表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/55

25 フラグ回収、早すぎ






 スライムクッションはすこぶる快適だった。

 半日馬車に揺られても、オレのケツはびくともしない。


 あ~、快適快適。本当、最高だなチルチル。もう玉座にもこれ敷いとけ。


 セブンツリーと王都を繋ぐ街道の整備も進めているので、いまは道も定期的に整備されているし、休憩所もいくつもある。


 徒歩一時間間隔で休憩所を作って、セブンツリーのおいしい水とか、セブンツリーケーキとか、ユーリウッドの端材を使ったお守りとかスプーンとか売ってる。これも結構稼ぎがいいし、観光客にも好評だった。


 そして無事、王都に到着。

 今日は中層と上層の店を回る予定だ。スラムにも顔出しておきたい。あっちも変化が出てきてるし、ちゃんと見ておかないとな。ニナさんのお店にもいきたいし。


 そう思って馬車から降りて広場を歩くと、中央の噴水の前で、ちいさな女の子がひとり、所在なげに座っているのに気づく。


 栗色の髪にリボンの帽子、ふわっとしたドレス。まごうことなき、貴族のお嬢様って感じだ。


 ……ん? 保護者いねえのか、あれ。

 危ないな。


 王都だって安全じゃないこと、オレはよく知ってる。小さい女の子ならなおさらだ。


 近づいてみると、女の子は困ったように足元の石畳を見つめていた。


「やあ、お嬢さん。迷子かな?」


 声をかけると、女の子はぱっと顔を上げた。

 年は十歳くらいだろうか。口をきゅっと結んで、一礼する仕草がいっちょまえで可愛い。


「はい。……わたくし、道に迷ってしまいました」


 おいおい、お嬢さん。不審者に自分のことぺらぺらしゃべっちゃいけないよー。


「せっかく護衛をまいたのに、これじゃなにもできません」


 ……あれ? 脱走系お嬢様?


「オレはユーリ。王子様だよ」

「まあ、王子様? これって運命の出会いですか?」


 ませてるな、お嬢さん。


「今日迷子になってあなたに会うのも神の定めだったのですね。わたくしの名前はヴェルニエ・ガルナードです」

「へえ、いい名前だね」


 背後にいたクライヴが、そっと耳打ちしてくる。


「ガルナード伯―――フェルドリック・ガルナード伯爵のご令嬢です」

「家わかる?」

「はい」

「じゃあ、送ってあげよっか」


 王都でお嬢様を保護して、実家まで送るユーリ王子。ちょっといい話だろ?





 馬車に乗せて、しばらく走って王都上層の貴族街に入る。

 ガルナード伯爵の屋敷は、やたら立派で、なんだか荘厳な雰囲気だった。


 ヴェルニエお嬢様を執事っぽい人に預けてすぐに帰ろうとすると、別の執事っぽい人がオレに声をかけてくる。


「当主様がお礼をさせていただきたいと――」


 ……まあ、そうなるよなぁ。

 お礼もしたいし、詳しい話も聞きたいはずだ。


「ちょっと待ってくれ」


 偉そうに答えて、護衛たちとこそこそ話す。


「どんな人なの?」


 オレがこっそり聞くと、クライヴが即答する。


「ガルナード伯は、有力な保守派貴族の一人です。王国建国時から続く十二家のひとつ。名門中の名門であり、血筋・伝統・秩序を何より重んじる、典型的な王政支持者と言えるでしょう。かつての殿下にも好意的な方でした」


 大物じゃん。しかも前のオレを知ってる。

 ま、なんとかなるか。大切なのはハートだ。


「お前って貴族に詳しいんだな」

「……私は王家直属の近衛です。貴族の家に生まれ、軍の道に進みました。王都の貴族については網羅しているつもりです」

「ふーん。贅沢して生きられそうなのに、わざわざ働くなんてえらいな」


 本気で思う。オレならニートかセレブのドラ息子コースだな。

 そしてオレは執事っぽい人に振り返る。


「――喜んで」





 貴族の屋敷ってのは、オレが住んでる神殿とはだいぶ違う。なんというか、見せるための屋敷だ。ヨーロッパ貴族の邸宅訪問って感じでちょっとわくわくする。


 そしてそのまま応接間に案内される。


 室内のソファにはすでに、大物貴族って感じの人が座っていた。

 きっちりとした礼装。髪もひげも整えられ、まさに名門貴族の風格ってやつだ。


 杖が椅子の隣に立てかけられ、そのすぐそばに、車椅子が置かれていた。


「座ったままで申し訳ない。足を悪くしていてね」

「それは大変ですね」


 神聖術で治そうかと提案しようとしたら――


「――随分と、雰囲気が変わられましたな。殿下」


 なんだかちょっと牽制のような視線を感じる。

 まあ、治すのはあとでいいか。


 ソファに腰を下ろし、礼儀正しく姿勢を正す。


 クライヴが護衛としてついてくるだけで、部屋の中には三人だけ。伯爵側の使用人は部屋の外に待機していた。


 聞かれたくない話でもあるのか?


「三日も死んでいましたからね。記憶もなくなってしまいましたし、性格も変わっているようです。別人のようだとよく言われますが……私も、そう思います」


 本当に別人だしな。

 伯爵の顔に、微かな笑みが浮かんだ。オレは笑い返す。


「それにしても、元気なお嬢様ですね」

「遅くできた子なので、ついつい甘やかしてしまいますな」


 苦笑交じりに目を細めた。


「――あの子の未来は何としても守らねば、と思ってしまいますよ」


 そのときだった。背後で、鈍い音が響く。


 振り向けば、クライヴが膝をつき、顔をしかめていた。


「――クライヴ? どうしたんだよ、お前」


 言葉の途中で、クライヴが叫んだ。


「立つな……っ!」


 けれど、オレはもう立ち上がっていた。


 とたんに、視界がぐらつく。頭がふらついて――世界が、ゆっくりと回転した。


 ぐらり、と体が傾き――


 崩れ落ちる直前、伯爵はただ静かに座ったまま、オレを見ていた。

 驚きも、焦りもない。まるで、最初からこうなることがわかっていたかのように。


 ……ああ、そういうことか。


 こいつ、何か仕込んでやがったな。


 おそらく、空気より軽いタイプの睡眠薬。無味無臭で、吸い込んだら最後、すぐに意識を奪われるやつ。


 高いところにたまるやつで、座っている分には吸い込まない……ってやつか。


 やば……アマーリエに「警戒しろ」って言われたばっかなのに……


 フラグ回収、早すぎんだろ……





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださってありがとうございます。
少しでもお楽しみいただけたら評価(⭐⭐⭐⭐⭐)を押していただけると嬉しいです!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ