02 で、お前ら誰だよ。つーか、オレが誰だよ?
葬式は中断された。
オレはそのまま奥の部屋に連れていかれて訳もわからず取り囲まれる。
室内には白い袈裟を着た坊主が三人と、赤髪の喪服美人、そしてやたら強い視線を無遠慮に向けてきている黒髪のイケメン騎士だけだが、とにかく全員圧が強い。
「お前ら誰だよ。ここはどこだよ」
椅子に座って聞くと、喪服美人がショックを受けたようによろめいた。
「ユ、ユーリ様……もしかして、わたくしのことを、お忘れに……?」
「あんただけじゃなくて、全員な。つーかまず、オレが誰なんだよ」
向こうはこっちを知ってる風に接してくるけど、オレはこの状況が何なのかもわかってないぞ。
出入り口のところにいるイケメン騎士が渋い顔をする。
「……亡くなられてから三日が経っていますから、記憶が曖昧になっているのかもしれません。おそらく、頭に深刻なダメージが……」
「……だから、こんな……性格も……」
うるせぇな。オレの性格はずっとこうだよ。
喪服美人はしばらく泣いた後、ハンカチから泣きはらした目元を上げた。
「……まず、あなたは聖王国第一王子であられるユーリ様です」
「は? ……ははっ……はぁ〜〜っ?!」
聖王国? なんだそれ、どこの国だよ。ヨーロッパ辺り?
――で、オレがどこの誰だって? ユーリはユーリだけど、王子?
ドッキリにしちゃ規模がでかすぎる。オレの知り合いにここまでの規模のドッキリをしかけられるやつはいねえぞ。
――わかったわかった。いま流行りの異世界転生ってやつだな。
なんか聞いたことあるぞ。クラブの新人くんが言ってたよ。最近流行ってるって。死んで、違う世界――ゲームとかの中に生まれ変わるとか。
新人くんが言ってたよ。夢ですよねって。どんな夢見てんだよ。夢なら早く覚めろ。
一応流行り物やサブカルは広ーく浅ーく抑えてる。トークのネタになるからな。
……にしても、マジでオレが異世界転生かよ。
ま、そうでもないと、どー見ても日本人じゃないこいつらと話が通じるわけないし。
信じられねぇけど、そういうことにしておいてやる。
きっとこいつの名前とオレの源氏名がおんなじだったから、死んだオレの魂がこの身体に入っちゃったんだろ。
適当だな、世界。そして神様。
「で、お前らは誰なわけ?」
喪服美人は一瞬息を詰まらせてから、両手で黒いドレスのスカートをつまみ、頭を下げる。
「わたくしは、ユーリ様の婚約者、エルスタージュ侯爵家のアマーリエです」
「こ、婚約者ぁ?!」
オレの女ってこと?
この清純そうなのが?
美人は美人だけどなんか怖いぞ。
この子と結婚するのが確定ってこと? 拒否権ないの? いや美人だけど。恋愛ならともかく、結婚相手に大事なのは外見じゃなくてさ。
せっかく異世界転生したし王子なんだから、よりどりみどりなんじゃねーの?
いや、王子なら何人も嫁にできるよな?
ハーレム作れるよな、たぶん。
そしてオレはやたら無遠慮な視線を向け続けている騎士の方を見る。
「……お前は?」
「――私は、あなたの近衛騎士クライヴです」
イケメン騎士は怖いくらいの無表情で答える。
なんだこいつ。オレ(ユーリ)のこと嫌いなの?
近衛騎士ねぇ。付き人みてぇなやつ? それとも黒服みたいな感じ? 用心棒とかボディガードとかかもな。SPとか。よくわかんねぇけどそんな感じだろ。
「んじゃ次は、オレの『設定』を教えてくれよ。死んでた理由とか、スペックとか、特殊能力とかさ」
何かあるんだろ、特殊能力。
ハズレスキルでも実は超強かったりするんだろ?
「……あなたは、聖王国の第一王子として、この都市セレフィアを治める予定でした」
答えたのは、喪服美人――アマーリエだった。
「王位継承戦のために、各王子・王女がそれぞれの都市を発展させる義務があり、ユーリ様は、信仰と芸術を基軸に、文化と神聖の都を――セレフィアを築こうと……ですが……」
なんか頭の痛くなるようなプラン語ってるな……
アマーリエは言葉を詰まらせる。唇を噛み、震える手を祈るように前で握って続ける。
「……何者かに、毒を盛られて……」
――毒殺?
「聖女様が神聖術で尽力してくださいましたが、救えず……そのまま、息を引き取られ……」
――聖女? 神聖術?
「慣例により三日間の安置の後、本日、第一葬儀が執り行われて……」
……三日?
「そして、いま、奇跡が……!」
――やめろ。そんな目で見るな。涙をにじませながらキラキラした目でオレを見るな。
オレはお前のユーリ様じゃねーんだよ
でもまあ、なんとなく話の筋は見えてきた。
聖王国の第一王子? 都市を与えられて? 王位継承戦?
信仰と芸術で発展させる都市? なんだそのアホみてぇなテーマ。古都か。京都か。奈良か。
で――毒殺か。呆気ねーな。
「何者かに毒て……そんなの、どう考えてもライバルの誰かが犯人だろ。とっとと調べて捕まえろよ」
「……それはできません」
クライヴが苦々しそうに言う。
アマーリエが頷いた。
「継承戦に参加する王族は、清廉潔白に戦うと神に誓って戦いに臨むのです。ですので、他の王族を疑うという行為自体が、掟に反するのです」
「頭大丈夫?」
脳内のツッコミが思わず口をついてでる。
「こっちは毒殺されてんだぞ? 疑うのもダメとかアホか?」
「……でも、その掟を破ったら即失格なのです」
しゅん、と肩を落とすアマーリエ。
ちょっと待てって。しおらしくしてるけど、つまりまだ失格になるつもりないってことか? オレ(ユーリ)が殺されたのに?
こいつら、まだ継承戦をやらせる気なのか?
毒殺の犯人探しもしないで、オレ(ユーリ様)が蘇ったからこれ幸いと、この期に及んでまだオレ(ユーリ)を王様にするつもりなのか?
……頭、大丈夫?
何度でも聞きたいが、どうやらこれがこいつらのスタンダートらしい。
「……で、オレの特殊能力は?」
「ユーリ様は、神聖術を使うことができます。人々を癒し、救う……その力とお人柄から、光の聖王子様と呼ばれています」
「ふーん」
癒しか。攻撃系じゃないのな。
……地味だな。
ま、荒事は好きじゃねーし。
オレは強いやつらを戦わせて、後ろからヒール飛ばしてりゃいいわけね。ゲームなら後方の、楽なポジションだ。
「で、具体的にオレは何をすればいいわけ?」
アマーリエの目がまたキラキラした。
「ユーリ様のなされることは何も変わりません。この都市セレフィアを、信仰と芸術の都として発展させるのです!」
「やだ」
はっきり言うと、アマーリエがぐらりと倒れそうになる。
「や……やだ……?」
「うん、やだ。なにそのつまんねー計画。それで発展? 無理無理。そんな都市、つまんなさすぎてもう一回死ぬわ、オレ」
それで発展できると本気で思ってるの?
信仰マニアの需要があるの?
まあ奇跡の復活をしたオレが教祖になるだけで、信者はじゃんじゃん増えそうだけどな。
信仰と芸術の街になるのは、オレが死んだあとでいーよ。
いま生きてるオレは俗物なんだ。欲とカネと快楽でできてる人間なんだよ。
一回死んだところで、人間が変わるわけがない。
「そうだな……全部歓楽街にしようぜ。キャバ、ホストクラブ、シーシャバー、ショークラブ……くくっ、あらゆる欲望の街を作ろうぜ! 人がわんさか集まるやつ!」
部屋が静まり返る。オレは構わず続ける。
「名前も変える! オレが目指すのは六本木のさらに先――そうだな、『セブンツリー』だ!!」
ここが異世界で、オレが王子で、これが仕事なら、好きにやっていいってことだろ?
ならやってやるよ、オレ様流・都市開発計画をな!
「歓楽街……?」
アマーリエがぷるぷるハムスターみたいに震えながら言う。
「あるだろ、この世界にも。色っぽい女や男が集まる夜の街ってやつ。それをここに作るんだよ」
「は、はははははは破廉恥です!」
「人間みんな破廉恥大好きだぜ。あーいや、みんなは言い過ぎかもな。97%くらいだな」
いや、もっと少ないな。99%以上破廉恥で俗物だ。
だからこそ需要がある。
需要があれば金が動く。発展する。断言できるぜ。
「嫌です、そんなの! ユーリ様はわたくしと神聖な都市を作るって、約束してくださったじゃないですか!」
「知らねーよ。約束も、元の計画も、死んだらチャラだ!」
それに、元のユーリ様だって本気の本心でそんな街考えてたとも思えねーぜ。
きっと、周囲に褒められたくて、立派そうな計画立てたんだろうよ。
信仰? 芸術? 清らかで高尚な響きの、模範解答ってやつだ。
……いい子ちゃんらしい、周囲にとって都合のいい王子様だったんだろうな。
馬鹿だな。せっかく王子様で、せっかく自由にできるんだから、もっとアホなことすりゃよかったのにな。
女はべらせてバカ騒ぎとか。