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51 ユーリア再び




 ――現在、神殿は賓客ぞろいらしい。

 エリオット・リデルには神殿内の上級客間、弟王子レオニスは同じく神殿内の特別室に滞在中だ。

 片方は妹王女の名代で、片方は第二王子だもんな。超VIPってやつだ。


 そしてオレは第一王子様。たぶん、肩書だけなら一番偉い。

 そんなオレはいま、完璧な変装を終えて神殿内の廊下をさりげなく歩いていた。


 カツラをつけて、胸にアタッチメントをつけて、ゆったりとしたローブを着た、女神官の姿で。


 そうだ。女装だ。

 正体を誤魔化すにはこれが一番。


 視線を落とし、所作を抑え、酒を持ち、エリオットの部屋へと向かう。

 うまくいけば接待して話を引き出して、怪しまれたら「ユーリ様から」と酒だけ渡して帰る。


 どうなろうと失敗することはない、オレにとってメリットしかない作戦。首を洗って待ってろよ!


 意気揚々と上級客間に向かって夜の廊下を歩いていた途中――前方に誰かがいた。

 軽く顔を下げて廊下の端に行き、静かにやり過ごそうとした刹那――空気が変わった。


「……あなたは……」


 そこにいたのは弟王子レオニスくん。


「……あの時の、女神……!」


 やっっっっべ。


 そうだよ!!

 オレ、前に女装でこの弟を接待したんだよ!!

 しかもめっちゃ酔わせて、シャンパンタワーも入れさせて、ほぼ惚れさせたんだよ!!


 よりにもよって、女装したオレに!!


「ごめんあそばせ!」


 オレは逃げた。一目散に逃げた。


 正体バレだけはダメ絶対。

 オレの威厳も弟くんの純情も死ぬ。吹き飛ぶ。即死。


「待ってください! せめてお名前を――!」


 いやいやいや!! 追いかけてくんな!!


 お前いま死ぬところだぞ?! 世の中には知らない方がいいこともあるんだ!!


 それに、いくら好きだからって逃げる女の子を追いかけちゃダメだ! 恋の駆け引きじゃねーからな!


 好きでもない奴に追いかけられるって、リアルに恐怖だ。顔が良くても身分があっても、許されないこともある。


 壁ドン床ドン、ダメ絶対。


 オレは神殿の回廊を全速力で駆け抜ける。

 ローブの裾を掴みながら、転ばないように、でも全力で。


 とはいえ正直分が悪い。相手は軍人。こっちは女装。


 でも意外と追いつかれない。あいつ、本気は出してないな。こっちの体力切れを待ってるのか、コノヤロー。紳士かサドかどっちだよ。


 オレばっかり必死で角を三つ折れたそのとき――不意に、横から腕をぐいっと掴まれた。


「――ッ!」


 驚く間もなく、引き寄せられる。

 そのまま滑るように陰へと連れ込まれ、回廊の脇に垂れたカーテンの奥、薄暗い影の中に押し込まれた。


 息を殺して、気配を消す。


「……あれ、おかしいな……」


 追いかけてくる足音が、少しずつ遠ざかっていく。

 レオニスくん、完全にユーリアのことを見失ったらしい。よかったよかった。

 で、オレをつかまえているこちらはどちら様かなー。


「……撒けました」


 耳元で響いたのは、冷静沈着そのものの低い声。


(クライヴ……! やっぱりな!!)


 振り返ったその先にいたのは、表情筋の自由をどこかに置いてきた忠臣クライヴ。

 だがオレにはわかる。


 ……やばい。こいつ、めっちゃ怒ってる。


「殿下、その格好は……どういうことですか?」


 圧に押しつぶされそうになりながら、オレは仕方なく答えた。


「……女装?」

「…………」


 めっちゃ視線が冷たい。氷どころじゃない。


「いや、違うんだ。必要があってだな、ちょっとした変装というか……」


 どんな必要だと自分でツッコミたくなる。


「……大切な時期に、軽率な行動は慎んでください」

「へーい……」

「……それで、どのような必要性があって?」


 あ、スルーしてくんないのね。


「……エリオットのやつに酒を飲ませて、ぐでんぐでんにして本音を引っ張り出そうと思って」

「……本音?」

「なんでアマーリエをフッたのかって」

「…………」


 別に『より身分の高い方』に惹かれたってだけなら、「あーそういうタイプのクズね」で終わる。

 実は昔から王女の方が好きなんだったら、「あっそ、お幸せ」にで終わる。


 そうだよ、オレは終わらせたいんだよ。このモヤモヤした気持ちを。なんでモヤついてるかわからねーけど。


 わからないから、わかりたいんだ。

 納得したいんだ。


 理解してしまえば、あとの対処も楽になるからな。

 わからないことほど怖いものはない。だってどんな地雷を知らずに踏むかわからない。


 わからないってことはさ、アマーリエの婚約破棄が誰かの思惑のせいだったってこともありえるんだ。


 ――政敵とか。

 ――横恋慕とか。


 ぶっちゃけ前ユーリ様の介入があったんじゃねーの、とか。

 死んでるから本人の気持ちはわかんねーけどさ。


 そうじゃなきゃ、婚約破棄された直後にプロポーズって、ちょっとできすぎ。


「それとさ、気になるんだよ。前のユーリ様、アマーリエにプロポーズしたのかなって」

「……何故、いまさらそのようなことを」

「だってさー、めっちゃ妹王女にケンカ売る行為じゃん。妹と対立したかったのか、よっぽどアマーリエが好きだったのか、アマーリエが結婚相手として都合よかったのか、そのどれかだろ?」

「……私ごときに殿下の考えは計り知れません」

「んだよ。恋バナしてなかったのかよ」

「はい、何も」


 つまんねーやつら。


 ……ま、どれかひとつじゃないだろーな。割合は不明とはいえ、全部かな。

 そうでもないと、王子様がおいそれとプロポーズなんてできないだろ。


 そしてその選択は正しかったんだと思う。


 少なくともオレはな。






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