03 神聖術って何なんだ?
――とまあ都市構想をぶち上げたとはいえ、この世界のことを知らねぇと何も始まらん。
「まず街の地図見せろ。前の都市計画の設計も。あと視察させろ。この街と、付近で一番でかい都市。あと使える金と資源と建築関係の人間とかもな」
やると決めたらオレはやる。
部屋にいるオレ以外の全員が、はっと息を呑んでざわつく。なんかもう、夢から覚めて現実に戻ったみたいに。
「あと……ライバルがどんな都市を作ろうとしているのかも調べとけよ」
王位継承戦のライバルが、もしオレと同じようにエンターテイメント重視できたら、こっちも戦略考えないとならないからな。
――ま、異世界人のオレと同じ発想なんかできないだろーけど、用心するに越したことはない。
「それから着替えとメシと酒。あと安全な個室」
腹が減ってるし、死に装束は縁起が悪い。何よりさっきまで棺桶の中だったからか、目覚めたばっかりだからか、とにかく身体が重い。
ひとまずゆっくり休みたい。オレは夜型だしな。
「――承知しました。すぐに準備いたします」
若い神官が跪いて返事をする。
そこまでかしこまらなくていいんだけどなー。
◆◆◆
案内された部屋は、どうやら王子様の専用部屋らしく、豪勢な造りだった。
だだっ広い天蓋付きベッドに、ふわふわの絨毯。調度品もきらびやかで、家具一つひとつが金持ちの権威ってやつを主張している。
王子様っていい暮らししてんのな。
庶民と程遠すぎて泣ける。
ただ、テレビもシアターもスピーカーもねえし、雑誌一冊もない、退屈そうな場所だった。当然ネットもないんだろう。誰もスマホとか持ってなかったし。誰か持ってたら間違いなく復活したときにカメラ向けられてネットに動画が流れていたはずだ。
やばいな、娯楽がなさすぎる。退屈で死ぬかも。誰かシーシャバー知らない?
渡された部屋着は、ゆるっとしたリネンの上下だった。着心地は悪くなかった。
割とうまいパンとスープと、高そうなワイン。
粗食だが、生き返ったばかりならこれぐらいでいいな。けど次は肉が食いてえ。
食事が終わると世話をしてくれていた従者たちが部屋を出ていく。
ただ、部屋の外には護衛が立っている。近衛騎士のクライヴとやらが。
――あいつ、ちょっと苦手なんだよな。
圧が強いっつーか、目線がやたら無遠慮っつーか。気配が濃いっつーか。
とはいえ、やっと一人になれて、部屋の隅の姿見に向かう。
そこには、まるでイケメン俳優みたいな男が映っていた。
年齢は20歳そこらか。
――眩しい金髪。染めていない本物だ。
――青い目。カラコンじゃない、これも本物。じっと見てみるとやばいくらい綺麗だった。
整った顔立ち。どこか中性的な、甘さのある美形――完璧な王子様の顔だ。
ただし中身が中身だからな。卑しさが滲み出てるぜ。
「……悪い夢だな」
思わず頬をつねるが、痛いだけだった。
ベッドに行って、大の字に寝る。
すぐ眠れると思ったのに、なかなか寝付けなかった。
とにかく落ち着かない。
他人の身体だからか、三日死んでた身体だからか。放置されていた他人の服を着てるみたいな気持ち悪さだ。
手を見る。
綺麗なもんだ。指も爪も。たぶんこれ、人を一回も殴ったことのない手だな。
ま、いーや。顔がよくて困ることはないもんな。身分もあった方がいい。暗殺の危険があるとはいえ、転生先が王子様じゃなくてホームレスだったら、生きることすら速攻詰んだだろうな。
となるとやっぱり、この生活は捨てられない。
使えるものは全部使わせてもらう。
二度も死んでたまるか。
オレはユーリ王子として生きてやる。
性格の変化とか、記憶のなさとかは、三日死んでたってことですべて納得させられる。
――そーいや、ユーリ様は神聖術が使えるとか言ってたな。
どうやって使うんだ? どんな効果なんだ? これってちゃんと活用しないともったいないやつだよな。
考えたってわかるわけない。誰かに聞くのが手っ取り早い。
……誰に聞く?
その時、部屋の扉がノックされる。
「はーい、どうぞー」
軽い調子で返事すると、若い神官が顔を見せた。あの狭い部屋にいた神官の一人だ。
「――殿下、何か不都合はございませんでしょうか」
やや緊張しながら聞いてくる。目がきれいだ。こいつでいいや。
「ちょうどよかった。なあ、聞きたいことあるんだけど、いい?」
「はい、なんなりと」
ちょっと嬉しそうな笑顔を浮かべる。感情が顔に出やすいタイプだな。そんでもって純真。
オレは小さく俯いて、自嘲気味に笑った。
「……オレさ、不安なんだよ。いまのオレって、死ぬ前のユーリ様とは全然違うみたいだし、何にも覚えてないしさ……」
ここで沈黙。ちょっと溜め。
「聖王子って言われてるみたいだけど、何ができるのかもわかんねぇ。神聖術っていっても、使い方も、どうやったら皆を幸せにできるかもさ……せめて、使い方がわかればな……」
「殿下……ぼ、僕でよろしければ……お教えいたします」
神官くんはやたら緊張しているみたいで、耳がほんのり赤くしながら言う。
「――神聖術は、祈りと意志の力です。正式には、聖王家の血に選ばれし者が、神意と同調して発動する、奇跡の術とされておりまして……」
「……で、どうやって使うの?」
御託はいい。説明書とか契約書とかいちいち読んでられねえタイプなんだよな、オレ。
つまり神様の奇跡をオレが使えるってことだろ?
それだけわかりゃ充分。
「えっ? あっ、はい! あの……基本は、光を思い浮かべることから始めます。温かくて、誰かを包むような……光を――」
「……試していいか?」
「もちろんです! ぼ、僕を対象にしてください!」
勇気あるな、こいつ。
オレは絶対嫌だぞ、素人の実験台なんか。
「……本当にいいのか?」
「も、もちろんです!」
言われたとおりに、軽く目を閉じてイメージする。
温かくて、やわらかくて、包み込むような光を――
その時、ふっと、指先に熱が生まれ、淡い金色の光が灯る。
――うわ、マジか。完全にファンタジーじゃん。
感動しているうちに光はそのまま広がって、若い神官の中に入り込み――ふわっと弾けた。
え? これ大丈夫なやつ?
「――さすが殿下、これが『癒しの光』です! 痛みや疲れを和らげる、奇跡の御業です!」
「へえ……オレ、キミを癒せた? 嬉しいな……」
若い神官くんは完全にトリップしていた。まるでクスリでも決めてるみたいに。
痛みや疲れを和らげるのもだけど、心にも効いてそうだな、これ。
そりゃそうか。神様みたいに綺麗な王子様が、自分のために力を使ってくれるんだもんな。
それで身体の痛みが消えたら、そりゃもう信仰しちゃうわ。オレが教祖にでもなれば、信者めちゃくちゃ増やせるんじゃね?
「これって、どこまで癒せるようになるの?」
「訓練を積んでいけば、あらゆる怪我や病気も癒せると聞いています」
「そっか……」
いいこと聞いた。
歓楽街ってのはどうやっても病気やケンカが多いからな。
それも治せるなら、いまのオレにこれ以上最適な能力はない。
「オレでも、みんなを救うことができるんだな……」
「ユーリ様……」
「ありがとう。キミの名前は?」
「――ルカ、と申します」
「ルカくんか。いい名前だな。覚えておくよ」
ルカくんが顔を赤くして、部屋を出ていく。
扉が閉まり、静かになった。
「…………」
――チョレ~~~~。
ダメだ、笑うな。まだ堪えろ。
チョロすぎるだろ、異世界人。ちょっと弱みを見せたら完全陥落。かわいいなぁ、おい。
そりゃ奇跡の聖王子様の役に立って、褒められて、名前覚えてもらえりゃ嬉しいよなぁ。
オレも嬉しいよ。舎弟ができたみたいで。これからもよろしくなー。
満足してベッドに身体を預けて、軽く伸びをする。
目を閉じて、まぶたの裏に残る金色の光をぼんやりと眺めながら、ゆっくり意識を手放していった。
◆◆◆
どれくらい眠っていたのか。部屋の空気が変わったのを感じて、オレはふと目を開けた。
空気が……重い。
何か、いる。
寝起きでぼんやりする視界の先に、暗がりの中、ひときわ鋭い気配が立っていた。
これが元の世界なら強盗かと思うところだけど、いまのオレは大切に守られている王子様だ。
「なんだ、どーした……」
そこに立っていたのは、騎士だ。昼間ちらっと見た、近衛騎士のクライヴだった。
だけど、昼間のそれとはまったく違う。
静かで、冷たくて、獣じみた気配。
やべぇ。下手したらその剣で刺してきそうな雰囲気だ。
――刺された背中が、ズキッと痛んだ。
違う。この身体はまだ刺されてない。
でもこの感触は、確かに殺されたときのやつだ。
嫌な汗が全身に滲む。
クライヴの瞳が、暗がりの中で青白く光っていた。
「……お前は、何者だ」
やたら低い、尋問するような声が、重く響く。
――ヤバいぞ。こいつ、チョロくなさそう。