07 二階で春を売るタイプの飲食店
――高級娼婦。
つまり、政治家とか官僚とか、大企業の社長さんの愛人みたいなもんか?
マジで魔性の女だった。
目を合わせるだけで少しクラっときたし、あんなのに本気で口説かれたら、心臓が何個あっても足りないかも。
「まあ、あんたのことは覚えておいてあげるよ。セブンツリーのユーリ様」
ニナがくすっと笑って、煙草を指で弾く。
「ありがとな、ニナさん。んじゃ、夢を探している人がいたらよろしく頼むわ」
おこづかいでもらった金貨をカウンターに置いて、腰を上げて店を出る。
夜の風が、熱を帯びた肌にひんやりと心地よかった。
「次はどうされるんですか」
すぐ背後から、クライヴの低い声。
「敬語使うなよ。とりあえずメシ。すきっ腹に酒はきついわ……あー、あそこでいいか」
道の向こうに、ちょうどいい具合に明かりが漏れている建物がある。
二階建てで、香ばしくて腹に響くような匂いが漂ってきていた。
煙と脂と香辛料。
……うん、うまいメシが出る店の匂いだ。
「……あの店は……」
クライヴの声音に、どこか困惑が混じる。悪いな、話は腹いっぱいになってから聞く。
オレはそのまま迷わず店に入った。
◆
中に入った途端、むわっとした熱気と笑い声。
見渡す限り、客は男ばかり。
そして店員は女の子ばっかり。ちょっと多くね?ってくらい店員がいる。そして妙に距離の近い笑顔で男たちに酒を注ぎ、料理を運び、甘ったるい声で囁いている。
男どもはデレデレしながら、舐めるようないやらしい目で店員さんを眺めていた。
そして店員さんと男が二階に上がっていく姿も見える。
んー?
……ああ、たぶん、ああいう店だな。二階で春を売るタイプ。
まあいいや。これも社会見学。
空いていた席に腰を下ろし、隣の椅子には当然のようにクライヴが立ったまま控えている。ほんと真面目だよな、こいつ。
オレは席を立ち、クライヴの前の椅子を引いてやった。
「失礼しました、旦那様」
オレは設定忘れてないからな。オレは付き人、お前が旦那様。
クライヴの顔がわずかにひきつるが、オレは構わず笑顔で圧をかけ続ける。舐めんなよ。
そして、観念したように静かに椅子に座った。よくできました。
オレが座りなおすと、小柄で気のよさそうな女の子が近づいてくる。
「ご注文はお決まりですか?」
柔らかな笑顔で首を傾げるその子に、オレは軽く指を立てて言った。
「君のオススメ、ちょうだい」
ほどなくして運ばれてきたのは、肉と香辛料の香りが立ちのぼる、見るからにガツンとした料理だった。
外はカリッ、中はじゅわっと――口に入れた瞬間、腹に響くような満足感。脂も香りもパンチがある。
「……うまいな」
思わず酒も進む。濃い味付けが、妙にアルコールと相性いい。つい杯が進みすぎそうになる。
そんなときだった。
「ちょっと、やめてください……!」
甲高い声が耳に飛び込んできた。視線を向ければ、若い女の子の腕を無理やり引っ張る、酔っ払った男の姿。女の子は目を見開き、露骨に怯えていた。
あー……ありゃ新人だな。立ち居振る舞いもぎこちないし、こんな場所にいるタイプじゃない。
オレは軽くため息をつき、椅子を引いて立ち上がった。
「やめとけよ」
男の方がこちらをギロリと睨む。
「なんだテメェ」
「強引にするのが趣味か? そーいうの、女の子には嫌がられるからやめとけよ」
「うるせえ。オレの買ったもんをどうしようが勝手だろうが」
うん、まあ、あんたの言い分もわかるけどね。
でも、女の子を怖がらせちゃったらダメだよね。
女の子は繊細なお姫様なんだ。
自分より大きくて力が強くて乱暴なやつに身体を委ねるのって、たぶんものすごい勇気がいるんだ。
だから優しくしてあげないとね。
「性癖は個人の自由だけどさ。強要するのはダサいぜ。もっと紳士的にな」
一瞬、男の肩がピクリと動いた。拳を握ったな。
……まあ、最初の一発くらいなら、酔ってても避けられるだろ。向こうも酔ってるし。まあ、それより先に――
ふっと視界の端を見る。
そこには静かに睨みを利かせているクライヴがいる。
殴られる前に制圧してくれるだろうな。クライヴの威を借るオレ。いやー、気持ちいい。
男は舌打ちして、女の子の手を乱暴に振り払って吐き捨てた。
「クソ、興ざめだ!」
そして、よろよろと店を出ていった。
「お仕事の邪魔してごめんね。これ、チップ」
小さな手に、金貨を一枚握らせる。女の子はきょとんとしながらも、おそるおそるそれを受け取った。
そして、安心したのか、じわっと目の端を潤ませた。
やっぱりこの仕事に向いてないな、この子。
「嫌な仕事はやめておけよ。もし働き口がないなら、セブンツリーに来な。北街道を真っすぐ半日行ったところ。いま、街をつくってる最中なんだ」
オレは女将らしき人のところにいき、カウンターに残っていたおこづかいを全部置いた。
「騒がしくしてごめん。これで皆に一杯出してやって」
この世界の通貨価値はよくわからないけど、たぶんうまくやってくれるだろう。
女将は静かにそれを回収した。
「……旦那、何者だい」
名乗るほどのものじゃないって言いたいところだけど――
「ユーリ。セブンツリーのユーリ」
店内に響くように言って、くるりと振り返る。
「ユーリ様からの奢りだ。乾杯しな!」
それぞれのテーブルに酒瓶が運ばれていき、小さな歓声が上がる。
――ま、オレの金じゃねーんだけど。