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45 夜空に輝く星になりそう






 午後――。


 オレは自室で、うつぶせのままぐったりしていた。


 ……ケツが……死んでる。


 なんでオレの身体は神聖術が効かないんだよ……


 軟膏やちょっと休んだぐらいじゃどうにもならない蓄積ダメージが、お尻からじわじわ広がっている。

 もう拷問器具の上に座ってるのと変わらん。いや、あれだ。白馬の王子ってのはつまり、ケツを差し出す拷問職。


 ……そう思いながら、午後の練習にも出る自分は偉い。うん、頑張ってる。よくやってるよオレ。


 で、アルディアスの背にまたがったオレを、少し離れたところからアマーリエが見ていた。


「見た目はそれなりに堂々としてきましたよ」

「はい。背筋が伸びて様になっています」


 クライヴが静かに同意する。


「うっわ、そんな慰めでモチベ上がるかっての~……」


 いやもっとこう、褒めてほしいんだけど?! テンション爆上げさせて! ケツの痛みがどうでもよくなるくらい褒め倒して!


「さすが聖王子様! 神々しいです!!」


 見学に来ているルカくんが目をきらっきらさせて言う。

 それただの信仰フィルターだろ。いまのオレの姿、どう見ても神々しさはないぞ。神々しいのはアルだ。ついでにその手綱を引くクライヴだ。オレは荷物。お飾り。


 しかしまあアルは賢い。突然走り出したりとか、いなないたりとか、柵を飛び越えたりとかしないし。クライヴとの信頼関係もあるんだろうけど。


 ……オレ、いなくてもよくない?

 ケツは痛いし。


「これで本番までに立ちケツになったらどうすんだよ、オレの威厳どこ」

「もともとありませんわ」

「アマーリエさん?!」


 びっくりした! 急に塩対応じゃん!

 もっと労わってくれてもよくない?!


「いやいやいや、尻が痛くてまともに座ってられなくなったら、王子の威厳もへったくれもねーだろ!」

「ですから、もともとありませんから大丈夫です」

「塩!」


 思わず叫ぶ。

 マジで、甘さどこいったの?! この場でオレを鼓舞してくれる人間、ルカくんしかいないの?!


 白馬アルディアスは相変わらず優雅な足取りでパカパカ歩いている。

 そのリズムに合わせて、オレのケツがじわじわと焼かれていく。


 ……痛い。

 マジで、笑えない。


 太ももはもう限界を越えてぷるぷるしてるし、背筋はピンと伸ばすどころか変な角度で固まってる。


「ユーリ様、頬を引き締めてください! その角度、沿道からは半笑いに見えます!」


 ルカの声が飛んでくる。


「笑ってねぇよ?! 引きつってんだよ?! 痛すぎて!!」

「威厳を保ってください! 聖王子として! その御姿が人々の救いとなるのです!」

「いや救いが必要なのオレの方だからな?!」

「手を振ってください! 手の角度も意識して! 指をピンと伸ばして!」

「無理無理無理!! 手振るどころか落ちそう!! 指にそんな余裕ないの!!」


 体重を支えるために両太ももが必死。あぶみにかけた足がしびれてきて、もはや「足」っていう実感がない。


 こんな調子でプロデューサーの要望になんか応えてられねーよ!





 あたりが暗くなってきたころ、鐘堂から鐘が鳴る。練習終了の合図だった。


 オレはどうにかこうにか、死んだ目で馬の背から降りた。

 膝が笑う。っていうか泣いてる。オレのケツも泣いてる。


 そのとき、クライヴが一歩前に出た。


「本日の進歩は目覚ましいものでした。明日には、より長い距離を――」

「やらねぇからな?! それ以上走ったらマジでお尻が星になって昇天するからな?!」


 空を見上げると、ほんの少しだけ星が瞬き始めていた。あれ、オレの星ね。


 ……星、か。

 いいよな、夜空で輝く手の届かない光。


 ……ホストクラブの名前、星の名前にするかな。こっちの世界じゃ意味通じないかもしれないけど。

 ――《アルタイル》とか。

 彦星の別名。年に一回しか会えない恋人。なんか、ホストクラブにはぴったりじゃね?


 名前も決まって、ちょっと上機嫌になる。


「……それにしても、アルってマジで賢いな」


 白馬の首筋をぽんぽんと撫でながら呟く。


「落ちそうになったとき、微妙にバランス取ってくれるし。あの『この子は賢いので』発言、マジだったわ……」


 クライヴが静かに頷く。


 馬にも、ちゃんと個性ってあるんだなぁ。と、しみじみ思っていると――


「……随分と馬がお気に入りのようだな」


 背後から、低く響く声が聞こえた。

 銀色の毛並みをたなびかせて、シルヴァがこっちへ歩いてくる。


 ……なにその迫力……


「いや、でもマジで賢いんだよ。乗ってて安心感あるし、動きも滑らかでさ……」

「ふん。我が背に乗れば、どれほどの高みも自在だが」

「いやお前、しっぽホールドとか前代未聞だし! 角も刺さりそうだし!!」


 そこでオレはハッとした。


「……シルヴァ、もしかして嫉妬してる?」

「嫉妬? 神の使いである我が、ただの馬に劣るなど――」

「……耳、めっちゃ伏せてるけど」

「…………」


 オレはシルヴァの頭を撫でる。


「可愛いやつ。お前が一番だよ、シルヴァ」


 シルヴァはぱっと顔を上げ、誇らしげに胸を張った。

 涼しげな目元に得意げな光が宿り、そのままアルディアスの方へ、ちらっと目線を送り――


 どやっ。


 ――とでも言いたげに、小さく鼻を鳴らした。


 いや、急にマウント取りにいくじゃん……鹿のドヤ顔、初めて見た。



◆◆◆



 練習後、オレは痛む全身を引きずりながらチルチルの研究室に行く。


「チルチル助けて! 鞍なんとかして! このままじゃオレのケツが割れる! 馬車用クッションみたいなのまた作って!」


 部屋に入って叫ぶと、何やら作業中のチルチルが顔も上げずに言う。


「お尻は最初から割れてるよ~」

「知ってるよ! 芯から割れそうなんだよ!」


 チルチルはふーっ、と息を吐いて振り返る。

 うっ……酒くさい。


「もう材料ないんだよねー。あとユーリ王子のリクエストのマイクづくりで忙しいしぃ……マイクと鞍、どっち優先する?」

「…………」


 マイクは必要だ。

 パレードででも、ホストクラブでも、キャバクラでも、どこでも使える。ベルモンド辺りに持たせて司会とかさればもう伝説の武器だろう。


 鞍は、オレのケツの快適さだけの問題……


「マイク優先でお願いします……」

「りょうかーい」


 馬車といい馬といい、どうしてオレのケツこんなにハードモードなんだよ……




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