29 異世界クラブ開店します
開店初日――セブンツリーのメインストリートにオープンしたばかりのホストクラブ『ミラージュ』には、最初の客たちがちらほらと顔を見せ始めていた。
その中のひとり、初期からセブンツリーに資金援助してくれていた商人が、にやりと口元を緩めながら扉をくぐる。
「これは……新しい商売のにおい……ユーリ王子殿下、ご招待いただきありがとうございます」
「うん、楽しんでいってね」
金の気配に敏感な商売人たちは、一度気に入れば黙っていても宣伝してくれる。彼の目が鋭く光ったのを見て、オレは内心ガッツポーズだ。
次に入ってきたのは、冒険者らしき男。
「おーっ、かわいい子がいっぱいいるじゃん! 選んだあとはどこに連れこみゃいーんだ?」
「そういう店じゃないんで。お酒とトークを楽しんでください。それが嫌ならお帰りやがってください」
冒険者ってのは本能と欲望に忠実だな! けど、そんな連中も、うまく扱えば立派な常連になる。
「こ、これは、なんと俗物的な……これはしっかり視察しませんと!」
神官服の男が顔をしかめながらも入店してきた。なんだかんだで興味津々じゃねぇか。
「王子様の店って聞いた!」
キラキラした目で入ってこようとした少年に、オレはすかさず手を伸ばす。
「はい、だーめ。背伸びしないの〜。成人したら来な」
まーそんなこんなで出だしは順調。トラブルも想定の範囲内。ホステスたちもややたどたどしいながらも一生懸命にお客様の相手をしてる。
オレは黒服として働きながら、それぞれの卓に目を光らせる。安心して働けることってめちゃくちゃ大事だからな。
トラブル回避のため、システムも単純なものにしてる。
料金体系は明朗だ。一時間300ルクス。延長は15分100ルクス。ドリンクは別料金だけど、料金表もちゃんと作ってわかりやすく掲示している。
ちなみにシャンパンタワーは50万ルクス(500万円)な。
高い? いいんだよ、高くて。見栄を張るためのもんだからな。
接客も最初の内は顔を売るためのランダム接客。15分交代で、指名はまだできない。そのうち解禁する。
そしてまた、鐘が鳴って扉が開く。
「いらっしゃいませ――ようこそ、《ミラージュ》へ――」
入ってきたのは、アッシュグレーの髪をきっちりと整え、整然とした佇まいの青年だった。
どこか潔癖症すら感じさせるその雰囲気は、まるで貴族の御曹司だ。
御曹司の背後には、護衛らしき騎士も三人いる。
――上客の予感。
でもなんかやたら機嫌悪そうな顰め面。肩の力抜けよって言いたくなるぐらいの。
その目が、まっすぐにオレを睨んでいた。
「――兄上」
は? オレ弟いねーけど。
――あ、そうか。王子ユーリの弟か。第二王子レオニスとか言ったか?
建築資材争いで戦ってくれた弟くんな。あの時は世話になったな。
「兄上。なんですか、その格好は……」
なに、黒服の格好のことか?
白いシャツに黒ベストに黒の蝶ネクタイ、格式高くしたいときは黒ジャケット。清潔感重視。
変じゃないはずだぜ? 一応皆にリサーチしてるし。
「王族自ら庶民を接待するなど――」
あー、そっちね。
「まあまあ。まーまー! 座って座って!」
オレは手を引くようにして、一番広いボックス席へと弟くんを案内する。護衛たちがピタリと後ろについたが、席には座らず警戒を解かない。
意識高い系護衛ってやつか。
――ん? クライヴ、いつの間にかオレの後ろにいるじゃん。お前も意識高い系かよ。
ま、いいか。他の客はホステスたちに任せるとして、オレはこの超VIP様のお相手をするとしよう。
まさか黒服のまま弟王子を接客することになるとは思わなかったけどな。
「オレ、一回死んで頭腐ったから別人みたいなもんだから!」
笑顔で冗談を飛ばすと、レオニスの表情がかすかに揺れた。
「……やはり、あの噂は本当だったんですか……?」
んー、お前が殺したんじゃないの?
そんな疑念が頭をかすめたが――なんか、違うっぽい。
こいつの目に浮かぶ感情は、複雑ではあるけれど、敵意や嫉妬みたいな濁ったものじゃなかった。むしろ、戸惑いと……わずかな哀しみすらあるような。
聖王子を暗殺したのは敵対勢力だと踏んでた。となれば、候補はレオニスか、あるいは妹王女のミレイユあたりだと思っていたが……こいつは違うかもしれない。
そのとき、酒が運ばれてきた。金ぴかに塗られた、いかにも高級そうな瓶だ。
この店で一番いいやつ。よくわかってるじゃん。王族に安酒なんて失礼ってもんだ。
オレ直々にグラスに酒を注ぐ。泡が細かく立ちのぼり、きらめく液体が光を反射して綺麗だ。
「はい乾杯、兄弟の再会に!」
オレはグラスを掲げるも、レオニスは手をつけもしない。
仕方ないのでオレだけちょっと飲んで、グラスをテーブルに置く。
「――で、今日は何しに来たの? オレに会いにかな?」
「ふざけないでください!」
じゃあなんだよ。察してちゃんか?
わざわざセブンツリーにまで来て、店の中にまで入ってくるってそういうことだろ?
――あ、いや、悪い。
ただ遊びたかっただけか! そりゃ悪かったな。遊びに入った店に家族がいたら一気に覚めるよな。
でもこんな超VIP、まだホステスたちには任せられない。下手すりゃ無礼打ちだよ、どこの時代劇って感じで。
「じゃあ、何? 言いたいことがあるんだろ?」
何か腹に抱えてるのには間違いない。この機会に言っちゃいなよ。
なーんて、素面じゃ言えないこともあるよなぁ。
オレの推測通り、レオニスくんは酒に手も付けず、かといって何も言わないし、しかし出ていくこともしない。
思春期か。
「……こんな街で、本当に僕に勝つ気なんですか」
「ん?」
「こんな……ふざけた街で!」
何だお前、王位継承戦ガチ勢?
頑張ってるなー、素直に感心するわ。
でもちょっと気にならなくもない。
「お前、オレに勝ちたいから軍事都市作ってんの?」
「あ、当たり前ではないですか」
「へー、つまり仮想敵、オレ? 軍隊寄越されたら、さすがに終わりだな」
セブンツリーは内部治安には気を遣ってるけど、外から攻められたらどうしようもないだろうな。
「そんなことをするわけがないでしょう!」
おー、本気で怒った。怒れ怒れ。
レオニスくん、怒りに任せてグラスを手に取って飲む。そうそう、飲め飲め。
オレはレオニスくんが落ち着いてから、話を続けた。
「なあ、軍事都市って戦争のためのものか? それとも、戦争を起こさせない抑止力的なもの?」
「……もちろん、外敵勢力から国を守るためのものです」
「ご立派じゃん。オレのことなんか気にせずに、自分のやりたいことやれば? オレはただ、金回して楽しくやりたいだけだよ。お前みたいに、国を守るためとかご立派なことは考えてない」
「…………」
空になったレオニスくんのグラスに酒を注いでやる。
浮きたつ泡を眺めながら、レオニスくんが呟いた。
「……兄上は、変わった」
そりゃ別人だからなぁ。
「……兄上は、立派で、高潔で、大勢を導くためには小を切り捨てる強さを持っていたのに……この街は、兄上の理想とはまったく違う……」
大変だよなぁ、王族。前ユーリ様も、レオニスくんも。
相談できるやつも少なそうだし、兄弟で争わせるし。
オレなんか周りに頼りまくりだし、相談しまくりだし、助けてもらってばかりだ。
でもまあ、王族だからこそできることもあるんだけどな。
「――なあ、レオニス。王族の威光ってやつ、この場にいる全員に見せつけてやりたくない?」
「……は?」
「こういうのは勢いだよ、勢い。せっかく来てくれたんだから、伝説の夜にしようぜ?」
「待ってください、何の話を――」
遮るように、オレは指を鳴らした。
「シャンパンタワー入りまーす! 本日の主役、第二王子レオニス様ァ!」




