』するから、よかったら見にきてよ」
そしてオレは路地から出た。護衛たちを引き連れて。
「……お優しいですね」
クライヴがぽつりと言う。
「そうか? 本当に優しいやつなら、ちゃんと自立できるとこまで助けてやるんじゃね?」
悪いけどそこまで責任は持てない。
オレは、ちょっと手助けするだけ。背負って運んでやるまではできない。
相手がそこで座りなおしても、どこかへ歩き出しても、くじけたとしても。
無責任な優しさなら得意だぜ。