25 フラグ回収、早すぎ
スライムクッションはすこぶる快適だった。
半日馬車に揺られても、オレのケツはびくともしない。
あ~、快適快適。本当、最高だなチルチル。もう玉座にもこれ敷いとけ。
セブンツリーと王都を繋ぐ街道の整備も進めているので、いまは道も定期的に整備されているし、休憩所もいくつもある。
徒歩一時間間隔で休憩所を作って、セブンツリーのおいしい水とか、セブンツリーケーキとか、ユーリウッドの端材を使ったお守りとかスプーンとか売ってる。これも結構稼ぎがいいし、観光客にも好評だった。
そして無事、王都に到着。
今日は中層と上層の店を回る予定だ。スラムにも顔出しておきたい。あっちも変化が出てきてるし、ちゃんと見ておかないとな。ニナさんのお店にもいきたいし。
そう思って馬車から降りて広場を歩くと、中央の噴水の前で、ちいさな女の子がひとり、所在なげに座っているのに気づく。
栗色の髪にリボンの帽子、ふわっとしたドレス。まごうことなき、貴族のお嬢様って感じだ。
……ん? 保護者いねえのか、あれ。
危ないな。
王都だって安全じゃないこと、オレはよく知ってる。小さい女の子ならなおさらだ。
近づいてみると、女の子は困ったように足元の石畳を見つめていた。
「やあ、お嬢さん。迷子かな?」
声をかけると、女の子はぱっと顔を上げた。
年は十歳くらいだろうか。口をきゅっと結んで、一礼する仕草がいっちょまえで可愛い。
「はい。……わたくし、道に迷ってしまいました」
おいおい、お嬢さん。不審者に自分のことぺらぺらしゃべっちゃいけないよー。
「せっかく護衛をまいたのに、これじゃなにもできません」
……あれ? 脱走系お嬢様?
「オレはユーリ。王子様だよ」
「まあ、王子様? これって運命の出会いですか?」
ませてるな、お嬢さん。
「今日迷子になってあなたに会うのも神の定めだったのですね。わたくしの名前はヴェルニエ・ガルナードです」
「へえ、いい名前だね」
背後にいたクライヴが、そっと耳打ちしてくる。
「ガルナード伯―――フェルドリック・ガルナード伯爵のご令嬢です」
「家わかる?」
「はい」
「じゃあ、送ってあげよっか」
王都でお嬢様を保護して、実家まで送るユーリ王子。ちょっといい話だろ?
◆
馬車に乗せて、しばらく走って王都上層の貴族街に入る。
ガルナード伯爵の屋敷は、やたら立派で、なんだか荘厳な雰囲気だった。
ヴェルニエお嬢様を執事っぽい人に預けてすぐに帰ろうとすると、別の執事っぽい人がオレに声をかけてくる。
「当主様がお礼をさせていただきたいと――」
……まあ、そうなるよなぁ。
お礼もしたいし、詳しい話も聞きたいはずだ。
「ちょっと待ってくれ」
偉そうに答えて、護衛たちとこそこそ話す。
「どんな人なの?」
オレがこっそり聞くと、クライヴが即答する。
「ガルナード伯は、有力な保守派貴族の一人です。王国建国時から続く十二家のひとつ。名門中の名門であり、血筋・伝統・秩序を何より重んじる、典型的な王政支持者と言えるでしょう。かつての殿下にも好意的な方でした」
大物じゃん。しかも前のオレを知ってる。
ま、なんとかなるか。大切なのはハートだ。
「お前って貴族に詳しいんだな」
「……私は王家直属の近衛です。貴族の家に生まれ、軍の道に進みました。王都の貴族については網羅しているつもりです」
「ふーん。贅沢して生きられそうなのに、わざわざ働くなんてえらいな」
本気で思う。オレならニートかセレブのドラ息子コースだな。
そしてオレは執事っぽい人に振り返る。
「――喜んで」
◆
貴族の屋敷ってのは、オレが住んでる神殿とはだいぶ違う。なんというか、見せるための屋敷だ。ヨーロッパ貴族の邸宅訪問って感じでちょっとわくわくする。
そしてそのまま応接間に案内される。
室内のソファにはすでに、大物貴族って感じの人が座っていた。
きっちりとした礼装。髪もひげも整えられ、まさに名門貴族の風格ってやつだ。
杖が椅子の隣に立てかけられ、そのすぐそばに、車椅子が置かれていた。
「座ったままで申し訳ない。足を悪くしていてね」
「それは大変ですね」
神聖術で治そうかと提案しようとしたら――
「――随分と、雰囲気が変わられましたな。殿下」
なんだかちょっと牽制のような視線を感じる。
まあ、治すのはあとでいいか。
ソファに腰を下ろし、礼儀正しく姿勢を正す。
クライヴが護衛としてついてくるだけで、部屋の中には三人だけ。伯爵側の使用人は部屋の外に待機していた。
聞かれたくない話でもあるのか?
「三日も死んでいましたからね。記憶もなくなってしまいましたし、性格も変わっているようです。別人のようだとよく言われますが……私も、そう思います」
本当に別人だしな。
伯爵の顔に、微かな笑みが浮かんだ。オレは笑い返す。
「それにしても、元気なお嬢様ですね」
「遅くできた子なので、ついつい甘やかしてしまいますな」
苦笑交じりに目を細めた。
「――あの子の未来は何としても守らねば、と思ってしまいますよ」
そのときだった。背後で、鈍い音が響く。
振り向けば、クライヴが膝をつき、顔をしかめていた。
「――クライヴ? どうしたんだよ、お前」
言葉の途中で、クライヴが叫んだ。
「立つな……っ!」
けれど、オレはもう立ち上がっていた。
とたんに、視界がぐらつく。頭がふらついて――世界が、ゆっくりと回転した。
ぐらり、と体が傾き――
崩れ落ちる直前、伯爵はただ静かに座ったまま、オレを見ていた。
驚きも、焦りもない。まるで、最初からこうなることがわかっていたかのように。
……ああ、そういうことか。
こいつ、何か仕込んでやがったな。
おそらく、空気より軽いタイプの睡眠薬。無味無臭で、吸い込んだら最後、すぐに意識を奪われるやつ。
高いところにたまるやつで、座っている分には吸い込まない……ってやつか。
やば……アマーリエに「警戒しろ」って言われたばっかなのに……
フラグ回収、早すぎんだろ……




