38 誰がオレを殺したか
――朝。
今日も晴れ。絶好の潜入日和。
「おーいユリウス! そこの荷運び終わったら、倉庫の整理もしとけよー!」
「はいはい、喜んで〜っと」
今日も善良な労働力として、オレは聖女派の集まる教会に潜り込んでいた。
昨日あんなに酔ってたのに元気だな、ダンさん。肝臓どうなってんだ?
オレはこき使われながら、荷運びに掃除、儀式の準備の手伝いまでこなす。
なんだかんだ楽しいけど、自由に入り込めるのも今日が最後。まあこれ以上目立ったらマズいしな。
そう思って働いていると、一緒に働いている若い神官から声を掛けられる。
「ユリウスさん……どこかで会ったことありませんか?」
「んー、どこだろ? 僕どこにでもある顔だからなぁ」
笑ってごまかすけど、このままだと本気でマズいな。聖王子ってバレたら……王子の仕事サボってるって思われそう。
いや、実際何やってんだって感じだけどな。
そうだよ、オレ情報収集に来てたんだよ。……たぶん。成果? そんなものはない。
昼の食事も教会で食べさせてもらう。正直質素。たまにはこういうシンプルな食事もいいよな。
午後になってそろそろ帰ろうかとしたところ、またダンさんにつかまる。
「おいユリウス、部屋の模様替え手伝え」
「ダンさんの部屋?」
「俺のじゃねえ。お前はベッド運ぶ係な」
うわ、重そう。
気持ちが顔に出たのか、ダンさんは意地悪に笑う。
「お前、力持ちだろ」
「どっちかっていうと口が回るタイプなんだけど」
「ごちゃごちゃ言うな」
「まあ男手が必要なら働くよー、喜んで~」
数人でベッドを担ぎつつ案内されたのは、教会の奥、普段なら滅多に入れない聖女ジュリア様の私室だ。
中は普通の部屋。そこに自前のベッドとか、レースカーテンとか、ふわふわ絨毯とか運び入れるらしい。
――ちょっと待て。
オレは早々にジュリアにセブンツリーから出ていってほしいのに、あいつ長期滞在する気満々じゃねえか。
アマーリエ、早く政治工作してジュリアを他の街にやってくれー!!
オレはとりあえず、ベッドの片端を相方と一緒に持ち上げて――
「うおっ」
ベッド運搬中、足元に小さなガラス瓶がコロンと転がり出てきて踏みそうになる。
危ね。踏んで割れたり転んだら大変だぞ。
いったんベッドを置いたときに、そっと瓶を拾って適当にポケットに入れる。後でその辺に置いておこう。
――指定された位置にベッドを設置すると、ダンさんが様子を見にやってくる。
「よし、無事に搬入できたな。ほら、野郎どもは出た出た。長居するな」
あっという間に追い出される。マジで力仕事要員だよ。あー、疲れた。
なんかもう本当に疲れた。もう帰ろう。
タイミングを見張らかって裏口から教会を出ると、すぐ外でクライヴが待機していた。
クライヴが教会内で何かあったらすぐに飛び込んでこられるように、潜入開始からずっと近くにいてくれていた。本当に忠犬だな、こいつ。
「帰りましょうか、騎士様」
誰かに見られていたらヤバいので、カツラはかぶったままユリウスモードで言う。
クライヴは無言で頷き、無言でオレの後ろをついてきた。
――なんか、ドーベルマンみたいだな。それか警察犬。シェパード。
◆◆◆
神殿に戻ってカツラを外せば、神官見習いユリウスくんから聖王子ユーリ神官モードに早変わり。
ほんと、ゆるい変装だな。
「ふぁあぁ……ホットワイン、沁みる~……」
自分の執務室に入って、アマーリエの用意してくれたホットワインを飲む。
「でさー、今日ベッド運ばされたんだけどさ。なんか模様替えってレベルじゃなかったぜ? まさか住む気じゃないよな」
アマーリエとクライヴに今日あったことを報告すると、アマーリエが真剣な顔をした。
「それは……困りましたね。そろそろ王都から聖女様に召喚状が行くはずですが……」
さすがセブンツリーの大臣。もう全部任せる。
マジで早く来てくれ召喚状。あいつがいるとホストクラブづくりも本格的に取り組めないよ。
「あ――やっべ」
ふと思い出して、神官見習いの服のポケットをまさぐる。
「ジュリアの部屋で拾ったの、そのまま持ってきちゃってたよ。捨てていいやつかな」
オレはぽいっとガラス瓶を机の上に置いた。
ふわっと、まるでアーモンドみたいな匂いが漂う。香水かな。それともアロマオイルとか? 懐かしさでちょっと腹が減った。
その瞬間――アマーリエの顔が引きつった。
「……っ、この香り……ユーリ様、これをどこで……?」
声が震えている。
クライヴも静かに眉をひそめ、言葉を探すように口を開く。
「これは……殿下が……死の際に――」
「…………?」
オレはぽかんとしたまま、二人を交互に見る。
……なに? なんかヤバいもん持ってきちゃった?
「……失礼します」
アマーリエがそっと瓶に手を伸ばし、震える指先で包み込むようにして、それを抱えた。
クライヴは黙ったまま、その様子を見守っている。
「ああ、やはりこの香りは……」
「香水か何か?」
「――毒です」
…………は?
「ユーリ様の御命を奪った毒です。死の際に、この香りが漂っていました。毒の名は『天使の微笑』……」
中二病かな?
――って言ってる場合じゃない!!
は? 前ユーリ様を殺した毒?
なんでそんなものがジュリアの部屋に転がってたの?
アマーリエは唇をきつく結んだまま、瓶を抱きしめるようにして、微かに首を振る。
「間違いありません……わたくし、この香りを、一生忘れることはありませんから」
クライヴも目を伏せる。その時の状況を悔やみながら思い出しているように。
――どうして、そんなものがジュリアの部屋に転がっていたのか。
部屋の主のジュリアがうっかり落としたのか?
神官の誰かが、オレに見つかるように転がしたのか?
もともと誰が持っていた毒なのか。
前ユーリ様を殺した犯人と何か繋がりがあるのか。
なんかまるで、ミステリーだな。
ファンタジーミステリーだ。勇者を誰が殺したのか系の。
◆◆◆
翌日、ジュリアが真っ青な顔で神殿のアマーリエのところへやってくる。
「ねえ、アマーリエちゃん。ガラスの瓶知らない?」
オレは渡り廊下で二人が話す様子をこっそり隠れながら見ていた。
「香水の空き瓶なんだけど、大切なものなの……もし見つけたら教えてね」
アマーリエは落ち着いた笑顔で頷く。
「わかりました。もし見つけたらお渡しします。ですがセブンツリーは落し物が多い街ですので……処分されているかもしれません。あまり期待はなさらないでください」
……あのー、オレ犯人わかっちゃったかも。
前ユーリ王子を殺したのと同じ毒が入ったガラス瓶を、聖女ジュリアが自室で落としてしまって焦ってるって……
犯人自分ですって言ってるようなもんじゃねぇ?
こんなガバガバでミステリーって言っていいの? いやこれファンタジーだったわ。神聖術、聖王子、聖女、魔道具、アタッチメントおっぱい、なんでもござれ。
ファンタジーミステリーでも何でもない。ただのガバガバファンタジーだったわ。
「お願いね、アマーリエちゃん。ジュリアはちょっと王都に行くから……けどすぐに帰ってくるからね」
お、アマーリエの政治工作が功を奏したか?
「はい、聖女様。お気をつけて」
アマーリエはあくまで礼儀正しく笑っていた。
◆
ジュリアが神殿を出ていくのを確認して、オレはアマーリエに声をかける。
「あれの持ち主、聖女様っぽいよな。どういうことか、本人問い詰めるのが一番早そうだよなー」
「その場合、一度で仕留めることが重要です。ユーリ様、尋問のご経験は?」
「あるわけねえだろ?!」
アマーリエ、なんだか冷静で怖いんだけど?!
「……あー、でも、そういうことに詳しそうな人知ってる。聖女が街を出る前に呼んでもらっていい? 教会にいる、聖女派神官のダンって人」
「――その方は、どのような?」
「なんか、元異端審問官だって。話聞きだすの、得意そうじゃない?」




