04 やたら視線が無遠慮な騎士
ホストなんてやってりゃ、修羅場を潜ることもある。
だからわかる。これはまずいって。
こっちは丸腰。武器なんかない。
相手は剣に鎧に筋肉。しかも騎士だったら戦闘のプロだろ? たぶん。
素手でやりあっても勝てなさそうない。
こういう時は、相手を刺激しないようにするのが大切だ。
オレはへらっと笑って肩を竦める。
「……何者って……だから、ユーリだろ。記憶喪失みたいだけどな」
「違う」
きっぱり言い切られる。ズバッと斬られるみたいに。
なんだよ、いままでと雰囲気が全然違うぞ。いや、こっちが本性か?
「お前は他人だ。殿下のご幼少のみぎりから傍にいた私の目を誤魔化せると思うな」
なんだよ、幼馴染ってやつ?
近衛騎士がどういうもんか知らねーけど、SPみたいなもんならそりゃずっと傍にいるんだろうな。
――目が怖いんだけど?
「――殿下の中に、お前のような性質は、ひとかけらたりともなかった」
やばいなこれ。天然でガンギマってる。
ちょっとからかってやりたいけど、下手したら斬り殺されるやつ。
こいつはちゃんと気づいているんだな。オレがユーリ様じゃないってことに。
でも、オレがそれを認めるわけにはいかない。
「三日も死んでたんだ。そりゃ中身も腐るだろ」
ひとつ、間を置く。
そして、吐き捨てるように言った。
「――で、中身が悪魔だとして、どうする? 殺しとくか? 記憶の中のおきれいなユーリ様を守るために、いま生きているオレを殺すか?」
中身は違うが、この身体は間違いなくユーリ様のものだ。たぶん。きっと。知らねぇけど。
大切な人が死んだとき、どう思うかは人によって違うと思う。
この世界の死生観なんて知らない。
でもな。
大切な人が生き返って、喋って、笑ってたら。
たとえ中身が変わってしまっていたとしても、もう一度殺すなんてできるか?
中身がエイリアンでもさ、ふとした仕草や表情に面影を感じたら、殺りにくいもんだろ。
いや、エイリアンだったらオレは殺るけどね。
でも、殺るとしても確信を持ててからだ。これは同じ姿をした別人。化け物。人の敵。殺らなきゃ殺られるってなってからだ。
だからこいつも、脅すのはできても斬れないはずだ。
大切なユーリ様ならなおさらな。
だってこいつは後悔しているはずだ。
ずっと傍にいたなら、なおさら。
ずっと傍にいて守っていたのに、殺されたんだからな。
心のどこかではきっと、「生きていてくれるだけでいい」って思っているはずだ。
「お前らの望みは、ユーリ様が王位を継ぐことだろ?」
「…………」
「なら、支えるしかないだろうが。それとも不戦敗でいいのか? ユーリを殺した相手に、勝ちを譲るのか? あ、それともお前がスパイで、ユーリを殺し――」
その時、本気で剣を向けられる。
怖っ――刃物の先をひとに向けるんじゃねぇよ……
……まさか本気で殺してくるつもりないよな……?
「オレは本気で勝つつもりだぜ。やっぱ目指すならナンバーワンだよな」
「…………」
「お前らのお綺麗な理想どおりにはいかないだろうけど……ま、見ておけよ。オレたちがどこまでやれるのかな」
「…………」
クライヴは黙ったまま、剣を鞘に収め、部屋を出ていった。
――扉が、音を立てて閉まる。
「……はぁぁぁ~~~~~」
ひとりになれて、オレは盛大に息を吐きだした。心臓がバクバク言ってる。冷や汗がヤバい。背中が痛え。
やばいなあいつ。前ユーリ様を信仰している系だ。やばいくらいに。
あんまり刺激しないようにしとこ。君子危うきに近寄らず――ってな。
――でもあいつ、近衛騎士なんだよなぁ……
◆◆◆
――ぐっすり寝て夕方、広い部屋の円卓で作戦会議が開催される。
やたら人が多いな。こいつらがチーム・ユーリか。
オレは用意された都市計画資料を机の上に投げ捨てた。
「くっそつまんねえ」
それしか言うことがない。
本当、良識ある人たちに褒められるために作られたような都市計画だ。ベッドタウンにはいいかもしれねーけどな。それじゃ王様レースには勝てないだろ。
――ま、あの神聖術の力とオレの口八丁があれば、ユーリが教祖みたいになって一大宗教都市は作れるだろうけどな。
「ライバルの都市計画はどんな感じなんだ?」
問いかけると、顔を上げたのはアマーリエだった。
「第二王子レオニス様は、軍事都市を目指しております。場所は王都の東側、海と街道に面した要所、都市名は『軍事都市レオニダス』とされたそうです。第三子であられる王女ミレイユ様は、魔法学術都市を目指しております。場所は王都の南側、都市名は『学術都市ミーレ』とされたようです」
ほーん、名前と都市名を似た感じにしてるのな。覚えやすいけどな。
でもオレの『セブンツリー』が一番イケてるな。
「で、王様レースとやらの勝利条件は?」
「はい。三年後、五人の審査官が最も王にふさわしい都市を選出します。審査官は国王陛下、王妃殿下、聖女様、宰相殿、神官長となります。評価基準は明かされていません」
「ふーん。それぞれ好みの都市を選ぶんだろーな。ま、結局一番盛り上がればいいわけだ。ならやることは変わらねぇ。全部歓楽街な」
アマーリエがぷるぷる震え始めた。……なんか、昔飼ってたハムスターみたいだな。
「……歓楽街で、どうやって継承戦に勝つおつもりなんですか……」
「さあな」
んなもん知らねえよ。審査官の心なんてわかんねえし。
「とりあえず、金と人は集まるぜ。人が集まったら盛り上がる」
金が動く。人が動く。心が動く。
「それにな、どんな立派な都市だっていかがわしい場所はできるんだよ。要はそれを必要悪にするか、排除しようとするか、全部受け入れるかの違いだ」
全部きれいに掃除してなかったことにするのも、お綺麗なエリートたちが考えそうなことだ。
でもそのエリートたちだって、家や裏でどんないかがわしいことしてるかわかったもんじゃない。
ならオレは、全部受け入れられる場所を作る。
オレみたいなクズが楽しく生きられる場所を。
神様がけしからんと言うなら、神様にだって酔わせてやる。
なんかそういう昔話あったよな。化け物に酒飲ませて酔い潰れたところを倒すやつ。そういうの好き。
オレは上機嫌でペンを取り、都市地図の真ん中に丸を書く。
「とりあえず真ん中にズドンとオレの城な。でっっかいやつ」
やっぱ目玉はでっかくねぇとな。シンボルでありランドマーク。そのうちオレの像も建てるか。
「ここは男向けのキャバクラ、こっちはホストクラブ、この辺に劇場。箱はでっかいやつがいい」
地図に適当に丸を書いていく。楽しいなこれ、ゲームみたいで。
「この辺は安ホテル街、こっちは高級ホテル街。住民の住むところは奥にやっとけ。相談所とか病院もちょこちょこ建てるから土地開けとけよ。あと治安がいいのは鉄則な。交番はストリートごとに作る勢いで」
「相談所? 病院? 交番?」
アマーリエが大きな目をぱちくりさせる。
「あ? いるだろ。酒が入ればどーしたってトラブルは起こるからな。すぐ駆け込めるところとか、いつでも相談できる場所がいるだろ。病院も相談所も、身の安全も、無料で提供できるのがセブンツリーだ」
「……そ、そのような施設を作るという発想は……なかったです」
「なら、アマーリエが考えてくれ。怖がって逃げ込んできた女の子が、安心できる場所をな。女の子は繊細だからな」
「わ、わたくしが……? は、はいっ!」
面倒ごとを押し付けられたはずなのに、なぜか嬉しそうに返事をする。
わかんねぇな、女って。あんなに破廉恥とか言ってたくせに。
チョロいんだか、前ユーリ様への好感度が高いのか。
オレはクライヴの方を見る。
あの襲撃を忘れたわけじゃねーが、こいつを使いこなせなきゃどうしようもねえ。
「――クライヴ、お前は騎士なんだから守るの得意だろ? 治安を守る方法とか、設計とか考えるの、お前の担当な。部下と一緒によく話し合えよ」
「……承知しました」