32 対聖女会議するよー
とりあえずジュリアの神殿への侵入は拒否して、近くにある教会の方に押し込めた。
さすが元宗教都市。宗教施設がいっぱいあっていいね。だいたい移民者一時受け入れ用の施設になっちゃってたけど、VIP歓迎用に残しておいてよかった。
ジュリアはちょっと嫌がってたが、クライヴが鉄の壁になってくれて、力強くジュリアとあいつの引き連れてきた神官たちを押し込んでくれた。
ありがたいねー。さて、これからどうすっかな。
本神殿の自分の執務室で、銀色の鹿シルヴァを撫でながらアマーリエに相談する。
いまさらだけど、神殿に住んでるってすごいなオレ。
「アマーリエ、聖女様を他の街に追い出したいんだけど、どうすりゃいいかな」
「ユーリ様、直接的すぎます」
「オレ、聖女様に会いたくないんだよ……」
正体バレだけはダメだ。
あいつは絶対に気づいているけど、オレが『元・歌舞伎町ホストユーリ』だという確信は持たせちゃいけない。絶対に執着が強くなる。
だから、会いたくない。会話なんてもってのほかだ。
シルヴァが顔を向けてくる。
「おぬしがそう言うのなら、別の場所で天変地異を起こし、聖女を来させるように言おう」
「そこまでしなくていい」
下手すりゃ神獣じゃなくて害獣になっちゃうよ。勇者が討伐に来ちゃうよ。この世界勇者いるか知らないけどさ。
「安心せよ。人には影響が出ぬようにする」
うーん、さすが神獣。
「それでも、あいつを追い出すためだけにそこまではさせられねぇよ」
言いながら、耳の後ろのもふもふを指先で撫でてやる。こいつはここが一番弱い。あっという間にとろける。
「んふぅ……、そこ、もっと……」
「よしよし。お前ほんとここ好きだな」
アマーリエは少し考えた後、口を開いた。
「……聖女様は現在、審査官という名目での滞在となっています。ひとまず、早急に接待・接見・都市案内を済ませていただき、ここにいる理由をなくさせましょう。別の審査都市から召喚がかかるようにも手配していみます」
アマーリエ様、有能ー!
そういう政治的駆け引き? めっちゃ頼りになる。
「……でもさぁ、その接待するの、オレ?」
「いえ、わたくしが対応します」
「え、マジ? アマーリエ女神じゃん……! でもホントにいいの?」
「わたくしは、聖女様の票は当てにしていません。ですので、ユーリ様もお気になさらず」
お、おう。きっぱり言うなぁ。
いやそりゃオレは王様とかなりたくないけど、アマーリエとかはオレを王様にしたいんだろ?
「下手に恩を売っていただいても後々困りますので。メリットよりも、デメリットの方が大きいです」
「さっすがアマーリエ様。ほんとオレより殿下っぽいな!」
「ご冗談を。わたくしの殿下は、ユーリ様お一人です」
えっ、カッコいい……頼りになる。一生支えてほしい。心臓バクバクする。
オレはシルヴァの背をわしゃわしゃ撫でながら、ついほかの話題を探した。
「なあ、アマーリエ。オレが死んだとき、聖女様が神聖術を使ってくれたんだよな?」
いままで聖女のことはあんまり考えないようにしてきたけど、もうそんなことは言っていられない。とりあえず、事実確認はしておきたい。
「はい……」
「でも効かなかったんだよな?」
「……聖女様は、ユーリ様ご自身が神聖術の効きにくい体質だからとおっしゃられていました」
「はい? オレ、自分の神聖術が効かないだけじゃなくて、他の人の神聖術も効かないの?」
「そのようです……」
ちょっと待って。衝撃すぎる事実なんだけど。
「マジで? ちゃんと調べたの?」
「そもそも、高度神聖術の使い手はほとんど存在しません。初級神聖術はいまや一般的ではありますが、ユーリ様のように大怪我や病気を治したりすることは、ほぼできません」
「オレを癒してくれる人はいないってこと?」
「……はい。ですが、ユーリ様は昔から病気一つされたことがありませんでした。神のご加護があるからだと言われております」
いや、気休めにならないだろ。
健康優良児でも急所を刺されちゃどうしようもない。
「……聖女様、これからは毎日癒してくれるって言ってたぜ。自信満々でさ」
「ですが、実際にユーリ様の大事があった時は、聖女様にもどうしようもできませんでしたし……」
本当か?
使ったふりをして、実際には使ってなかったとかじゃねーの?
……でも、それをする理由はねーよなぁ。
樹利亜は、『前ユーリ王子様』のことを『クズホストユーリ』って思いこんでるんだろ?
……いや、待て。
「なあ、アマーリエ。聖女様とオレって、仲良かったのか?」
「どちらかといえば、聖女様が一方的にユーリ様を慕っておりました」
「オレは、ちゃんと相手してた?」
「……いえ。詳しいことはわかりませんが、わたくしの見知っていた限りでは……」
どうやら塩対応してたっぽいなぁ。
まああんな勢いでぐいぐい来られたら、及び腰になるよな。
「わたくしと婚約してくださったのも、聖女様と距離を置くためかもしれませんでしたし……」
「ん?」
アマーリエ、そんなこと気にしてるのか?
いや、オレは婚約の経緯とか知らねーけど。
「オレはわかんないけど……もしそうだとしてもさ、オレはアマーリエが婚約者でよかったって思ってるよ」
アマーリエの支えがなかったら、オレ何もできてないよ。今頃ホームレス王子だよ。
――にしても、そもそも前ユーリ様を殺したのが誰かもわかってないんだよな。
継承戦のルールでは、調べるのもいけないんだって?
めんどくせえ。
弟レオニスくんは、そういう面倒くさい手段を使ってくるようなやつにも見えなかったしな。
あいつはまっすぐすぎるぐらいまっすぐな感じ。ヒーロー向きな気がする。
じゃあ、妹王女ちゃんの方はどうなんだろう。
「妹に会いにいってくるか?」
「……ユーリ様?」
いい考えだ。
それならジュリアとも離れられるし。
「……王女ミレイユ様は、王都西側の『魔法学術都市ミーレ』にいらっしゃいますが……」
アマーリエはすごく言いにくそうに言う。
「アマーリエも来てよ」
「…………っ! ……す、少し、考えさせてください」
……なんか、すごく乗り気じゃなさそうだな。
むしろ、ものすごく行きたくなさそう。無理強いはよくないよな。
「やっぱ、やめておく。他の都市の見学は、こっちが落ち着いたらだな」
そう言うと、アマーリエはほっとしたように小さく息をついた。




