33 可愛い弟と美人すぎるエルフ
とりあえず聖女の件はいったん置いといて、オレは爆睡した。
昼過ぎ頃に目を覚まして、再びお仕事。街が発展するたびに、サインすべき書類の山も積み上がってくる。
眠って回復した体力が、すぐに消耗されていくこの感覚……働くって大変だな、ほんと。
書類の山もいつか雪崩起こしそう。マジで。
アマーリエに書類のわんこそばをされながら半ば惰性でサインを続けていると、ノックの音がした。
外で警護をしているクライヴの声が外から響く。
「面談を申し入れたいとのことです。お通ししてよろしいでしょうか?」
「ん、誰?」
「レオニス殿下です」
「あー、いいよ。通して」
軽く背伸びして身なりを整える間もなく、扉が開く。
「――兄上」
ピシッと姿勢正しく、軍服のような礼装で立つレオニスが現れた。
二日酔いしてないのか? お酒強いタイプ?
「おっはよー、よく寝れた? てか昨日の伝説の夜、楽しかったな!」
「昨夜は非礼を働き申し訳ございませんでした」
「いやいや、気にするなよ。兄弟だろ」
「恐悦至極に存じます」
言葉づかい固ッ!!
いつの時代?!
お前ら前はそんな感じで会話してたの?! 兄弟だろ?!
つーか昨日はそこまでじゃなかったじゃん!
王族だからって、そこまでガチガチの敬語じゃなくていいだろ……
それとも怒ってるのか? 気まずいのか?
やけに神妙な顔で目線を落としている。
「……昨夜の、あの女性は……いえ、なんでもありません……」
――は? あの女性って……まさか。
――これどう見てもユーリアに惚れてねぇ?
オレの女装、なかなかいけるな。
でもなぁ、どうやっても叶わない恋だぞ。どーしよう。……面倒くせえ。スルーしとこ。
「お前も都市再開発とか楽しいけど疲れるだろ? 癒されたくなったり愚痴言いたくなったら、いつでも来いよ。お兄ちゃんが聞いてやるよ」
レオニスは一瞬驚いたように目を丸くし、すぐに視線を落として小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
素直か。これはこれでちょっと可愛いな。
「請求書の期限、忘れるなよー」
「わかっています」
「もし払わなかったら、身体で返してもらうからな」
「……は?」
「王子兄弟でホスト営業とか楽しそうだなー。王都からお嬢様方たくさん呼んで、伝説の夜にしようぜ」
いやもう絶対売れるだろ。お嬢様方こぞってやってくるだろ。王子様がダブルで接客だぜ? 一晩で城建ちそう。
接客される権利をオークションで売ったら、とんでもないことになるだろ、絶対。
「何をおっしゃっているんですか?! 絶対に払いますから! 失礼します!!」
真っ赤になって叫び、くるりと背を向けたレオニスに笑いながら手を振る。
「おー、頑張れ。それじゃ気をつけて帰れよ。またな、レオ」
ふいに振り返ったレオニスの顔が、固まっていた。
「……いま、なんと」
「だから気をつけて帰れよって。王都に行くにしても自分のところに帰るにしても、いまから出たらすぐ真っ暗だろ。なんならもう一晩遊んでいくか、レオ」
「いえ、失礼します!」
扉が閉まる音がしたあと、アマーリエが机の隣でぼつりと呟く。
「……レオニス殿下、変わられましたね」
「そうなの?」
「はい。これもまたユーリ様の御人徳でしょう」
……弟をキャバクラで女装接待する兄の人徳とは?
◆◆◆
執務室で最後の一枚にサインを入れたとき、クライヴが控えめに扉をノックした。
「……エルフ族からの会談の申し入れがありました」
「……エルフ?」
オレは思わずペンを置いて顔を上げた。
エルフってあのエルフ? 森に住んでる耳長い美形。ゲームとか映画で出てくるやつ。
マジか、ファンタジーじゃん。ファンタジーだったわ、この世界。
「何の用なんだ?」
「詳しいことは、ユーリ様に直接お話ししたいとのことで――いかがいたしますか?」
「ん、聞く聞く」
エルフめっちゃ興味ある。
でも何言われるんだろ。クレームじゃありませんように。
「もしかして、店出したいとかかなー」
「――ユーリ様、何か良からぬことをお考えでは?」
アマーリエさん、怖い。
「オレは色んな人たちと仲良くしたいだけだってー」
「……エルフ族は人間とほとんどかかわりを持たない独立した種族です。くれぐれも問題は起こさせませんように」
「わかってる。わかってるって」
応接室に移動する。
部屋に入ると、長い銀髪と透明感ある翡翠の瞳を持つ、ひと目で異質だとわかる女性――いや、エルフがソファから立ち上がった。
「――わらわはシィア・リュエル。お会いできて光栄でございます。シルヴァ様の認めた聖王子殿下」
……わらわ? あとシルヴァ様って有名な神獣か何か?
いきなり格の高い名前を出されて、ちょっと戸惑う。
が、それより気になって仕方ないのは――
顔立ち、立ち姿、声、すべてが上品で、どこか浮世離れしている。名前の響きまで高貴で、口に出すだけで花が咲きそう。
これがエルフ……なるほど。
「こちらこそ。あなたみたいな美しい方とお会いできて光栄です」
ホステス達には初対面で男の外見を褒めるなって言ったけど、女性はとにかくまず美しさをたたえる。美しいものを美しいって言うのは礼儀だからな。挨拶みたいなもん。
それにしても、エルフってたしか長生きだったよな? この人、いったい何歳だ?
……いや、女性に年齢を聞くのは野暮というものだ。魂を見ろ。魂を。
……百歳超えてそう。
などと考えながら席に座る。隣にはアマーリエ。背後にはクライヴというフォーメーション。
シィアさんが穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「――本日は、わらわたちにもこの地に店を出させていただきたく、お願いに上がりました」
「え? マジでセブンツリーに開業希望?」
うちの街にエルフ直営の店?
なんか神秘の香りしかしない。
「はい、純愛エルフの館《ミリスの花園》――いわゆる娼館です」
「娼館?!」
えっ、マジで?
マジでこのエルフさんとあんなことやこんなことができるお店が?
「はい。エルフというのはあまり移動しないので出会いが少なく、理想が高く、繁殖本能が薄く、恋人を作りにくい種族です。伴侶を見つけるために、このような場所を作るのも一手かと思いまして」
おいおい、アマーリエの顔が引きつっているぞ。
「理想の相手が見つかるまで、身体には触れない主義です」
「へーえ、純愛だね……」
でも、それで娼館として経営していけるのか?
娼館っていうからそういう想像するけど、むしろ結婚相談所みたいな感じか?
「娼館形態を取らない方が幅広い客が来るんじゃねーの?」
「それですと意味がないのです。結ばれる覚悟をもっている方だけとお会いしたいのですから」
一夜の結びつきならともかく、生涯の伴侶として結ばれるまでの覚悟をもって娼館訪れる男はなかなかいねぇと思うけど。
「どんな感じの接客になるの? いちおう確認、確認な」
断じて個人的な興味じゃなくてだな?
「そうですね……最初はお会いすることはありません。名前をお聞きするまでに十回ほど通っていただくことになるでしょう」
「ふーん、雅だね」
なんつーか、風情があるな。エルフらしい。会えない時間で愛情を育てるってわけか。ちょっと長い気もするけど。
「そこからは仕切り越しにお会いし、実際に対面するのは二十回目ほどでしょうか」
お、おう……かなり悠長だな。
「ちなみに、一回ごとに半年ほどお待ちいただくことになります」
「エルフ時間!!」
思わず叫んでいた。
叫ばずにいられるか。全人類男性を代表して叫んでやる!
「つまり、会えるまでに十年?!」
「短命種族の時間に合わせて、性急に事を進めるわけにはまいりません」
「エルフの気を引くまでに、人間の寿命が先に尽きる!!」
シィアさんは静かに頷く。
「それでも会いたいと通ってくださる方に、わらわたちは出会いたいのです」
「……なるほどね」
――そんな悠長な男いないと思うけど。
いたらすごい。もう称えまくる。
「……まあ、いいか」
それでいいって言うんなら、こっちからは何も言うことはない。
「ただし、税金はちゃんと払ってもらうんで。あと組合に入ってくれな。地域のゴミ出しルールとか清掃当番とかあるから」
「まあ。清掃当番なんてあるんですか?」
「いやだって朝だいたい路地裏とかカオスなんだもん」
酔いつぶれた人間とか、靴片方とか、踏みつけられた花束とか、イヤリングの片方とか、触手の片腕とか。
「警備員に清掃もさせてるけど、店のやつらにもやらせないと、他人ごとになっちゃうだろ? 街はみんなで守らないとな」
「……とても、素晴らしいお考えです」
「うん、どうも」
それにしてもセブンツリー。いい感じにカオスになってきたな。
あらゆる種族。あらゆる事情。あらゆる性癖。どんとこいだ。




