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39 元異端審問官ダン先生の尋問講座




 執務室のドアが、ギイィィ、と軋んだ音を立てて開いた。


 入ってきたのは、聖女派神官で元異端審問官のダンさん。どこか楽しそうな顔をしていた。


「――聖王子殿下が、わたくしめに何の御用でしょう」

「……センパイ、黙っていましたけど、僕、神官見習いユリウスじゃなくて聖王子ユーリなんです」


 真顔でカミングアウトしてみる。ダンさんは驚きもせず、ふっと笑った。


「知ってた」

「知ってたんかい!」

「気づかないやつは相当鈍い。ま、末端信徒なんてものは大体が純粋だ。似てるなと思っても、そうだと思いいたるやつは少ないだろう。まさか聖王子様が神官見習いとして働いているなんて、ありえない――てな」


 めっちゃ喋る。いままで猫かぶってたのかって勢いで喋る。


「……待って? 知っててオレをこき使ってたの?」


 思わず目を細めて睨むと、ダンさんは悪びれもせずニヤリと笑った。


「面白そうだったからな」


 あっさり認めるぅ~。

 あー、もう。体裁なんて取り繕うだけで無駄だな。


「実はダンさんの異端審問官っていう前歴を見込んで、ちょっと尋問の仕方を教えてもらいたいんっスよ」


 こちらが本題を切り出すと、ダンさんは目を細め、ますます楽しそうな顔になる。ドSかな?


「……まあ、王子様となりゃいろいろあるだろうな」

「そうなんですよー」

「んじゃ、触りだけ。尋問はな、まず逃げ道を与えねぇことだ。それから相手の日常をちょっとずつ崩す。――とりあえず、椅子と縄と冷たい水を用意しろ」


 ……触り? なんかガチじゃね?


「椅子と縄と冷たい水って何に使うの……?」

「まず、硬くて座り心地の悪い椅子に座らせて、縄で縛る」

「ちょっと待って?!」

「長時間じっと座らされるだけで、人は自白しやすくなる。あ、椅子は縛りやすい形状を選べよ」


 めちゃくちゃ嫌な椅子の選び方だな。インテリアショップで「これ、尋問に使えそうだな~」って基準で椅子選ばないぞ。


「縄で両手足しっかり固定すると、お前の運命はこっちが握ってるぞ感がアップする」


 ちょっと待って。ガチすぎる。


「冷たい水は何に使うと思う?」

「飲ませて緊張をほぐすとか?」

「違う。質問に答えないとき、冷たい水を手や顔に浴びせて目を覚まさせる! バケツでバッシャーン! ってやる方法もあるが……寒い時期は風邪を引きかねないから慎重にな」

「雑な優しさ!」

「あと、神聖術で治せるくらいの拷問ならセーフだ。ギリギリで攻めろ」


 ……あの、正直ドン引きです。軽い気持ちで呼んですみません。


「――で、何を吐かせたいんだ?」

「あ、はい」


 オレはダミーで用意していたガラス瓶を執務机の上に置く。


「これはダミーなんですけどぉ、これの持ち主に、自分のものと認めさせたいんですよねー。でも絶対否認するだろうし、『なんでオレが持ってるの?』とか逆に聞かれても困るし……」


 ダンさんは、どこか楽しげに腕を組んだ。

 いやそのニヤリ顔、絶対なんか企んでるだろ。


「ふむ。証拠品を突きつけたとき、相手が開き直ったら厄介ってことか」

「正直に『あなたのものですよね』って聞いても、普通は『違います』って言われて終わりでしょ?」

「そこだ!」


 どこ?


「尋問は、否認されても動じない腹芸が必要だ。こっちは全部知ってるという顔で押し切れ」


 いや無理無理。そんなん顔芸でバレる。


「向こうに心当たりがあれば、お前の手元にそれがある時点で、相手はもう『やばい』と思ってる。だから、あえて偶然拾ったとだけ伝えて、相手の反応をじっくり観察するんだ」


 ふむふむ。なるほどな、言われてみると理にかなってる……気がする。


「たとえば――瓶を机の上にぽんと置いて、ああ、これ、君のだよね? って、何気なく言う。相手が焦ったらもう半分勝ちだ。逆に冷静を装ったら、前にも似た瓶持ってたよね? って過去の話を混ぜると、心が揺れる」


 うわ、プロっぽい。なるほどな……自白より、動揺を誘うのが先か。


「でもまあ正直どこにでもあるような瓶ですし」

「関係ない。自信のなさは付け込まれるぞ。尋問するからには、なんか確信なり証拠なりあるんだろう? それを信じろ」


 タメになるなぁ。


「あと、誰も知らない情報をポロッと挟むのも効くぞ。たとえば、『昨日、君の部屋で見つけたよ』とか、偶然を装って、でもお前の領域で拾ったぞアピールをする」


 うわー。確信ついてくる。怖。


「逆に『なんであんたがそれを?』ってツッコまれたら?」

「堂々としてればいい。偶然だよの一点張り。ここでうろたえたら負け。心臓に毛を生やせ!」

「……ダンさんの心臓って、もふもふしてそうだな……」

「当然だ! 異端審問十年やった人間の心臓は、毛どころかフワッフワの絨毯レベルだぞ。心臓もふもふはプロの条件だ!」


 嫌だよそんなプロ。だいたいふわふわって癒し系に使う言葉だろ。


 その時――


 ガチャッ、とノックもなしにドアが開く。


「話は聞かせてもらった」


 ドアの外にいたのは銀色の鹿シルヴァだった。しかも角が引っかかって部屋には入れそうにない。


 ……って待って。いま誰がドア開けたの? もしかしてシルヴァが自分で? その足でどうやって?


「もふもふと言えば我。どこもかしこももふもふである」

「いやお前はいまはいいから。あとでいっぱいもふってやるから」


 バタンッとオレが自分でドアを閉める。なんなんだ、このカオス。


 ――まー、あの教会には神官が山ほどいたし、その中にユーリ派神官が紛れ込んで拾って、オレに渡ったってことにしておくか。


「ありがとうございました、ダンさん。勉強になりました――」

「じゃあ、実践しながら解説しようか。殿下、こっちこい」

「ヤダ!!!!」







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