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07 二階で春を売るタイプの飲食店




 ――高級娼婦。

 つまり、政治家とか官僚とか、大企業の社長さんの愛人みたいなもんか?

 マジで魔性の女だった。


 目を合わせるだけで少しクラっときたし、あんなのに本気で口説かれたら、心臓が何個あっても足りないかも。


「まあ、あんたのことは覚えておいてあげるよ。セブンツリーのユーリ様」


 ニナがくすっと笑って、煙草を指で弾く。


「ありがとな、ニナさん。んじゃ、夢を探している人がいたらよろしく頼むわ」


 おこづかいでもらった金貨をカウンターに置いて、腰を上げて店を出る。

 夜の風が、熱を帯びた肌にひんやりと心地よかった。


「次はどうされるんですか」


 すぐ背後から、クライヴの低い声。


「敬語使うなよ。とりあえずメシ。すきっ腹に酒はきついわ……あー、あそこでいいか」


 道の向こうに、ちょうどいい具合に明かりが漏れている建物がある。

 二階建てで、香ばしくて腹に響くような匂いが漂ってきていた。


 煙と脂と香辛料。

 ……うん、うまいメシが出る店の匂いだ。


「……あの店は……」


 クライヴの声音に、どこか困惑が混じる。悪いな、話は腹いっぱいになってから聞く。

 オレはそのまま迷わず店に入った。





 中に入った途端、むわっとした熱気と笑い声。


 見渡す限り、客は男ばかり。

 そして店員は女の子ばっかり。ちょっと多くね?ってくらい店員がいる。そして妙に距離の近い笑顔で男たちに酒を注ぎ、料理を運び、甘ったるい声で囁いている。


 男どもはデレデレしながら、舐めるようないやらしい目で店員さんを眺めていた。

 そして店員さんと男が二階に上がっていく姿も見える。


 んー?

 ……ああ、たぶん、ああいう店だな。二階で春を売るタイプ。


 まあいいや。これも社会見学。


 空いていた席に腰を下ろし、隣の椅子には当然のようにクライヴが立ったまま控えている。ほんと真面目だよな、こいつ。


 オレは席を立ち、クライヴの前の椅子を引いてやった。


「失礼しました、旦那様」


 オレは設定忘れてないからな。オレは付き人、お前が旦那様。

 クライヴの顔がわずかにひきつるが、オレは構わず笑顔で圧をかけ続ける。舐めんなよ。

 そして、観念したように静かに椅子に座った。よくできました。


 オレが座りなおすと、小柄で気のよさそうな女の子が近づいてくる。


「ご注文はお決まりですか?」


 柔らかな笑顔で首を傾げるその子に、オレは軽く指を立てて言った。


「君のオススメ、ちょうだい」


 ほどなくして運ばれてきたのは、肉と香辛料の香りが立ちのぼる、見るからにガツンとした料理だった。


 外はカリッ、中はじゅわっと――口に入れた瞬間、腹に響くような満足感。脂も香りもパンチがある。


「……うまいな」


 思わず酒も進む。濃い味付けが、妙にアルコールと相性いい。つい杯が進みすぎそうになる。


 そんなときだった。


「ちょっと、やめてください……!」


 甲高い声が耳に飛び込んできた。視線を向ければ、若い女の子の腕を無理やり引っ張る、酔っ払った男の姿。女の子は目を見開き、露骨に怯えていた。


 あー……ありゃ新人だな。立ち居振る舞いもぎこちないし、こんな場所にいるタイプじゃない。


 オレは軽くため息をつき、椅子を引いて立ち上がった。


「やめとけよ」


 男の方がこちらをギロリと睨む。


「なんだテメェ」

「強引にするのが趣味か? そーいうの、女の子には嫌がられるからやめとけよ」

「うるせえ。オレの買ったもんをどうしようが勝手だろうが」


 うん、まあ、あんたの言い分もわかるけどね。

 でも、女の子を怖がらせちゃったらダメだよね。


 女の子は繊細なお姫様なんだ。


 自分より大きくて力が強くて乱暴なやつに身体を委ねるのって、たぶんものすごい勇気がいるんだ。

 だから優しくしてあげないとね。


「性癖は個人の自由だけどさ。強要するのはダサいぜ。もっと紳士的にな」


 一瞬、男の肩がピクリと動いた。拳を握ったな。

 ……まあ、最初の一発くらいなら、酔ってても避けられるだろ。向こうも酔ってるし。まあ、それより先に――


 ふっと視界の端を見る。

 そこには静かに睨みを利かせているクライヴがいる。


 殴られる前に制圧してくれるだろうな。クライヴの威を借るオレ。いやー、気持ちいい。


 男は舌打ちして、女の子の手を乱暴に振り払って吐き捨てた。


「クソ、興ざめだ!」


 そして、よろよろと店を出ていった。


「お仕事の邪魔してごめんね。これ、チップ」


 小さな手に、金貨を一枚握らせる。女の子はきょとんとしながらも、おそるおそるそれを受け取った。


 そして、安心したのか、じわっと目の端を潤ませた。

 やっぱりこの仕事に向いてないな、この子。


「嫌な仕事はやめておけよ。もし働き口がないなら、セブンツリーに来な。北街道を真っすぐ半日行ったところ。いま、街をつくってる最中なんだ」


 オレは女将らしき人のところにいき、カウンターに残っていたおこづかいを全部置いた。


「騒がしくしてごめん。これで皆に一杯出してやって」


 この世界の通貨価値はよくわからないけど、たぶんうまくやってくれるだろう。

 女将は静かにそれを回収した。


「……旦那、何者だい」


 名乗るほどのものじゃないって言いたいところだけど――


「ユーリ。セブンツリーのユーリ」


 店内に響くように言って、くるりと振り返る。


「ユーリ様からの奢りだ。乾杯しな!」


 それぞれのテーブルに酒瓶が運ばれていき、小さな歓声が上がる。


 ――ま、オレの金じゃねーんだけど。





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