24 オレって狙われてんの?なんで?
――クラブ《ミラージュ》の本オープン日を前に、オレはウッキウキだった。
この日をどれだけ待ち望んだことか。煌びやかな空間、泡立つグラス、浮かれた客たちの声。オレが現代日本で見てきた光景を、異世界で再現する。
夢に見た瞬間が、もうすぐ現実になる。
つまらない書類へのサイン仕事もちょっとは頑張れるってもんだ。
なあ、ほんとにスタンプ作らない? これ?
隣でサポートをしてくれてるアマーリエに提案してみようとするも、アマーリエはやけに真剣な表情をしていた。
「どしたの?」
「――ユーリ様。近頃、ユーリ様にお目通りを願う貴族からの申し出が増えています」
「へえ、人気者だな、オレ」
軽口を叩いたつもりだったが、アマーリエの声は固い。
「わたくしが水際で止めておりましたが……そろそろ強引な手を使ってくる勢力が出てくるかもしれません」
ん? なんだか重い話になってない?
「……ですので、けっしてクライヴから離れないようにお願いします」
いまでも四六時中一緒にいるんだけどなー。
「まずいな……」
ペンを置いて、オレは難しい顔をして唸る。
「オレ、貴族のマナーも忘れてるから、会ったらどんな奇行をするかわかんねえ」
「はい、わたくしもそちらも危惧しています」
ですよねー。
アマーリエは視線を伏せたまま、さらに続けた。
「――ユーリ様のご逝去と復活は、すでに貴族たちの間でも知るところとなっています」
「ん? 死んだことも伝わってんの?」
「はい……」
まあ、隠せるもんじゃねーよな。あんな大々的に葬式していたし。
てか、隠すもんでもなくね?
聖王子様の奇跡の復活。奇跡の治療。宣伝にはもってこいだ。
「――死者は蘇らない。これが聖教の教えです」
「……へ?」
「いまの聖教の教えでは、ユーリ様は人ではなく、神となります」
随分、俗な神もいるなー。
「オレは神様じゃないよ」
「はい。わたくしは、ユーリ様がユーリ様としていてくださるだけで、充分です……」
不意にそんなことを言われて、オレは思わずまばたきをした。
なんか重いな……でもちょっと嬉しい。
聖王子様の陰じゃなくて、オレを見てもらえたようでさ。
「――ですが、信心深い方々の中には、あなたが神と認めることも、人と認めることもできないものもいます」
難儀だな、おい。
――ならつまり、なかったことにしたいわけか。
いらないものはゴミ箱行き。アンインストール。視界から消えたらすっきりするよな。
「わかった。気をつけるよ。心配してくれてありがとな」
アマーリエはちょっと嬉しそうな、でもちょっと心配そうな顔で微笑む。
苦労かけてるよな、ほんと。憧れの聖王子様がこんな中身で復活しちゃってさ。でも感謝してるんだぜ、本当に。
「こちらで、今日のお仕事は終わりです」
すっと差し出された書類に、ユーリ様のサインする。
「――では、次は肖像画作成のお時間です」
「マジで今日もやるの……もうけっこう毎日モデルしてるような気がするんだけど……」
「もちろんです」
にっこり笑っている。ほんと、肖像画に関しては熱心だな。
「もう何枚か出来上がってるはずだけど、まだ欲しいの?」
「はい。ユーリ様の御姿を後世まで伝えられるよう、何枚も、何十枚も、何百枚も、描かれるべきなのです」
「ちょっと落ち着けってぇ!」
いやー、愛されてるなぁ、オレ。
◆◆◆
――たくさんの画家に取り囲まれて観察されるこの時間、オレは心底、思う。
ここ、動物園の檻か?
集中線みたいな視線を全身に浴びながら、オレは半ば魂を抜かれた顔で椅子に座っていた。
『珍獣・クズ聖王子/展示中。触らないでください』とかプレート付けとけ、いっそ。
まあいいや。寝とこ。
小一時間の展示時間が終わって一息ついたオレのところに、チルチルが楽しそうな顔でやってくる。
「お待たせぇ、スライムクッションができたよぉ」
天才魔道具師・チルチルが、両手いっぱいにふわふわした物体を抱えて。
「おお、これか! 馬車に乗ってもケツが痛くならねぇっていう、例のアレ!」
見た目は普通のクッションだけど、さわるとちょうどいい反発力と柔らかさがある。
さすが、チルチル製。職人芸ってやつだ。
さっそく試したいなー。
王都に行くか?
「あとこれ」
チルチルがバレーボールみたいなものを二つ差し出してくる。
つーか、どっから出した。
スライムクッションをクライヴに持たせて、ボールを二つとも受け取る。
ふにふにしていて、どことなく生々しい触感。
つい揉みたくなるな、これ。手が勝手に動く。
「なにこれ」
さらさらしてて、ちょっとだけ温度低くて、弾力があって、ふわふわしてて、まるで――
「おっぱいだよ」
「チルチルさーーーーん!!」
何そのまんま言っちゃってるの?!
「ユーリ王子、大きいおっぱい好きなんでしょ?」
「待て! 大きい声で言うな! それに大きさとか形とかはあんまり関係なくてだな……大事なのは本体で、おっぱいはあくまでオプションというか、誰のものかが重要で……じゃなくて! 誰がいつそんなこと言った?!」
「この前酔いながら開発会議してたとき」
「うそぉ……」
記憶にない。オレそんなにぐでんぐでんになっちゃってた?
「だ、だからってこんなアタッチメント渡されてもだな……」
「これねー、素肌にぴったりくっついてねー、最高のアタッチメントおっぱいになるんだよ」
「マジでアタッチメントかよ! なんでそんなもん作ってんだよ?!」
「だってユーリ王子この前ノリノリで女装してたし」
「あれは仕事です!」
「これで女装のクオリティも上がるよぉ」
「…………」
オレは、無言でアタッチメントを見つめる。
そして――手は相変わらず揉み続けている。自我より反射のほうが強い。
「……もうちょっと小さい方がオレ好み……って誰が知りたいんだよそんな情報!」
思わず口が滑る。
「……とりあえず、ありがとな」
「うんうん、どういたしましてー。お礼はお酒でいいよ♪ あとこれ、頼まれていたやつの見本」
チルチルは封筒を差し出してくる。オレはアタッチメントおっぱいを腕に抱えて、それを受け取った。
中を覗くと、数枚のミニ肖像画。もちろんオレの。
魔道具で複製されたらしいけど、質感も彩度も申し分ない。ブロマイド写真みたいだ。あの半裸のやつも入ってる。
「おー、いい感じじゃん。ありがとな」
「いちばん大変だったのは、アマーリエ様のコレクションを撮影することだったね」
「ははっ、すごいな」
魔道具ってすごいな。
いや、こいつがすごいんだ。
こいつのおかげで、オレの店――キャバクラ『ミラージュ』は、どんどん理想の空間に近づいている。
肖像画も、内装も、クッションも、謎のアタッチメントも。
封筒をポケットに突っ込んで、オレは振り返る。
「よーし、クライヴ! 王都行こうぜ! いい酒探そうぜー!」
「……殿下、それも持っていくおつもりですか?」
視線の先――オレの手元には、アタッチメントおっぱい。
「違う違う! これは置いてく!!」
――にしてもクライヴ、お前よく真顔で立ってられるよな。護衛の鑑だよお前。




