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37 異端審問官ってどんなお仕事なんですか?




 夕方になって仕事が終わってから、オレがダンさんを連れて街を歩く。

 行き先はもちろんクラブ《ミラージュ》だ。


「こんばんはー」


 ドア一枚向こう側はちょっとした異世界。

 神殿や教会とは対極にあるような、俗でちょっとドロッとした空間だ。


「なんだこの店は……」

「女の人が一緒に飲んでくれるお店です。僕ここの常連なんですよ」


 スタッフたちは一瞬オレに反応するも、変装と同行者を見てスルーしてくれる。また何かやってるなって感じで、常連客として開いている卓に案内してくれた。


「ぶどうジュースとお酒、どっちにします?」

「酒」


 お、めずらしい。

 聖教関係者はだいたいジュースだからな。


 ま、酔ってもらえるならそっちの方がありがたい。いろいろ聞きだしやすいし。


 酒を注文すると、卓にホステスの一人アイリスがやってくる。


「こんばんは、アイリスです。ご一緒させていただいてよろしいですかぁ?」

「いや、いい。放っておいてくれ」


 ダンさん、アイリスを追い払おうとする。


「いやいや、彼女これがお仕事ですし。一緒に座って話し相手になってくれるの」

「そいつはすまないな。でも、いい。話し相手なら君がしてくれ」


 えー、そりゃオレはいいけどさ。ダンさん、女の子に興味ないタイプ?

 それとも結婚してて妻一筋とか? そういうの嫌いじゃないけどさ。


「もちろんいいですけど――ダンさんは、教団でどんなお仕事してるんですか? 後学のために教えてください、センパイ」

「いまはしがない管理職だ。昔は異端審問官をやってた」


 ……異端審問官って何?


 そういやオレも下手したら異端扱いされるとかガルナード伯が言ってたな。

 もし疑われるとそういう人たちに『審問』されるの?


「それって、どういうお仕事なんですか?」


 尋ねると、ダンさんはグラスを揺らしながら、しばし黙ったあと、静かに口を開いた。


「――『信仰を守る』仕事さ」

「へー、なんかかっこいいですね」

「……異端とされた信徒の取り調べだ。教義に反した行動、神を騙る行為、呪物の所持、禁術、そういうもんを嗅ぎつけて――お話を聞く」


 ……うーん、なんだか普通のお話で済む雰囲気じゃなさそうだぞ。

 オレ、もし取り調べされたら全部すぐに認めちゃいそう。


「……もし、有罪だったら?」

「火あぶり」


 中世~~~~っ!!


 マジかよ火あぶりって。やっぱ異世界こええ。


 絶対異端って認めちゃいけないやつだし、認めなかったら怖い取り調べされそう。だって火あぶりする連中だぜ?

 捕まらないのが一番だな。


 はーっ、聖教マジでやばい。正月に神社いってお盆に墓参りしてハロウィンで仮装してクリスマスをケーキで祝おうよ。な?


「安心しなよ。昔みたいなやり方は、もうしてないから」

「そうなんですか?」

「うん、十年ほど前に。いろいろと、昔と比べておとなしくなっちゃったよ」


 そりゃ朗報。


「……聖王子様が神聖術を発揮しだしてから、か。民衆の支持がそっちに行きそうになって、聖教の偉いさんたちが日和っちまった」


 えーと、整理すると。

 いまのオレの身体はとりあえず20歳と仮定する。だいたいそれくらいだろ。


 昔は聖教がバリバリ強くて異端審問とかもやってた。


 10年ほど前、ユーリ王子が10歳の時に神性術が使えるようになって聖王子になって、皆の支持がそっちに行った。その頃に聖教側が異端審問もやめた。


 5年前、ジュリアが聖女デビューして、聖王子は聖女のサポートみたいなかたちに収まった。


 つい最近、聖王子ユーリがたぶん暗殺で死んで、クズホストのオレが新生聖王子ユーリとしてパワーアップして蘇った。


 うん、よくわかんない。


 わかんないけど、オレの存在が聖教にとってめちゃくちゃ邪魔だろうことはわかる。


 そりゃ、神官たちもユーリ派と聖女派に分かれるわ。


 ……めんどくせぇ~~~~……


 それで対立する意味あるの? ぶっちゃけただの権力争いだろ?

 そんなのしてる暇があったら働こう。働いて稼いで遊ぼう。


「……ま、あんな仕事ない方がいいがな」


 ダンさん、しみじみと呟く。


「もしいまがあの時代だったら、こんな街を作ったやつは真っ先に審問行きだったかもな」


 わー、笑えなーい。


「僕はこのなんでもありの雰囲気好きですよ。今度、エルフの娼館もできるみたいですし」


 ダンさん、酒を吹き出しかける。


「うわっ、大丈夫ですか? これ、お水」

「マ、マジか? あのエルフが、この街に……?」


 お、興味津々か?

 目の輝きがちょっと違うぞ。


「マジみたいです」


 相手の顔が見れるまでに二十年かかるエルフ時間娼館だけど、それは黙っておく。


「……時代は変わったんだなぁ……」


 ダンさん、ちょっと肩落としながら呟く。めっちゃしみじみしてる。


 この人もいろいろあったんだろうな。仕事でもプライベートでも。


 そういう人こそ、セブンツリーで楽しんでほしいね。

 ここはあらゆる種族。あらゆる事情。あらゆる性癖。どんとこいなんだからさ。


 ダンさんは肩を落としたまま酒を水に持ち替える。


「……うまい水だな」

「セブンツリーの水は、神獣シルヴァ様のご加護で湧いたものですからね」

「……聖王子様の奇跡の一つ、か」


 遠い目をしながら水を眺める。


「足が生えた、腕が生えた、目が見えるようになった、内臓が腐る病気が治った……」


 オレの神聖術の効果を羅列してくれる。


「聖王子の奇跡を信じていないやつも多いが、この街の住人はほとんどは信じている。王都でも、貴族でも……」

「ダンさんは?」

「俺も信じちゃいなかったが……」


 その時、目が合う。


「少なくとも聖王子様は、偽物や騙りとかじゃなさそうだ」



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