54 堕ちる女
「……なんだって?」
「殺しちゃった☆ 毒でね、殺しちゃったんだ~」
言った。
甘い声で、笑顔で、星を散らすみたいに。
「……ほんと……?」
「うん、ほんとう。でもすぐに生き返らなくて、間違っちゃったのかなって思ったけど、ユーリくんじゃないなら、いいやって思ってた」
「…………」
「でも、ユーリくんが目覚めてくれた! 本当の、本物のユーリくん!! やっぱりジュリアが正しかったんだ。ぜーんぶ、ジュリアが!」
気持ちよさそうに笑っている。
そりゃ、気持ちいいよなあ。自分が全肯定される世界。特別な世界。
――お前はいつだって、自分は特別だって信じていたがっていたから。
「なあ……毒って、これ?」
オレはジュリアの部屋で拾った瓶を置く。
「わあ……なんでユーリくんが持ってるの? 運命?」
「そう、運命かもね」
「――やっぱり、そうだったんだね。やっぱり、ジュリアが殺したのが大正解だったんだ!」
それはまた都合のいい妄想だな。
オレは苦笑しながら、襟元の小型マイクのスイッチをOFFにした。
まーつまり、いままではONだった。
本当、チルチルはいい仕事をする。こんな小さくて高性能なマイクまで作ってくれるんだから。
そして高性能マイクで拾われた音声は、広場に流れていたわけだが――いまのところそれは横に置いておく。
目の前に怪物がいるってのに、余所見はできない。
「本物のユーリくんが、ジュリアの大好きなユーリくんが、完璧になって、ジュリアを迎えに来てくれたんだもん!……ユーリくん、大好き……! ずっといっしょだよ……ジュリアが本命カノジョ、だよね?」
近づく体温。
――期待している目。
特別扱いしてほしがっている目
オレのお姫様になりたがっている目。
歌舞伎町のネオンよりギラギラしている目。
正直、何度も見た。
こういう時は、決定的なことは言わずに、はぐらかすのが処世術だ。
だからオレは微笑み、言った。
「……ホストが客に本気になるわけねーだろ」
ジュリアの瞳が、大きく見開かれた。
「お前が欲しいのは、特別感。オレはお前のペットでもアクセサリーでもないよ」
「オレたちの間にあったのは、カネだけの繋がり。オレは夢を売って、お前は買った。それだけ」
ジュリアが立ち上がり――ポーチの奥から、銀色の光が閃いた。
――アイスピック。
怒りと混乱と愛情をないまぜにした顔で、ジュリアは手を振り上げる。
「やっぱりユーリくんじゃない! こんなの、ユーリくんじゃない!!」
その瞬間、影のように現れたのはクライヴだった。
「動くな」
低い声と共に、ジュリアの手首が押さえ込まれる。
アイスピックが床に転がり、金属音が鳴り響いた。
「な、なにするの……放して……!」
ジュリアがもがく。
けれどクライヴの手は微動だにしない。
「――お前ってホント、後先考えない破滅型だよな」
「……ユーリくん?」
「さっきの会話、マイクを通して外に流れていたんだぜ。お前がユーリ様を殺したってやつ、セブンツリーのみんなが聞いた」
「……ひどい!」
「何がひどいって? ま、言い訳は牢屋の中でするんだな」
ジュリアは顔を青くし、拘束から逃れようと暴れまわる。
「やだ! 放して! ジュリアは聖女なのに!」
「そうか。オレは聖王子様だ」
世間的にどっちが偉いか知らないけど。
少なくともいまこの時点では、お前の方が不利。
オレの縄張りにほいほい入ってきたのが悪い。
次の瞬間、舞台の上――
ベルモンドの声がマイクを通して響き渡った。
「さあ、見届けよ!
愛憎の果てに、主君は刃に倒れた――
この手にかけたは、他ならぬ聖女!
なんという哀しき運命か、なんという哀しき恋か!
だが見よ、奇跡は終わらない!
死すら超え、聖王子ユーリは再び立ち上がる!
これぞ伝説、これぞ歓喜の夜!
悲劇を越えて、今日という日を刻め!
――生誕祭、復活祭、そしてホストクラブ開店!
喝采を!! 聖王子ユーリに、盛大なる祝福を――!」
――拍手。歓声。
光。音。熱狂。
それは店内に留まらず、セブンツリーのすべてに響き、大きく揺らした。
さすが元詐欺師。見事な口上だった。
◆◆◆
……つーことで。
聖王子が復活したとはいえ、聖女が聖王子を殺したのは事実なわけで。
罪は罪。
ジュリアはあっという間に捕らえられて、セブンツリー内の聖女派教会は警備隊にあっという間に取り囲まれた。
それでも逃げようとしたやつは、レオニスの軍隊に取り押さえられた。
どいつもこいつも、本当、用意周到だよな。頼もしい限りだ。
そんな大事件があっても――それでこそか。祭りは盛り上がる。
聖女が拘束された後も、派手な祭りは勝手に盛り上がり続けた。
狂ったような夜は、明けるまで終わらず。
翌朝のあらゆるストリートは、そりゃもうカオスだった。




