46 ガチすぎる王冠とマントができあがりました
――一週間後。皆で夜なべして作った千通の招待状が各地に旅立っていった。
どんくらい参加になるんだろーね。オレがどれだけ人気者かを測るバロメーターだよな。
……正直、少なくていいんだけど。できればゼロで。いやマジで。
頑張ってくれた皆には悪いけど、オレは目立ちたくないのである。
最初のころはさ、「王様になるのも悪くないかもな」と思ったこともあったけどさ。てゆーか「オレなら継承戦にも勝てるだろ」とか舐めてたけどさ。
――無理です。
王様、簡単じゃないです。王子様ですら簡単じゃない。
弟王子のレオニスくん優秀そうだし、全部あっちに任せたい。オレはセブンツリーで悠々自適に暮らしたい。
一週間に一度ぐらいで神聖術の奇跡使って、街の様子を見て、時々掃除とかに参加したり、王都とか別都市に遊びに行ったり、店を回ったり、ホストしたり。
オレを王様にしたいやつらには悪いけど、無理。
馬にケツ拷問されるのマジで無理。ケツの皮を捧げてまで王道を歩む覚悟、オレにはない。断じてない。
オレが王様になっちゃったら、この国すぐに滅びそうだし。
いやアマーリエとかレオニスくんとか、いろんな人たちが頑張ってくれるだろうけどさ。
ホストが王様になるの、よく考えなくてもおかしい。
――その、更に三日後。
「――ユーリ様、お待たせしました。王冠が完成しました」
アマーリエが箱を持って、オレとクライヴとルカくんのいる執務室にやってくる。
……いや、アマーリエ涼しい顔してめっちゃ腕がぷるぷるしてるけど大丈夫……?
「重いだろ、貸して」
すぐにアマーリエから箱を受け取る。
……重い。この箱、木製に見えるけど鉄製だったりする?
箱を慎重に執務机の上に置く。
「――失礼いたします」
アマーリエが箱の蓋を取る。恭しく包んである布を外すと、金銀財宝の光が煌めいた。
――光ってる。めっちゃ光ってる。目がチカチカする。
黄金に輝く王冠に、赤と青の宝石がふんだんにあしらわれて、細工が全体を覆っている。
これ、マジモンの宝石? プラスチックとかガラスじゃなくて?
この金だって、オレの目にはどう見ても本物に見える……
「ちょっと待て、演出用だったよな? これガチのやつじゃね……?」
雰囲気がもう違う。ハロウィンのコスプレ用じゃない。美術館とかに並んでそうな、本物……
アマーリエは微笑む。
「もちろん。ユーリ様の頭上で輝くものなのですから中途半端なものは作りません」
いや待って。
いくらぐらいかかってるの、これ……知りたくねぇ……
それに王冠作るとか言い出してから、そんなに日にち経ってないぞ。こんなすぐ作れるものなの?
……まさか、前々から準備してたとか……?
まさか、まさかな……
「以前より確保していた金塊と宝石を使い、急ピッチで仕上げてもらいました」
――やっぱり。
どうなってんのこの状況。どうしてこんなガチの王冠がオレの前にあるの。あまりに用意周到すぎる。
「どうぞ、被ってみてください」
……ま、いっか。
オレは両手で王冠を持ち上げて、自分で頭に乗せる。
……なんか、重いな。
冠そのものより、込められている想いが。
……いや、王冠自体重いわ。何キロぐらいあるんだこれ。下手したら首痛めそう。
「……輝いています……神の御光のように……!!」
ルカくんが号泣しながら崇め称えてくる。やめろやめろ。
アマーリエはにっこりと笑っていた。
「ではユーリ様、王冠を乗せた状態での、最低限の礼儀作法だけでもご確認いただけますか? 挨拶の手順、敬礼の角度、視線の動き、手の振り方……」
「え? いやいや、そんなのいらないって」
いやほんと無理。
なんだよ敬礼の角度って。手の振り方って何?
「無作法では、民衆の前でご威光が損なわれます」
「損なっていいって! 光らせる気ないから!」
アマーリエは静かに、しかし確実に微笑んでいる。
「安心してください。目立ちすぎないよう、自然に見える所作だけを――」
つまり、完全にそれっぽく見せる訓練ってことだ。
うわ……ヤバいヤバいヤバい。
このままじゃ……
このままじゃホントに王子様にされる……!
「パレード中の姿勢の練習だけでも!」
「え? これ被って馬に乗るの?! 無理無理!!」
ただでさえ馬上のオレはぐらっぐらなのに、こんなの乗せて落ちたら王冠で自分を串刺しにする未来しか見えない。
――聖王子、王冠殺人事件。史上最悪の伝説。恥さらしにもほどがある!!
「……騎乗中に王冠は危険かと」
クライヴが冷静に言ってくれる。さっすがよくわかってる!
「だよな。落としかねないよな」
言いながら王冠を外す。
むしろ必要なのはヘルメットだろ。
「……仕方ありませんね。では、こちらだけでも」
アマーリエが言うと、ドアが開いてでっかい箱を持った部下たちが入ってくる。
今度はなんだよ……
床に置かれた箱が開く。
そこに入っていたのは豪奢な蒼の布だった。
……何このくるまって寝たくなるようなやつ。
「式典用のマントです」
お、おう……
マントは丁寧に箱から取り出され、二人がかりで背後へと回り込む。
「いや、ちょっと待ってくれ。これは何? その……着せる気満々の動きなんだけど」
「もちろんです」
ぴったり息の合ったタイミングで、ずしりと重みのある布が肩にかかる。
「……重っっっ!」
マントの下で思わず膝が沈む。
「金糸の刺繍に、銀糸の裏打ち。裾には神聖紋章と各都市の象徴を織り込んであります」
「織り込みすぎじゃない?!」
「視覚的効果も重視しました。歩くたびに光を受けて揺れ、威光が自然と広がる設計です」
「威光なんていらない……」
「大丈夫です。ユーリ様はよくお似合いです。王冠も乗せてみてください」
仕方ない。ここまでやってくれたんだから、アマーリエの見たい姿見せてやるか。
そう思って、王冠を被る。
「ああ、やはり……よくお似合いです……いつかこんな日が来ると信じておりました……」
アマーリエがほろほろと涙をこぼす。
まるでオレが王位継承したかのような感激っぷりだ。
「いや、戴冠してないからな? 演出用なんだろこれ?」
なんでもうすっかりその気なんだよ。これコスプレだろ?
そしてルカくん感激しすぎて失神寸前。めっちゃヤバい。
その時、事務官の一人が部屋に入ってきて、アマーリエに耳打ちする。
「――ユーリ様、ガルナード伯が面会を希望されているそうです。こちらにお呼びいたしますね」
「んじゃこれ片付けないと」
王冠とマント。
「いいえ。招待状を受けてすぐに駆け付けてくださったのです。最大の礼を尽くしませんと」
……いいのかなぁ。
そうしてやってきたガルナード伯爵、オレの姿を見て目を見開いて、開口一番。
「何をやってるんじゃ貴様はーー!!」
……うん、予想通り。




