34 ガルナード伯いらっしゃい
「ユーリ様、次も会談の予定が入っています」
「またぁ? 王子様って忙しいなぁ」
やっと書類仕事が終わったら会談ラッシュだよ。次から次へと指名が入る夜みたい。
「で、次はどんな人?」
「ガルナード伯がお待ちです」
……やっべ。
ガルナード伯ってあのガルナード伯だよな。王都で会った地下拷問室の。
「ガルナード伯は王宮内正統聖教派の中心人物……政治的影響力も強い重鎮です。先日ユーリ様が王都でお会いした時の礼をされたいとのことですが……いかがいたしますか?」
アマーリエ、ちょっと心配そう。
オレも心配。オレの運命が。
「ユーリ様、いったいガルナード伯とどのような会話をされたのですか?」
「んー? 雰囲気変わったなとか言われた」
「……そ、そうですか……」
「影武者とか偽者とか」
「えっ……」
アマーリエの顔から血の気が引く。
「誰が黒幕かとか聞かれて」
「~~~~っ!!」
アマーリエ、もう絶叫寸前。
「で、仲良くなったんだけどぉ……」
「な、仲良く……?! ど、どんな経緯でそんなことに……」
アマーリエ、口をはくはくさせている。
「ちょっとそのあと怒らせちゃって。だからクライヴ、同席してて。てかすぐ後ろにいて。オレが殺されそうになったら伯爵を止めて」
「……御意。しかし、何をされたのですか?」
「オレ、ヴェルニアお嬢様に別れ際にお土産渡したんだけどさ。チルチルとの作ってくれた、オレの肖像画の複製セット」
オレは少し声のトーンを落とす。
「……そんなかに、ちょっとエロめのやつが入っててさぁ」
「「……は?」」
アマーリエとクライヴが同時に言う。
「いやエロいといってもたいしたことないんだぜ? 雰囲気エロというか、R15にもならないやつ。不可抗力だし! わざとじゃないし!」
言えば言うほど二人の目が冷たくなっていく気がするぞ。
「つーことで、オレはおなかが痛いから欠席ってことに……」
「なりません」
「ですよねー」
オレは頼るようにクライヴを見る。
「クライヴ、オレの前にいて壁になって」
「……入室時のみでしたら」
さすがオレの護衛。
「頼りにしてるぜ」
そうしてクライヴの陰に隠れて謁見室に入った矢先――
「きさまああああぁぁぁぁ! よくも我が可愛い娘にあのようなものを……!」
挨拶もする間もなく怒り迫ってくる。
ちょ、近い近い。距離十センチもない。クライヴ助けろよ。なんで無言で隣に移動しているんだよ。
「いやいや、伯爵。あれは芸術。アートアート」
「穢れを知らぬ純粋無垢な瞳によくもあのようなものを!」
親バカ炸裂してる。そこまで純粋無垢に育てようとしなくても。子どもって勝手に育つぜ? いや今回育てたのはオレかもしれないけどさぁ。
「芸術芸術、アートアート。あんなものより宗教画や彫刻の方がよっぽどさぁ? ね?」
「貴様は! 自分を神だとでも思っとんのか!」
「そういうわけじゃないけどさー……あれ描かれたのも不可抗力っつーか、勝手に描かれたっつーか、オレ、そもそも脱いでないし……」
「ええいっ! ごちゃごちゃと! まったく貴様という男は――少し目を離すと何をしでかすかわかったもんではないな!」
おい、アマーリエ頷くな。
何この自業自得感。オレ何も悪いことしてないはず。ちょっとはしたかもしれないけど。悪気はないんだって。
「反省してまーす……」
「ふん!」
「で、今日は何の用?」
伯爵はスッと表情を切り替えると、取り出した計画書をテーブルに広げた。
「ワインバー《ローザ》の出店計画について、貴様の歓楽街――セブンツリーに許可を申請したい」
「うわぁ……嬉しい。ホントに出してくれるんだ」
「当然だ。ここを通して、貴様の動向を逐一監視させてもらう」
「どーぞどーぞ」
悪いことはしてないから、見られて困るものはない。
お嬢様には見られたら困るものばっかりだけど。
「よろしくね、お父様」
「貴様にお父様と呼ばれる筋合いはまだない!」
そんなに怒らないでよ。軽い冗談だし。
でもなんか、この感じ、心配してくれるお父さんみたいなんだよな。さすがオレが惚れた男。
へらへら笑っていると、ガルナード伯はふんっと鼻を鳴らす。
「……まったく、よくこの王子を支えられているものだ」
言って、アマーリエとクライヴを見る。
そういえば伯爵、アマーリエとクライヴが結託してオレを操っていると思ってるところがあったんだよな。
実際割とそうなんだけど。
「――わたくしが支えているのではありません。この方は、誰もを巻き込みながら前へ進んでおられるのです。わたくしは、それに置いて行かれぬよう必死なだけです」
アマーリエ、毅然と答える。かっこいい。
伯爵の視線がクライヴに行く。
「殿下は……放っておけばすべてを吹き飛ばしかねませんので。よって、常時監視・制御・随伴の任を負っております」
おいおい、人を爆弾みたいに。
「……ですが、殿下の判断が間違っていたことは、一度もありません」
なんだこの信用。ちょっと――いやかなり嬉しいだろ。
「……なるほど」
伯爵、何がわかったんだろ。オレにも教えてほしい。
でもこんなこと言ったらアホの子扱いされそうなんで、オレはただうんうんと頷いておく。
伯爵はわずかに考え込んだ後、窓の外を見ながら言う。
「……聖女殿も、いまこの街にいらっしゃると聞いたが」
「いるよ。会ってく?」
気軽に答えると、ガルナード伯が頭を抱える。
「誰かこの王子に政治的駆け引きというものを教えてやれ」
えっ、オレ何か間違えた?
「……申し訳ございません。わたくしには荷が重く」
「…………」
いやクライヴ、なんか言えよ。
「――よいですかな、殿下」
ガルナード伯が改まったように、真剣な顔でオレを見る。
なに? 難しい話?
「いま、王国において最も強い力を持つのは、王家ではなく――聖教です」
権力の話だった。
なに? 王様より坊主の方がえらいって話?
「王に冠を被せるのは、大司祭。その儀式がなければ、王の即位は成立しません。つまり、聖教に睨まれれば、王として立つことさえ叶わぬのです」
神官長って、たしか王位継承戦の審査官の一人でもなかった?
……つまり、聖教関係だけで五票のうちの二票持ってるの?
「そして聖女は聖教の象徴。純潔と神性の証として民に信仰されています。そして――聖王子という存在は、本来その副位にすぎぬ」
オレは口を開きかけたが、伯爵は静かに右手を上げて制した。
「だが、現状は違う。殿下――あなたは、聖女を超えるほどの力を見せている。人々を癒し導くその行動すべてが、人々の信仰を塗り替えつつある」
いやオレ、そんなつもりないんだけど。
ただノリで神聖術使いまくってるだけなんだけど。
「もしそれが公になれば、聖教はどう動くと思われますか?」
「……わかんない」
「教義を破る存在は、祝福ではなく――異端とされる。たとえそれが、どれだけの善であったとしても」
……異端。めっちゃ不穏な言葉じゃね?
なんつーか、排除するのにそれ以上の理由はないって感じの強さを感じる。
「聖教には、くれぐれも逆らわぬように」
伯爵は親切で言ってくれてるんだろうけど――
「ハッ、いざオレが王様になったら、自分で王冠被ってやるさ」
笑って言い切ると、伯爵も、アマーリエも、クライヴも、驚いたように目を丸くしていた。
「王様になったのに坊主や聖女にヘコヘコするなんておかしいだろ? 王様が見るのは国民の方。少なくともオレはそう思うね」
伯爵の肩が震えている。
怒っているのかと思ったが、どうやら笑いを堪えているみたいだ。そんなに面白かった?
「あなたという方は、まったく型破りですな。本当に、目が離せぬ……」




