31 始まり。そして終わり。
キャバクラ《ミラージュ》初日営業、最後のお客様を送り出して、無事終了。
裏口の扉を開けると、夜明けの風が気持ちよかった。
空が白み始めていている。
あー、楽しかった。
なんていうか、ほんと、いい夜だった。
タバコでも吸いたい気分だ。
けど、異世界にはまだそんな文化がない。シーシャもない。残念。
ちなみに、酔いつぶれた第二王子レオニスは、ちゃんと護衛たちが高級ホテルまで送り届けてくれた。
護衛たち自身もそれなりに飲んでたが、まあ大丈夫だろ。セブンツリーは治安がいいからな。
路地の交差することごとに警備の詰め所も設置している。名前は交番。わかりやすいだろ?
とりあえず建築資材の借りは返したので満足だ。
そしてオレは、後ろにいるクライヴの方を向く。
「どうだ? ちょっとはオレのこと認めたか?」
オレが前ユーリ様ではないことを確信している唯一の男。
なのにずっとオレを守り続けている男。
理不尽な命令にも耐えて、オレの無茶を見届け続けている男。
いまこいつは何を考えてるんだろうな。
この歓楽都市セブンツリーを、どんな思いで見てるんだろ。
「――あなたは、殿下ではない。それは、私が一番よくわかっている」
かたーい。
やっぱりこいつ、チョロくねーなぁ。
あーでも、前はもっと殺気立ってたな。まあ葬式からの復活直後だったしな。最初はすげー重苦しい感じだったよな。それを思えば随分と――……
「だが……あなたを見ていると、思うことがある。殿下が……あなたに、この国の未来を託したのではないかと」
「…………は?」
目が合う。
その表情は驚くぐらい真剣で、こいつのすべてが詰まっているぐらいのレベルで。
「――だから私は、『殿下の願い』をお守りする」
まっすぐだ。
あまりにも。
どうしてオレの周りには、こんなにまっすぐなやつばっかりなんだろうな。
なんでか、笑いたくなった。嬉しいんだか、苦しいんだか、よくわからない。
ああ、そうだよ。嬉しいよ。
クライヴは前ユーリ様とオレを完全に別物としてみている。忠誠は前ユーリ様に残している。そのうえで、ここにいるオレを認めている。
――なるほど。これがこいつなりの答えってわけか。
「めんどくせーやつだなぁ。オレのこと好きなら好きって言えばいいだろ」
――お、表情がちょっと変わった気がする。図星か。
「ま、お前自身が納得してるならいーよ。これからも守ってくれよ」
「……承知しました」
……ありがとな。
オレ、誰かの助けがなけりゃ何もできねーし、誰かに守ってもらわなきゃこの世界で生きていけないし。
でも、やりたいことをあきらめるつもりもないんだ。
だからまあ、覚悟しておいてくれ。
――さて。
「……次は、ホストクラブだな」
そう決めて、明けていく空を――そこに輝く星を見上げていると――どこかから、声が聞こえてきた。
「ユーリくん……ジュリア、きちゃったぁ……!」
――第一部、完!!
って終わってねえ!
どーする、どーすんだよオレ!
なんかめちゃくちゃ聞きたくない台詞聞こえたんだけど?!
聞きたくない名前聞こえちゃったんだけど?!
意を決してぎこちなく振り返えると、そこには手を振りながらこちらへ走ってくる白い衣の女。
「なあ、クライヴ、あれって――」
「……聖女様です」
クライヴが無慈悲なことを言う。
どーすんの。どーすんのよオレ!!
聖女ジュリア?! マジ?! あの樹利亜と同じ名前の、前ユーリ王子に好意を示していた聖女?!
えーと、とりあえず「ホストのユーリくん」の対応しちゃだめだ。だからって「聖王子ユーリ様」の対応もわかんねぇ。
その間にも、聖女ジュリアが近づいてくる。なんだか神官の一団を引き連れて。何お前ら。夜通し歩いてセブンツリーにまで来たの?!
パニックになってるオレの前に、すっとクライヴが出てくる。
「――お客様、申し訳ございませんが、クラブ『ミラージュ』は本日の営業を終了しています。またのお越しをお待ちしております」
おお、営業風。聖女を聖女としないでただのお客様扱い。でもなんかめっちゃ圧がある。
「……やだ、やだやだやだっ。やっと会えたのに……!」
目元にいっぱい涙をためて、瞳をうるうるさせながらオレを見てくる。
「ユーリくん、ずっと待ってたのに……ジュリアのこと、嫌いになっちゃったの……?」
なんだよそのどう答えても地雷踏みそうな質問。
下手に流すこともできねぇじゃん。
――つーかお前、マジで樹利亜なの? 自分のこと名前で呼ぶとこマジ樹利亜。
――なわけねーよなぁ。異世界に転生して、同じ名前で活動してるなんて、しかも聖女とか笑える――笑えねえよ。オレも同じ名前で聖王子だよ。
その時――
「ジュリア様、ご機嫌麗しく。本日は公式なご訪問ではないようですね?」
出てきたのはアマーリエだった。
しかもめちゃくちゃ頼もしい。
「王子の婚約者として申し上げます。……お引き取りを」
――ん? わざわざ婚約者とか言うの、正妻ムーブ? 何かの牽制?
「アマーリエちゃん! やっぱり、ユーリくん復活したでしょ? ジュリアの言ったとおりだったでしょ?」
は? 何お前、オレが復活するの予言してたの?
中身変わってるけど?
「ジュリアのこと、忘れちゃってるみたいだけどぉ……すぐに思い出すよぉ。だいじょうぶ。これからジュリアが毎日癒してあげるから」
勝手に怖いこと言うなよ。お前がいたら癒されるどころか逆効果だよ。頼むからこのまま回れ右して帰ってくれよ。オレお前のこと忘れるから、お前もオレのこと忘れてくれ。
「――聖女様、審査官はひとつの都市に長く滞在せず、という決まりがあります」
審査官?
ああ、王位継承戦の票を握っているやつらだったっけ。
五人いて、国王、王妃、聖女、宰相、神官長だったはず。
そいつらは長期間一つの都市に滞在できないだと……?
なんていいルールだ。神!
「むー、なら、『審査官』として少しの間ここにいるのはいいんでしょう?」
ダメです。
ああくそ、頭が回らねぇよ。とりあえず逃げよう。そーっと、そーーっと。
そっと場を離れようとしたオレの腕に、聖女ジュリアが抱き着いてくる。
「ところでぇ、なんでユーリくん、黒服の格好してるの? ホストじゃないのぉ? ユーリくんの白スーツ、ジュリアすっごい好きなのに。いまのユーリくんでもきっとすっごく似合うよぉ」
腕に手を絡ませながら、見上げてくる。
全部わかってるんだよ、と言わんばかりの目で。
「それにしても、この都市を全部歓楽街にするって……ほんとに、ユーリくんらしいね!」
――ああ、やっぱり。
こいつは樹利亜だ。
オレを刺して、ネオン街に消えていった、オレの姫(客)。
――第一部、完。




