18 研修二日目。トーク練習
――セブンツリー仮設訓練所。
「いいか、今日はトークのコツを教える」
オレは今日も講師としてホステスの訓練を行う。
恥ずかしがっていた候補生たちも、昨日の実演で少し打ち解けてきたようだ。皆、真剣にこちらを見ている。
「トークのコツは、まずつかみ。男の心のドアをノックする第一歩は、外見を褒めること」
慣れないうちは照れくさいところだが、一番褒めやすいところでもある。
「その髪型、お似合いですね~! ――とか、お洋服、すごくセンスいいですね。今日のために選んでくださったんですか? ――とかな」
何人かが、こくこくと頷く。
「ポイントは、お客様の努力が見える部分を褒めることだ。生まれつきのものは、コンプレックスになっているかもしれない。仲良くなっていない段階では触れない方が無難だ」
背が高い、って一見褒め言葉だけど、コンプレックスにしている可能性がある。
ただ、筋肉は努力の証だから褒めてやっていい。
「あと、全体じゃなくて部分を具体的に褒める。パッと目に入った小物とかな。女の子に褒められて嫌な気分になる男はキャバクラには来ない」
現代ならネクタイとか時計とか、香水とか。
ブランド物を身に着けてたら、それを褒めたら間違いない。自分からぺらぺら喋ってくれる。
「次は、仕事は何かを聞いて、相手に話させる。そして仕事や立場を褒めて自尊心をくすぐる! ――これで男は、心のドアをちょっと開ける」
ちょっと警戒心を緩めてくれたら、こっちのものだ。
「そんなお仕事されてるんですね! 本当にすごいです! ――とか、やっぱり人の上に立つ方って、雰囲気から違いますよね~、ってな」
別に本気で思ってなくてもいい。この辺りはテンプレだ。
テンプレでも効くからテンプレなんだ。
「男は役割を誇りにしているやつが多いからな。その役割に敬意を払え。仕事の話なら、口下手な男も話しやすい。相手に話させたらこっちのもんだ」
客から話すってことは、すでに心を許し始めてるってことだからな。
「そして、いい感じになってきたら、心に踏み込め。それだけ一生懸命って、すごいことですよ……とかな。真面目に、丁寧に言ってやれ」
「その人が頑張ったぶんだけ、ちゃんと評価してやるんだ。誰だってわかってくれるヤツには心を許す」
「これで相手はお前のことを忘れない。記憶に残る。もう一度会いたくなる。そうすりゃ次は、指名がもらえる」
オレは軽く笑って、手を打つ。
「じゃあやってみろ。こいつを褒めてやれ」
護衛の一人を指さすと、無言で座った。
落ち着いた顔しているがちょっと緊張してるはずだ。
さあ、こいつは褒めどころいっぱいあるぞ。身だしなみ細かいところまで整えているし、王子の護衛なんて任命されているんだから精鋭だ。いい男だろ?
さあ、なんて褒める?
「えーと……、彼女いそうですよね~」
「ゴラァ!!」
「ひえぇぇ!!」
「彼女とか結婚しているかとかの話は絶対NGだ!! ここはただの酒場じゃない! 疑似恋愛空間! 外の女のことは忘れさせろ!! ――次!」
次の候補生がちょっと顔を引きつらせながら、そっと口を開く。
「お仕事って何されてるんですかぁ~?」
「うん、まあ騎士団で護衛とかやってて――」
「えー、……つまんなそう!」
「貴様ァァア!!」
「ひぃっっ?!」
オレは思わず立ち上がっていた。黙ってられるかこんな場面で!
「なんで否定から入る?! 男の仕事は魂だ!! つまらなそうでも『すごーい♡』って言え!! いいな?! さすがー、知らなかった~、すごーい、せんぱい♡、そうなんだ~――このさしすせそを覚えて今日は帰れ! いいな!!」
営業トークの基本「さしすせそ」! これ一日百回言って口に覚えさせろ!!
――次!
「……」
「……」
「……おい、何か喋れ」
「え? あ、あの……黙ってるのもいいかなって……」
「それは上級テクだ!! お前みたいな新人が黙ったら『話題ないのかよ』って思われて終了なんだよ!!」
静まり返った室内に、オレの声だけが響く。
深呼吸して、候補生たちの目を見て、もう一度語りかけた。
「覚えとけ、お前ら。男ってのは『認められたい・褒められたい・甘えたい』生き物だ。でも、それを悟られたくはないんだよ。その矛盾を、優しく包んでやれるのがホステスの仕事だ」
一拍置いて、続ける。
「だからまあ……お母さんみたいな気持ちでな?」
「ユーリ様、気持ち悪いです」
アマーリエの冷えた声が、無慈悲に響く。
「わかってるよ! 気持ち悪いのは百も承知だ! でもそれを愛してやれ!!」
――その時、呼びに行かせていたシエルが部屋に入ってくる。
そう、あの魔性の美男子だ。
その瞬間、部屋の空気が、ちょっと変わった。
「おし、次はこいつを接客してやれ」
オレはシエルを椅子に座らせる。
候補生たちは恋する乙女のような顔でシエルを見ていた。
「顔がいい……」
「美しすぎる……」
「魔性の美しさ……夢でお会いしましたっけ……?」
「生まれ持ってのものを褒めるなって言っただろ?!」
だいたい夢で会ったってなんだ。もう口説き文句だろ。
シエルはどこか儚げで、どこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ふふっ……嬉しいな……君たちは僕のこと、捨てない……?」
おい、全員顔面真っ赤に爆発してるぞ。
シエルはくすくす笑いながら酒瓶を軽くつつく。
「僕、お酒あまり強くないんだ……君たちで飲んでくれる?」
うーん、やっぱりこいつはホスト向きだな。
私が助けてあげなきゃって庇護欲刺激するタイプ。
客のボディチェックとガード付きの送迎つけなきゃダメなやつ。
◆
今日の研修がひとまず終わって帰ろうとしたとき、候補生の一人がオレのところにやってくる。
「あの、ユーリ様、あたしやっぱり、無理かもしれません……」
「ララ、どうした?」
「……お話が、どうしても苦手で……」
顔がめちゃくちゃ不安そうだ。
ホステスとしてやっていく自信を無くしたってところか。
「なら、手相だ。手相を覚えろ」
「手相?」
この世界、手相って概念ないの?
まーそれならその方が都合がいいか。
「『あたし、手相が見れるんですよ。お客様の手、見せてもらっていいですか?』って言って、こう、自然に寄り添って、相手の手を取ってだな――」
オレは自分の手のひらを上に向けて開く。
「『わぁ、生命線、ながーい。長生きできるタイプですね』とか言って、その線をなぞったりすると、それだけで相手はドキドキするんだよ」
実際に自分の生命線をなぞりながら説明する。
実際に長いが、途中で途切れてるな。毒殺されたからな。まあ気にしないようにしておく。
「あっ……これ、恋愛線がすごく強いですね……え、何か思い当たることあります?」
ララも同じように自分の手のひらを見る。オレはその手を見つめながら、そっと囁く。
「……なんだか、すごく優しい手ですね。お仕事、頑張ってる人の手って感じ」
「…………ッ!」
「あ、この線……ふふ、内緒です。気になります? じゃあ、次に来てくれたら教えてあげますね」
「あ、あの……?」
「――てな感じだ。話せなくて困ったらな、占いっぽいことしときゃ場がもつんだよ。手相でも星占いでもなんでもいい。――大事なのは、会話の糸口を自分からつくることだ。ほら、クライヴ」
クライヴを呼んで、横に回る。
「手袋外して手出せ。なあ、お前……意外と感情線が細いな? 女心には鈍いタイプか?」
「殿下……」
「あっ、この線……お前、もしかして嫉妬深いタイプ?」
「…………」
「――てな感じ」
ララに笑いかけ、クライヴの手を離す。
「基本の手相はメモしといてやる。ポイントさえ押さえておけば、前と言ってることが違ってもいい。『手って生きてますから、変わっていくんですよ』とか意味ありげに笑っときゃいい」
つまり場が持てばいいから、なんでもいーんだ。簡単な手品でもな。
「ありがとうございます……あたし、がんばります」
「おう、お前ならできる。オレが見込んだんだからな。でも、無理はすんなよ」




