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28 どこまでも行けそうな気がする






 ガルナード伯を睨みつけたまま、クライヴが口を開く。


「ユーリ王子殿下を誘拐した罪、そして国家反逆罪で――」

「待った待った! お前ら反逆罪好きだな!!」


 思わず声を上げた。いや本当に、伯爵もさっき似たようなこと言ってたし、なんかテンプレか?


「ちょっとお話してただけ。オレは何もされてねーよ。ここだって、ちょっと変わった応接室らしいし」

「応接室……?」


 クライヴが怪訝な顔で室内を見渡す。拷問器具の隣にキャンドルとワイングラスが並ぶ、ちょっと怪しい室内を。


「ここを……ちょっと変わったという表現で済ませると?」


 いや気持ちはわかるよ。どう見ても地下拷問室だよな。

 でも実際は愛の巣だから! 言わないけど!


「いやほんと、良い人だったよ。真面目で、熱い想いがあってさ……そういうの、嫌いじゃない」


 ちらりと伯爵を見やると、顔がほんのり赤くなっている。まさかの赤面。チョロいなこの人。

 いや、たぶんワインのせいだ。そういうことにしておこう。


「…………」


 クライヴは無言のまま剣を納め。


「あなたは、本当に……」


 あきれたような、どこか諦めに似た溜息混じりの声が落ちる。

 そんなやり取りの横で、ガルナード伯が咳払いを一つ。


「……ユーリ王子殿下。よろしければ……この老骨、貴殿の手助けをさせていただけぬか」

「え、いいの? じゃあ、ワインを何本もらえる? すげーうまかったからさ」


 店に出さずにオレのコレクションにしたいくらい。


「それから、よかったらセブンツリーに店出してよ。ワインバーとか」

「……む。考えておこう……」

「そのときはさ、ローザさんの名前、店名に使ったらいいと思うんだ」


 伯爵の瞳が、一瞬潤んだ気がした。


「……それは、良い案かもしれん」


 クライヴが険しい顔で聞き返す。


「――殿下。まさか本気で、スカウトしているのですか……?」

「本気だよ。だってさ――」


 振り返り、いたずらっぽく笑ってやる。


「オレが惚れた男だぜ?」

「………………はあああああああ?!」


 地下室に響き渡ったクライヴの叫びは、先刻の突入音にも勝る勢いだった。



◆◆◆



 地下から出て――ついでに途中でワインを一本もらって、伯爵邸の玄関でオレはガルナード伯に挨拶する。


「それじゃ、またな。次はもっと飲もうぜ、伯爵。そのときは、奥さんの昔話もっと聞かせてよ」


 伯爵は目を細め、小さく笑った。


「……ふ。酒の肴に語れるようになるまで、もう少し歳を取らねばならんかもしれんな」


 どこか照れと穏やかさが混ざった表情の伯爵の隣には、ヴェルニエお嬢様がいた。さっきとは違うふわりとしたドレスに、赤いリボン。

 寂しそうな顔で、じっとオレを見上げていた。


「行ってしまわれるの……?」

「おとなになったら、セブンツリーに遊びに来な。待ってるぜ」

「……はい!」


 涙をこらえるように、でもちゃんと笑ってくれた。


 ――くそ、可愛いな。


 オレ、ハンカチ持ってなかったか? ここでスマートに差し出したら絶対かっこいい。

 ポケットをまさぐって――ハンカチではなく封筒が手に当たる。これでいいか。


 封筒をそのまま、ヴェルニエお嬢様に差し出した。

 出発前にチルチルから受け取った、ミニ肖像画セットを。


「その中に、オレのかっこいい姿が描かれてるからさ。会いたくなった時に見てよ」

「はいっ……!」


 嬉しそうに抱きしめるその姿に、胸の奥があったかくなる。


「じゃあな」


 馬車に乗り込み、扉が閉まる。車輪が動き出し、ゆっくりと前へ進む。

 外にいる伯爵とお嬢様に、オレは窓越しに手を振った。


 ――ん?


 なんか違和感というか、嫌な予感というか。


 そういや、あの中に、半裸のエロい肖像画の複製もあったような……


 ――やっっべ。


 次の瞬間、馬車の外から地鳴りのような怒号が響いた。


「ユーリ王子ィィィィィ!! 貴様ああああああああ!!」

「クライヴ、馬車急がせろ」

「御意」


 ……まあ、いい思い出になったんじゃない?

 お嬢様の性癖が変な方向に行かないかちょっと気になるけど、ま、あれも芸術。アートだ、アート。


 ……やべえ。

 セブンツリーに伯爵が軍引き連れて乗り込んできたらどーしよ。


 ――ま、なんとかなるだろ。



◆◆◆



 セブンツリーのキャバクラ一号店ミラージュ――開店を目前に控えた店内にはざわめきが満ちていた。


 整えられた照明と、磨かれたグラス。ピカピカのミラーボール。山ほどの生花の香り。


 何とか帰るのが間に合ったオレは直接ミラージュに行き、スタッフ用の黒服に着替えて、同じく黒服姿になったクライヴと並んでオープンの瞬間を待つ。


 なんでかオレとクライヴが近いとお嬢様たちに受けがいいんだよな。顔面偏差値か? それとも謎の組み合わせ感か? まあ、どっちでもいいけど。


「――ユーリ様!」


 振り向けば、アマーリエがいた。控えめな化粧に、ドレス姿。つってもキャストじゃないし、スタッフでもない。今日は見学。というか、トラブルがあったときのために待機してくれている感じだ。


「よかった……ご無事だったんですね……」


 ちょっと泣きそうな顔で言う。

 もう王都で何があったか報告いってるのか。

 心配かけたんだろうな。ごめんな。


「おう、元気元気。ガルナード伯とワイン飲んだくらいだし」

「まあ……」


 驚きと、ちょっとした呆れと、少しだけ尊敬してくるような――柔らかい目で微笑む。


 その笑顔を見ながら、ふと思った。


 ガルナード伯の言ってたように、黒幕って本当にいるのかな。裏からオレたちを操ってるやつ。


 いや別にいいんだけどさ。

 貴族社会とか、王位争いとか、なんか色んな利権絡みがあるだろうから、黒幕がいたっておかしくない。いるのが普通だよな。


 オレは自由勝手にやらせてもらってるから、いたところであまり関係ないけど。


 だから別に、アマーリエがオレのこと利用していても構わない。

 むしろ、なにがしかでアマーリエの役に立てているなら嬉しいさ。


 オレ、アマーリエに甘えっぱなしだからな。


 でももし、その目的のためにオレの婚約者でいるってなら、それはちょっとかわいそうだ。


「――なあ、アマーリエ。お前、好きなやついる?」


 唐突な問いだなと思いつつ、何でもないような風に聞く。ただ、目は合わせられなかった。


「……え?」

「オレ、一回死んで別人だろ? 婚約なんて解消して、別の人と幸せになる道だってあるんだぜ?」

「…………」


 オレは適当に生きているクズ人間だ。聖王子様に転生しても、生き方は変えられない。


 ――お前が支えたかったのは、元の聖王子ユーリ様なんだろ?


 思惑があったとしても、オレの婚約者のままでいて、いつか結婚するまではしなくていいだろ。

 好きな人間と幸せになる生き方だってある。


 沈黙の後、アマーリエは自分の手をぎゅっと握った。


「……たとえ、あなたが別人だとしても」


 顔を上げ、オレの目をまっすぐに見てくる。


「わたくしは、いまのあなたの夢の先に、共に行きたいんです」


 まっすぐだ。すごく。


 アマーリエは、いまのオレを正面から見てくれている。

 クズでどうしようもないオレを信じてくれている。


「……ありがと。お前となら、どこまでも行けそうな気がする」


 そのとき、オープンを知らせる鐘の音が店内に響く。舞台は整った。


 オレはスッと口角を上げ、ネクタイを直しながら言う。


「それじゃ、始めますか」


 黒服の裾を翻し、光のステージへと歩き出す。


 ――ようこそ、《ミラージュ》へ。





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