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36 神官見習いユリウスくんです





 ――一時間のプチ家出から街に戻り、夜の神殿に戻る。

 冷たい風の吹く中、いつものようにアマーリエが待っていてくれた。


「おかえりなさいませ、ユーリ様」


 いつものように微笑んでいる。なんでもわかってるような顔をして。

 オレが出ていったことを知っているはずなのに、全然責めようとしてこない。


 そして、今日はちょっと疲れ気味の顔をしていた。ずっと聖女の接待をしていたんだもんな。


 ……お疲れ様。

 ……逃げようとしてごめん。


「……どうかなさいましたか? お疲れですよね。あたたかいものを用意していますから、召し上がってください」


 ……うぐぅ。優しさが胸に刺さるし身に染みる。


「……うん、ありがと。もらうわ」


 神殿の中の、談話室。もはやオレのリビングみたいになっている部屋でソファに座る。マジで足疲れた。棒になってる。なんで自分には神聖術が使えないんだよ。


 元賊たちの処遇は警備隊の方に任せてある。うまくやってくれるだろう。


 アマーリエがホットワインを持ってきて、前のテーブルに置く

 湯気が立ち上り、スパイスの香りが鼻をくすぐった。


 シナモンとハーブの香り。それだけで、固く冷えた身体が少しだけほぐれていく気がした。

 手を伸ばして器を口に運ぶと、熱い液体が喉を通って、じわりと奥から温まっていく。


「……ふぅ……」


 息を吐くと、冷たい空気に白い霧が混じる。


「何か召し上がりますか?」

「いや、大丈夫。街でいろいろもらったから」


 揚げ鶏とか焼き串とか。繁華街を歩くとみんな色々くれる。オレはそのまま食べたいんだけど、絶対誰かの毒見が入るんだよな。みんな心配性だ。


 オレはホットワインを飲みながらアマーリエを見る。

 細いなぁ。そして少し――かなり、疲れている。


「なあ、肩揉んでいい?」

「えっ、あ……は、はい……」


 アマーリエは顔を赤くして頷いて、ソファに座った。

 オレはアマーリエの肩に優しく触れて、ゆっくりと揉んだ。うーん、こってる。今日も気苦労がいっぱいだったんだろう。


「今日はどうだったんだ?」

「本日はセブンツリー計画の概要を説明し、実際に視察をしていただきました。聖女様は終始ご機嫌でしたよ」


 淡々と話す様子が何故か怖い。


「……神聖術で子どもを癒されたりしていました」

「へー、いいことしてんじゃん」

「ええ。聖女様ご自身は、慈悲深くお優しい御方です」


 なにその含みのある言い方。

 まあ、聖女の人気がセブンツリー内で高まると、それはそれでアマーリエ的には頭が痛い問題なのかもしれないな。


「――なあ。そもそも聖女って何なんだ?」

「え……?」

「いや、聖教の象徴ってのはガルナード伯から聞いたから覚えてるよ? なんかこー、聖女ジュリアの個人的なエピソードとかないの?」


 アマーリエは少しだけ戸惑ったように黙ったが、少ししてから話し始めた。


「……聖女ジュリア様は、元は修道女見習いだったそうです。ある日、雷に打たれたときに天啓を受け、そこからとても強い神聖術を使えるようになったそうです」

「……雷に打たれた?」

「はい」


 ……いや、普通死なない? 電気ショックとか、やけどとかで。運がよかったのかな。


 ……それとも、その時に樹利亜の魂が宿ったのかもね。それがきっかけで神聖術も強化されたなら、オレと似たような感じだし。


「その後、聖女として認定されました。そこから五年、聖教のシンボルとして活動されています」

「……五年?」

「はい」


 ……樹利亜がいつ、どうやって死んだのかはオレは知らない。知る由もない。

 ただ、オレより後に死んだのは確実だ。


 そしてどうやらオレより先にこの世界に転生して、聖女としてやってきたらしい。



◆◆◆



 アマーリエが聖女ジュリアの相手をしてくれている三日間のうちの、二日目。


 オレはといえば――


「お手伝いに来ましたー☆ 神官見習いのユリウスですっ☆」


 ――昼過ぎ。


 白々しいぐらいの満面スマイルで、ジュリアが滞在している教会の門をくぐった。

 服はルカくんから拝借してきた正真正銘の神官見習い用のもの。髪は黒いカツラで完璧変装。


 はい、今日のオレは神官見習いユリウスくんです。


 何やってんだって?

 オレもよくわかんない。


 何していいかわかんないなら、直接乗り込んでみたらちょっとはわかるかなって思っただけ。ユーリ王子は神殿に閉じこもっていることになってるからちょうどいいし。


 いまは神殿から聖女のとこに行ってるやつが多いから怪しまれにくいし。

 ちょっともじった偽名を使ったらもう誰かわかんないだろ。たぶん。


 いちおうアマーリエとクライヴにも相談してある。クライヴは同行してこようとしたが、あいつはどうやっても変装できないので置いてきた。


 とにかく目立つ。目立ちすぎる。あの体格でちょっと変装しても何が騙せるんだよって感じ。


 ま、なんだかんだでセブンツリーの教会内。

 いざとなれば何とかなるだろ。


 気楽〜に潜入したオレの対応をしたのは、くたびれた感じのおっさん神官だった。年齢は40くらいか?

 なんか元ヤのつく職業っぽい感じの迫力。


「――お前、新入りか? 誰の指示でここに?」

「自分の意志です☆」


 受け答えははっきり元気よく。これ採用面接の基本な。面接担当が見ているのは人柄だからな。


「……向こうの持ち場は大丈夫なのか?」

「はい。ぜひ聖女様のお役に立ちたく、向こうの仕事を終わらせてからこちらに来ました。何でも言ってください」

「感心なことだ……俺はダン・ロジエール。それじゃ、洗い物の手伝いをしてもらおうか」

「はーい☆」


 ダンさんに教会裏手の洗濯場へ連れていかれる。


「おい、こいつの面倒を見てやってくれ」


 洗濯場に放り込まれ、オレは真面目に働いた。

 この世界で洗濯っていったら、当然全手動。冷たい水でガシガシ手洗い。一応洗剤はあるけど弱くてなかなか汚れが落ちない。


 ただ、頭も気も使わない分すげー楽だ。

 むしろちょっと癒されてきた。


 ……って癒されてる場合じゃないんだよ。

 大量の洗濯物に囲まれながら、周囲の様子を見る。


 おー、いるいる。

 神殿で見かけたことのある神官たちが、教会でせっせと仕事をしてる。

 わりとナチュラルに、聖女が連れてきた神官たちと馴染んでる。堂々としたもんだな。


 ま、別にあいつらも悪いことしているわけじゃないしな。


「――さすが、力があるわね。若い男の子がきてくれてよかったわ」


 オレに声をかけてくれたのは、30歳くらいの女性だった。


「はーい、がんばりまーす」


 オレは明るく笑う。一緒に働く人に気に入られるの、すげー大事。そのためには明るさと笑顔、めっちゃ大事。


「やっぱり、聖女様の方が『正統』だものねぇ。お仕えしがいもあるというものよ」


 はい、ユーリ王子邪道みたいです。

 ……はっきり言ってるなぁ。オレのガワ、この国の第一王子なのに。

 やっぱ聖教内では、王家より聖教の方がえらいんだなぁ。


「聖女様って、どんな人なんですか? 僕、まだ近くでお目にかかったことがなくて」


 ちょっと口コミ調査。

 ジュリアがどんな風に聖女やってるのか、生の声を聴いてみたい。


「――それはそれはお美しい方よ。髪も肌も透き通るようでね」


 おお、まずは見た目褒め。


「お話しするとどんな感じなんですか?」

「話しかけるなんてとんでもない!」


 え、そんなに神聖視されてる感じ……?

 オレなんか皆に話しかけられるし、メシや酒おごられるし、よく囲まれたりしてるし。

 むしろこっちから距離感破壊していくタイプだし。


「……ちょっとでも失礼なことがあったら、側付きの神官様たちが目が怖いし……」


 聖女本人より、側付神官たちの方が迫力ある感じ?


「怖い人もいらっしゃるし……」


 誰かと聞こうとすると、ダンさんがやってくる。


「――おい。口より手を動かせ」

「すみません!」


 危ねぇ危ねぇ。

 新入りが仕事よりおしゃべりに夢中だとそりゃ怒られるわな。


 ――ん?

 隣の女の人、めっちゃ怯えてない?

 怖いのって、もしかしてこのおっさん神官?


 顔を上げると、ダンさんと目が合う。


「……図太いやつだな、新入り」

「はい。僕全然物知らないんで……センパイ、いろいろ教えてくださいよ」


 ダンさんがちょっと驚いたように軽く目を見開く。


 ――お、入れた。心の内側。ちょっとだけ。


「仕事が終わったらでいいんで。僕、いいお店知ってるんです」





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