30 狂気のシャンパンタワー
「……は?」
レオニスが完全に固まったその瞬間、照明が落ちた。
店内が暗転し、ミラーボールがゆっくりと回転を始める。天井から降る無数の光の粒が、ステージ上の一点を幻想的に照らし出した。
キャストたちの歓声が響き渡る。
その中で、スタッフが手際よくシャンパングラスを組み上げていく。美しく、繊細に。段々に積まれたグラスのタワーが、やがて高さを成し始めると、場の熱気がさらに上がっていくのがわかる。
店の中心に君臨する塔――そのてっぺんから、黄金色のシャンパンが注がれる。
うおー、きたきた! テンション上がる!
グラスを伝い、煌めく酒が流れていく。ひとつひとつの器が満ちていく様は、まさに祝祭の象徴だった。
「このタワーの酒は、レオニス様のご厚意によるものです!」
オレがマイクを通してそう告げると、店内から一斉に拍手と歓声が巻き起こった。
レオニスはといえば――完全に茫然自失の顔のまま、ボックス席に座りっぱなしだった。
「はい、飲んで飲んでー」
オレは笑いながら、護衛のひとりにグラスを差し出す。
「王子様の気前に、感謝して乾杯しようぜ。ね?」
戸惑いながらも、護衛の男はグラスを受け取り、一口、また一口と酒を含む。他の護衛も目配せの末、グラスを手にした。
レオニスが唖然としながらその様子を見ている。
「……な、なんなんですか、これは……」
小声で呟いた彼に、オレはニヤリと笑ってやった。
「ほらほら、レオくんのいいとこ見せてよ。それとも飲めないタイプ?」
「――馬鹿にしないでください!」
強気に言い切ると、がっとグラスを取って一気に飲み干していく。
「おーい、一気は危ないぞー」
オレの忠告も聞かずに本当に一気に飲んじゃった。
そのままふらふらと座り込む。言わんこっちゃない。
オレは近くにいる黒服くんを呼んだ。
「ちょっと見てやってて。危なそうなら神聖術を使うから」
そしてオレはバックヤードに引っ込んだ。
さーて、仕上げと行きますか。
「クライヴ、ちょっと手伝ってくれ」
ネクタイを外しながら、相変わらず背後にいるクライヴに声をかける。
「……殿下、本気ですか?」
「本気でやらなきゃ意味ねーんだよ」
◆◆◆
ぎらぎらと光を反射する照明の下、店内はまだシャンパンタワーの余韻に包まれていた。
高らかな歓声、煌めくグラス、床に飛び散る酒の滴。
その中に、カツ、カツとヒールの音が響く。
こちらを見る客やキャスト、スタッフたちがわずかに息を呑むのがわかる。
オレはそのままレオニスの卓に行き、そっとVIPの隣に座った。
「……大丈夫? あまりお酒は強くないのね、キミ」
「……女神……?」
――はい、女装です。いまのわたしはユーリアです。
金髪の長髪カツラ。化粧。ドレス。ヒール。本気です。
なんでこんなもの用意してるんだって?
そりゃ、あれだ。キャストが足りないときのためだ。
手に負えない大物が来た時とかにな。
いまのオレはどこからどう見ても、ちょっとでかい、いい女。
視線の中央にはどーんとでっかいアタッチメントおっぱいがついている。
「はい、お水」
冷えた水をそっと渡す。
「……女神……?」
はいはい、女神ですよ。
アタッチメントおっぱいのコツはな、胸板に貼りつけるんじゃなくて、鎖骨の下あたりからつるすように貼りつけていくこと。これで本物感がすげー出る。
さらにこの球体を包み込むようなハイネックドレスにすると、喉も隠せるってわけ。男かどうかって喉に出やすいからな。
まーこのサイズのアタッチメントがどーんとあると、喉とか顔とかに目が行かないけどな。
あとは長髪のカツラで顔の輪郭を隠して、もともと中性的な甘い顔立ちに化粧をして、相手を酒で酔わせていれば、まあわかんねーだろ。
「いっぱい飲んだのね。……つらいこと、あったの?」
こいつの情緒もうぐっちゃぐちゃだ。
揺さぶれば簡単に心が出てくる。
「僕は兄上に勝つことだけを考えて……なのに、兄上は僕のことなんて……」
「そんなことないよ。兄弟でしょ?」
「…………」
「でもいまは、お兄ちゃんのことじゃなくてキミのことが知りたいな」
くすっと笑いながら寄り添う。
レオニスは赤い顔で目をそらした。
「……国のためには、守る力が、必要なんだ……誰が王になっても……」
「えらいねー。皆のために、がんばってるんだねー」
抱きしめて、アタッチメントおっぱいで受け止める。
キャバクラってそういうお店じゃないんだけど、まあいいよな。兄弟の感動の再会だし。
「レオくんすごいね。今日は、いっぱい甘えていいよ」
強張っていた肩が、少し緩む。
おーい、誰かこの光景撮っといて。あとで何かに使えるかも。あ、クソ。カメラないのかこの世界。またチルチルに相談しよう。
レオニスの頭をそっと撫でてやる。
こういう堅物系の男って、なかなか人に甘えられない。軍人系の王子様ならなおさらだろ。
「大丈夫。いまならみんな酔っちゃってて、誰も見てないよ」
実際、護衛たちも酔っぱらってるから。
この席他の卓からは見えないし。
キャストには守秘義務を課している。
「あなたは、いったい……」
「野暮なこと聞かないの。わたしは一夜の夢……」
「そんなことを言わないでください……」
そんな泣きそうな顔で言うなよ。ほだされちゃうだろ。
「……じゃあ、わたしを一番の女にして。そうしたら、また会えるかも……」
「します、何でもしますぅ……」
オレは指をパチンと鳴らした。
「シャンパンタワー入りまーす!! 本日のご厚意、第二王子レオニス様からーー!!」
「レオ様ーーーーっ!! ステキーーーーっ!!」
狂気の二回目シャンパンタワー。
金ある? 持ってなくても安心して。弟くん、王族の信頼あるから!
何なら取り立てに行ってあげる!!
はい、請求書作って。はい、弟くん、ここサインしてね。ありがとーー!!
シャンパンタワーは一回50万ルクス(500万円)、これでオレ、一晩100万ルクス(1000万円)の男になっちゃったわ。
「はい、飲んで飲んで。今日は全部忘れちゃお」
「あにうえぇ……」
お、おう。ちょっとビビったわ。これはちょっと混同してるだけ。バレてない。
――お兄ちゃんが大好きだったんだな。
ごめんな、オレで。
オレはレオニスの背中を優しく叩いてやる。
ほら、泣け泣け。泣いたらな、心がちょっとすっきりするんだ。




